| love song |
1. 山本五十六 大凡(おほろか)に吾し思はばかくばかり 妹が夢のみ夜毎に見むや |
| 昭和一六年一二月八日、日本連合艦隊はハワイの真珠湾(パールハーバー)に集結していたアメリカ太平洋艦隊を奇襲攻撃した。この作戦の陣頭指揮を執ったのが司令長官・山本五十六。ところで五十六はというと、知米派でもあり、外交交渉に臨んで諸外国の情報に明るく、日本の不利を確信して、そもそも日米開戦に反対であった。それが陸軍の強硬な姿勢で開戦がきまるや、一転、日本の基本戦略を立案している。近衛首相に意見を聞かれた五十六は答える。「やれと言われれば、半年や一年は大いに暴れてごらんにいれる」 大儀に殉じる「軍神」と、「一個の男子」の顔は違う。このとき五十六に心を許した女人がいた。 河合千代子。新橋の芸妓で、芸名は梅龍。二人の仲は、昭和九年、五十六がロンドン会議へ発つ直前、急に深くなったとか。以来、その死の時まで、五十六は表に出来ない関係ながら、千代子を若者の純真をもって慕うのだ。 昭和一七年五月、ミッドウエー海戦に戦艦「大和」に乗り込む五十六を千代子は呉に訪ねている。このとき彼女は呼吸困難の病身で、注射を打ちながら、愛する人と四晩を過ごす。この折の五十六の手紙(五・二七付)にある。「私の厄を皆ひき受けて戦つてゐる千代子に対しても、私は国家のため、最後の御奉公に精魂を傾けます。その上は――万事を放擲して世の中から逃れてたつた二人きりになりたいと思ひます」として末尾に一首詠む。 うつし絵に口づけしつつ幾たびか千代子と呼びてけふも暮しつ 昭和一八年四月、五十六はガダルカナル島撤退の劣勢を挽回すべく前線に向かう。五十六は最後の手紙(四・二付)を認める。「夫れから明日から一寸前線迄出かけて来ます ……四月四日は誕生日です 愉快です 一寸やるのは/夫れではどうぞ御大事に 御きげんよう/左様なら」と。そして手紙に、遺髪と、別紙に前掲の一首を添えている。いやこの「軍神」の愚直なまでの「一個の男子」ぶりをみよ。 五十六、戦死。その際、千代子は軍部より自決を迫られるが、毅然として生き八五歳の長寿を全うした。 |
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