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恋歌 恋句 2002‐2003




34. 若山牧水

ああ接吻(くちづけ)海そのままに日は行かず
鳥翔(ま)ひながら死(う)せ果てよいま


  幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく
  白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

 牧水は「国民歌人」だ。いまもその歌は広く口ずさまれる。旅の歌またよし、酒の歌またよし。だがそのまえに牧水は恋の歌人でこそあった。恋の歌またよし。
 明治十八年、宮崎県臼杵郡東郷町に医者の長男に生まれる。中学時代に歌作を始める。三十七年、早稲田大学文学科予科入学。北原白秋、土岐善麿、前田夕暮ほかの知遇を得て、文学的修練を積む。
 三十九年夏、帰省の途次のこと。牧水は神戸高商在学中の旧友の理不尽な失恋話を耳にし、仲介を買ってで、相手の家に乗り込むという事件がある。このとき出会いがある。その少女の家にたまたま親戚の美しい女性が来ていた。牧水は彼女に一目惚れ。
 そこでどんな遣り取りがあったのか。おそらくそののち手紙を取り交わしたのだろう。相手の名は園田小枝子。これがどういう女性であるのやら。牧水研究の第一人者、大悟法利雄『若山牧水伝』にある。「(小枝子は)牧水よりも一つ年上である。生れたのは瀬戸内海のある海岸町、まことに不思議な両親をもち、まだ何もわからぬ幼女時代に既に幾回ともなくその戸籍が転々としているような数奇な運命の下に成人した。そして十六七歳ぐらいで結婚し、二人の子供さえもっていたが、胸を病み、家を離れて須磨の療養所に入った経験があった。……彼女はそれから家庭にかえらず、四十年の春あたり東京に出て来たのであるが、彼女は非常に美しかった」
 小枝子について、さてその子細となると、ほとんど不明。また当の牧水も少数の友人を除き周囲に秘した。であればいま「数奇な運命の下に育った美貌の女性」でよしとせよ。小枝子の姿がしばしば牧水の宿にみられる。恋の火は燃え上がる。牧水は一途だ。
 四十一年正月、二人は房総半島の南端、千葉県安房根本の海岸で新春を迎え、十日余り滞在。現在と違って一世紀近く前の房総は景勝の地だ。友人に宛てた葉書にある。「わが居るは安房の海に突きいでし最端なれば日は海より出で海に落つるなり海の中に大島浮きて且夕煙を吐くその右に富士明らかに見ゆ」。かたわらに恋しい人がいる。ときに相聞歌「安房にて」四十九首がなる。

  われまよふ照る日の海に中ぞらにこころねむれる君が乳の辺に
  接吻くるわれらがまへに涯もなう海ひらけたり神よいづこに
  山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君

 良い歌だ。ここに掲げる一首もこの連作のひとつ。息も詰まるような接吻をそのまま互に思う。「死せ果てよいま」と。いやいまみても文句なしの名歌ではなかろうか。この性の歓びと海の煌めき。ここで評者は唐突にもあの有名なバタイユの定式を想起する。「エロチシズムとは死におけるまでの生への称揚である」
 唇を合わせ肌を重ねる。しかしどう言ったらいい。そのさなかどこかで和まないものをおぼえる。牧水は同じ友人に書く。「徒らに酔ひ徒らに笑ひ徒らに喜ぶ奥の底に沈んで居る痛切な悲哀はなかなかに説明が出来にくい」。さらに日を経て書きつぐ。「僕は君或る一人の女を有つて居る、その女をいま自由にして居る、またされて居る、恋といふものださうだ、こんな状態にある両個男女間の関係を、なんといふ寂しいものだらう、……僕は君、これは真面目な話だが、もういつそうのこと結婚して了はかうと思ふ」としてこう言い添えてもいる。「一言を附す。女は極めて平凡の方なり」
 すでにして苦しみが始まっている。小枝子は多く語らなかったろうし、たとえ話しても、牧水は聞き流したにちがいない。前掲書にある。「不幸はそこに胚珠していた。それに彼女は小学校を出たか出ないかという程度で、芸術的な教養などはなく、歌については何の関心もなかったから、従って歌人牧水に対して真の理解のあり得ようはずがなかった」
 こうなると易しくはない。あえていうなら学歴教養はなくもがな、だけど歌心だけは、こればかりは歌人牧水ならのぞもう。だがそれが叶えられない。
 恋する人が歌を解さない。だんだん現実に齟齬をきたす。歌が命の男は何とする。いきおい関係を鬱陶しくおぼえる。

  いかにして斯くは恋ひにし狂ひにし不思議なりきとさびしく笑ふ

 四十四年二月、牧水は石川啄木を訪ねる。その日の啄木の日記にある。「夜、若山牧水君が初めて訪ねて来た。予は一種シニックな心を以て予の時世観を話した。声のさびれたこの歌人は「今は実際みんなお先真暗でござんすよ。」と癖のある言葉で二度言つた」。さらに一ヶ月余りして、友に宛てた手紙に書く。「……五年来のをんなの一件も、とうとうかたがつくことになつた、連れられて郷里へ帰るのだ相だ、それがお互ひの幸福には相違ないがね、いざとなると、矢張り頭がぐらぐらする」

  五年にあまるわれらがかたらひのなかの幾日をよろこびとせむ

 ついに小枝子を去らせた。この年九月、歌集『路上』を刊行。「我等、真に生きざる可からざるを、また繰返して思ふ」と自序に書く。巻頭の一首に詠う。

  海底に眼のなき魚の棲むといふ眼の無き魚の恋しかりけり

 牧水は酒に溺れ、大荒れに荒れ狂う。そこに現れた人がいる。歌人太田喜志子。牧水は彼女に唐突に求婚する。「私を救って欲しい」と。
 四十五年、結婚。良妻を得た牧水は心おきなく、旅と酒を愉しみ歌を詠みつづける。ちなみに大学を出てからの牧水の旅は一四三三日間、死ぬまでの五日に一日は旅の空にあった勘定になるとか。
 昭和三年、永眠。享年四十三。遺体はアルコールが浸み込んでいて死後変化が遅かったそうな。

『海の聲』明治四十一)

*『若山牧水全集』(日本図書センター)、『若山牧水の秀歌』(大悟法利雄 短歌新聞社)



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