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大正時代の新聞は人妻の不義密通の記事でわいた。原阿佐緒と石原純の醜聞報道。同じ年だ。さらにまた美貌の歌人柳原白蓮の恋愛事件は耳目をあつめた。 明治十八年、東京麻布に伯爵柳原前光の次女に生まれる。本名、Y子。その出生に秘密がある。生母は、零落した武家の娘で柳橋の売れっ子芸妓お良。生後七日目に本邸に引き取られ、姫君として愛育される。十歳の頃、一族の子爵北小路随光に預けられる。三十三年、北小路家の嗣子(随光が女中に生ませた子供)資武と公卿のしきたりで添え合わされ有無なく結婚、長男を生むも五年後、離婚。 四十一年、東洋英和女学校入学、佐佐木信綱に師事し、「心の花」に短歌を発表し始める。四十三年、同校卒業。ようやく白蓮は心の平安を得ている。そこに兄嫁から縁談がある。相手は九州の炭鉱王、伊藤伝右衛門。兄嫁は薦めた。学問はないが、一代で巨万の富を築いた立志伝中の人物であり、女学校を建てて寄付したこと、死んだ先妻に子がないこと等々。 四十四年、再婚。伝右衛門五十二歳、白蓮二十七歳。屋根を銅で葺いた「あかがね御殿」に住み、「筑紫の女王」と呼ばれる。だが出自も育ちも教養も何も大違いだ。まずは家族構成が複雑至極である。妾の子、父の妾の子、妹の子、母方のいとこ他、一家に同居する。また数十人もの女中や下男や使用人たち。粗野で理解しがたい筑豊の気風。 さらに伝右衛門本人である。こんな夫なら外に女を幾らも囲っている。それはむしろいい。そんなことよりもう床を共にしたくなどない。いつか妻は京都から若い女中ゆうを雇い入れる。そしてゆうに身代わりに伽までさせる。 孤独、苛立ち、懊悩……。白蓮はひたすら胸の内を歌に託すのである。 ともすれば死ぬことなどを言ひ給ふ恋もつ人のねたましきかな 女とて一度得たる憤り媚に黄金に代へらるべきか 大正四年、処女歌集『蹈絵』を自費出版。著者名を白蓮(信仰していた日蓮にちなむ)とのみ記す。その浪漫的な作風で、さきの阿佐緒と似て美女の生の軌跡を華麗かつ驕慢にも詠って、読者を惹き付ける。 七年、戯曲「指鬘外道」を雑誌「解放」に発表。これが評判になり、劇団が上演を希望、その許可を求める書状が届く。差出人は「解放」記者宮崎龍介。もっと詳しい話を聞きたい。白蓮は記者を別府の別荘に招く。このとき出会いがある。 本屋の番頭さんが、おいでと思いきや現れたのは、角帽の学生さんだ。龍介の父は憂国の士宮崎滔天(孫文の辛亥革命を支援した)、年は七歳下。ときに東大生で、同志らと「新人会」を結成し、労働運動に打ち込んでいる。この若い活動家らの後ろ盾が、東大の吉野作造、早大の大山郁夫らの「黎明会」で、「解放」はその機関誌だった。龍介は情熱を込めて社会変革の夢を語った。それから白蓮は「ねたましきかな」と詠った「恋もつ人」になった。二人の間に文通が始まる。だが難しい。白蓮から日に数通もの手紙が届く。 ――何ど自殺をしようと思つたかしれません。一刻も早く私を救ひだして……。そんな文面の末尾に辛い心境を吐露した歌がある。なかに電文の恋歌までも。 南無帰依仏マカセマツリシヒトスジノココロトシレバスクハセタマヘ ブルジョア夫人との交際はまかりならん。龍介は「新人会」を除名さる。白蓮は春秋二回の上京に際し龍介と逢瀬を重ねる。愛は燃え上がる。 ここに掲げる歌をみよ。昼も、夜明けも、夜も、あなたを夢にみつづけ、覚めてまた夢みるという。なんたる物狂おしさか。しかし現実は残酷である。姦通罪という恐ろしい罪のある御時世なのだ。龍介は決意する。「自分は牢屋に入る覚悟の上だ」。白蓮も二心ない。まさに「得たる憤り媚に黄金に代へらるべきか」である。 『筑紫の女王』伊藤Y子/伝右衛門氏に絶縁状を送り、/東京駅から突然姿を晦す/愛人宮崎法学士と新生活? 十年十月二十二日、大阪「朝日新聞」朝刊社会面は全段ぶち抜きで報じている。さらに同紙同日夕刊に白蓮の「絶縁状」が載る。「……私は金力を以つて女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます。私は私の個性の自由と尊貴を護り且培ふ為めに貴方の許を離れます……」 事件はジャーナリズムの好餌となる。柳原家は大正天皇の御生母、柳原二位局の実家であり、この一件により兄義光は貴族院議員を辞職。白蓮は男児を出産した後、断髪し尼寺に幽閉の身となる。 十二年、大震災後、紆余曲折の果て監禁が解けて晴れて結婚成立。白蓮は生まれ変わる。ときに夫は結核で床にある。いつも数多くの同志、食客が出入りする。妻は売文で必死に家計を支える。夫は書く。「私が動けなかった三年間は、本当にY子の手一つで生活したようなもので……」 戦後、愛児の戦死もあり、平和運動にも従事。三十六年、緑内障で両眼失明、龍介の介護のもとに、歌を詠む日を送る。やがて波乱の人生も終幕となる。 月影はわが手の上と教へられさびしきことのすずろ極まる 昭和四十二年、長逝。享年八十一。 四年後、龍介死去。享年七十八。 (『幻の華』大正八年) *『恋の華・白蓮事件』(永畑道子 新評論)、「柳原白蓮との半世紀」(宮崎龍介 昭和四十二年六月号) |