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恋歌 恋句 2002‐2003 




19.谷崎潤一郎

うつりきてわれはすむなりすみよしのつゝみのまつのつゆしけきもと


 完璧な芸術家ゲーテ。彼をまえにしてリルケは言ったという。「ぼくにはゲーテを理解するための器官が欠けている」。大谷崎、彼についてわれらも同じことを口にしなければならない。
 明治十九年、東京日本橋に生まれる。四十一年、東大国文科入学。四十三年、第二次「新思潮」に「刺青」他を発表。翌年、東大を諭旨退学、永井荷風に認められ作家デビュー。以後、超人的な創作活動を生涯続ける。大正十二年、関東大震災を機に関西移住。これが谷崎の転機となる。このことは文学上のだけでなく人生上にもおよぶ。あまりにも有名な根津松子との出会いである。そしてその恋の行方が和歌に詠まれるのだ。
 松子は三十六年、大阪に藤永田造船所創設者の次女に生まれる。府立清水谷高女中退。船場の木綿問屋根津清太郎に嫁いでいる。
 昭和二年三月一日、二人は運命的に出会う。男はその場で心を奪われるも、美しくいやに仕合わせそうな女をまえにし、叶わぬ恋と引き下がっている。五年、谷崎は千代子夫人と離婚。翌年、若い古川丁未子と結婚。だがしかしそれでも忘れられないのである。心から消えないどころか、熱くも偲ばれてならない。「私には崇拝する高貴の女性がなければ思ふやうに創作が出来ないのでございますがそれがやうやう今日になつて初めてさう云ふ御方様にめぐり合ふことが出来たのでございます 実は去年の「盲目物語」なども始終御寮人様のことを念頭に置き自分は盲目の按摩のつもりで書きました」(7年9月2日付書簡)
 このとき新妻と蜜月を兼ねて執筆に高野山に籠もった。それがなんとも「始終御寮人様のことを念頭に置」くばかりとは。しばらく松子から長い書状が届いている。そこには夫の女遊びのために自分がどれほど不幸であるか綿々と綴られていた。谷崎は一人山を下りて松子の相談に乗る。そのとき何があったか。
 この秋、谷崎夫婦は大社村森具(現、西宮市夙川)の根津別荘の別棟に移り住み、根津家と隣居する。だが根津家が清太郎の放蕩ゆえに破産、武庫郡(現、神戸市東灘区)魚崎町に借家住まいの身となる。すると谷崎も同所に越して来てまた両家は隣居する。
 いやもうすこしでも御寮人様のおそばにひかえたい。ひたすらな思いが溢れでて成ったのが、「倚松庵十首」、ここに掲げる一首を含む連作である。この「まつ」は庭木のみか、いとおしい松子のこと。つづく二首を引こう。

すみよしのつゝみのまつよこゝろあらはうきよのちりをよそにへたてよ
けふよりはまつのこかけをたゝたのむみはしたくさのよもきなりけり

 まったくこうして繰り返しいとしい人の名を詠みこんであかない。この讃仰ぶり。「お慕い申しております」。いつか谷崎は松子に畏まった。「どのような犠牲を払っても貴女様を仕合せに致します」
 だが難しい。男には新妻、女には夫と二児。七年六月某夜、谷崎にこんな事件がある。「その年の夏人と情死したりとの噂立ち、夜中に新聞記者の襲撃にあふ」と詞書きして詠んでいる。

難波江のよしあし草もよしや世にみをながらへてありぬべきかな
ちぎりおきし松の齢の千代かけて木影の露も身こそをしけれ

 しかし問題つづき。松子側は魚崎の借家も追われ阪神電車沿線の青木に侘び住まい、一方、谷崎は丁未子と別れて武庫郡本山村で独居する。罪なことにそのウラで泣くものもまたいる。荒れて酒に溺れる若い妻がいる。

小夜更けておきいでし妹がまくらべに酒くみてあれば木枯の吹く

 もはや恋にひた走るものを止めえない。八年五月、丁未子と協議離婚。九年三月、精進村打出(現、芦屋市宮川町)で同棲生活をはじめる。翌月、松子の離婚が成立。十年一月、結婚。
それがこの期間の創作活動が旺盛なのである。さきの「盲目物語」(「中央公論」六年九月)、「武州公秘話」(「新青年」六年十月〜七年二月)「蘆刈」(「改造」七年十一月、十二月)、そして「春琴抄」(「中央公論」八年六月)である。それらはすべて「始終御寮人様のことを念頭に置」いてものされた。さらに八年十二月に中央公論社から持ち込まれた『源氏物語』の現代語訳の話が決まる。息の長い仕事になろう、松子の力は欠かせない。戦時体制は深まる、日華事変が起こる。

南京の城おちゐると聞きながら宇治十帖をひもときてありぬ

 谷崎はいかにも谷崎らしくある。『源氏』完訳、『細雪』着手……。文学も人生も、谷崎は完璧だ。もちろん歌もである。「元来歌は巧拙より即吟即興が面白いので、小便をたれるように歌をよんだらいいのである」(「岡本にて」)。どうしたって大人というほかない。晩年の「雪後庵夜話」(「中央公論」三十八年六月〜九月)の冒頭の一首にある。

我といふ人の心はたゞひとりわれより外に知る人はなし

 四十七年、谷崎長逝。享年七十九。
 平成三年、松子長逝。享年八十八。

*『谷崎潤一郎家集』(秦恒平編 湯川書房)、 『倚松庵の夢』(谷崎松子 中央公論社)



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