深田久弥。「百名山」の人だ。日本中の山はむろん、ヒマラヤ、シルクロードまで踏破した作家、登山家。じつはこの人がなかなかの俳句の詠み手であるのはあまり知られていない。たしかにこの人は山に登ってばかりいた。しかしながら山男とて稜線を目指すだけではない。下界にあって藻掻きつづけた。辛い恋の道に踏み迷い……。そして遭難しよう、そこに俳句があった。
明治三十六年、石川県江沼郡(現、加賀市)大聖寺町の商家に生まれる。大正七年、十五歳で初めて郷里の山、白山に登頂。十一年、第一高等学校入学、旅行部に属し、奥秩父、北アルプスほかの山々を歩く。一方、文芸部員として創作活動に励む。十五年、東京帝国大学哲学科に入学。在学中ながら改造社編集部に勤務、懸賞応募作の下読み審査にあたる。その折に出会いがある。久弥は一編の作品に心を動かされ作者に手紙を書く。
北畠美代(筆名、八穂)。青森市に住む二十四歳の女性だ。美代は実家の没落と病気(脊椎カリエス)の悪化で女学校を中退し自宅療養の身。いつしか二人の間に頻繁に手紙が交わされる。愛は距離を超える。
昭和四年夏、美代が出奔、二人は千葉県我孫子町で同棲する。久弥は美代を得て小説に専念する。「津軽の野づら」「志乃の手紙」などの叙情的な佳品を次々と発表。久弥は筆一本で立つことにし、鎌倉に居を移すしている。ところでその創作をめぐってある事情があったのだ。じつはそれらの大方を妻が書き上げて、それに夫が手を入れて発表したという(これがのちに文名に影を落とす問題となるのだが)。十一年、美代の病気が再発、これから七年間、寝たきりの生活を余儀なくされる。
十六年五月、久弥は若い友人、木庭一郎(文芸評論家中村光夫)の結婚披露宴に出席する。そこである女性と出会すのである。新郎の姉志げ子。久弥より五歳下で三十二歳。久弥は書く。「二十歳のある秋の日、私は本郷通りの途上で、一少女に眼を留めた。彼女は焦茶色のバンドを袴の上にしめた女学生で、そのバンドの前に菊と蘭を図案化した徽章の金具がついていた。まだ彼女は十五歳でしかなかった」。少女は東京女子高等師範学校附属高等女学校(現、お茶の水女子大附属高)生。「それから二十年近くのブランクを経て、私は偶然の機会で彼女と再会して、初めて言葉を交わした。……この偶然が私の後半生を支配するようになろうとは!」(「わが青春期」)
一ヶ月後、二人は信州は小谷温泉近くの雨飾山に出掛ける。のちに志げ子は「私の小谷温泉」と題して書いている。「……中綱湖畔の小さな宿に泊まることにして、玄関にリュックを下ろした途端、昇天するような身の軽さが可笑しい程でした。暮れなずむ六月の夕方、いつまでも湖は明るく光っていました。夜通し鯉の跳ねる音がしました」
その夜に二人は結ばれた。そしてこの旅の帰りバスの窓から、双耳峰の雨飾山を見上げて、久弥は出鱈目に口ずさんでいる。「左の耳は僕の耳、右ははしけやし君の耳」
それから二人の甘い山行はつづく。そこで俳句である。志げ子を得た。それとほとんど時を同じくして久弥は鎌倉文士仲間の久米正雄、永井龍男らと荏草句会なる句席を定期的に持つようになる。仲間うちで「久さん」と呼ばれていた山好きの俳号は「久山」。その最初のころに「セル」という兼題で詠んだのが、ここに掲げる句だとか。いやなんとも艶っぽくないか。もう一句ある。
おもかげに似たるホームのセルの人
「セル」は、サージの略。初夏の単衣として、明治以来流行した。このセルの君こそ、志げ子、であって他でない。久弥はこの二句を並べて書いている。「昭和十六年に作った句をいまほとんど思い出せないところをみると、この年は俳句よりも、得て間もない恋愛に心を打ち込んでいたためであろう」(「僕の俳句履歴書」)
作句については翌年の年譜にこうある。「高浜虚子に選句されて俳句に自信がでてきた。この前後の俳句修行は、戦地湖南省で、戦後の俘虜時代に、そして北陸の田舎暮らしで生かされることになる」
十七年、志げ子は久弥の子を生む。やがてことは妻の知るところとなる。しかし久弥が出征、離婚は復員後、二十二年になる。ここにようやく彼は初恋の人と添い遂げるのである。
同年、帰郷。大聖寺と金沢で八年間、文学仲間と別れ住む。三十年、上京。このころから小説から遠ざかり、もっぱらヒマラヤ研究に打ち込むようになる。三十三年、ヒマラヤ探査行。翌年その紀行『雲の上の道』。さらに三十九年『日本百名山』を刊行、久弥の名前を不朽のものとする。彼は信じた。「人間にも人品の高下があるように、山にもそれがある」
しばしばも山男は長期の山行で家人を心配させたろう。だけどまたその晩年まで志げ子と二人の男児を連れ立っての山歩きを楽しんでいるのだ。
四十六年三月、茅ケ岳頂上近くで脳卒中で急逝。享年六十八。その昔戦地にあった日の俳句回覧雑誌「龍頭」に載る。ほんとの山狂いだった。
ふるさとに似たる山あり遠霞む
(『山の文学全集十二』)
*『山の文学全集』全十二巻、 『百名山の人――深田久弥伝』(田澤拓也 ティビーエス・ブリタニカ)
|