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恋歌 恋句 2002‐2003                                              




12. 鈴木しづ子

まぐはひのしづかなるあめ居とりまく


 鈴木しづ子は伝説の人物である。「娼婦俳人」。そう人は彼女を呼ぶ。彼女はながらく生死不詳のままだった。なにぶん生年が判明したのも近年の出来事である。それにしてもなぜ彼女は「娼婦」となりはてたろう?
 大正八年、東京神田に会社員の長女に生まれる。昭和十五年、専修製図学校卒業、工作機械工場に勤める。社内の俳句部に入り、句作を始める。この会を通して松村巨湫を知り師事、主宰誌「樹海」に属する。

  春さむく掌もていたはる頬のこけ
  青葉の日朝の点呼の列に入る
  夫ならぬひとによりそふ青嵐

 しづ子は仕事にも句作にも頑張った。やがて職場の仲間を愛するようになり将来を誓い合う。だが婚約者は召集され戦死。敗戦。二十一年、第一句集『春雷』を上梓。製図工としてけなげに働く姿と、率直に恋心をぶっつける清新な句作。これが好意を持って迎えられた。初版、再版あわせて五千部を売り切り、戦後のベストセラー第一号となる。しかし運がない。翌年、同僚と結婚するも半年で破談。そこにこんな事情があったらしい。

  雪はげし妻たりし頃みごもりしこと 
  雪はげし月を経ずして葬りしこと

 ♪こんな女に誰がした……。スカーフに銜え煙草で街角に立つパンパン(娼婦)を歌った「星の流れに」のうら悲しいメロディが場末のうらぶれた酒場の蓄音機から流れていた。いったいぜんたい何がどうしたものか。二十四年春、しづ子は首都から遠く岐阜市に流れて、ダンスホールで働いている。

  花吹雪岐阜へ来て棲むからだかな

 やがて彼女の姿は那珂(現、各務原市)の進駐車相手のキャバレーKBKに見られる。二十五年、朝鮮戦争が勃発、紅燈は賑いをきわめる。いかにも外人好みらしいすらりと背が高いとびっきり美貌のしづ子である。さぞや引く手あまた。このときに出会いがある。

  花の夜や異国の兵と指睦み
  黒人と踊る手さきやさくら散る
  黒人兵の本能強し夏銀河

 黒人軍曹ケリー・クラッケ。二人はすぐに同棲。だけど蜜月もつかの間、二十六年初夏、ケリーは朝鮮へ派兵される。だがそれから短期日にして愛する人は変わり果てた姿で佐世保に帰還しているのだ。なんとも極度の麻薬常用者になって。

  雪粉粉麻薬に狂ふ漢の眼

  しづ子は看病に献身する。しかし心身ともに病んだケリーは母国テキサスに帰るほかない。健康になってすぐ戻ってくる。しづ子はケリーを横浜の埠頭に見送る。

  横浜に人と訣れし濃霧かな
  傲然と雪墜るケリーとなら死ねる

 ケリーが帰還してアメリカに帰国するまで期間にして二ヶ月にみたない。しづ子は再び待つ女になる。しかしそんな信じられない。翌二十七年正月、賀状にまじる一通のカード。ケリーから! だがしかし酷すぎるたら。  

  霧五千海里ケリー・クラッケへだたり死す
  急死なりと母なるひとの書乾く

 二十七年、師の巨湫は傷心の弟子のために第二句集『指輪』を刊行。その出版記念会が東京神田である。このとき人前に顔を出したのが最後。これからのち誰も姿を見ていない。そしてまことしやかにも扇情的に「堕ちた女」の噂だけが一人歩きしつづけるのである。

  夏みかん酢っぱしいまさら純潔など
  娼婦もまたよきか熟れたる柿食うぶ
  欲るこころ手袋の指器に触るる
 
 三句目の「器」は男性器。作られた句を作者に重ねて読む。「娼婦もまたよきか」と詠んだしづ子はそれだけで「娼婦」にされてしまう。伝聞の果てに伝説が生まれる。「廃人となり二十代後半で自殺した」云々。などというような伝説はさておきである。
 ここに掲げる句をみよ。「まぐはひ」はズバリ性交。いましもしづ子に押しかぶさる、それはあの愛しいケリーの黒い肌だろうか。降りずみ降らずみ雨はやまない。
 しづ子のその後は? 平成十五年、いまもどこかで生きているとしたら、八十四歳。


(『指環』昭和二十七)

*『凍てる指』(江宮隆之 河出書房新社)、 「鈴木しづ子追跡」(川村宣有貴 「俳句空間」12号〜21号)



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