『障子のある家』 第十二日
11. 家
夕暮になつてさしかけたうす陽が消え、次第に暗くなつて、何時ものやうに西風が出ると露路に電燈がついてゐた。そして、夜になつた。私は雨戸を閉めるときから雨戸の内側にゐたのだ。外側から閉めて、何処かへ帰つて行つたのではないのだ。
毎月の家賃を払ふといふので、貸してもらつてゐる家を自分の家ときめてゐる心安さは、便所はどこかと聞かずにもすみ、壁にかゝつてゐるしわくちやの洋服や帽子が自分の背丈や頭のインチに合ひずぼんの膝のおでんのしみもたいして苦にはならぬが、二人の食事に二人前の箸茶碗だけしかをそろへず、箸をとつては尚のこと自分のことだけに終始して胃の腑に食物をつめ込むことを、私は何か後めたいことに感じながらゐるのだ。まだ大人になりきらない犬が魚の骨を食ひに来る他は、夜になると天井のねずみが野菜を食ひに出て来る位ひのもので、台所はいつも小さくごみつぽく、水などがはねて、米櫃のわきにから瓶などが列らんでゐる。又、一山十践の蕗の薹を何故食べぬうちにひからびさしてしまつたかとは、すてるときに一ツが芥箱の他へころがり出る勘定なのであらうか。
夜の飯がすんで、後は寝るばかりだといふたあいなさでもないが、私は結局寝床に入いつて、夜中に二度目をさまして二度目に眠れないで煙草をのんでゐたりするのだ。ときには天井の雨漏りが寝てゐる顔にも落ちてくるのだが、朝は、誰も戸を開けに来るのではなくいつも内側から開けてゐるのだ。眼やになどをつけたとぼけた顔に火のついた煙草などをくはへて、もつともらしく内側から自分の家のふたを開けるのだ。
これもまたなんだか生易しくなさそうである。「家」なるものとは、何ではあるのか? まずはそこらから一篇にそうことにしてみたい。
さてどうやらこの日も遅く起きたのだろう。すぐにもう「うす陽が消え……暗くなつて……西風が出ると露路に電燈がついて……そして、夜になつた」
というしだいで戸締まりをしようという。それがだけどじっさい、わけがわからないのだ。なんやどうにも難儀なことになっている。
いやもうややっこしい。だってそうだろう「私」は家にいたのである。それを「雨戸の内側にゐたのだ」なんて。そんなわざわざ断りを入れるまでない。まどろっこしいことに。
外側から閉めて、何処かへ帰つて行つたのではないのだ。とはまたどう読んだらいいか。おかしな言い方だが「何処かへ帰つて行つた」りしない。あるいはさせない。もっぱらそのために自己を確実に閉じ込める装置が「家」というモノである。でそれがないとする。そうすると人は危うく「何処かへ帰つて行つた」りするか。
つづきをみよう。たとえば借家であれどんな形であれ「自分の家ときめてゐる心安さ」というものはある。いうまでもなく「心安さ」はのぞましい。雨露をしのいで三度の食にありつく。しかしこれが「心安さ」どころでないのだ。
箸をとつては尚のこと自分のことだけに終始して胃の腑に食物をつめ込むことを、私は何か後めたいことに感じながらゐるのだ。よくはわからない、だが言ってしまう。ここに亀之助の面目がある。「胃の腑に食物をつめ込むことを、私は何か後めたいことに」。これが亀之助の感受なのだ。そう言ったとして、わかるはずないか。
ついてはそうなのだ。前章でわたしは書いているのだ。たしかこんなふうに。
「わたしはここで言いきってしまいたい。詩人は餓死の正しさにおよび、餓死を実践し逝ってみせたと。だがしかしそれは後にすることにしよう」
とそうことあげした亀之助の餓死論にはまだふれない。ここでも「後にすることにしよう」としたい。このことは終章までおいておこう。
ではつぎをみられよ。それでその饗宴にあずかるのが、「大人になりきらない犬」や「天井のねずみ」や、というような賓客であるという。ここらがなんともいい。
それからまたこの「台所」はよろしくはないか。みすぼらしいよな、どこやらつげ義春の漫画よろしくある、すかんぴんのさま。とはさてともすると見落としがちなのがここ。
又、一山十銭の蕗の薹を何故食べぬうちにひからびさしてしまつたかとは、すてるときに一ツが芥箱の外へころがり出る感情なのであらうか。なんともどうもちょっとばかし説明するのがむずかしそうだ。どんなものだろう、たとえばこのように書きとどめる目のもってゆきぐあい、といえばわかるか。ともあれそのあたりはとても凡庸にできるものではないのだ。
「すてるときに一ツが芥箱の外へころがり出る感情」
どうかすると些事とみられよう。だけどこれはそんな片々などであるはずない。そうだ、神は細部に宿る、という。とこれこそまことの思想というものだろう。とそのように評者はみるのだが。
それはよしとしてだ。「夜の飯がすんで、後は寝るばかり」。となっているしだい。「寝床に入い」るのだが、寝付きは良くなさそう。だがするうちに寝入っていたろう。いつもの朝を迎えている。そこでまた雨戸なのである。
「朝は、誰も戸を開けに来るのではなくいつも内側から開けてゐるのだ」。
ここにこう「内側から」とある。そしていま一度があるのだ。なんとまた「内側から」なのだ。
もつともらしく内側から自分の家のふたを開けるのだ。「家のふた」=雨戸。それこそ「外」と「家の中」を隔てるもの。そういえば詩「五月」にこんな一節があった。「雨戸を開けてしまふと、外も家の中もたいした異ひがなくなつた」
雨戸。それはまた「自己を確実に閉じ込める装置」のシンボル。
夜がくる。「私」は「内側から」雨戸を閉める。食事をし就寝する。朝になる。「私」は「内側から」雨戸を開ける。
あるいは厭世というのか。生きる限りはひたすら繰り返されるこの繰り返し! それとも厭生といおうか。
たぶんおそらくこのとき亀之助は深く念ずることがあるのやも。もういいって、もうすっかり……。ここらへんでそう「何処かへ帰つて行つた」りするというのはと。