ぼんくら bonkura/2007/1/15 home


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荻窪の井戸は涸れ  山旅ノートから(連作) …上河内岳夫
 …正津 勉
灘岡ベビーシッター事務所 …竹下 力







荻窪の井戸は涸れ
        上河内岳夫

閉店の決まったバーのカウンターで
シングルモルトを飲む静かな荻窪の夜
過ぎ去った日々を思い起こしながら

開店前まだ工事中の店でビールを飲んだ日
できあがった緑色の看板を誉めた日
新しいオーディオでオールディーズを聞いた日
カウンターに地図を広げ登山の計画を立てた日

最後の週は客でカウンターが埋まり
これだけ集まれば潰れることもないのにと
冗談とも本音ともつかぬ嘆きの声があがる

このバーで出会った忘れ得ぬ男たち女たち
話が弾んで始発電車で帰ったこともある
この場所で過ごした日々のすべてがいま
楽しい夢となって記憶の底へと沈み始める




山旅ノートから(連作)


22

太陽が地平線に沈むと
霧が麓からのぼりはじめ
やがて
雲海が低山を覆い隠した
私は独り窓硝子に顔を寄せて
富士山と南アルプスのシルエットが
朱を流した空に浮かび上がるのを見た
すぐに
山も雲も闇の中に溶け込んで
中空では金星が輝きを増した
晩秋の赤岳頂上小屋の静かな夜
私は過ぎた日の夢をみた


23

笹子雁腹摺山の脇腹を
笹子トンネルたちが貫く
中央線と中央道が並走して
笹子雁腹摺山は冬の季節風の通り道
私はそこで赤い帽子を飛ばした
買ったばかりだったのに


24

大月から尾根伝いに辿り着いた
高川山は山越えの北風が強く
山全体がゴーと鳴り続けていた
山頂で白く輝く甲斐駒を確認すると
すぐに南面の岩陰に隠れて
冷え切ったビールを飲んだ
晴れわたる空に昼の月が冴え
澄みきった大気を透過した光の中で
道志山塊の陰影が浮かびあがった
富士吉田の町は光を浴びて輝き
目の前に絵のように佇む富士山の
北の稜線からは笠雲が湧きあがり
南の稜線からは雪煙が舞いあがった
二〇〇六年一二月二九日
その日は誰もが口数が少なく
冬の風景の一部に納まっていた


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        正津 勉

あれは何という鳥だろう
そのとき踝を脅かせたかと
ばさっと奇怪な羽音をばさっと
どこへやら掻き消えていた

いやもうずっとどれほど
こうして歩きづめに歩きぱなし
なのになんだってまたもや
登り返しの繰り返し

そんなことはありえない
もうよほど遠く来たことになる
ぜったいにあるはずがない
そうだが待てしばし

いやこの途からして
そもそもが誤りだったり
して目の前に緞帳が落ち掛かる
ぐあいに真っ暗らくらに

いったい辿り着けるのか
空はとみると鉛のだんだら
頭を圧してどんみりと密に曇り
ただひどく寒くひもじく

一歩そしてまた一歩
あたかも鎖の玉に急かされ
地獄の底へそこへと下る亡者
さながら跫音もうつろ


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灘岡ベビーシッター事務所
       竹下 力

感じることもなかったよ、そうだね、
灘岡東団地の14階から放り投げられた子どもだって
そうなんだ、死んだからね、ただそれだけだろうな、
きっと感じることはあるんだ、けれど過ぎちゃえば、
そうなっちゃうことばっかりで、それは感じることだけれど、
3200グラムとかさ、ちゃんという名前がついてるもので、
夕方5時半の窓からのオレンジ色に部屋中が輝いて32型テレビ
ニュース静岡に映る犯人の名前や写真から覗く顔、みえるよ
ひん曲がった鼻や唇の分厚さなんかに、だろうな、
みているんだよそこにいる父さんは、
放り投げることが好きだったけな、たしかにね、
いろんものだったな、山崎の角瓶やら、
描けもしなくなったっていう設計図や、コクヨの鉛筆削りや、
やけになって酒を飲んだ反吐やら、使い捨ての母さんのタンポンや
形にないものだって投げていたんだろうな、感じてるから
放り投げるから、たぶんね、
僕をクソったれといったり、死ねともいったっけね、たぶん
14回ぐらいだったかな、そうだった、
母さんの股の間に、うん、タンポンを突っ込んでる格好を
みているのが好きだったっけ、そのくせ怒りくるって、そうだ、
母さんを殴りつけたりするから、なにもかも投げたくなったり、
赤ん坊を放り投げたのだってその程度だったり、けっきょく
そうなのかな。

そうなのかなって、そうでもないかもね、
ベビーシッター2級の資格をあくせく取って、
1級建築士の資格は放り投げられたんだっけな、
子どもが好きだなんてきいたこともないけれど、
設計士だって似たようなものじゃないか、
構造計算や消防法やらそこにみいだすものは
死なないってことにするだけだもの、なのに
死んだなんて、やっぱり、死ぬことは、ほら、
投げてもどってくるからね、そうだろうな
どんなに放り投げてももどってくるっていうのは、
灘岡湖を一周回るように放物線を描くということで、
しっかりと円を描いてクルクルまわっていて、そうだ
団地の屋上からは、湖がみえたっけ
太陽にキラキラ輝く白い湖面がよかったな、だろうね
縁取られていく湖が夕陽ににじんでいくのがよかったな、
放物線を描いていくように僕の手元に閉じてく湖岸の光に、
見出すものがあるからだろうね、そうだよ
なっちゃうからそうなっちゃうものだもの、考えたらさ
僕を放り投げようとしたことだってあったもんな、
32キロしかない10歳で必死に鉄柵につかまってさ、母さんの
アソコに指を突っ込んでるところをみたからかな、もうさ、
僕だって放り投げるものの一部分だったなんてね、
その延長線上だよ、放物線はクルリと回り、たしかに
けっきょくのところ母さんは僕に当り散らすし、そうだ、
でも、かすんでることだからかすんでるんだけど
だからといってほらっていうほどやっちまえるわけでもないよ僕は、
でも、湖は綺麗だったな、積雲が広がり、どうにも鰯雲が、
屋上のくすんだ貯水槽の傍に落ちてくるようで、そうだった
すごく怖かったっけね、誰かの本でよんだんだっけ
殺人者がいるなんてびくつていてたな、バードだっけな、
虎とかもいってたかな、叫び声、だったっけわかるよ
そんな本も投げつけたっけね僕にそうだったよ、覚えてる
貯水槽のカラスの群とかにね、投げつけ飛びだす瞬間とか、
そうしたかったのかな、僕にはどうしても、ほら、馬鹿だからさ
感じることしか出来ないんだけど、うん、
よくみたら、テレビにうつる父さんの顔も、
みればやっぱり、父さんだって感じるだけなんだよ、だって
なんにも感じないんだから感じるんだよな、だろうね、
僕はテレビをみながら、そうだった、
母さんのすてたタンポンを父さんは嗅いでたこともあったね
血だとかドス黒いとか目に膨らむような色が嫌いだったのにね、
でもみえるものなんて、灘岡風穴の向こうみたいなことだけだよ、
垂れる鍾乳洞や、かび臭い風や、ザラザラのオレンジの電球や
まったくそういうもんだよな、そうだよ、そんな父さんに
母さんなんか笑ったりして父さんも僕もそうだった、けっきょく、父さんなんか母さんも僕も、馬鹿だったんだろうな、だけどさ
思うべきことはあったんだ、でもそんなことばかりいって
なんだか抽象的で、そういうのばかりじゃだめかもな、
でも死はすごい抽象的な形をもって放物線をしっかりと描くから
ゲロやタンポンや設計図や鉛筆削りと同じかもね、そうだ
父さんがコクヨの鉛筆削りをクルクル回していたのは、なんだか、
思うことがあったよね、だって、そういうものだものって、
きっとそこには父さんがほうり投げ続けた物があって、たしかに
それはそれで感じるものでもなかったのかもな、そうなのかな
僕はテレビをみながら、そんなことばかりしてる
結びつけたりつけなかったり、だから
14階から放り投げられた赤ん坊はやっぱり僕じゃないかって
ほらやっぱり、感じることばっかりなんだよ。


説明……ニュースをみてました。もし僕がベビーシッターで、赤ちゃんを抱えていたら、どうだろうって考えてました。怖くなりました。僕はきっと放り投げるだろうなと思ってました。ブヨブヨに膨れ上がった赤ちゃんの手の感触や胸が膨らむ瞬間や、その白い肌の色や、父さんみたいに汚くないチンチンを感じるとき、母さんのアソコの襞みたいなどうしようもない僕の感情やらが、僕の皮膚にこびりついて吐きたくなって、メチャクチャになってなにも感じなくなるからだなって思いました。そうしたらよくなるからだなって思ってました。きっと不安障害だなと思いました。


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