灘岡ソフトボールクラブ 竹下 力
2−2のカウントひょいっと
腰をガバっと首ガバっと捩れば
ヘルメットは飛んでいって
バックネットへ絡みミズノの金属バット
ビュンと宙を描いて汗に滑りボールの軌道はビュン
わずかにユルリと弧を描き
2センチズレて上へ上
キャッチャーミットを擦ってバックネットへ突き刺さり
足絡まりクルリと回りクルリ両腕絡まり僕は白内障の
障害物リレーの選手みたいにあちこち視線が飛んでヘタリ
あんな大振り馬鹿だぜなんて声もチラホラ
チラホラきこえたからってそれは
たしかであってそんなつもりもない
けれどそうでもあるからなんて僕はケツをパッパと立ちあがり
審判に振り向けばファールチップと一声かける僕の父さん
ラッキーだよなあんな大振りでなんて声もチラホラ
チラホラきこえたからってそれは
たしかに父さんだってそう思ってるだろうけど
僕はバッターボックスでてすべり止めのロージン叩けば白煙が舞い
ヘルメット父さん拾いクルクル回して僕に渡し
パンパン叩いてドンマイだなんてなにもきこえない
けれど僕は首振り素振りを2、3度繰り返し
プロテクターもつけない父さんに2、3度頷き腰を落とし
左足を開いて右足の一歩前へ踏み出し腰を右へ捩じ
マウンドの住吉ソフトボールクラブの増井くんは
帽子を脱いで汗を拭いキャッチャー眺め左に首振り顎落とし
僕は前を見据えそのままバットの先端の
セカンドとファーストの間を抜けた先のライトの先の
灘岡公園の周回路の銀杏並木のはるかむこうへと増井くんは
左足を前へバンと踏ん張り右腕をビュンとクルリと放つ
指先にかかるスナップのきいたアンダースロー
耳の穴にみえてきこえるボールの切れる音
そのたもろもろの僕を囲む音や声
素振りのイメージとボールの放たれる瞬間を直線に結べば
夜の10時に灘岡公園をドライブしてる練習帰りにすれ違った
時速40キロのヘッドライトをつけた日産セレナでそれは
父さんが三塁側のベンチにいる増井くんの
お母さんにチンチンを触ってるのをみたんだ父さんは
静岡県の代表で国体で円盤投げの選手をやってたから
クルクルハンドルを回しながら灘岡公園をクルクル
回りながら増井くんのお母さんにチンチンを回されてクルクル
クルクル思うべきことは下に叩き空を切る金属バットに感じる
ボールにあたるはずで芯におこるはずの感触やチンチンを
握ったときみたいにビリビリ膨らんでいく怖さ
なのにそんな感じもせずに僕はただ
あれお前の父さんと俺の母さんじゃないと増井くんがチラホラ
チラホラいってたからってそんなのはたしかじゃないよなんて
ヘッドライトに逆光でみえなかったしギャと走って消えてって
けれど僕がバットを振ってしまえばボールも
頭に突き刺さるような山なりでタイミングはずれ
ユルリとチェンジアップだった揺れながらユラリと
円を描いてあーあとみとれ僕はただ
円盤投げの父さんみたいにクルクルまわり
腰は捩じれ足は捩じれ絡まり手は引きつり顔は捩じれ
バットはすべり抜け放り投げボールがミットに収まり父さんの顔
グシャッとあたってギャって叫んでギャって
叫んだ父さんの白目はひんむいて真っ白の膜がギョッと
飛び散り白内障で頭蓋に突き刺さり出てくる脳味噌と一緒に
転げまわり父さん68m国体第3位の円盤みたいにバットは転げ
駆け寄る国体の審判みたいな三好君のお母さんは
ストライークいって僕は転げ父さん転げまわりストライーク
なんて三好君のお母さん叫びまわりあの糞ガキあいつ
あいつやっぱり三振だよ馬鹿だなんて声もチラホラ
チラホラみんなの声にただずっとあーあ
あーあと僕は声をあげて唸りつづけていた。
説明……思い浮かぶことは日曜日の白いソフトボールでした。父さんとキャッチボールをしているその青空なんかを覚えています。僕は嬉しかった。気恥ずかしかった。胸が裏返った。でも、メチャメチャになる瞬間をみる瞬間なんてあっという間で、母さんの帰りは日曜はきまって朝になって、家の傍の横井君のおじさんと、ストライークストライークなんてチンチンを振りまわしていたもんだから、父さんは送られて帰ってきた日産カローラから玄関に降りようとする母さんにソフトボールを投げつけました。ガラスの割れる音やギャッと叫んだ声、横井君のおじさんのあーあという声、母さんのこめかみにあたったその白いボールで頭が割れて泣き叫んで気絶していた母さん。僕は布団に隠れてあーあとうな垂れて、ストライークストライークと泣き叫んでました。
灘岡実家
僕は覚えてる。
朝方のゆるりと開いた襖から
さしこむ窓辺の山紫陽花の青の光が差し込み膨らんで
父さんその背がギコギコ鳴ってゴキゴキ鳴る母さん
六〇ワットのザラザラの影やオレンジ色の
薄い毛に絡む汗や痣やシミがギョイっとうねる父さんの肩甲骨が
天竜浜名湖線の車輪がギュルギュル回るみたいに
その襖の母さんのその瞳孔を
覚えてるんだ僕は。
かすかに開いた白目は毛細血管だらけでギョロリと赤く
天井を睨み染みついたポタポタ落ちる天井の
結露の水がヒャッと父さんに垂れヒャッとかび臭い声を母さん
父さんの柔道着に擦りきれたシミだらけの肩に噛みつき叫び
噛みついて父さん母さん殴るから白目ギョロリと空をむき
母さんときどき浜名湖線のオレンジと青の車体
ギャッギャと急ブレーキみたいに鳴いて布団から転げ落ちて
アワアワ泡吹いているだけでなにも感じなくなった母さんに
父さんはアソコを触り触らさせて
畳に落ちる水滴の音やザリザリいう布団と擦れる畳
僕は感じてる。
感じてるんだ僕は。
廊下をトコトコと走りながら口押さえ
父さん背中の引っ掻き傷や母さんシミの乳房や凹んだ乳首やら
黒く固まった汗だらけの陰毛がパチパチ絡んで引っ張られ
キャッキャとさけんでケロイドみたいにドロドロ殴り合って僕は
便所でゲロ吐けばポトリと水面が跳ねて天井の結露
欠陥住宅はギシギシなりクルクル回る便器に母さん
父さんのアソコがギョロリとひんむいて水面に映る父さん
母さんはみてたわねなんて僕の髪引っ張って
ギャーギャー叫んでみてたわねなんて振りまわして
僕は思う。
思うんだ僕は。
そんな信じられないよ母さん
父さんでも浜名湖線の4車両目から鉄橋を渡ったら
真っ白に光る浜名湖が見渡せたなワンピースから母さんの
背中に覗けた黒い痣やらスカートがハラリと風に揺れて
巻層雲にからまる青い空や湖に繋がる太平洋や波間の影や
帽子おさえてアラアラって灘岡駅で食べた増井屋の
うな丼のこと見上げればナショナル14型テレビ父さんの
ヤマハマリンにいく東海道線の4車両目が脱線したこと
母さんはギョロリと白目をひんむいて感じずにいたこと。
僕は信じない。
信じないよ僕は。
確かに起こった出来事は確かに起こらない確かな出来事だもの
母さん! 便所に垂れるポタポタ血
こんなの望んでないわよって僕をぶん殴ること
60ワットに鼻がひん曲がって鋭角の影が折れ曲がって
そのにおいやらもうやめて! ふたり裸でガバッと
燃えてるアソコはジャージャーって陰毛が
クラゲみたいに海水ポタポタたれてブヨブヨの
私は不感症なんて愚痴いってみえるアソコは
嘘だ!
嘘ばっかり! ギョロリと剥いて裏返るクラゲみたいに塩臭く
なにも感じないなんて反吐垂れて首根っこ押さえ
ゲーゲー吐かせてそんな吐かせてゲーゲー
父さんアハハと笑ってヤニの歯みせて母さんギャーギャー叫んで
クルリとキラキラ豆電球に60ワットの父さんの
肩甲骨はときどき車輪みたいに外れガキガキっと東海道線から
60人は放り投げられたっけでも誰も死なないなんて
昭和22年に自衛隊の補給路でB29に爆撃されて脱線したときも
120人は転がりおちてヒャッと飛びあがって
カタカタ歯を震わせた僕のおじいちゃんたちは粉々に死んだっけ
けれど父さんは頚椎の捻挫で石膏コルセットしながら
アバアバ母さんにむしゃぶりついてるくせに! 母さんアバアバ
浜名湖名物の生牡蠣のカチカチのヌルヌルに動き
首がコキコキ背中がゴキゴキ襖に円筒の青い影にまるい頭
長沼温泉で買ったこけしみたいで僕をみるよ怖い! やだ
やだ! オレンジ色の父さん母さん絡んで捕食するクラゲで
馬鹿馬鹿なんて母さん泣きながら父さんバシバシケツ叩いて
僕はみてるその襖の奥の白目の小さなおばあちゃんの遺影や
爆撃されたおじいちゃんもギシギシなって天井から落ちちゃって
父さんにガリっとなんてこった!
クルクル回って僕の足下へ転がり父さん母さん振り向くと
父さん頭!
頭だよ父さん。
血だ血。間欠泉だ間欠泉。
灘岡駅から400mの長沼間欠泉だ。
観光客は列にクネって繋がり長沼山のてっぺんの煙がシューシュー
立ち入り禁止の鎖の向うに僕を突き飛ばして火傷させたこと
そんな理由なんてないっていう理由だって母さんは笑って
ウーウーなる救急車や囲むいろんな人たちはウーウー
背中のブヨブヨのケロイドはただれて女ヶ浦で死んだクラゲだよ
四方八方に走り脱線して田中医院のまんきんたんそのにおい
母さんのアソコみたいでバガッと
ガバッとほら今ガバッと
父さん母さんもも抱え
ヘロヘロ踊ってた。
踊ってヘロヘロと。
母さん父さんカチカチコルセット抱え首はキリキリなり
足はガバッと開いてダラダラと母さん
ビャッビャ飛び散らせてもうみせないで。
襖の隙間に間欠泉が湯気をたたえるみたいに
父さん母さん吹き上がって背中をギョイと立ちあがらせて
ウニュウニュ動き合ってみたわねなんて振り向きざま
山紫陽花が青々咲いてる最初の光景を
僕はすごく覚えてるんだ。
説明……長沼間欠泉は、浜松駅からちょうど車で40キロ北にある、長沼ダムの近くにあります。硫黄のにおいが立ち込め始め、煙はユルリと黄色にモワモワと日中の午後3時ごろ吹きあがり、40mの高さまで達します。長沼名物としても有名で、年に3万5千人は観光客として訪れ、その壮大な眺めに驚くそうです。僕の父さんは時々、フィリピン人のマーサさんとやってきました。そして、些細なことで喧嘩をしてました。そのたびに引っ掻き傷をつくり軟膏まんきんたんをこすりつけあって、泣きあって、笑い合って、手を繋ぎ合って、近くの長沼温泉で卵臭い息を吐きながら、よろしくやっているのを考えるたびに、僕の母さんはあの糞やろう、ぶっ殺してやるなんて声は、もうやめて! そんなこといつも思ってます。そんなことあったって。そんなことあったんだって。
灘岡駅プラットフォーム
ツイてなかったな
天竜灘岡線の緑とオレンジの車体は停車線を過ぎて
思い出すみたいに雨が降って
僕のパーカーにシミがポツリついていく
染み込んでいく雨に肩がブルブル震え
11月も15日を過ぎれば13℃の寒い日でしかなくて
目をしばたくような雨は遠い灘岡の町のネオンに滲み
乗り遅れたっていう実感も空を見上げれば
夜にシミのついたような黒い雲が
厚く覆い暗闇に溶けた落ちる雨粒だけ感じて
8月に感じた夕暮れの午後6時もあっというまに
過去になって感じることも感じたことになった11月
でも感じたとかどうしようもないかもしれなくて
そんなこと死ぬことと一緒のような気もしたり
けれどV型のプラットフォームの屋根に僕は入らずで
早くすべきだったなんて後悔すれば目の前に
みえる灘岡駅南口ロータリーの枯れはじめのイチョウの木の下
電球をつけ点灯してる逆さVのサンドイッチマンや
金融や質や青や黄色で飾った黒っぽい看板しかみえなくて
なんだか膿がたまるように気が滅入るしまったくツイてないな
雨が降るなんて考えもしなかった
馬鹿だからだよまったく
でも警笛がなって通り過ぎる徐々に滲む光は
ヘッドライトで灘岡坑夫のおじいちゃんのヘッドライト
おじいちゃんは昔そこで石炭を灘岡線でつかってた
そんな光は長く一直線にレールを夜の向こうへ
通り過ぎてしまえば貨物列車だったなんて
どこかおかしくて笑うばかり
ビュンビュン通り過ぎて雨を巻き散らし
長々と車体は僕の目の前で何度も続く
過去や現在ごちゃ混ぜに未来へ繋がるんだけれど
ビショビショに濡れるパーカーに思うことはそんなことより
ツイてないなっていうただ馬鹿なこと
思い出すことは滲んで過去も現在もないことだろうし
雨はすっかり僕のパーカー濡らして重く重く
時計をみやれば6時半まで電車もなく
そんなこと知ってたはずなのにチラホラと
4番線には裾が濡れ沈むコートを着たいくにんか
サンドイッチマンみたいにキラキラと滲んで
なんだかとっくに死んでいるひとたちなのかな
そんわけないさ感傷的でろくでもない馬鹿だな僕だよそうだ
北口の高架橋の下に怯えた片目のつぶれた三毛猫がいたな
ブルブル震えて拾った父さんが連れ帰って母さんに殴られ
猫にまでに引っ掻かれてヒョイと玄関から逃げ出されてさ
ツイてないよ逃げられた猫を三味線に
してやると叫んで瞼を切って化膿した青黄色の膿が
ドロドロはいって目が赤く膨れて真っ白になった三毛と同じで
腫れあがった瞼からはすべてかすんでいたんだろうね
そんなことはどうでもいいのかもな
今じゃこのプラットフォームから後ろをみれば
次の灘岡病院前駅までつづく南口の開発されてない土地
たくさんの鉄線に囲まれた再開発の原っぱが広がりみえて
その青空は綺麗だった青しかなくて空は空になって過去は
現在のままだよ病院で暴れる父さんを押さえるので必死だったよ
だから潰しちまうんだそうなっちまうんだよだから
麻酔の注射が黒目を突き刺してギャッと叫んでさ
ツイてなかったねみえないなんてでも死ぬよりはましだったな
三毛が病院駅前の北口にある段子川で腐って浮いてた川を
掘り起こしコンクリ埋めるシャベルカーの爪の中で茶色の雨水に
漂ってただれた瞼の中にいるみたいにユラユラゆれていたっけ
揺れているって変だな通り過ぎる貨物列車にガタガタ
揺らされて波が起こって死んでるってことだからさ
羊水にいる赤ん坊でもないのになんでそこにいたのだろう
でもツイてるんだろうなどこかで死ぬなんてさ
トロッコに放りこまれ縛られ灘岡湖に放り投げられた
おじいちゃんは徐々に水がたまって溺死したし父さんは
膿が頭に溜まり子宮で溺れる精子みたいに頭がおかしくなって
ガタガタベッドをユラユラ揺らして死んじゃえば止まった
雨は止んで夜も夜らしくなってサンドイッチマンの仕事も終わり
灘岡坑夫みたいな黒い顔は僕のおじいちゃんみたいだった
イチョウの木はすばらしく石炭のようだし
寒気と濡れだけは現在の現在のまま未来だろうしブルブル震え
線路をみやれば砂利にギザギザの光がどこまでも続いて
灘岡博物館でみた直径80センチのオパールみたいだった
琥珀でところどころが膿のように真っ黒の斑点が
ガラスケースの向うでキラキラと透けて
吸い寄せられるようにガラスの向こう側で
父さんのつぶれた片目がじっと僕の目に重なってあのときは
僕をガラスに突っ込ませるんじゃないかと怖くなって今じゃ
プラットフォームから飛び降りて死ぬのかもなと思ったりしてる。
まったくツイてないな
みんな死んじまってミンチになって轢かれちまえば
ショベルカーの爪の中でユラユラ揺らて死んでるだけだからさ
感じることは幻滅ばっかりかもなそうでもないかもなんて
思うよ今日だってツイてないなってことぐらい
誰もいないまま手を借りずに死ぬことが死んだところまで
死んでいられるのかななんて考えてほんと馬鹿だろうし
今日だっていつだってツイてないんだ
説明……ツイていることかもしれませんが、ツイてないかもしれません。例えば、僕のおじいちゃんの四方浄の裏山が震度5の地震で崩れて、父さんが埋まったことはどうだっただろうと思います。半身が埋まって助けてー助けてーと叫んでいた父さんだったので、よかった生き埋めじゃなくてなんていっていたのですが、救急隊員たちに引っ張り出されたら両足がどこかにいっていました。そのあと、助けてー助けてーと怯えてショック死してしまいました。そういうことって、ツイてることじゃないかもしれないけれど、ツイてないことじゃないかもしれないなと思ったら、いつだって起こることは、起こっちゃうことなんだって思うようになりました。
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