ぼんくら bonkura/2006/11/1 home


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山旅ノートから(連作) …上河内岳夫
廃屋 …正津 勉
灘岡の僕の家 …竹下 力







山旅ノートから(連作)
  上河内岳夫

20

十月の初めの日曜日に山仲間と
三頭大滝を経て三頭山に登り
中央峰で食事を広げていると
それまで小降りだった雨が
突然本降りに変わった
まだ秋雨の季節は終わらないのか
避難小屋に場所を替えることにして
ムシカリ峠へと下った
想いのほか綺麗なログハウスに着いて
閉じられていた窓をすべて開け放つと
あたり一帯はガスで覆われ
幻想的な森の風景が広がった
みんなほっとして話が弾み
この小屋にかつて宿泊した男たちが
焚き火をしてガス中毒で死にかけたと
まるで実体験のような口ぶりで
確かに二重窓で気密性が高そうである
ザックから取り出した
日本酒、焼酎、ワイン、ウイスキー
などを立て続けに飲み続け
酔いつぶれて私はごろりと横になった
やがて仲間の話題は中原中也の詩から
太宰治や大岡昇平の人物評に移っていった
ふと「レイテ戦記」は
「戦争と平和」のように長い小説だが
トルストイのようには
読みやすくないなと思ったのだが
気がつくと文学の話題は終わり
酒も大部分無くなっていた
雨は降り続いていた
大急ぎで帰り支度をして小屋を出ると
登山道の入り口に通せんぼをするように
背の高い雄山火口の花が咲いていた
酔った勢いで紫の花を払いのけると
突然指先に激痛が走った
私は神に罰せられたのだと思いながら
舌で指を舐めた


21

十月の澄みわたった空の下
鷹ノ巣山を目指して
榧ノ木尾根を登り
藪の中から飛び立つ鳥に驚く
少し落ち着いて
視界を横切ったのは
一体キジであったか
と問いただすが
鳥の名には全く自信が持てない
私に今わかっているのは
もうひと月もすれば
紅葉が一気に山を駆け下ること
そして
時の流れがあまりに速い
と嘆かずにはおれぬこと
彼方の富士にまだ雪は見えない


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廃屋
        正津 勉

位牌のない法具のない仏壇
隅っこに重ねられた苔むした畳
ところどころ踏み抜かれ穴を開けている
小さく三つに仕切った板の間

奥の間のそこの臥す姿をなぞり
ぺたんと影薄げな寝嵩をしのばせる
生きながらに死んだも同じみたいだった
それはたぶん爺婆のであろう

つづき戸板で隔つ薄暗いそこ
そこでその最後の夜に必死で睦んだろう
ぐちゃぐちゃに内臓をさらしている
まぎれなく夫婦のとしていい

そして土間脇の狭い二畳間
それだけ畳まれた小さくつましい
いまもどこかで生きているにちがいない
おそらくは兄妹のとおぼしい

黴臭くひんやりとした空気
蜘蛛の巣の高くぶら下がる電球の傘の下
それをこそ凝視せよとばかり
亡骸そのままにある布団


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灘岡の僕の家
       竹下 力



父さんのベッドの下。
僕のズボンの膝の上。
あたりまえみたいにあったもの。
父さんのくすんだ小便色の瓶。
瓶にはラベルがはってあった。
夜王姫蜂と名前があった。
なかに無臭でたくさんのひょうたん型をしたもの。
ラムネ菓子ぐらいの3グラムのもの。
紫色で家の庭に咲いている紫陽花のようなもの。
直径3センチぐらいの瓶の口に指を入れて
逆さにして挟んで取り出した。
蛍光灯にあたるとキラキラと緑青色になった。
指に挟んで仔細に眺め
仔細に指を眺め挟んだ。
指先がピリピリしてきた。でもなんだか
怖い
というわけでも
重い
というわけでも
死ぬ
というわけでも
死なない
というわけでも
ないもの。
父さんは
毎日毎日どんな日でも
朝食のあととラップに包んで昼食用に
ヤマハマリンから帰ってきて夕食後に
5粒ずつ飲んでいた。計15グラム。
瓶の裏側には説明書きがあった。

※「男性器は、根元から先端部にかけて、陰茎海面体という血管で出来た海綿状組織が存在します。男性器を長く太く増大させるためには、海綿状組織を強固に幅広く増やす必要があります。それを促すのが、テストステロンの働きです。この錠剤は、男性ホルモンテストステロンを正常に分泌させるためのものです」



父さんはよく酒を飲んだらベロベロになった。
説明書きみたいにズラズラ悪態をついていた。
母さんのことをボロクソにいったら母さんは
2キロはある出刃包丁をとりだして喧嘩していた。
僕を父さんの子どもじゃないといった僕は
3024グラムなのに産まれなかったことにしようとしてた。
でも自分のこともボロクソだった。
父さんは役立たずでどうしようもないくそやろう。
母さんのアソコにいれてもいれてるのかわからない。
やりたいこともできない120グラムしかないチンチン。
海綿体はスッスカのなーんもないクラゲさ。そういっていた。
でも毎日毎日5キロぐらい飲み続けて5ヶ月後に
父さんのチンチンは
5センチ太くなって7センチ長くなった。
150グラム重くなった。計270グラムになった。
すごいことだって父さんは喜んでいた。
銭湯月の湯の鏡の前で僕に自慢げに
みせていたものはたしかにそうだった。
皮が伸びて先っちょを少し隠していたけれど
しっかりと垂れ下がってアリクイの口みたいだった。
重さがしっかりあって感じることができれば生きることを
死ななくてもいいってことにできるんだなあって思う。
でもそうでもないなって思っちゃうんだ。
お隣の吉田薬局の吉田さんのチンチンは
父さんより7センチも太くて5センチも大きかった。
540グラムは重そうだった。
吉田さんは胸を張って銭湯のタイルを歩いて浴槽を跨いだ。
茶色のチンチンは頭の悪い象の鼻みたいに垂れ下がっていた。
銭湯のお湯を吸い上げると吉田さんは熱い熱いと飛び跳ねた。
チンチンから水をバッと巻き上げると小便をしてるみたいだった。
父さんは黙ったまま自分のチンチンにタオルをあてていた。
灘岡動物園にいるシマウマみたいに縮こまっていた。
きっとろくでもないことっていうこと。
いつでもろくでもないんだなって思う。
そうやって。ほんとたくさん。
きっとおこったからろくでもないってことなのか
おこらなくてもろくでもないのかわからないけれど。
ほんとたくさん。そうやって。
だって母さんは吉田さんを好きになった。
父さんはろくでなしだって私のことをいってただけだもの。
母さんは象に追いかけられるシマウマみたいに逃げてった。
7センチ太くて5センチ父さんよりながいからさ。そういっていた。
父さんはただ蟻塚で蟻を食ってるアリクイでしかなかった。
父さんはただ草原で草を食ってるシマウマでしかなかった。
でも父さんは大変だったんだなって思うんだ僕は。
僕はこそっと一粒飲んでみたことがあった。
女ヶ裏海岸でクラゲに刺されたみたいになった。
チンチンが真っ赤に30グラム腫れ上がった。計120グラム。
ミミズ腫れがバベルの塔の螺旋階段みたいになった。
先っちょから膿が3グラムでてきた。
父さんに殴られた。
牧田泌尿器科でチンチンに綿棒をつっこまれて捩じられた。
ギャッと僕は叫んだ。
牧田先生はアリクイみたいにみえた。
殺してやろうと思った。
きっとそう思う瞬間も父さんにだってあったんだ。
やけになった父さんがソープランドホテル灘岡。
母さんよりも5つ年上の右の乳首が
前のお客さんにかまれて陥没してた。
歯跡が体中についていた母さんと同じ名前の42歳のマキエさん。
母さんと同じアソコをアリクイみたいに惨めに吸っていた。
チンチンの先っちょから膿がでるようにされた。
牧田泌尿器科でチンチンに綿棒をつっこんだ。
ギャッと父さんは叫んだ。
牧田先生を殺してやると叫んでいた。
父さんは腰を曲げて首をふっていた。
どうしようもないぐらい小さくなって病院からでてきた。
やっぱりシマウマのままだった。
やっぱりアリクイのままだった。
それでも父さんは腰を曲げたままひょうたん型の紫色の錠剤。
白い1グラムの抗生物質を5グラム計20グラムを毎日毎日。
ヤマハマリン前とラップに包んで昼食用に
帰って夕食のあと洗面台で歯磨きのあとに
腰を曲げて飲み続けていた。

※コスモローヤルという会社のギルボアという商品広告から、すこし改変して引用しました。

説明……チンチンに、吉田さんの奥さんからうつされてできた腫れ物で、父のグンゼのパンツが、膿でよごれていたことがありました。パンツは真っ黄色で、パステルカラーみたいでした。母は頭が少しおかしな不安障害の人だったので、父が寝ているときに、すごく腹をたてて熱湯をそこにかけました。消毒だ消毒だ、なんて叫んでいたのですが、そのまま自分のチンチンの先っちょをつまんだまま鳴き叫んでいる父と一緒に、母さんも泣きながら灘岡病院に救急車にのったので、そうやってろくでもないことは、ろくでもあることみたいに書けるんじゃないかなあと思って書いてみました。


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