ぼんくら bonkura/2006/10/1 home


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山旅ノートから(連作) …上河内岳夫
羚羊 …正津 勉
浜名湖秋武島 灘岡地球博物館 浜名湖パルパル観覧車 …竹下 力







山旅ノートから(連作)
  上河内岳夫

17 

霧の雷鳥坂で
雷鳥の親子に出会った
雛鳥はすばやく
ハイマツの中に隠れたが
親鳥は肩が触れたことを
とがめるように
片側の黒い目で
私を睨みつけたまま
道の端から動こうともしない
私は誤解を解きたかった
私はパパゲーノとは違うから
つかまえる積もりはないし
鳥見さんとは違うから
パパラッチのように
写真を撮る積もりもないと
だが私にできるのは
白馬大池に向けて
先を急ぐことだけだった
雷鳥を打ち危めて
あわてて立ち去るような
後味の悪さを残して


18

東京には人が多過ぎる
心に鬱屈した思いを抱えながら
満員の通勤電車に揺られる
自分に気づくことがある
いつの間にか生きることが
喜びからつらいことに変わっていた
そんな週末に奥多摩の山に登り
山頂から富士山や関東平野を眺めると
山の精霊から生気を与えられて
命の中へと戻ることができる


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羚羊
        正津 勉

道を外れて渓に入って
ごくと水を掌に喉を潤すごくと
ときにある気配をふと背後におぼえて
振りかぶり辺りをうかがい

数歩さがり眼下にした
踝の驚くほどした崩れ切れおちた
底のそこに何なのだろう潜んでいる
わからない目の当たりにした

それは起つに起てない
ふりあおぐ両袖の岩壁をあるいは
はずみで踏み抜き転げ落ちでもして
脚を折ったか腰を砕いたか

頸を捩り曲げ歯を剥き
こちらを円らな怯えた目でうかがう
どれほどそうして苦しんでいるのやら
羚羊それも子供らしそう

このまま踝を返すしか
しようがない見殺しにするかはたまた
ナイフで喉頸を一息にやるそれか
石をがーんと頭にひとつ


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浜名湖秋武島
       竹下 力

雲が色づいて瞬間があって
オレンジ色に変わろうと雲に切れこんだ夕は
逆光になって滲んで黒く変わる雲
雲間から光が差し込み波間の泡が滲んで逆光の
オレンジ色の砂浜のアサリがむき出して
周囲800mの小島の真ん中に母さんの陰毛の丘みたいに
囲む森に盛りあがった標高60mの丘
花火を上げる広場と真ん中に小さな稲荷の祠
そんな島が浜名湖の灘岡町の傍にあって
館山寺温泉をとりしきってるヤクザの秋武さんが
秋武島っていう名前をつけたのは
昭和の25年の8月22日の父さんが産まれた日
ホテル呉山荘の屋上露店風呂からみえる秋武島に
臨月の母さんが父さんと遊覧船春雪から降りて
剥き出しのアサリの砂浜の上でイタイイタイなんて
馬鹿だからふたりでいちゃつきだしたらアサリが刺さったりして
イタイイタイなんて母さんがついでに僕を破水したのは
昭和の53年の8月22日の僕が産まれた日
雲が色づいて瞬間があって
秋武島のてっぺんに逆光の
巻き雲があって夕が隙間から切れこんで秋武島
全部がオレンジ色に染まり全部が逆光で
黒い雲がわずかに滲んで母さんのアソコから
オレンジ色の光とともに剥きだした羊水が
巻き雲みたいにクルクルまわりながら砂浜を洗い流して
波間にさらわれるアサリがむき出して父さんの
亀頭みたいな僕の頭をへその緒に絡んだまま
呉山荘にもどってイタイイタイなんて
秋武さんのいとこのみやこ助産婦さんのおかげで
捩じり切るように産まれることなんて
信じられないけれど
そういうことってそういうこととして
起こることだって正しいことであったりそれは
秋武島の小さな祠には
キツネの石像があって8月22日
毎年小さな祭りの館山寺花火大会の日
灘岡町で生まれた子供たちは12歳になると
花火大会の後に祠を輪にして座って
キツネのお面を被った秋武さんに
割礼されるらしいけれど僕は11歳のとき
特例だかなんだかよくわからない特例だか
夕が夕だっていえる逆光で逆光の雲の雲の8月22日
灘岡公営団地の風呂のなか父さんの大好きな
タミヤの原寸60分の1のプラモデル船夏雨
父さんと遊んでいたらスクリューが
僕のチンチンの皮にからまってイタイイタイ
60ワットの電球が逆光で僕のチンチンを
ボートの影に真っ黒でメチャクチャにしちゃって
イタイイタイなんてああなんてこったなんて
そのままそうなったらそうなっちゃうことで
秋武さんの弟さんの米田皮膚科でそのまま
割礼しちゃったことになって父さんは
僕の捩じ切れたチンチンの皮膚をみながら
僕が秋武島のキツネの神様を
裏切ったなんて笑っていたけれど
そうなのかなってそうでもなかったりそれは
僕が12歳のとき父さんが
12年ローンで買ったヤマハの60馬力の船秋晴
8月22日の館山寺花火大会をみようと浜名湖で
みやこさんの息子さんの武さんの
90馬力のボートとぶつかって父さんは落っこちて
僕はハンドルをブルブル握って父さんが僕の
チンチンにめがけて舵をきった
ろくでもない顔の父さんの僕は
回れ右をしてそのまま父さんを
80センチはあるスクリューで花火に逆光で
弾けるたびに真っ黒な浜名湖のなかで
頭を割礼してメチャメチャにして沈めちゃったのって
洗礼だ洗礼だなんて武さんが叫んでも
信じられないけれど
これは僕がキツネの神様だか秋武さんを裏切らないで
父さんを裏切ったからなのかなっていう今日は12年後の
しっかりと8月22日の午後6時の空
夕に真っ赤で真っ黒になろうとオレンジの空
空は逆光で青いままでそのまま消えゆく瞬間の空
そんな瞬間が残り続けることが
館山寺花火大会の花火に弾けて色づいたら
24人の子供たちが
灘岡子供会の大人達に連れられた120馬力の船冬虹
僕がのっている父さんのボートからみえる秋武島
花火に逆光に盛りあがった陰毛の丘へ
白装束きて目隠しされ
ワイワイ浜名湖パルパルのおばけやしきみたいにワイワイ
剥き出しの砂浜を夜に花火の弾けるたびに滲む祠にイタイイタイ
イタイイタイなんて叫んで巻き雲の覆った煙がそのままねじれて
剥けて剥き出す祠からどこかにいってしまった晴れの夜
子供たちがそれぞれの肩をもってゆっくりとボートから
一列に降りてくる瞬間を僕は雲が花火に色づいて
花火の煙の夜に消えて色づく瞬間にただじっとしていた

説明……じっとしていたら、そうでもないことがそうだったりして、それはそうでもあることがそうでもなかったりして、滲むものが滲んで、消えたらそのまま消えていくとかそういうことがみえたりしてみえなかったりしたら、60ワットの電球で父さんがザラザラ滲んでベロベロで、風呂場で寝ている父さんが、死んだみたいな鼾に、ろくでもない気分が絡み出したので僕は、こういうことが書けるんじゃないかなと思っていました。小田原と熱海の間の白い海の太平洋にみえる名前を知らない小島みたいにむけ出したチンチンの真っ赤な先っちょが、ポカンと浮いていて、蛇口を捻って60度のお湯を出してあげたら、先っちょにかかって死にそうな声を上げて飛び起きたのですが、宿酔のせいか、起きてこのやろうと僕をぶんなぐったらゲロを吐いて、父さんのチンチンの先っちょは爛れ始めていました。


灘岡地球博物館


大きく細くなって
黒い80トンの壁が
回廊のように広がりみえる先は
縦12m横35mの
ブンデンバッハ化石動物群
3億9千万年前の
古生代デボン紀前期
ドイツのラインパルツ州から
石切り工事夫3900人によって採石された
アンモナイトや三葉虫
そのほか一角獣の角みたいな巻き貝の化石が
地層に搾り出されて押し潰された石油みたいに黒く
浮き出たままカチカチになって
形のない
3億9千万年が
形のある
3億9千万年後の今日
回廊みたいにあって
そこにいる僕や
なにやかやが
ザラザラの黄色くひずんだスポットライト光に
照らされて思うべきことや
思わないべきことなんかを
思ったりそんな形に収めた
形のない今を
形に収めなくても
形としてあろうとした
3億9千万年後に
押し潰されて浮き出たものに
なるかもしれないことは
なりえないかもしれないというのに僕は
壁の真正面に立ち止まると
みあげて縦12m横35mの
昭和39年に取り壊された
灘岡トンネル跡のコンクリートの壁に
落書きをしてぶん殴られた39年前の小学生の父さんが
三葉虫やアンモナイトや巻貝みたいに折れたチンチンの絵
搾り出された石油みたいな歪んだドロドロの
母さんになるアソコのカチカチの絵から僕が
39年後に掘り出されて
ここにいる僕のみあげる後ろで
記念撮影をやっている両親が
小学生のふたりの子供を
ペンタックスのカメラで写してたかれた
フラッシュに僕は
僕の半身だけがこそげついて
平面になろうとする影みたいに搾り出され
押し潰された閃光のせいで
3億9千万年生き残らなくちゃいけない
怖さのことを思ったら僕は
僕だけの半身が生き残るなんて
スーパー主婦の店帰りの母さんが近くの
スナック三夜宙の台湾のフォンさんといちゃついている
父さんのチンチンを掴んだままのフォンさんの
突っ込んで指を父さんがフォンさんのアソコに
母さんはミズノのバットをもって
父さんの下半身めがけて打ちつけて
チンチンを折って半身不随にしちゃったのと
どこで同じだろうって思ったりするけれど灘岡町の
吉田カメラで現像された
ブンデンバッハ化石動物群にはしっかりと
ふたりの息子の横に父さんみたいに
石油から搾り出された真っ黒な半身不随の僕が
3億9千万年後の化石に
3億9千万年のあいだ
こびりつくんだよな

説明……灘岡ソフトボールクラブで、8番セカンドの僕が、第39回浜松自衛隊少年ソフトボール大会、ミズノのバットをもって構えた2−2のカウントで、投げられたソフトボールを、ファールしたら、いままでにみたこともきたこともない父さんの金玉にあたって、そのまま自衛隊の担架に乗せられて、灘岡病院まで運ばれていくのをみていたら、思いつきました。そのあと父さんは、下半身をグルグルの包帯巻きにして、僕を家でまっていて、3位をとって、打率3割9分ぐらいのこした8番バッターだったのに、僕をミズノのバットでぶん殴った後、金玉を押さえてうずくまって頭蓋骨が凹んだ僕と一緒に、助けて助けてとうなっていたら、自衛隊の練習機がブンブンうなって空を飛んでいました。


浜名湖パルパル観覧車


みえるものがあった。
浜名湖がみえて
3台のボートがみえた。
波は白くキラキラ光って青い空に反射していた。
スクリューが波をたてると
泡だった水面が激しく動いた。
円を描いて浜名湖をえぐっていた。
雲間から三角形の光がさし込んでいた。
浜名湖オルゴール館へのロープウェイの四角いゴンドラが
ちょうど真正面にみえた。
小さな男の子と父親がいて窓に両手をついて真正面から
ゆっくりと降りながら真正面をみていた。
観覧車は登りながら雲間が開けていった。
私は娘の手を握って丸いゴンドラから彼らをみていた。
妻は私の肩に頭を乗せてスースー眠っていた。
娘は怖がって私の膝に顔をうずめていた。
みえるものがみえなくなるから怖いという娘は
感じたりするものを感じれなくなるからといった。
それはクルリと回る観覧車のなかで
起こっている実感みたいだった。
私がそこでみていたのはみている繋がる風景でしかなくても
たしかにそれは私がみているからだった。
小さな男の子が父親にだだをこねて
ゴンドラが少しだけユラユラ揺れるのがみえた。
ワイヤーが軋んでギシギシ鳴ると
オルゴール館を囲む森から鳩が飛んでいった。
父親が子供をなぐって泣かしているのがみえた。
マイクをもった案内係の女の子が叫んでいた。
父親はマイクを取り上げ女の子をなぐっていた。
観覧車が頂上にたっしたとき風に揺れて積雲がふくらみ
私の顔に近づいてくるとそれは止まり青い空に張りついた。
ユラユラゆれる観覧車は止まったようだった。
私は娘を殴っちゃうんだろうな。
私は妻も殴っちゃうんだろうな
観覧車はキシキシ音をたててひずんでいた。
娘はブルブル震えて私の膝に顔を埋めていた。
私はそっと娘の肩に手をおいて大丈夫といった。
妻はスースー寝息をたてて私の肩に頭を乗せていた。
私はそっと妻の額に鼻をつけてにおいをかいだ。
顔を上げたらみえるものが
みないものだった。
子供が父親をゴンドラから放り投げているのがみえた。
父親はクルクルまわりながらキラキラ光る浜名湖へ落ちていった。
鼻の凹んだ案内係の女の子はマイクでケタケタ笑っていた。
そうだった。
みえるものがみえて
みえないものがみえたりするからだな。
私はじっと娘の背中をさすってあげて
妻の長い髪をそっと撫でた。
ふたりとも満天星の匂いがした。
ああ、そうなっちゃうんだ。
私をここから放り投げてケタケタ笑うんだろうな。
観覧車が頂上からそっとユラユラ降りていった。
止まり続ける青い空が
落ちていくような浜名湖が登り続ける青い空。
ずいぶんと白く輝かせるのがみえつづけ
みえないものがしっかりとありつづけた。

説明……みえるものがあったらたとえばそれは、傾斜20度ぐらいの顎に、浜名湖の湾曲線みたいなでかい鼻梁に、そのまま繋がった太い二重の眼に太い眉が、禿げた白髪の頭に繋がる父の顔は、そのまま円をきれいに描きながらそっと光を登っていって、途中、祖父に鍬でぶん殴られて凹んだ曲線にひっかかり僕は、父が僕をぶん殴ってヤキマ社の勉強机に頭をぶつけ、頭蓋陥没した頭を触りながら、曲線を曲線として結んで、それは父が棺桶にいることだったので、そのように書いて、みえるものをみえないものにして、棺桶に蓋をしてあげました。


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