浜松灘岡医療センター精神科病棟 竹下 力
僕の父さんは、浜名湖パーキングエリアで捕まった。
浜名湖がみたいと、入院服のまま夜の東名を歩いていった。
そこからみえる湖は、何万本もの街灯で、
丸く縁取られていた。網におびき寄せられる魚みたいに、
どこかに逃げたがってたけれど父さんは、通報されて
病院に連れ戻されて電気ショックだった。
僕が父さんから逃げ回っていたとき、
城北小学校の理科室にかくれていた。
教壇の下にマッチがあって火をつけた。みえるものが
丸く縁取られてユラユラ揺れて、僕はおびき寄せられた。
父さんの顔が映っていた。僕は怖くなって
あたりかまわずマッチに火をつけてばら撒くと、
スプリンクラーが水をバラバラふりまいて、
警報がなった。僕は牧田先生にぶんなぐられて
父さんにもぶんなぐられて病院に連れていかれて、
僕だって電気ショックだった。
僕の父さんは、掛川駅で捕まった。
実家に帰りたいと、キセルをしていった。
線路づたいに咲いたばかりのツツジが朝露で、
母さんの乳首だった。おびき寄せられる茶色の小さなハエが
バタバタ音をたてて、東海道線の窓にはりついて
千個の空をみあげていた。空は真っ青で父さんも一緒に、
千個の空をみあげて笑っていた。そのあと父さんは病院に、
通報されて掛川駅で駅長にぶん殴られて、
病院に連れ戻されて電気ショックだった。
僕が父さんから逃げ回っていたとき、
押入れの布団の隙間にかくれていた。
隙間に顔を埋めていると、目が万華鏡みたいに千個の
茶色のいろんな形の光がウネウネした。
母さんの乳首のにおいと、父さんのチンチンのにおいがした。
僕は急に怖くなって当たりかまわず小便をすると、
布団の乾燥剤とまざりあって真っ赤な火がふいた。
家が火事になって僕は、はいつくばって逃げ出すと、
消防士に踏みつけられて、父さんにも踏みつけられて病院で、
僕だって電気ショックだった。
父さんは富士の樹海で捕まった。
テレビで8歳の女の子が、首をくくりたいって
いっていたから。父さんは富士駅からみえる
製紙工場の煙突からモクモクでる煙をみて
自分が雲になりたかったけれど、ブルブル震えていた。
富士の樹海にはハイキングの家族がいて、腐った葉っぱやら
根っこに足首を締めつけられていた入院服の父さんは、
ジロジロみられて通報されて
病院に連れ戻されて電気ショックだった。
僕が父さんから逃げ回っていたとき、
灘岡焼却場の駐車場の隅にかくれていた。
車が1台やってきて、父さんとお隣の良美ちゃんという
8歳の女の子がいて、車の中で父さんのチンチンをすっていた。
突っ立った煙突から煙がでてた。
空に吸い上げられて雲になった。誰かが死んでいた。
僕は怖くなって車に石をなげたら良美ちゃんの頭を
フロントガラスと一緒に粉々にした。
僕は警察に警棒でぶんなぐられて、父さんもそうだったけれど
一緒に病院で電気ショックだった。
父さんが捕まっても、僕はそれでも逃げ回っていたとき、
父さんは拘束具に肉をギュウギュウ締め上げられて、
死にそうだった。なにが死ぬことで、こうが死ぬことだって
よくわからないけれど、とりあえず死ぬってことだった。
僕は父さんの口あたりに指をもって触ろうとすると父さんは、
僕の指を噛みきってしまった。触ることさえも許されなくて
僕は父さんをぶん殴って、そのまま外科で指を繋げた。
父さんは電気ショックだった。
父さんは、久米川のアパートで捕まった。
といっても、餓死してたんだ。
病院から隠れるように逃げ出して、100日ぐらいしたら
父さんは久米川のアパートでケツを真っ青な空に向けて
畳にほお擦りをして茶色に腐ってた。
私はいちどもそんなことされたことないよって
母さんは泣きだした。父さんの口の中に自分で噛みきった指が
入ってた。ショックで体が麻痺して、動けなくなったらしい。
それを聞いたら僕だって、泣き出しそうになった。
電気ショックを受けなくても、父さんが僕を殴らなくても
僕と父さんは繋がって、死ぬことも、謝ろうとしてたことも
感じたから。父さんも、僕も、捕まることさえないのに、
それでも許せないのは、なぜなんだろうな?
隠れる必要なんてないんだよ。父さんなんてただの死体だからさ。
干からびた父さんの死体にハエが卵を産んでいた。
指先から蛆が一列に窓の空へウネウネ向っていた。
ハエがパンパン窓に当たって頭が砕けて弾けてた。
父さんの頭をけったらハエがブンブン飛び出した。
父さんは一体、何億個の空をみたかったのだろう?
僕は父さんの頭をけり続けて、黙って空をみてた。
説明……父さんがぶんなぐった人は、数知れませんが、殴るたびに死にたくなるんだよね、とよくいっていました。だからなのかもしれませんが、父さんが自分の指を噛みきったとき、ひょっとしたら僕は自分のせいじゃないかなと思い悩みました。だって、父さんは僕を100万発ぐらいなぐったから。ただ、まだ人を殴りたりないようで、病院で指をつなげた父さんは、窓から空をみていて、干からびたようなあばらが浮かんだ皮膚を、包帯をまいた指でかきむしっていました。空は青く、窓の傍に、腐った果物にハエが止まっていて、父さんが窓枠を叩くと、果物が弾けてドロドロとけて、1000匹ぐらいハエが飛び出して、100万個の目で僕をみているようでした。父さんがこのまま死んだら、1000匹のハエは、100万人の父さんの死体をみることになって、それはどんな気持ちがするんだろうと思ったら、怖くて怖くてたまらなくて、寝ている父さんをぶんなぐって、ナースコールを押して逃げました。みつかってつかまって、父さんが僕をもう100万発ぐらいなぐって、20本の指を噛み切って死んでくれればいいのにと笑いながら。僕は病室の廊下を黙って走り続けていました。
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