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山旅ノートから(連作) …上河内岳夫
浜松市市営住宅405号室 浜松市『横田大サーカス』 …竹下 力
沢蟹  …正津 勉






山旅ノートから(連作)

            上河内岳夫

11
川苔山から鳩ノ巣へ下る
なだらかな登山道で足を止め
ここだったのかと呟いた
薄暗い杉の林の中に
小さな黄色いランプが
たくさん点っているではないか
山頂は霞んで富士も見えないが
かわりに春は
ネコノメソウの
群生地を教えてくれたのだ
この小さな花が実を結んで
猫の目の像が浮かび上がるまで
ここに何度でも戻ってこよう

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浜松市市営住宅405号室

                竹下 力

父さんが窓から放り投げたものは、たくさんあって、
例えば母さんの香水やら母さんが、鳥手くんていう
静岡大学生にヒモで縛られている裸の写真。それから、
子供のころの僕(窓から僕の体を吊り下げただけ)。

母さんが窓から放り投げたものは、たくさんあって、
例えば父さんの酒瓶やら父さんが、牧田さんていう
和合カントリークラブのキャディーをやってる女子高生に、
チンチンの頭をつまんでもらっている写真。それから、
子供のころの僕(窓から僕の頭をつまんでいただけ)。

僕が窓から放り投げたものは、たくさんあって、
例えば母さんと僕の汚いへその緒やら父さんが
聖隷病院で撮った、102番の札のついた僕の
生まれたての写真。でも、僕は103番だったんだ。
だから、子供のころの僕を放り投げたって、
僕じゃないんだけれど。

放り投げたものがどうなるのかって
意外とわからないものだけれど、
気づいた瞬間に、ああそうだった
これは放り投げたいものとかそうじゃないとかは、
意外とわかるものなんだ。

僕が窓から放り投げたくなかったものは、たくさんあって、
例えば父さんの大事にしまってあった山崎の酒瓶。
父さんが朝、和合カントリークラブにいくとき、
父さんめがけて放り投げて、日産セレナで
窓の下をとおる車のフロントガラスともども
叩き割ってやった。

父さんが、そのあと車からおりて、
このやろうあとでぶっころしてやるといって
そのままでかけてしまってから、
父さんは、和合カントリークラブで
5番アイアンを振り上げた瞬間、雷が落ちて
キャディーの牧田さんも一緒に感電して、死んでしまった。

僕が窓から放り投げたくなかったものは、たくさんあって、
例えば母さんの大事にしまってあったマライの香水の瓶。
母さんが朝、静岡大学生とドライブにいくとき、
母さんめがけて放り投げて、日産セレナで
窓の下をとおる車のサンルーフともども
埋めこんでやった。

母さんが、そのあと車からおりて、
なにすんのよこのバカ、あとでころしてやるからといって、
そのままでかけてしまってから、
母さんは、引佐町にある鳳来山に向う山道の途中、
雨が降ってきてワイパーを動かした瞬間、山が崩れて
生き埋めになって、鳥手くんと餓死してしまった。

そうやって、僕の投げたものがどこかに落ちたとき、

父さんがそこにいたのなら、母さんがそこにいたのなら、
僕は父さんや母さんにしっかりと繋がった瞬間に、
僕の望んでいる以上のことが、おこったりするんだよ。
例えば、死んで欲しいとかね。ただものを投げることが
そういうことだって気づいた瞬間、実は望んでないってことも
気づいたりするものなんだな。

僕が窓から放り投げたいものは、たくさんあるはずなのに、
でもどこにも投げたいものがないって気づくんだ。
だって、投げるってことはどこかに
すくなくもとそこにいるはずの誰かに
落ちなくちゃいけないってこと、わかるから。父さんも
母さんも、僕のせいでぶっころしちゃったみたいだから、
落ちる場所さえもないから、僕の投げたいものなんて、
もうないんだよね。

僕が窓から放り投げたいものは、たくさんあって、
例えば、どうしようもない僕。
だって、ろくでもないことしたから。でも
僕を投げたって誰にも落ちやしないし、誰にも
望まれてもないし僕なんて、駐車場の地面に叩き落とされて
埋めこまれて、そのあと雨に流されてカラスに体を食われて、
駐車場に帰ってくる車に(その前に死んでそうだけれど)、
ひき殺されるだけ。


説明…例えば父が死んだなら、例えば母が死んだなら、感じるはずのことがたくさんあって、なにかがいえるはずなのに、なにもいえないまま、僕は小平のアパートにひとりでいます。そう考えると、父が死んでも、母が死んでも、べつにどうでもいいじゃないかって考えてしまいます。そうすると僕は泣きたくなります。少なくとも感じる以上のことだってあるはずなのに、僕が父や母をぶっころして、死体を窓から放り投げたって、どうにもならないって気づいたから。405号室から窓の下を覗くと、誰かが歩いていて、それが父や母だったらと思ってしまいました。そのまま飛び降りて、粉々になって一緒に死んでもいいのにな、と思ったから。父も、母も、僕も、新青梅街道で干からびてカラスのエサになったまま、死体になって車にひき殺されるだけです(その前に死んでるんだけれど)。どんなに望んでもそうなるしかないなと考えたら、どうしようもなくて、僕は自分が怖くなって、窓からゲロを吐きました。ついでに、父さんと母さんが窓の下を歩いていればいいのにな、と考えつつ。



浜松市『横田大サーカス』


僕のおじいちゃんは、
72歳にもなるのに横田大サーカスのピエロをやっていて、
顔を白く塗りたくって、
球乗りをしたり綱渡りをして、クルクルまわりながら
わざと落っこちて、みんなに笑われたりした。でも、
別に地面にネットがあったりしたから、
死ぬことなんかなくて、僕は父さんとそれをみていたら
父さんは、すげえよな、ああいう風になりたいって
ずっと思っていたんだよねといっていた。僕は、
そんなことないからだいたい、
ピエロなんてみっともないし、
笑われているだけだし、
すごくいやだった。でも
父さんは、それが好きだった。だからなのか、
浜松西高を卒業したあと防衛大学にはいって自衛隊にいって
ブルーインパルス乗りになったとき、
おじいちゃんはすごく喜んだ。だって、
ブルーインパルスで曲芸をするようになったから。

天候がクルクル変わった6月の、
じめじめして小雨が降っていた27日、
浜松自衛隊で航空ショーがあって、
黒い雲が僕の頭に覆いかぶさっていた。
頭の中が吸われているような変な気分で、
僕はおじいちゃんと双眼鏡を空に向けて
父さんの行方をみようとしていた。みんなも(3万人ぐらいいた)、
双眼鏡をもって、空に向けてなんだか
ブルーインパルスに照準をあわせた、対空砲みたいだった。
ただ、僕とおじいちゃんは特別で父さんが、
飛行機に乗り込む前に、
格納庫に連れていってもらって、
でかいブルーインパルスとなんだか、
放射能を検査する人がつけるマスクみたいなものを
かぶった父さんが、ヘルメットを腕に挟んでやってくると
敬礼するみたいに指をぴんとたててそのまま、
ブルーインパルスにのりこんで
滑走路からすごい早さで飛んでいった。そのまま
上昇したら、なにもかもが空に吸い上げられて、
黒い雲もどこかにいってしまった。音がすると、
地面がなくなって僕の頭は、それでも
空に吸い上げられてクルクル回っていた。

クルクル回りながら、僕とおじいちゃんは父さんを、
見失わないように双眼鏡で照準をあわせていたら、
急上昇して1回転の曲芸のとき、整備不良のせいなのか、
みんなが双眼鏡をいっせい射撃したのか、空で一旦停止して
よくわからないけれどブルブル痙攣して、ゲロをはくみたいに
3回転ぐらいして、地面に叩き落された。
真っ赤な閃光が双眼鏡をつきぬけて僕の目を射って
キノコみたいな煙がモクモクとでていた。黒い雲に
吸い寄せられると雨が強くなって、
体中が煤で黒くくすんで、どうしようもない気分だった。
みんなが(そのときは4万人ぐらいいた)、叫びながら
逃げまどって、おじいちゃんはそれをみながら
ネットがあれば助かったかもなといったけれど、
おじいちゃんはピエロだったからそういえるんだ。だって、
生きることがピエロになって曲芸をすることなら、
どこかにおちたってネットがあるなら
べつに死なないじゃないか。でも、
死んじゃうのは、曲芸をしたいのにできないって意味で、
どうせ父さんは、ピエロにさえ
なれなかったってこと。笑われもせず怖がられていただけ。
ただ思うのは、
その2日後におじいちゃんが、どういうわけか
(たぶんいろいろあったから)
殺虫剤パッタリをのみこんで球乗りをしてる最中に、
ブルブル痙攣して汚染された奇形生物みたいに
緑色のゲロを吐いて転げ落ちて首が折れて死んだことに、
なんていったらいいんだろうな? 
おじいちゃんはピエロみたいに、曲芸をしてたんだけれど。
そうやって曲芸さえも、うまくいかないってことなのかな?
(うまくわからないけれど)
それでも僕はきっと、死ぬことってところを
クルクルまわりながらピョンピョン跳ねて笑われて、最後には
ネットのない地面に叩きつけられて、みんなに怖がられて
おしまいなんだよ。それだけはわかるんだ。でも
笑っちゃうのは、僕はピエロみたいに、
もう曲芸をしてるってことになるから、
爆弾にだって狙われて、放射能にも汚染されて
奇形生物になってゲロをはいても、キノコ雲になっても、
僕はブルブル痙攣して笑いながら、
クルクル回って球乗りをしちゃうことになって、
それはきっと、おじいちゃんや
父さんの影響だよね。


説明…父さんと、キグレ大サーカスをみにいったのは、中学生のときでした。そのとき、ジャンさんというロシア人のピエロが球乗りをしている最中に、うまくいかなくて転げ落ちて足首を折って、びっこを引きながら、うな垂れて舞台袖に引っ込んだとき父さんは、どういうわけか、ポップコーンをぶちまけて、舞台袖までおりていって、ジャンさんを殴ろうとしました。その2日後に、父さんは酔っ払って中学生たちに絡まれてぶん殴られて、段子川に3回転するぐらい放り投げられて半殺しにされたとき僕は、父さんを殺してやろうと思っていました。父さんはだって、死ななかったから、ピエロ以下の糞野郎だって思ったからです。そんなのは、なんだか間違っているような気がしました。でも僕だって、殴られて段子川に放り投げられて爆弾で焼けただれて死ぬことを考えたら、目の前にキノコ雲がモクモクみえて、6月27日、朝6時の小平のアパートで、ブルブル痙攣して怖くなってゲロを吐きました。僕だって、死ぬのをいやがってる、ピエロ以下の糞野郎だったってことに気づいたからです。その日は僕の誕生日で、28歳になった最初の朝でした。

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沢蟹

             正津 勉

陽は揺らめき面を撫でた
瀬を縫っていそぎ走る流れが
大きい岩の段をわっと真っ直ぐ落ちて
しばらく溜まりとなる

照り返しすきとおる水の底
どこかに棲むものはと覗いていると
かすかに横にふっと動くかと
砂礫や枯葉と同色の

なんと足の親指の爪ほどの
それはその大きさで大人であるのか
甲羅のまだ柔らかい子供なのか
ちいさな沢蟹がいっぴき

彼あるいは彼女はここで
どう何を食べ交尾し子を産み
いったいその生を継いでいるのやら
そしてどんな思いからそう

そこに底しれぬ恨みなり
はたまた何か未生以前の咎かあって
かたくなに佶屈し沈黙をまもり
こうして棲むことにとか

いやそんな思いだとかは
などとわたしは動くもならなく
ひとりぽつんと見つめつづけること
もうずっと飽かないのだ

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