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「ダッカ」 …竹下 力
山旅ノートから(連作) …上河内岳夫
冬の花咲港 …正津 勉






「ダッカ」

                 竹下 力

7年前の1月2日、バングラディシュにあるダッカの街の、
上空4000mを飛んでいる飛行機に
雨がふって、雷が鳴っていた。
7年後のこの日、僕はひまだったから、
どこかにいこうと考えて、父さんから教えてもらった
掛川にある、国道128号線を4キロほど北上し、
大堀製麺所を左に折れて細い道をさらに北上し、
車を降りて、「葛糸の滝へはあと400m」の立て看板を抜け
暗い森にはいり、沢を少し歩いたさき、
高さ14mの
葛糸の滝を見上げていた。森に広がる晴れ間のさき、
そこから太さ1mほどの水が落ちていた。
作られる小さなたまりにあったたくさんの葉っぱが
滝にうたれて揺れて、太陽にキラキラだった。飛行機が
見下ろすダッカの街並みは、午後7時の雨にうたれて、
葛糸の滝にたまった葉っぱみたいに
街の光にキラキラだった。
でも、飛行機の第2エンジンだかに雷が直撃して
(避雷針があったのに)、爆発した飛行機が
ダッカを流れるブラマプトラ川に
バラバラになりながら突っ込んでしまったとき、僕は
滝のすぐ右手にあったくりぬかれた岩場に
(なんでかしらないけれど)、三途の川にあるやつみたいに、
30cmぐらいのお地蔵さんの横に、小さな平べったい石を
なんこも積み重ね石塔にして、60cmぐらいの
7本並べてあったやつを、(少し触っていただけなのに)、
誰もいない森の中で、
ドミノみたいにバラバラに倒してしまった。
石の崩れ落ちて地面にぶつかる音が、
雷みたいに響いていた。

壊すことは大歓迎だぞって、父さんが叫んで、
僕と殴り合いをしていた14年ぐらい前、僕が父さんに、
父さんお気に入りのウィスキー、山崎の角瓶で
ドミノみたいに殴りかかったら、雷みたいな音がして、
父さんの頭を叩き壊して血だらけにしたとき、葛糸の滝の石塔が
もし死者の生を掴もうとする
誰かの祈りを捧げるものだとしたら、(はっきりしないけれど)
それだって壊してしまったし、飛行機の
300人は死んだ。その年の、8月14日の雨上がりの日。
父さんは肺気腫で死んだ。死んだことに変わりないけれど、
直接は関係ない。でも、
そういうのは感じちゃうもんだし、
結びつけてもしまうし、ここにいる僕は
なにも壊すことなくいることができたんだろうかって
考えていたら、ブラマプトラ川で水浴をしていた修行僧達が
川を流れる雨上がりの、朝陽に輝く300体の死体に、
両手を合わせて祈りを捧げ、
バラバラになった飛行機の平べったい破片を
両手に掬い上げ空に投げ上げて、
飛行機を空に返そうとしたってことが
静岡新聞にのっていることを思い出して
バラバラになって、どこになにがあるやら
さっぱりわからないけれど、平べったい石を僕は
適当に見繕って片手で拾って、お地蔵さんと同じ背丈の
石塔をもういっこ作っておいた。祈りを捧げるみたいに。
父さんは、そんな僕になにも感じないようになったけれど、
僕は、感じることならいくらだってできるんだって
拾い上げられなかった石を踏んづけていた。
でも感じることなんて、もうなにもなくて
結局のところ、飛行機の破片は掬い上げた水と共に
キラキラと川に落ちてきてしまったし、
床に落ちた山崎の破片は、蛍光灯にキラキラ、
放り投げることもなく、父さんと掴み合いをしてたら
それを踏んづけて、二人とも痛みに叫んで
僕と父さんは一緒に聖隷病院に運ばれて、
足の裏を7針も縫うことになった。父さんはついでに頭を21針。

針みたいな朝陽が、
木々のあいだから僕の目を縫っていた。
僕は今、葛布の滝にいることになるけれど、
いつのなにを感じたらここにいることで、
いないことになるのかを考えても、やっぱりなにも感じないし、
どうせ、積み上げた石塔だって壊れてしまうから
(僕が壊したんだけれど)、どんなに感じようとしても、
どうして感じようとするのかもわからないし、
死者への祈りなんてことも、
退屈なだけなんだ。
つまり、今日は1月2日のどうしようもないぐらい
退屈な日だってこと。それから、
飛行機が墜落してみんな死んで、
父さんも死んで
もう7年後だっていうこと。

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山旅ノートから(連作)
          上河内岳夫

6
棒ノ嶺から名栗湖に向かう
静かな登山道を下り
白谷沢の入口に辿り着くと
熊 出没注意!
という真新しい標識がある
むかし介山荘で聞いた
人間の味を覚えた熊は何度も人間を襲う
という恐怖話を思い出した
熊とは絶対に出会いたくなかった
ザックからカウベルを探し出すと
白谷沢に向かって進んでいった
カランカランと打ち振りながら
追い払おうとしたのは
熊であるのか
それとも恐怖心であるのか
自分でもいぶかしかった
白谷沢をぬけると
とぼとぼと湖畔の道を歩んだ
まるで疲れ切った勤め人のように

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冬の花咲港

              正津 勉

冬の花咲港は荒れ
横しなぎに吹きまくる風はげしく
ものみなが凍りついて叫ばんばかり
ひどい大時化のなか

根室船員保険寮
寮だがフリも拒まないそこに宿をして
それがまた気鬱で佶屈するがまま
そのまま三日も居続けている

アブラコやらホッケやら
魚函に放られるぬるぬるの鱗の死魚
魚網に取りつき腰曲げ動かない
繋ぎの合羽に頬被りの婆ら

するべき何ひとつなく
朝と夕にひとり坂を下りてゆき
岩壁を舐めて大揺れの舟が六隻ほど
カモメらが吹かれさわぐ

ただもう海から昇ってくる
そうして海へと沈もう陽をみたさ
あほうは埠頭のずっと先端までゆくと
しぶしぶと戻るのだった

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