ぼんくら bonkura/2006/2/1 home


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山旅ノートから …上河内岳夫
亀さん …正津 勉






山旅ノートから
          
上河内岳夫


奥多摩の森深く静かに棲む魔物たちよ
私は、ひとり山道を辿るとき
おまえたちの存在を身近に感じて震えてしまうのだ
日が西に傾くと鹿の鳴く音が遠く近く谷に響き
心の隅で兆したアモルファスな不安が
たちまち膨らんで私の体を捉えてしまう
立ち止まるとそこにおまえたちがいるから
もう一歩も休むことができない


生きることが死に追われることであると
ようやく私にもわかってきた
抑えきれぬ感情を吐き出すように詩を書き
法華経一千部を配布するよう遺言して
賢治よ!
あなたは足早に去っていったが
駆けるように早池峰に登ったあなたの健脚に
私はついていくことができない
私には急いで進んでいくことができない


丹波から大菩薩峠へ
かつて生活に使われた緩やかな山道を
爽やかな風を背に感じながら登り続けた
ふいに懐かしさにとらわれて
歩みを止めてズブロッカを口にした
小さな岩に腰を下ろして見上げると
新緑が風に揺れている
風が止まると木の枝は止まり
風が吹くとまた揺れる
ここにいつまでいてもかまわない
振り返ると丹沢の変わらぬ姿がそこにあった

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亀さん
           正津 勉

亀さんあんたは死んだんだね
かれこれ六七年もまえの昭和一七年師走
路傍に倒れて運ばれた持家の空き屋で
誰にも看取られず静かに事切れて

かねてから口外していたとおり
だんだんにものを喰うことをやめていって
するうちにそのときの刻がくるべくしてきていて
つまるところ餓死していたと

ことここに極まるさいご
いまわのきわ心にする何かあったか
いやそんな思うほどのことが何もなくてか
聞きたくもあるが詮ないことよな

人は死ぬとほかなく墓に入る
ほんとは野に朽ち果て獣に喰われれば
いいものだろうが何だかんだ難しくできていて
あんたの骨もここで眠っている

だけどその魂はいやそう
そんな「何処までも行つた人達は永久に
帰つて来ないのでした」という
「形のない国」を行くやら

亀さんあんたに何かいいたくて
平成一八年一月二六日午前一一時半
宮城県柴田郡大河原町繁昌院尾形家墓前
わたしはぼっと立っていたぼっと
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