| 『笑いかわせみ』 正津 勉 河出書房新社 収録作品: 『笑いかわせみ』、『にぎやかな悲しみ』 |
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| ■C PLUS 2002年1月号‘Selection - LITERATURE;『笑いかわせみ』’ 「恋愛の始原」 盛田 隆二(作家) いや、ほんとにひさしぶりに読書の快感に浸った。アフガンへの空爆が始まってから、言葉がひとしなみに虚しく感じられ、文章を読む/書く意欲がすっかり失せていたが、72年に詩集『惨事』でデビューして以来、一貫して伝統詩の規範と闘ってきた詩人・正津勉による処女小説集『笑いかわせみ』を読んで、人間が言葉を発すること、文章を書き連ねていくことの始原の力に触れた気がした。 主人公は著者本人とおぼしき中年の詩人。オーストラリアで開かれた国際芸術祭に参加し、当地で24歳のヒップでキュートな白人女性と出会う。詩人は年甲斐もなく身も世もなく恋に落ち、東京での再会を誓う。それは戯れの約束だったが、彼女は思いがけず実際に東京にやってくる。それから続くお祭り騒ぎの愛欲の日々。ひなたくさい彼女の身体に一目惚れならぬ「永遠惚れ」をした詩人の歓喜と戸惑いが軽やかにつづられていく。破調に見えて均衡のとれた、そのラップ調の文体が読む者を酩酊状態に誘い、ここちよい。「詩は舞踏で、散文は歩行だ」と誰かが言ったが、正津勉は踊りながら歩行する。「詩は現実からの離陸だ」と誰かが言ったが、正津勉は地上から数センチ離陸したまま、移動していく。まさに「地に足のつかない」詩人の離れ業だ。 本書には表題作のほか、もう1編「にぎやかな悲しみ」が収録されているが、海辺で日光浴中に事故死した友人との20年来の無頼の交わりを記す同作も、かけがえのない存在を失った体験がモチーフになっている。本書の帯に「日本のブコウスキー誕生」とある。この惹句は、無頼派詩人の破天荒な私小説、といったほどの意味だろうが、本書を読んで、なるほど確かに、との思いを強くした。40年代のボヘミアン、50年代のビートニク、60年代のヒッピーと、生き方の流儀は10年周期で呼称を変えたが、ブコウスキーは生涯どこにも属さなかった。そしておそらく、この愛すべき日本の捨て身の詩人もまた。 |
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| ■文藝 2001年冬 ‘Book Review’ 書評・小池 昌代 本書は小説二篇を収めた、著者初の小説集である。独特の文体だが、心を添わせて読んでいくと、やがて、ひと肌のようになじんでくる。全篇、酒浸けの酩酊調。しかし所々に、真水のような清冽さがにじむのが面白い。 酒と真水、そもそもこの作者、こうした二つの対立要素が、譲らずに同居しているような、お顔立ちをしている。なさけなさと律儀さ、崩れと端正さ、邪淫なるものと聖なるものと。顔は小説には関係ないようだが、このひとを思うと顔のことを考えてしまう。顔が文。文が顔なのだ。その人自身の根元から、まっすぐ出てきたというような、無垢な文章の勢いがある。 「笑いかわせみ」から今一度読んでみよう。冒頭に登場するのは、今は亡き二人の詩人、鮎川信夫と北村太郎。「わたし」は、いささかナサケナイだめ男だが、優しく動物的な人懐こさを持っていて、この先輩詩人たちとも、心を通わせる時を共有する。といっても、「お招きにあずかっ」たり、「近しくさせていただい」たりと、敬う距離は確保されている。敬語の混ざり具合がなかなかチャーミングだ。 北村太郎氏は、長年の詩友の奥方と、いつしか深い恋仲になっていて、日々の地獄を抱えている。一方、あの、鮎川信夫氏にも、詩に秘められた思いがけない女性問題が。詩を読むひとなら、へえっと思うような、好奇心をそそられる細部もいっぱいだ。 こうした関係を、スプリングボードにして、本篇は次第に、「わたし」自身の恋情の物語へと移行していく。「わたし」が惚れた相手は、オーストラリアで見初めた娘、スティ。開放的で可愛くて。ひなたくさいその身体に、「わたし」はどんどんのめり込んでいくが、「男と女は、一緒にいると/かぎりなくふしあわせになる」ばかりなのである。しかしながら、愛する者を表現するとき、交接場面を描くとき、作者の文章は、俄然、輝く。官能的で瑞々しい。つくづく目を凝らして読んでしまう。 ところで、小説中には、二人の「歓び」の瞬間を書いたという自作の詩が、なんと二回も引用されている。オルガンとかスペルマとか、妙に浮いた言葉もはがゆく面白い。著者にはこうした一瞬目を疑うような美しい抒情詩が他にもあるから、興味を持たれた読者は詩集にも当たってみるといい。小説中に現れた詩は、とかく飛ばし読みしたくなるもの。しかしここだけは、飛ばし読み厳禁。酔いがさめたあと、他をはじくように立ちあがってくるのは、案外こんな部分なのである。まさに、「真水」効果。散文詩であるから、実際は、地の文とそれほどの違いはない。むしろ、これを詩とするなら、全篇、詩として読んでもいいような気がしてくる。 もう一遍の「にぎやかな悲しみ」は、在日外国人チャーリーとの、面白くやがて悲しき交友録。ここでもまた、「生と死」が、ねじれのある一つの環といして表現された。最後の八行は、全行を背負う鮮やかさである。 |
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| ■日刊ゲンダイ 2001年9月11日 ‘週末に読みたい本 BEST4’ 「無頼の中にも切々とした響き」 1982年元日、「タローさん」こと北村太郎と「ベンくん」こと著者が、鮎川信夫宅を訪れた。「荒地」草創期からの友人である先輩詩人2人を相手に、落花生とたばこを肴にコーヒーを飲みながら大いに話し興じた。それから4年たった86年10月、鮎川信夫急逝。そのほんの半年前、当の鮎川と久しぶりに歓談したのだが、そこで言いそびれたことがあったのだ。 86年3月、オーストラリアで開かれた国際芸術祭に参加したところ、そこで会ったのが24歳のオーストラリア娘。まさに一目ぼれ。夢見心地で東京での再開を約束。まさかが本当になり、実際に東京にやってきた彼女。それからの半年は愛欲と喧噪の日々、そして無惨な破局。そこに訃報だ。遅ればせの報告が表題作。その時、ともに死を悼んだタローさんも、併録の「にぎやかな悲しみ」の豪快な飲み仲間チャーリーも今はない。無頼な中にも切々とした響きが。 |
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| ■現代詩手帖 2001年9月号‘Dialogue Book Review’(抜粋) 「身の上の下の奇跡――正津勉『笑いかわせみ』を読む」 平出 隆×正津 勉 (前略) 平出 これは物語というだけじゃなくて、とても重要な証言でもあるでしょう。 正津 そんな。 平出 証言であると同時に、詩論的な部分もあるでしょう、詩が引用されていて。さらに、登場人物たちの身の上というか、身の下というか、そういうのも入ってくる。 正津 身の下、大好きですから。 (中略) 平出 正津さんの詩には、初期のころからわれわれの語感から遠いような言い回しが、ごつごつ出てきますよね。それがなんだろうなと思って。方言でもない、かといって完全に作られたものでもない。それは今度の小説のなかでも出てくるんだけど、少しタガを緩めたふうに出てくるでしょう。緩められたところをよく見ると、これもやはり言葉の古い骨格に従っているものであり、まったく奇矯な言い回しではないんですね。それが今回、ぼくが興味深かったところで、やっぱり散文と詩のあいだには境目はないんだって。 正津 たとえば歌の別れをして、小説を書くとか、詩を「卒業」して散文を書くなんてひどい言い方をする人もいるけれど、そういうのがすごくいやだったのね。あくまでも詩はエチュードであり、いつか卒業するものなんて。こんなひどい言われ方って日本だけじゃないかなと思うんだけど。 平出 いまはとくに「越境する」なんて言うでしょう。詩人が小説を書くと、すぐに「詩から散文への越境」と言われる。これほどおかしな言い方はないわけですよ。もともと境はないんだから。それは何でもやれる、何でもいいという意味とは違っていて、すでに詩のなかに散文的な活動が含まれているということだと思うんです。そこに、違いはあるが境はないんです。 (中略) 平出 文章における骨格というときに、正津さんの作品のなかにはごつごつした語法がすごく強いでしょう。詩風としては規範的な詩人ではないし、伝統詩のタイプの詩人ではないけれど、言葉の運びにはすごくある形があるでしょう。それがこの『笑いかわせみ』を読んでいると考えさせられるのね。 正津 自分の言葉の何かにすごく忠実ですよ。ある種の律に。 平出 呂律が回らないというけれど、べつの律はちゃんとあるわけね。 正津 呂はめちゃくちゃだけど、律はちゃんとあるんです。厳密な地図のようにびっちりと律があって、一行も揺るがさない。それはもう読みにくいっていう編集者とも何度も喧嘩してね。文壇的な小説の枠としては必要ないけれど、ぼくにとっては絶対必要なのね。 平出 それはとても重要な問題で、律に従って散文を書くことを頑なに守っている。守っているというよりぶつけているわけでしょう。越境じゃないというのはそういうことですね。それは使い分けたりすることじゃないわけですから。 正津 内容はどうあれ、律がちゃんと押さえられていないと、だめだという意識がどこかにあって、それを守らないことは自分に許せないんです。 |
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| ■朝日新聞 2001年8月22日(夕) ‘ひとこと’ 「あえて散文という形で僕はしゃべりたかった」 詩人正津勉さんの初の小説集『笑いかわせみ』(河出書房新社)が出た。かけがえのない存在を失った体験がモチーフの私小説2編を収める。 「喪失したものを再構成せずにはいられない衝動。書くことであらためて獲得できると思った」 表題作は、敬愛し深く学んだ詩の先達・鮎川信夫、北村太郎両氏の死と、正津さんの若き日の破天荒な恋と別れを重ねている。もう一編「にぎやかな悲しみ」は、海辺で日光浴中のれき死という「奇禍としかいいようのない死にかたをした」友人との「書きとどめねば永遠に失われる」20年来の無頼の交わりを記す。 本書は挽歌だ。が、いずれもそう状態を思わせるラップ音楽風文体で描かれている。「とてつもない空虚をこそ、明るく書きたかった」。そんなにも悲しむ自らを、もう一人の正津さんが笑う。笑い泣き、泣き笑ってのお祭り騒ぎの葬送である。 「あえて散文の形をとったのは……。僕は、しゃべりたかったのです」 もどかしい多弁を痛ましい思いで聞くような、ギクシャクしたリズムが、哀切の表現となっていて興味深い。 |
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| ■東京新聞 2001年8月12日 ‘読書’ 「『無頼』の心が描くノマド的な愛と友情」 評者・小笠原 賢二(文芸評論家) 正津勉という詩人は、淋しがりやであり人恋しくてならない人種であるらしい。しかもその度合いが半端ではないことは、作品を読むとよく分かる。人と深く強く関わろうとの思いが、時には衝突になったり関係の破綻さえもたらしてしまう。その独特の磁場は読者を酩酊状態にするのである。 今度のこの二編の小説にも、そんな持ち味はのぞいている。鮎川信夫や北村太郎も登場する表題作で、「わたし」は外国でオーストラリアの女性に一目惚れならぬ「永遠惚れ」をする。「わたし」は完全に前後の見境がなくなり、東京で同棲を始める。濃密で甘美な愛の暮らしだが、その純粋さ一途さ故にまたヒビも入りやすい。家計という現実に圧迫され、言葉の違いも障害になって、ほどなく別離がやって来るのだ。 もともと世界を放浪するヒッピー的な暮らしを好む彼女と、仕事嫌いであたふたと悪あがきを続ける「わたし」の、一所定住の安定した生活は似合わなかった。いや、そんな二人の束の間の「永遠惚れ」だからこそ、かけがえのない輝き方をする、と言うべきだろう。 もう一篇の「にぎやかな悲しみ」は、ベトナム戦争への徴兵を拒否し、「何者でもないもの」の生を求めて日本で暮らす「落ちこぼれユダヤ人」のチャーリーとキンヤの交流の物語だ。アメリカで激しい恋愛とその挫折を味わって無気力になったり、先行きが不透明で「暗く塞ぐ出口のないおもい」に沈んだりするキンヤとチャーリーを結びつけるのも放浪者然と生きる者どうしの共感だろう。チャーリーの事故死で終わるこの友情と、「笑いかわせみ」の愛情は同質なのである。 正津勉は、権力をたのまないノマド(放浪民)的な生き方に共感するから、このような小説を書くのではなかろうか。心やさしいその文学精神は、純粋である故にこそ「無頼派」の形をとらざるを得ず、そのことによって息苦しい世の中に真の愛情と友情のありかを証しているのだと思われる。 |