夜空いっぱいの宇宙船

原稿用紙10枚程度の(もっと短くてもOK)SF小説を募集します。
一人で1001夜を埋めるのは、到底無理なんで・・・
賞品はありません。本人に著作権のあるものに限ります。

感想等ございましたら続千話一話掲示板までお寄せください。

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 あの山の向こうには何があるんだろう?あの青い海の向こうではどんなに面白い事が起きているんだろうか?
 誰もが抱く見知らぬ世界への好奇心、或はあこがれ・・・見慣れた世界でさえ、逆立ちして見れば思わぬ光景が展望できる。
 人はよくよくこの種の「ほどよい混乱」が好きに違いない。理解できない物事に囲まれて「はてな」と思っていたいんだろう。
 万が一、全てが解るほど人間が完成されたとしたら、僕らの楽しみの殆どが奪われてしまう。でもまだまだ充分に安心していられる。ちょっと空を見上げれば、無限の未知が何処までも広がっているじゃないか。
 夜になってスタミナが残っているなら、もう一度空に目を向けてみよう。運が良けりゃ星の海が見えるだろう。一つ一つ数えてみるだけで、空想で頭がはちきれそうになる。あの小さな光の点夫々が未知を満載した宇宙船かもしれない。夜空いっぱいの宇宙船・・・
目次
第1夜  サトルは何処にいる 第2夜  オカヨ
第3夜  コンニチワ 第4夜  タイムマシン
第5夜  美しい花 第6夜  恩讐の彼方のルビー星(前)
第7夜  恩讐の彼方のルビー星(後) 第8夜  ネプの海
第9夜  砂漠の鳥 第10夜 鉄橋とトンネル
第11夜 光食獣 第12夜 ねこの☆星(つるたnoはは)
第13夜 公衆電話の恋 第14夜 ねじれた男
第15夜 黄身が悪い玉子 第16夜 明日への近道(前)
第17夜 明日への近道(後) 第18夜 手長すぎ猿
第19夜 火星の砂 第20夜 恐竜の化石
第21夜 不思議な国の・・・ 第22夜 切り株小僧
第23夜 ブルークリスタル 第24夜 父かえる
第25夜 木人形 第26夜 くそったれ
第27夜 白い夢(1) 第28夜 白い夢(2)
第29夜 白い夢(3) 第30夜 白い夢(4)
第31夜 透明人間になる方法(前) 第32夜 透明人間になる方法(後)

黄色字は執筆中のものです


第一夜 サトルは何処にいる 
(あと1000夜)

「博士、奇妙な物体が飛行しているが、どうしたものかな」
 恒星間宇宙探索船「パイロット号」の船長ヤマダは、後ろの座席でコンピュータを操作しているナガシマ博士の方を振り向いた。
 複雑な計算に没頭していたナガシマ博士は迷惑そうに操縦席の探索スクリーンに目をやった。
 スクリーンのほぼ中央、すなわちパイロット号の進行方向に、なにやら緑色に光る細長い物体が浮遊している。
「レーザーを当てたのか」
 博士は計算を中断して、マグネットスリッパをペタペタさせながら操縦席までやってきた。明らかに興味を示しているのだ。
「本船からは、いかなる電波も発信していませんわ。あの物体は自力で光っているのです」
 女性操縦士のチエコが緊張した声で答えた。
「どうしましょう。このままの速度を維持すれば、本船は一時間後には、あの物体に追いつきます」
 チエコはスクリーンの倍率を二段階アップした。
 今度はかなり良く見える。
 それは、長さ二メートル程の光る棒だった。ゆっくりとだが、パイロット号に対して時計方向に回転している。
「犬も歩けば棒に当たるとは地球の古い諺だが、宇宙船がこんな所で棒に突き当たるとはなあ・・・」
 ナガシマ博士は気の効いた冗談を言ったつもりだが誰も笑ってくれなかった。
「とにかく我々の任務は宇宙探索にある。船長、あの棒を収容してくれ。私が調べてみよう」
 ヤマダ船長は出来れば面倒な事は避けて、早いとこ目的地のアンドロメダATU-38第五惑星に向かいたかったのだが、博士がそう言うのなら仕方がない。航路内の科学調査に関する権限は全てナガシマ博士にあるからだ。そして科学者というやからは、ほどほどとか、まあまあとかいう感覚を持ち合わせていない。船長はナガシマ博士に聞こえないように「このうすらとんかちめ」とスクリーンの棒に向かって毒づいた。
 さて、その棒を誰が取りに行くのか、となったら二級飛行士のサトルしかいない。パイロット号の乗組員は四人だけである。チエコは女性だし、どうしてもサトルがその他もろもろの雑用係になってしまう。しかし、サトルは若かったし、宇宙飛行の経験も今回が初めてだったので、そんな自分の役割にちっとも不満を感じていなかった。
「気をつけてね」
 チエコはサトルの頭に宇宙帽をかぶせてやる前に、彼の額にそっとキスをしてあげた。サトルは真紅になり、「頑張ります」と直立不動の姿勢をとった。
 それはサトルにとって、夢にまで見た生まれて初めての宇宙遊泳だった。長い金属繊維の「へその緒」でパイロット号に繋がれて、サトルは懸命に宇宙空間を緑の棒に向けて泳いだ。チエコが見ているんだから、いい所を見せなくては・・・サトルはパイロット号に向かって手を振った。
「あいつ、また余計なことしやがって」
 操縦席のヤマダ船長は、厳しい表情で隣席のチエコを睨みつけた。
 チエコは、まだ年端もいかないサトルのそんな行動を心配げに眺めている。
 ようやく緑色に光る物体に近づいたサトルは、もう一度パイロット号の方を眺めてから、先端に強力な磁石を取り付けた捕獲銃のボタンを押した。
 しかし、彼はミスを犯してしまった。非常な宇宙空間の中では些細なミスでさえ取り返しがつかないことになる。
 サトルは誤って発射パワーを「強」にしてしまったのだ。すごい勢いで磁石体が発射された。そして、運動量保存の物理法則を忠実に守るべく、サトルの身体は「へその緒」に強力にアタッチされた宇宙服を突き破って反対方向に矢のようなスピードで飛び去った。一瞬の出来事である。
 しかし、サトルは任務を完遂したのである。捕獲銃は「物体」に命中し、「へその緒」に直結した銃と共に、難なくパイロット号に収容された。
 孤立した宇宙船の中では、いつまでも一人の人間の死を悼むわけにはいかない。三人になってしまった乗組員は、それぞれに自分の任務を果たさなくてはならなかった。
「物体」は地球上では見られない硬い金属で出来ていた。レーザーもダイヤモンドカッターも受け付けない。ナガシマ博士はとうに匙をなげてしまった。目的地に着いてから時間をかけて分析するしかない。
 パイロット号の単調な航海が再び始まった。
 サトルの死から地球時間で五日めの事である。チエコは睡眠ボックスの中で眠っていた。
「チエコ、チエコ・・・」
 誰かが呼んでいる。もう睡眠時間がオーバーしたのかしら・・・チエコは眠い目をこすりながらボックスの扉を開いた。
「チエコ、ボクだよ」
 まさか!・・・チエコは完全に目を見開いて、声のする方角に歩き出した。ナガシマ博士の研究用資材の入っている部屋の扉が微かに開いている。声はその中から・・・聞こえてくる。チエコは恐る恐る扉を開いた。
「まあ!」
 チエコは両手で口を覆った。部屋の中央に置かれた例の「物体」が今はオレンジ色にその輝きを変え、鋭い光を放っているのだ。
     **
「いいかい、こいつは非常に精密なコンピュータなんだ」
 ナガシマ博士は、ヤマダ船長とチエコを前にして、船内のコンピュータの端子に接続された「物体」を指さした。
「今まで、外側を調べていたから解らなかったんだけど、謎は内側にありだ。驚くべき容量を持っている。多分、高度な文明を持った高等生物が落としていった物だろう。今、パイロット号の端末機でアウトプットしてみたが、信じられんほどの情報を収納している。まだ翻訳しきれないが、こいつは凄い拾い物だぞ」
 ナガシマ博士は得意げに胸を張った。
「そうすると、そいつの中身をこの船内のコンピューターでアウトプット出来るというのか」
 ヤマダ船長はオレンジ色に変化したその棒を気色悪そうに指さした。
 ナガシマ博士は船長に納得してもらう為に、CRT装置への入力スイッチを押した。スクリーンが切り替わり、訳の解らぬ記号が様々な色で点滅した。
「ちんぷんかんぷんだな」
「そりゃそうさ。まだ翻訳してないんだからな」
 そう言いながら、ナガシマ博士は音声ディスプレイに入力を切り替えてみた。
「####・・・」
 かん高い、明らかに言語と思われる音の組み合わせが船内にこだました。
「船長、お解かりかな。私が大変な拾い物だと言った意味が・・・これは人類にとって・・・」
 ナガシマ博士の声が途切れた。音声ディスプレイに接続されたままの「物体」が何か喋ったのだ。勿論、先程から訳の解らぬ言語を・・・だが、今聞こえたのは・・・
「チエコ・・・・・・」
 今度は、はっきりと聞き取れた。
 ナガシマ博士は、びっくりして後ろを振り向いた。しかし、誰もいない・・・
「チエコ、ボクは何処にいるんです」
「サトルだ!」
 三人が同時に叫んだ。
 何ということだろう。異星の「コンピューター」がサトルの声で、地球の言葉を、しかもチエコの名を呼んでいる。
     **
 ナガシマ博士が個室に引っ込んだチエコのもとを訪れたのは、それから三時間後のことだった。
「チエコ」
 ナガシマ博士は、白い宇宙船の壁をじっと見つめているチエコの細い肩に手を置いた。
「サトルが君と話したがっている」
「でも・・・サトルは一体・・・」
「何が起こったのかは、私にもはっきりとは解らない。宇宙に飛び散る瞬間、サトルの意識に何らかの未知の力が作用して、彼の記憶もろとも、あの『物体』にインプットされてしまったのだ。今、私は音声回路を通じて『彼』と会話を試みた。『彼』は自分のことをサトルだと思っている」
「サトルはあの冷たい・・・棒の中にいるんですか」
「正確に言えば、サトルの意識のコピーがあの中にインプットされている」
「ああ、かわいそうなサトル」
 チエコは両手で顔を覆った。
「さあ、彼と話してくるんだ。彼に本当の事を納得させるには君の力が必要だ」
「でも、何の為に。あの中にいるのはサトルじゃないと言うんですか」
「解ってくれ、チエコ。サトルは死んだんだ。彼の意識は消さなくてはならない。もし、そうしなかったら、人間の存在はどうなる。我々は生物体としての肉体と共にあるんだ。単なる電子回路であってはならないんだ。記憶情報を数値化しただけの『彼』を、これ以上存続させることは許されない」
     **
 三ヶ月後、パイロット号は目的地アンドロメダATU-38第五惑星に到着した。
 降り立ったのは、ヤマダ船長、ナガシマ博士、チエコの三人だった。
 何故か、光る「物体」のことは公表されなかった。
 ATU-38第五惑星は地球に酷似した美しい星だ。緑の草原を横切ってハイウェイが走っている。その限りない風景の中を、一台のエアカーが疾走してくる。乗っているのは、宇宙服を脱いだナガシマ博士とチエコの二人。
 エアカーは人里離れた山道へとハイウェイをそれた。車が止まり、仲睦まじそうな二人が降りてくる。ナガシマ博士は、例の「物体」を抱えている。
 二人は昔ながらのスコップで山の斜面に深い穴を掘り、「物体」をその中に埋めた。
「さようなら」チエコが小さな声で言った。
「それにしても、こんな結末になろうとは予想も出来なかったよ」
「私達にとっては、お互いの記憶がどんなに大切なものか、あの人には解らなかったのね。だって、私達は小さい時からずっと一緒に育ってきた姉弟なんですものね」
「姉さんのおかげだよ。博士の睡眠中に、あの人の意識とボクの意識とをオンラインして、交換してしまうことを考えつかなかったら、ボクの記憶はそのまま消されちゃう運命だったんだからね」
「博士は科学者だから、あの棒の中で未知の情報に取り組み続ける事になるのね・・・永遠に。さあ行きましょう・・・サトル」
 サトルの意識を持ったナガシマ博士の肉体は、きゃしゃなチエコをいたわるように、その肩を抱き、紫色の葉の生い茂る山の斜面を降りていった。

第二夜 オカヨ 
(あと999夜)

「せ、船長・・・た、大変だ・・・オ、オ、オカヨの奴・・・ゲボ」
 恒星間慰問船「ブルーハワイ号」の一等航海士兼乗務員長のヤストモが息せき切って船長室に飛び込んできた。
「な、何だ、おまえ・・・ノ、ノックぐらいしろ」
 航海途中、給油の為立ち寄ったポルノ星の場末の古書店で仕入れてきた「ビニ本」を熟読ならぬ熟見していた船長のナマゴミは大いに慌てた。慌てすぎて、やみくもに目の前の操縦レバーを思いっきり手前に引いてしまった。ブルーハワイ号は船首を九十度降下させ、アッと言う間に航路を外れ未知の闇に突入した。
「船長!何をするんです」
 ヤストモは両手を伸ばして絶叫した。何事にも大袈裟な男である。
「慌てるな。元に戻せばいい」
 ナマゴミ船長は憮然とした表情で操縦レバーを押し込んだ。
 スクラップ寸前のポンコツ宇宙船ブルーハワイ号はミシミシ船体を震わせて、やっとこさ所定の航路に復帰した。
「ああ、死ぬかと思った」
 何事にも大袈裟であると同時に何事にも臆病なヤストモ一等航海士兼乗務員長は額の脂汗を拭った。
「ところで、お前・・・何の用だ」
 ビニ本を操縦席の座布団隙間に押し込みながら、ナマゴミ船長は重々しい声でヤストモに尋ねた。
「あれ、何だっけ」
 何事にも大袈裟であると同時に何事にも臆病であり、なおかつ何事にもいい加減なヤストモ一等航海士兼乗務員長はハタと頭を抱え込んだ。
「確か、お前・・・オカヨとか言ったな。オカヨがどうかしたのか」
「わっ、そ、そうだ。船長、き、聞いて驚くな」
「馬鹿やろう、もったいつけるな。早く言え」
 ナマゴミ船長はヤストモ一等航海士兼乗務員長の頭をポカリと叩いた。
「わっ、わ、わ、ひでえや、あんまりだ。頭にひびが入った」
 ナマゴミ船長はフーと、やりきれなさと苛立ちの入り混じった溜息をついた・・・こいつは冷静な判断と緻密な計算を必要とする宇宙飛行士には俄然不向きだ。次の慰問先に着いたら最近流行のロボット航海士と交換しよう。
「ああ、オレが悪かったよ。謝るから早いとこ用件を言ってくれ」
「オカヨが妊娠したんだ」
「え、な、何だって!」
 ナマゴミ船長の小さな目が見開いた。
「とにかく・・・ドクターを呼ぶんだ。早く!」
     **
「信じられんことだ」
 恒星間慰問船ブルーハワイ号のスペースドクター・アシダは白髪頭を抱え込んだ。
「オカヨは取り敢えず荷物室に隔離した。診察するかね」
「いや、ナースがそう判定したのなら確かな筈だ。それよりも・・・」
「うん、どうやって潜り込んだかだ。オレもさっきからその事を考えている」
 今度はナマゴミ船長が頭を抱え込んだ。
「どういう処置を取るつもりなんだ、船長として」
「ウーム」
 再びナマゴミ船長は頭を抱え込む。
「ナースのカルテによると彼女は妊娠四ヶ月だ。と言うことは・・・この船が地球を出発したのが七ヶ月前、途中二ヶ月前にポルノ星に給油の為三日間立ち寄っている。つまり、オカヨはこの船の中で妊娠したことになるな」
「小学生でも出来る計算だな。父親もこの船の中ってことだ」
「ウーム、それが問題だ」
 ナマゴミ船長とスペースドクター・アシダはお互いの顔を胡散臭い疑いのまなこで見た。
「よし、非常召集だ。この船の男どもを全員集めよう」
 と言っても、ブルーハワイ号は慰問船である。大半はオカヨを始めとする慰安婦で、男と言える乗組員は五人しかいない。ナマゴミ船長、スペースドクター・アシダ、ヤストモ一等航海士兼乗務員長、それに機関士のオオカワラ、そしてコックのイソガミである。
 他に「男」の形状をしている者もいるが、それらはロボットだ。当然、生殖機能はない。
「と言う訳だ、諸君。オカヨを妊娠させた責任者はこの中にいると考えざるおえない。どうか正直に答えて欲しい。オカヨと寝たことのある者は挙手してくれ」
 根が真正直なヤストモ一等航海士兼乗務員長がもじもじしながら手をあげた。
「うむ、他には」
 オオカワラ機関士が顔を真っ赤にして手をあげた。
「二人だけか」
 コックのイソガミが照れ笑いを浮かべて手をあげた。
「むむ、三人も・・・ドクター、あんたはどうだ。好き者のあんたがオカヨを見逃す筈はあるまい」
「な、何を言うか。船長、好き者はあんたの方だ。大体、ポルノ星で給油するなんて当初の予定にはなかったことだぞ。それをあんたが無理言って、何でその前のミサオ星で予定通り給油しなかったんだ」
「む、ミサオ星は堅苦しくて、ちっともおもしろ・・・あ、いや何その、むむ」
 ナマゴミ船長は広大な額に脂汗を滲ませて、ひどく狼狽した。
 結局、五人全員がオカヨとの関係を認めた。無理もない、みんな男だ。七ヶ月も我慢できる筈がない。
「ポルノ星に引き返すか」
「だめだ。三日後にワープしなければ慰問先には着けないんだぞ」
「むむ、困ったな。でも・・・どうやって」
 優柔不断なナマゴミ船長は頭を抱え込んだ。
「誰か協力者がいる筈だ。それでなきゃ、チェックインの際に発見できたんだ」
「ナースに命じて身体検査させてみよう」
     **
 一時間後に結果が出た。
 信じられない事だが、オカヨは人間だった。正真正銘の人間のメスだった。そりゃそうだ、ロボットが妊娠する筈がない。
 宇宙のかなたで過酷な環境の下働く男達の慰問に出かける慰安婦は目的に合わせて精巧に作られたロボットでなければならない。ちゃんと宇宙法に定めてあるのだ。
 理由は二つある。まず、長い航海を通してエネルギーの消費が少なくてすむ。大体恒星間飛行は途中ワープ等というメチャクチャエネルギーを食う作業を伴うので、人間の乗組員は最少に押えておかなくてはならない。しかも妊娠でもしたら大変だ。恒星間飛行の往復には二年以上費やすのだ。当然、船内での出産という最悪の事態を覚悟しなくてはならない。人間が増えるという事は宇宙船のキャパシティーから見て致命的だ。だからロボットでなくてはならない。第二に、地球を遠く離れた星で働く男達は皆犯罪人なのだ。誰も強制的でもない限り、そんな所で働こうと思うほど義理堅い奴などいやしない。しかし、いくら犯罪人とはいえ、そんなとこで何の楽しみもなく労働し続けたんじゃ、たまったもんじゃない。そこで慰安婦制度が確立され、それに伴い精巧なロボットが開発されたって訳だ。ロボットでなければならない理由も明らかだ。相手は荒くれ者の犯罪人だ。しかし、女をあてがいすれば、人間の男はロボット以上に働く。誰が考えても合理的な制度じゃないか。
 これでオカヨが妊娠したという事が恒星間慰問船ブルーハワイ号にとって、いかに大事件であるか解っていただけるだろう。
 まず、ここまで来るのにブルーハワイ号は七ヶ月を要している。三日後にワープして乗組員達は六ヶ月の冬眠状態に入る。合計十三ヶ月だ。その間、ブルーハワイ号が蓄えているエネルギーは人間五人を生存させるギリギリの量だ。しかもオカヨは誰からも気づかれることなく、この七ヶ月間船内のエネルギーを食いつぶしてきたのだ。あと三日しかない。ワープに入る前に問題を解決しなくてはならない。
 ナマゴミ船長の心中いかばかりか、察して余りある。いや、船長ばかりではない。恒星間慰問船ブルーハワイ号の五人の人間の男達の心中は・・・彼等は皆オカヨを愛していたのだ。それに生まれてくる子供、彼等のうちの一人はその父親である筈だ。
「オカヨを始末するしかあるまい」
 スペースドクター・アシダが口火を切った。どっちみち誰かが言わなくてはならない現実だった。

「こうしている間にもエネルギーはどんどん消費されていく。結論が決まっているなら早い方がいい」
 スペースドクターはあくまでも冷静を装ってはいるが、老い先短い我が身をあれほどまでに献身的に愛してくれたオカヨのことを思うと胸が痛むのだ。
 刑の執行、つまりオカヨの生命活動の強制的停止は翌日の朝と決められた。それまでの間、厳密には七時間三十分しかない。夫々の船員達は最後の別れを惜しむことになる。一人あたり一時間と三十分の割当だ。最初にコックのイソガミがオカヨの隔離されている荷物室に向かった。
     **
「トーキョー宇宙空港の整備室に私の友達がいて、幼馴染なんだけど、その人に頼んで慰問ロボットとすり替えてもらったの。だって他に方法がなかったのよ。あなたも知っての通り、未開の恒星系の開発には犯罪者を除いては慰問船しか着陸出来ないんですもの。私の夫は殺人犯だから、終身強制労働で生きては地球に戻ってこれないの。他にどんな方法があって?私があの人の元に行く以外に会う手立てはないわ。私、どうしてももう一度彼に会って私の気持ちを伝えたかったの。今でも、愛してるわって・・・ただそれだけのことを。じゃないと・・・あの人は、私の為に・・・」
 そこまで言うとオカヨはヨヨと泣き崩れた。ヤストモ一等航海士兼乗務員長はオカヨの裸の肩をいたたまれない気持ちで抱き寄せた。
「いいんだよ、オカヨ。もう泣くのはおよし。僕がついてるじゃないか」
 そう言いながら、いかにも空々しい言葉を吐いた自分が我ながら情けなくなった。オカヨはまだ翌朝に待ち受けている自らの過酷な運命を知らないのだ。あと・・・五時間半しか残されていない自分の命を。
「私、どんな罰でも受けるつもりよ。だって規則を破ったんですもの。でも、せめてあの人にだけは会わせて欲しいの。とても嫉妬深い人でね、元はと言えば私に責任があるんだわ。ねえ、お願い・・・彼は今でも疑っていると思うの。私がずっとずっと彼のことだけを愛していたんだってことを知らないんだわ。だから・・・あっ、そうだわ。私、強制労働の刑にならないかしら・・・そうしたら、あの人と同じ星で働くことが出来るわ。ね、そうでしょ」
「恒星開発の強制労働は男だけなんだよ。女の犯罪者は地球でしか刑を受けれないんだ。それに、オカヨ、君の罪はそんな大それた・・・」
 そうなんだ、オカヨの罪はただ単に宇宙法航海条例を破っただけで・・・大それた罪じゃない。でもオカヨは死ななくちゃいけないんだ。ああ、可哀想に。ヤストモ一等航海士兼乗務員長の目に大粒の涙が光った。
     **
 ナマゴミ船長は独り船長室に閉じこもり航海日誌をうつろな目で眺めていた。地球時間で記された日にちの欄に所々薄く丸がついている。オカヨと寝た夜の記録なのだ。日誌それ自体は単調な航海の事務的記録にすぎないが、誰にも気づかれないようにこっそり記された丸のマークに、めくるめくオカヨとの激しい生命のほとばしりに満ちた万感の想いが込められている。ナマゴミ船長は広大な額に汗を浮かべ、ひたすらその想い出を反芻しているのだ。あと、四時間・・・あの美しい肉体が灰に帰してしまう。
 船長室の扉が開いた。
「やあ、あんたか」
 スペースドクター・アシダが焼酎の瓶をぶら下げて立っていた。
「どうだ、一杯やらんか」
 ナマゴミ船長は望む所だとばかりに、机の脇の冷蔵庫から氷とサワーのボトルを取り出した。
「今、誰が行ってるんだ?」
「オオカワラ機関士の番だ」
「そうか」
 ナマゴミ船長は深い溜息をついた。やりきれない気分とはこのことだ。
「船長・・・う、いや・・・止めておこう」
「なんだ、あんたらしくもない。何が言いたいんだ」
「うん、オカヨの子供のことでな」
「父親のことか」
「それもある・・・だが、五人の誰にもその可能性がある。ということは、この俺にも・・・」
「ドクター、あんた独身だったな」
「この年になるまで・・・ハハハ、恥ずかしいことじゃが」
 スペースドクター・アシダは白髪の頭をポリポリかいた。
「なあ船長、オカヨを始末するということは、彼女が身篭った我々の誰かが責任を負うべきお腹の子供をも始末することになる。むごいことじゃが・・・仕方ない。我々の生存の為だし、そうしなければ任務も全う出来ない・・・じゃが」
 スペースドクター・アシダはハイサワーのグラスをグビグビと飲み干した。目の周りが気味悪い程に赤く染まった。
「俺は宇宙が好きだ。船長、あんただってそうだ。さもなければ、こんなポンコツ宇宙船の船長を安月給で請け負うはずがない。ドクターだってそうだ。スペースドクターなんて聞こえはいいが、地球勤務の方がずっと恵まれてる。やはり、好きでなければ勤まらん・・・この広大で寂寞とした未知の宇宙が・・・気がついてみたらこのざまだ。取り返しがつかぬくらい年を食っている。すっかり老いぼれさ。船長、あんたはまだ若い。女房子供もいる。帰る家があるんだ。俺には何もない・・・宇宙にも、飽きた。結婚もせず、子供もつくらず・・・俺の気持ちが解るか。オカヨはいい娘だ。身篭った子供は俺の子かも知れん・・・俺の生まれて初めての」
「そんなこと誰にも確かめられん、今となっては。ドクター、あんたは疲れている。もうすぐあんたの番だ。ゆっくり別れを惜しんでくればいい」
 スペースドクターを送り出した後、恒星間慰問船船長ナマゴミは机の引き出しから何年も使ったことのない古ぼけたピストルを取り出した。
「数を揃えればいいことだ・・・誰か一人が、オカヨでなくてもいい」
     **
 六ヶ月たった。恒星間慰問船ブルーハワイ号は慰問先の網走星に予定通り到着した。星の荒くれ者達が歓声を上げて宇宙船を出迎えたのは言うまでもない。
 ハッチが開き、バニー姿の慰問ロボット達が花吹雪の中を降りてきた。
「慌てるんじゃない。規律を乱した奴は即刻死刑だ」
 網走星の警備員が空に向けてピストルを撃った。
 その隙に小さなバスケットを持った慰問ロボットが警備員の横を通り抜けた。
 歓声を上げていた一人の荒くれ男が目を皿のように見開いた。
「オカヨ・・・」

 トーキョーにある宇宙防衛統括司令部に網走星から緊急連絡が入った。超電速電報を受け取った司令部付の新米士官は小首をかしげた。
「不思議なことがあるもんだ。何か想像を絶する超常現象でも起きたのかも知れない。それにしても慰問船の乗組員が全員自殺してしまうなんて・・・」

 オカヨのバスケットには彼女が冬眠中に出産した女の子と共に、慰問船の心優しき男達の遺書が隠されていた。その子の父親が誰であるのかはオカヨ自身にも解らない。しかし彼等が自らの生命を賭けて守ったオカヨの赤ん坊は彼等の子供であることには違いがない。
 宇宙の孤児は異星の地でも逞しく育つだろう。

第三夜 コンニチハ 
(あと998夜)


 いつも通りの時間に帰宅すると、四つになる息子の一郎が目を輝かして飛んできた。
「ねえ、パパ。ボク、宇宙船をつかまえたんだ。お砂場でトンネル掘ってたらね・・・良子ちゃんもいっしょだよ」
 宇宙船だって・・・こいつ、いつの間にか随分と知恵がついたんだな。
 俺は一郎の天然パーマの頭を撫でてやりながら、「宇宙人は乗っていたのかい」と話しかけてやった。
「うん、コンニチハだって・・・良子ちゃんが手でバシッてやったんで、ボクおこったんだ。あいさつはちゃんとやるもんだって、パパが言ってるでしょ」
「宇宙人がコンニチハって言ったのかい」
「うん、コンニチハって」
 一郎は腰を半分に折って、丁寧におじぎをしてみせた。
「いい子だね。一郎は、ちゃんと挨拶が出来るんだね」
「うん、だけど良子ちゃんはバシッだって・・・宇宙人さんが痛いんだよね」
「そうだね。そんなことしちゃいけないね。一郎は本当にいい子だ」
 俺はまとわりつく一郎を蹴飛ばさないように注意して、ネクタイをはずしながら居間に入っていった。
「おい、牧子!何処行ったんだ・・・牧子!」
 一郎が俺の開いた脚の間から「バア」と顔を覗かせた。しょうがないなあ・・・母親がいないもんで、俺にこんなにじゃれついてくるんだな。
「一郎、ママはお出かけかい」
「うん、良子ちゃんち行ったんだ・・・ねえ、パパ、宇宙船見せてあげるよ。お砂場にいたから、洗ってちょうだいよ。お風呂にいっしょに入っていいでしょ。ねえ、パパ」
「ああ、後でね。それより、一郎、ママはどんな用事で良子ちゃんちに行ったんだい」
「おそうしきに行ったんだよ。ねえ、パパ。お風呂にいっしょに入っていいでしょ。お砂場にいたから汚れてるんだよ」
「え、何だって・・・葬式だって。良子ちゃんちのおばあさんが亡くなったのか」
「ううん・・・良子ちゃんのおそうしきだって、ママが言ってたよ」
「そ、そんな・・・」
 俺は絶句した。良子ちゃんは、俺の会社の先輩の娘だ。同じ団地に住み、同い年の子供を持つよしみで、私生活面でも仲がいい。
 こうしちゃいられない。俺は、一郎を押しのけて電話機に走った。しかし、何度掛けても話中・・・どうやら一郎の話は本当らしい。俺は一度はずしたネクタイを締め直した。
「いいかい、一郎。おまえの宇宙人さんと仲良くお留守番してるんだぞ。パパはちょっと良子ちゃんちに行ってくる。すぐ帰ってくるからな」
「うん」
 一郎は大人しくうなずいた。
「宇宙船洗ってもいいでしょう」
「ああ、その代わりお風呂場に入っちゃだめだよ。洗面所ならかまわない。いいね」
 俺は一郎の頭を撫でて外へ出た。
 良子ちゃんの家は、中庭をはさんで向こう側のアパートだ。いったん、エレベーターで下まで降りなくてはならない。
 俺は辺りをキョロキョロ見回してみたが、生憎誰もいない。それにしても牧子のやつ、メモぐらい残しても良さそうなものだ。それとも、よっぽど慌てていたんだろうか。
 一階に着くと、俺は一目散に中庭を横切って向かいの住棟に走った・・・いや、走ったのは途中までだ。砂場の辺りに人だかりがしている。俺は不審に思って、そちらの方へ向かった。
 縄が砂場を囲んで張り巡らしてあり、その中で三人の男がしゃがみ込み、何かを調べている。
「何をしているんですか」
「あ、中へ入らないで下さい」
 一人の男が立ち上がって、俺の方へ歩いてきた。
「団地のかたですか」
 男は警察手帳を見せながら、逆に質問してきた。
「ええ・・・何があったんですか」
「まだ御存知じゃなかったんですか」
「はい。今、会社から帰ってきたばかりで」
 私服の刑事は縄を潜って外に出てきた。
「実は、この団地内の女の子が殺されたのです」
「えっ、良子ちゃんが・・・」
「おや、御存知じゃないですか」
「いえ、息子に聞いたもので。あの・・・良子ちゃんちで葬式があるって・・・でも、まさか殺されたなんて・・・ああ、可哀想に」
「息子さんですって。良子ちゃんのお友達なんですか」
「ええ、同い年だもんで、いつも一緒に遊んでいるんですよ」
「それじゃあ、息子さんが何か知ってるかもしれない・・・いえ、何ね、ちょっと殺され方が異様なもので。目撃者を捜していたんですよ」
「異様とおっしゃいますと」
「これですよ」
 刑事はポケットから白い布に包んだ小さな銃を取り出した。
「本物のレーザー銃ですよ。しかし実用にしては、ちと小さ過ぎる。でも、良子ちゃんは明らかにこの銃で黒焦げにされたんですよ」
 その言葉を聞いて、俺の背中に冷たい汗が走った。
「あ、あの・・・その武器は、地球上の・・・」
「人間が使うとしたら、引き金に小指も入りませんよ」
 次の瞬間、俺は駆け出していた。勿論、我が家の方角へである。後から刑事達のバタバタと追いかけてくる足音が・・・でも、冷静に説明している暇はない。一郎が拾ったモノは・・・あいつ、何てことを。
 俺はエレベーターを待つのももどかしく、五階まで非常階段を駆け上った。
 間に合った!
 扉を開けると、一郎のかん高い歌い声が聞こえてきた。
 俺はフーっと息を吐き、声のする風呂場へと足音を忍ばせて近づいた。
 あいつ、親の言う事を聞かないで風呂場に入ったな・・・叱ってやる。
 俺は脱衣室の前で、もう一度深呼吸をして、手近の長い柄のついたモップを手にし、風呂場のガラス戸を開いた。
 一郎がびっくりして、こちらを振り向いた。
「あ、パパ・・・洗面器、小さくて宇宙船が入らなかったんだよ」
 そう言う一郎が手にしているのは、ランドセルぐらいの大きさの銀色の円盤だった。
「一郎、いい子だから・・・そいつをパパに渡すんだ」
 その時、円盤の頂部に穴が開いて、やはり銀色の肌をした小人が顔を出した。小人はおよそ感情のない鉛のような声で、
「コンニチハ」と言った。
「一郎、そこをどけ」
 俺はモップを振り上げた。
「パパ、止めてよ。宇宙人さんがいけないんじゃないよ。良子ちゃんの方から、バシッて・・・」
 俺は風呂場に踊り込み、一郎の手から円盤を取り上げ、思いっきりタイルの壁に叩きつけた。宇宙船は破裂する瞬間、七色に光った。俺は胸を押えて、その場に倒れ込んだ。上体が熱い。首の周りの服が焦げているらしい。薄れ行く意識の中で、俺は一郎の声を聞いた。
「パパがいけないんだよ。コンニチハって言われたら、ちゃんとコンニチハってあいさつしなくちゃ・・・」

第四夜 タイムマシン 
(あと997夜)

「奥さんからよ」
 そう言って受話器を渡された時、いやな予感がした。
 慶子のやつ、また変な買物をしたんじゃないか。あいつが会社に電話をかけてくるのは、大概そんなくだらない用事だ。根がおひとよしなもんだから、戸別訪問のセールスマンの口車にのりやすい。この前は、子供もいないくせに「日本昔ばなし」の絵本を買わされたし、その前は百科事典だ。全くいやになる。
「ねえ、車買うお金あったでしょ」
「ああ・・・」
 慶子の声がうきうきしてるもんで、オレの胃の辺りがチクチク痛みだした。やっぱりそうなんだ。しかも、車を買う為の預金に手をつけて・・・もう黙っちゃいられない。今日こそ、はっきり言ってやる。
「お前、まさか、あの金を・・・いくらおろしたんだ」
「全部よ」
「・・・・・・!」
 オレは絶句した。ああ、何てことだ。
「タイムマシン買ったの」
「え・・・」
「ねえあなた、聞いてるの」
「ああ・・・」
 完全に気勢をそがれちまった。タイムマシンだって・・・頭ん中が混乱して、何がなんだか解らなくなった。
「ね、掘り出し物でしょ。試作の段階だからとても安いのよ。私達、モニターに選ばれたのよ、すごいでしょ」
「ああ・・・」
 頭がズキズキしてきた。タ、タイムマシンって・・・あの、要するに、例の・・・タイムマシンか・・・
「とても小型で使い方も簡単なのよ。燃費もいいらしいわ。ね、あなた、とても素敵じゃない・・・タイムマシンでドライブなんて」
「だ、だけど・・・タ、タイムマシンなんて、この世に・・・」
「あなた疑ってるのね。フフ。でも私、ちゃんと試乗してみたのよ」
 オレは受話器を左手に持ち直した。右手でタバコを吸うためだ。
「あなたにいつも怒られてるでしょ。よく確かめもせずに物を買い過ぎるって。それで私、今回はちょっと慎重だったのよ。だってタイムマシンですものね。本当に過去や未来に飛んで行けるのか確かめてみなくちゃ買う訳にはいかないものね。そうでしょ」
「うん・・・その通りだ」
「中はちょっと窮屈だったけど、暫く乗ってれば慣れると思うわ。運転は自動車よりもずっと楽だったわ。目盛を行きたい未来にセットして、あとは発進ボタンを押すだけなのよ。ね、とても簡単でしょ」
「ああ・・・」
「まだ試作品だから、今のところ未来にしか行けないんだけど、そのうちに過去にも行ける改良型がでるらしいわ。そうしたら今の機種を下取りに出して買い換えればいいと思うの」
「ああ・・・と、ところで・・・本当に、おまえ、未来に行ったのか」
「うん、最初は取り敢えず明日に行ってみたわ」
「明日だって・・・むむ、た、確かか」
「確かよ。だって、ちゃんとあなたに会ってきたもの」
「え、何だって」
 オレは吸いかけのタバコを机の上におっことし更に慌てた。
「いやだわ。いちいちびっくりしないでよ」
「む・・・あ、うん」
「それでね、私、明日のあなたにちゃんと了解を得たのよ。タイムマシン買っていいかって」
「それで・・・オレは何て言ったんだ」
「OKしてくれたわ。だから私、契約しちゃったのよ。今からもう少し未来に飛んでみるわ。ね、いいでしょ」
「ああ・・・」
 オレは腑抜けた返事をした。だって、他に何て言やいいんだ。タイムマシンだって・・・ふざけやがって。
 オレはその日一日、むしゃくしゃしながら仕事をした。時間が経つとともに腹がたってくる。いつでもそうだ。結局慶子の言うなりになってしまう。あいつは幾つになっても昔のお嬢さんのままなんだ。こんどこそ叱ってやる。思いっきり怒ってやる。
     **
 電話があったのは五時ちょっと前だ。兄貴からだった。
「敏雄か・・・いいか、気を落ち着けてよく聞くんだ。慶子さんが事故にあったんだ」
「え、何だって。そ、それで慶子は」
「死んだよ」
 オレは大急ぎで家に戻った。病院から運ばれた慶子の遺体は一階の和室に安置してあった。兄貴や親爺をはじめ親戚連中が青白い顔で座っている。
 兄貴が事の次第を説明してくれた。
「残念だが慶子さんの方の過失らしい。反対車線に急に飛び出したんだ。車は大破して即死だった。苦しまなかっただけ良かった」
「車だって、い、いや、あれはそんなものじゃなくて・・・そうだ、その・・・くるま・・・はどうしたんだ。今何処にある」
「警察が持ってったよ。おまえ、慶子さんにいつ車を買ってあげたんだ」

 慶子の葬式を翌日に控えて、オレはまんじりともせず夜を過ごした。
 朝になると葬儀屋が来て一段と忙しくなった。花輪が会社から届けられた。近所の人達が集まってきた。
 昼飯を皆と一緒に食ってから、オレは独りブラっと散歩に出た。家にこもっていると気がめいるんだ。
「あなた・・・」
 バス停の前で聞き慣れた声を耳にして、オレはギョっとした。
 振り向くと慶子が立っている。
「間違いないわ、カタログ通りの性能ね」
「慶子、お、おまえ」
「ねえ、あなた。どお、このタイムマシン」
 慶子はかたわらの真っ赤なボディの「くるま」を指さした。これじゃみんなが車だと思うのも無理はない。
「いいでしょ、このタイムマシン買っても。今試乗してみたから大丈夫よ。私、昨日から飛んできたのよ。あなたの服を見てすぐ解ったわ。今日は七日よね。あなた、昨日出がけに『明日、吉田さんちのお葬式だから礼服を用意しておくように』って私に言ったわよね。だから今日は七日なんだわ」
「違うんだ、この服は・・・」
 そこまで言ってオレは絶句した。
「いいでしょ。ねえ、あなたあ・・・買ってもいいわよね」
「ダ、ダメだ。絶対にダメだ。今すぐ昨日に戻って断ってくるんだ。いいか、決して買うんじゃないぞ」
 オレは絶叫した。そうなんだ。今なら間に合う。慶子は昨日一度目の試乗の後、オレに電話をかけてきた。ということは、事故に会ったのはその後なんだ。そうだ、オレがイエスと言わなきゃいいんだ。
「ダメだ。ダメだ。誰が何と言おうとダメだ」
 しばらく押し問答が続いた。
「そんなに言うのなら、あなたも乗ってみれば。とても簡単よ。私が教えてあげるわ」
 オレの好奇心が目を覚ました。こんなチャンスはめったにない。そうだ、一度乗ってみても悪くない。その後ダメだと言えば、さすがに慶子も諦めるだろう。
「よし、それじゃ試してみよう」
 オレはタイムマシンに乗り込んだ。胸が高鳴る。
「そのダイヤルをセットして手前のボタンを押せばいいのよ」
 慶子がマシンの外から指示してくれた。オレはちょっと迷ってから一年未来にダイヤルをセットした。そして、
 ボタンを押した。

「馬鹿野郎!何処見て運転してんだ」
 オレのすぐ脇をブレーキ音をきしませてトラックが通り過ぎた。バス停が十メートルほど先に見える。
 慶子のやつ、まだ試作の段階だとか言っていた。着陸地点に多少の誤差があるようだ。事故の原因が解った。
 オレはタイムマシンを乗り捨て、一年後の我が家へ向かった。
 何だ、ちっとも変わってないじゃないか。オレは見慣れた門を入った。
 ドアを開けようとして我が耳を疑った。男の笑い声がする。そして、確かに聞いたことのある・・・女の笑い声・・・オレはそっと耳をドアに押し当てた。
 男の声はどうやらオレのようだ。実に奇妙な気分だ。オレが一年後のオレの声を聞いている。
「裕子、いいだろ。もう一杯だけ、な、ビール飲ましてくれよ」
 辺りの様子からすると夕飯時らしい・・・ま、待てよ、裕子って・・・誰なんだ。
 オレは足音を忍ばせて、居間に面した庭に侵入した。
「あっ」
 オレは慌てて口を押えた。
 一年後のオレと向かい合って食事をしているのは、オレの会社で受付をしている本多裕子じゃないか。
「ダメよ、あなた。そんなに飲んじゃ。前の奥さんの一周忌じゃない。少しはしんみりしたらどうなの」
「ハハハ、慶子には悪いが、今のオレはおまえと一緒になれて幸せでしょうがないんだ。な、裕子、オレはずっと前から、おまえのことが好きだったんだ」
「またそんなこと言って、フフフ」
 オレは一年後の我が家を後にした。

「どうだった。間違いないでしょ、ね、あなた・・・買ってもいいわよね」
「ああ、預金があっただろう。あれで買えばいい」
「まあ、あなた。私、嬉しい。ありがとう」
 慶子は大喜びで、昨日に戻るためにタイムマシンに乗り込んだ。
「気をつけておかえり」
 オレは複雑な気持ちで慶子に手を振った。

第五夜 美しい花 
(あと996夜)

 昔々、アルプスの小さな村にハンスという名の男の子が住んでいました。その辺りは世界で最も美しい所で、村を取り囲んで色とりどりの花が咲いていました。村の人々はその花を摘んでは、麓の町に降りていって市場にとてもいい値で売って生計をたてていました。町の人達は、この村の人々のことをアルプスの花摘み人と呼んでおりました。
 生まれた時から独りぼっちだったハンスも物心ついた頃から、小さな籠をしょって花を摘みに行きました。緑色のベレーが似合う、とてもかわいい少年でした。
 さて、このアルプスの花摘み人達の間には年一回のとても華やかなお祭りがあります。冬が終わって春風の吹く頃、花摘み人達は自分達が見つけた最も美しい花を籠に入れて町の広場に集まるのです。そして、それぞれの花の美しさを競い合い、花摘み人の王者を決めるのです。
 ハンスは村で一番の年寄のミルばあさんの話を思い出しました。西日が一日の終わりに輝く山の向こうに極楽の国があって、死んだ人達がとても楽しく過ごしているという・・・そこへ行けばきっと、誰が摘んだ花よりも美しい、黄金のような、夢が本当になったような、そんな花があるに違いない。
 ハンスは朝早く、小さな花摘みの籠を肩にしょい、西の山に向かいました。草原を抜け、川を越え、極楽目指して歩き続けました。二晩野宿した三日め、ハンスはどこまでも白い雪原を息を切らして登っていました。ハンスは何度も小さな手に息をはきました。とても寒いのです。いつの間にかハンスは冷たい雪に包まれて眠っていました。ラッパの音が聞こえます。花吹雪が舞います。町長さんが笑っています。ミルばあさんが両手を広げて駆けて来ます。ハンスは夢の中で花の王者になったのです。花摘み人達に囲まれてハンスは小さな胸を張りました。
 夢から覚めると、雪野原は今までよりもずっと白く、ずっと静かでした。ハンスは身体についた雪粉を払って立ち上がりました。そして眼下に拡がる広大な雪原を見ました。その雪原の丁度真ん中辺りのくぼみにその花は咲いていました。小さな赤い花です。とても赤い、おもちゃのようにかわいい花です。ハンスは小躍りして、寒さも、空腹も、疲れも忘れて走り出しました。色を忘れた純白の中で、小さな赤い花はとても綺麗でした。
 ハンスは今までに見たこともない美しくかわいらしい花を籠に摘み、意気揚揚と町に戻りました。しかし、とても遠くまで行ったのでハンスが町に着いた時は、もうみんな広場に集まってその年の王者が決定しようとしていたのです。
「待ってよ、みんな。僕の赤い花を見てよ。とてもかわいい花なんだ」
 ハンスは思いっきり背伸びして、審査員に雪原で摘んだ赤い花を差し出しました。ハンスはこんなに素敵な花を持って来たのだから自分が王者に決まると信じていたのです。
 それだけに、ハンスの赤い花を見て、集まった花摘み人達が何の感動も示さなかったのには唯もうびっくりしてしまいました。
「ハンス、残念だけどもう王者は決まったんだよ」
「でも見てよ、こんなに赤くて・・・」
 今度は人々のクスクス笑う声。ハンスの花は、町の周囲に咲き誇る大柄で良く手入れされた花の前では何とも小柄で色褪せて見えたのです。雪の中であんなに真っ赤に輝いた花びらも、町の広場で良く見ると茶色っぽくくすんでいたのです。
 ハンスはがっかりして、その夜、もう一度独りっきりで山に入っていきました。そして、それっきり戻ってきませんでした。
 翌年の花祭りの季節、ハンスは雪に埋まって見つかりました。万年雪の北斜面にずっと凍りついたままだったハンスは、今この瞬間に息をひきとったかのようでした。村の人々はかわいそうなハンスの身体を花で飾りました。赤や黄色や白い花、雪の山に花摘み人達は自慢の花を運び上げました。
 誰かが叫びました。
「おい、ハンスの周りの赤い小さな花を見てみろ。何て綺麗なんだ」
 ハンスは自分が見つけた小さな赤い花の咲く丘に眠っていたのです。町の広場ではちっぽけな野花に過ぎなかったその花は、白く厳しい山の中で何と美しく輝いて見えることでしょう。
「ハンスが王者だ。花摘み人の王者だ。こんなに美しい花は俺達見たことない」
 それから後、花摘み人達はその花を「ハンスの夢」と名づけ、決して摘み取ろうとはしませんでした。白い雪原に点々と咲く赤い花は、その風景の中でこそ最も美しいと思ったからです。

第六夜 恩讐の彼方のルビー星(前編) 
(あと995夜)

「船長、星だ!星が見える」
 恒星間貨物運搬船「モンブラン号」に乗り込んだ、銀河連邦捜査局主任捜査官のマエダは思わず大声で叫んでしまった。
 このマエダという、新品の星形バッジをつけた成り上がりの若い捜査官、それほど軽薄なわけではない・・・いや、叫びたい気持ちは、このポンコツ貨物船を二十年も操航し続けているオガワ船長にしても同じことだ。それ程、恒星間飛行は単調だし、情感という荷物を背負った人間にとって、何よりも感動の捌け口が見つからない。
 オガワ船長は過去を回想することによって、この長い単調さに耐える術を会得していた。しかし、若いマエダには想い出すほどの過去はない。
「わあ、ものすごく綺麗じゃないか!おい、船長、こっちへ来てみろよ・・・まるで宝石だ。ルビーのようだ・・・紅く輝いている」
 マエダ捜査官は頭上に両手をかざして、感極まってピョンピョン跳びはねている。
 しょうがない若造だな・・・オガワ船長はコントロールテーブルの赤いレバーを前に引き、操縦を手動に切り換えた。
「おい若造、少し揺れるから気をつけろよ。あの星の周りを一周してやる。航路から若干づれるが、お前さんへのサービスだ」
 マエダ捜査官は船長に向けて、感謝の印にVサインをしてみせた。若者の間で、地球でのこの古いしきたりが再び流行りだしていた。
      *
 モンブラン号が、メインノズルの故障で宇宙を漂流中の銀河連邦捜査局の小型宇宙艇を救助したのは、地球時間で三週間前のことだった。
「やあ諸君、ごくろうさん」
 宇宙の迷子になるところを、定期航路飛行中のモンブラン号に奇跡的に発見されたというのに、成り上がりの捜査官は随分と横柄だった。
「ちくしょー、こいつが肝心のとこでいかれちまいやがって、極悪人を取り逃がしちまった」
 マエダ捜査官は悔しそうに、モンブラン号に収容された連邦捜査艇のエンジンノズルを蹴り上げた。
 しかしマエダの機嫌はすぐ良くなった。
 彼のような若者が瞬時に機嫌よくなる理由は一つしかない。女である。
 なにしろ彼は三ヶ月もの間、艇に残された僅かばかりの食糧を食いつなぎ、孤独な宇宙を漂流してきたのである。
「めっちゃんこ、まぶいじゃんかよ」
 マエダは栄光ある連邦捜査官にあるまじき言動で、モンブラン号乗組員の顰蹙をかった。
 さて彼のターゲット、即ち女、それはモンブラン号唯一の女性乗組員であるマサコだった。マエダが救助された時、マサコはレオタード姿で日課のジャズダンスをしていた。そんなマサコの艶姿に目が眩んだのである。
      *
「船長、あの星は何であんなにめっちゃんこ綺麗なんだ」
「お前さんが言ったように、あの単独惑星はルビーで出来てるんだ」
「えっ、ほ、ほ、本物のルビーか」
 マエダ捜査官の目がギラギラ輝いた。
「ねえマサコちゃん、君の誕生日は・・・確か七月だったよね」
 レオタード姿で、手動に切り換わったために忙しく揺れ動く計器盤と睨めっこしていたマサコは「なあにい」とひどく素っ気ない返事を返した。
「誕生日だよ・・・ほら、七夕の夜に生まれたって自慢してたじゃないか。よし・・・マサコちゃん、君にあの誕生石をプレゼントしよう。うん、絶対にプレゼントするぞ。おい、船長、あの星に降りてくれ」
 この野郎、星形バッジを付けてると思って、貨物船の船長を馬鹿にしおって・・・オガワ船長はムッとした。
「あの星は保護区になっている。我々文明人が介入してはならない星なんだぞ。彼ら自身の自然な発展を妨げる事になるからな」
「ということは、あの星には生物がいるんだな」
「そうだ。お前、連邦捜査官のくせして、そんな事も知らないのか」
「ふん、おいぼれめ」
 マエダ捜査官はコロッと機嫌を損ねて、コントロールルームのハッチを開いて荷物室の方へ出て行った。
「まったく・・・近頃の若者は」
 オガワ船長はレバーを再び自動に切り換えながら深い溜息をついた。最近とみに後退してきた広大な額の汗を拭う手に力がなかった。
      *
「た、大変だ。船長、お、起きてくれ」
 オガワ船長は寝入りばなを起こされて、ひどく気分が悪かった。
「馬鹿野郎、用事があるならインタホンを使えばいいだらう。他人の寝室に勝手に入ってくるな」
「す、すいません」
 ポンコツ宇宙船モンブラン号の電気整備士のケンモチは、モジモジと突き出た腹の前で両手をこすり合わせている。
「あんただったのか・・・怒鳴ったりして悪かった。何かあったのか」
「あいつがいなくなっちまった」
「あいつ・・・捜査局の若造のことか」
「ウン、捜査艇もろともいなくなったんだ」
「え、何だって」
「船長、大変な事になるぞ。あの捜査艇の修理はまだ済んじゃない。無理して動かすと・・・」
 オガワ船長はコントロールルームへの通話ボタンを押した。
「はい・・・こちら・・・コント、フー、ロールルーム・・・です・・・フー」
 マサコの息切れた声が響いた。ジャズダンスの最中だったのだ。
「進路を変更してくれ。至急だ・・・目的地は単独惑星Rー3、ルビー星だ」
      *
 赤い光を発してそそり立つルビーの絶壁に囲まれた緑色の水の流れる谷間に、モンブラン号の三人乗り着陸艇スコラがゆっくりと降下してくる。
 乗っているのは、オガワ船長、ケンモチ整備士、それにセーラー服を身に纏ったマサコ一級操縦士。
 マサコは久し振りに大気のある大地に降り立つことが出来るというので、トーキョー遺跡で見つかった「高三時代」とかいう古代書物の表紙に載っていた二百年前の女性の衣裳で身を飾った。マサコの世代の女性はアナクロファッションを最高のおしゃれとしていたのである。
「マサコ、随分と艶っぽい格好だな」
 ケンモチ整備士は、マサコのエキゾチックな古代衣裳にかなり御機嫌である。
「とにかく・・・彼の乗って行った連邦捜査艇を見つけよう。この星では、この谷間辺りが最もルビーの含有量があり、上空からも特別赤く輝いている。マエダ捜査官もその事に気づいたはずだ。マサコ、レーダーを作動させてくれ」
 小型だが高性能のレーダーはすぐに宇宙艇の影をとらえた。
「よし、この川の上流だ」
 スコラは緑色の川に沿って、赤い谷間を昇っていった。
      *
 宇宙艇はルビーが輝く川辺に着床していた。しかし、それはマエダが乗っていった銀河連邦捜査局のものではない。
 オガワ船長は艇のナンバーを確認し、ルビー星を周回しているモンブラン号に打電した。答はコンピューター操作で瞬時に戻ってくる。
「何ってこった。この船は、あの若造が追いかけていたエナーキンとかいう極悪人のものだぞ。なんでも、ルパンという名の古代世界の怪盗を気取っているらしい。ウーム・・・特に貴金属やら宝石には目がないということだ」
「それじゃあ・・・」
 マサコは両手でおちょぼ口を覆い、微かなヒューという悲鳴を漏らした。
「その・・・エナーキンとかいう極悪人は、この星のルビーを・・・盗むつもりなのね」
      *
 その頃、銀河連邦捜査局主任捜査官マエダは、息をはずませながら、緑色の肌をしたルビー星の知的生物ルビアンの後から険しい峰を登っていた。
「おい、この星には本当に乗物ってもんが全然ねえのかい。俺のような育ちの良い人間にとっちゃ、この登りはちと応えるぜ」
 マエダを何処かに案内しているらしい背のヒョロ長いルビアンは、実に身軽に岩壁の間を跳びはね、余裕に満ちた笑みを浮かべて、フーフー言っているマエダに手を振ってみせる。
「ちぇっ、いけすかねえ生物だぜ」
 マエダ捜査官は悪態をついたが、遥か前方に行ってしまったルビアンには聞こえない。ルビー星は銀河連邦の定期航路上にある単独惑星だから、この星の住人は地球語を話せるのである。
 だからこうしてマエダ捜査官は、彼らが神とあがめる人物の許に案内してもらえるのだ。何でも非常に徳の高い「お人」だということである。
「それにしても、あの貨物船のやつら、何処を修理してやがんだ。ちぇっ、俺が、折角愛しのマサコちゃんの為にルビーをかき集めて飛び立とうとしたら、全然噴射がかからねえ・・・全く、ひでえもんだぜ」
 まだ修理中の捜査艇に勝手に乗り込んだくせに、マエダはブツクサ文句を言っている。
「おい、もやしの兄さんよ。宇宙艇を持ってるとかいう地球人のいるとこは、まだずっと先なのかよ」
 マエダは峰の頂きに腰をおろし、涼しそうに下界を眺めているルビアンに大声で呼びかけた。
 ルビアンは愛想は良いが概してお喋りではない。「彼」は黙って、前方に広がる切り立ったルビー石の岩場を指さした。
 マエダは思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。壮大な光景である。一枚の屏風に繋がった赤い岩板が見渡す限り続いている。
「我々ハ、アノ岩場ヲ超エテ、緑ノ水ヲ向コウノ村ニ運ブノデス」
 ルビアンがやっと口をきいてくれた。マエダは幾らかほっとして、「彼」の隣の四角い石に腰掛けた。
 まるで巨大な万里の長城だ・・・マエダは大きく息を吸い込んだ。
 山脈からほぼ垂直に切り立った屏風岩の中程に小さな穴がうがたれ、垂れ下がった縄梯子をつたってルビアンが降りてきた。梯子の下にもう一人のルビアンがいる。
「何をしてるんだ」
「トンネルヲ掘ッテイルンデスヨ」
「トンネル・・・」
「ソウデス・・・アレガ完成スレバ、向コウノ村ニ水ヲ運ブノガ随分ト楽ニナリマス」
「水なんか運んでどうするんだ」
「食ベ物ト交換スルノデス。聖ナル緑水ハ、コノ谷間、アノ岩ノコチラ側ニシカ流レテイナイ、ソシテ、食べ物ハアノ岩ノ向コウ側ノ草原ニシカ生エテイナイノデス」
「物々交換ってやつか。えらく原始的だな・・・でも、あんな所を越えてくんじゃ大変なこったな」
「エエ、貴イ生命ガ失ワレタ事モ数限リナクアリマス。デモ、私達ハ妻ヤ子供達ヲ飢エサセナイ為ニ、アノ岩ヲ越エナクテハナラナカッタノデス」
「それで・・・宇宙艇を持ってる地球人とやらは何処にいるんだい。まさか、あの岩の向こうじゃあるまいな」
「トンネルノ中ニイラッシャイマス」
 そう言うとルビアンは立ち上がり、手まねでマエダについてくるように合図した。
      *
 ルビー星には電気はなかったのでトンネルの中は真っ暗だった。マエダは、暗闇に目が順応するまで幾度となく岩板に頭をぶつけた。
「そうすると、その地球人がこのトンネルを掘っているのか」
 マエダ連邦捜査官は、身を折り曲げて狭い穴の中を進みながらルビアンに尋ねた。
「エエ、アノオ方ノオカゲデス。我々ハ、ゴ覧ノ通リ上半身モ貧弱ダシ、便利ナ道具モ持ッテオリマセンノデ、トテモコンナトンネルヲ掘ルコトナド出来マセン。唯、アノオ方ノオ仕事ヲ手助ケスル為ニ、切リ取ッタ岩石ヲ運ビ出スダケデス」
 マエダは足元の小石を拾い上げてみた。暗くて良くわからないがツルツルした手触りだ。これはかなり上質のルビーだぞ・・・
 しばらく進むと、トンネルがドーム状に大きく切り取られた場所に出た。何処からともなく明りがさしてきて、深紅のルビーがこの世のものとも思えぬ美しい輝きを放っている。
 マエダの顔面がだらしなく、デレーっと伸びた。
「アノオ方デス」
 ルビアンが、丸いドームの端で身を屈めている薄汚い格好の男を指さした。明らかに地球人である。がっしりした体格の男・・・腕が異様に太い。
「やあ、あんたが地球の人かい。俺も地球人だ。知ってるだろ・・・銀河連邦捜査局の捜査官なんだ。実は宇宙艇が故障しちまって困ってたんだ。ちょっくら、あんたの船を貸してくれないかな・・・いや、手間はかけないよ。すぐそばに大型の貨物船が浮かんでるんだ。だから、そこまで・・・」
 ルビーの岩盤を削っていた男の手がピクリと震えた。髭もじゃの頬も連鎖反応を起こし、ピクッピクピクと震えた。
「なっ、いいだろ。同じ地球人じゃないか」
 マエダ連邦捜査官は、その男の方にづかづかと歩み寄り、彼の肉太の肩に手を置いた。
「やっ、き、貴様は」
 次の瞬間、マエダ捜査官は二,三メートル後ろに跳び退いて光線銃で身構えた。
「この極悪人め、こんなところに隠れていたのか・・・さあ、大人しく連邦捜査官のお縄を頂戴しろ」
「ま、待って下さい。捜査官殿・・・」
「何を抜かすか、さあ立て」
 マエダ捜査官の光線銃は周囲を反射して赤く光った。
「ここで巡り会ったが百年めだ。極悪非道の大盗人ドナルド=エナーキン。さあ、潔く観念しろ」
 エナーキンは四つんばいのまま、ズズっとマエダ捜査官の前に進み出た。
「見逃して下さい、お願いします」
「見逃せだと、この虫けら野郎め。よくも抜け抜けと都合の良いことを・・・」
「いえ、罪に服するのを怖れるのではありません。ほんの短い間で結構です。私がこのトンネルを掘り終わるまでの間、ど、どうか・・・この通りです」
「ええい、黙れ。黙らんと撃つぞ」
 マエダの銃を握る手が激しく震えた。いくら捜査官といえども、マエダは成り上がりである。場数を踏んでるわけではない。いざ人を撃つとなると流石にビビルのである。
「待ッテクダサイ」
 マエダを案内してきたルビアンが二人の間に割って入った。
「コノオ方ガ過去ニドンナ事ヲナサッタノカハ存知マセン。シカシ、今、私達ニトッテハナクテハナラヌオ人デス。トンネルガ出来レバ、切リ立ッタ崖カラ落チテ無意味ニ死ンデイク者ガナクナリマス。無理シテ、コノ断崖ヲヨジ登ル必要ガナクナルノデス。オ願イデス、許シテヤッテクダサイ。私達ノ為ニ、私達ノ生命ヲ救ウ為ニ、身ヲテイシテトンネルヲ掘ッテ下サッテルコノオ方ヲ、ドウカ、本当ニ、ドウカオ許シクダサイ」
 ルビアンは額を岩床にすりつけたまま、ゴボゴボとむせかえった。普段無口なくせに、あまり長く喋り過ぎたのだ。
 マエダ捜査官はチェッと舌打ちして、光線銃の狙いをはずした。
「それで、トンネルはいつ完成するんだ」
「あともう少しです・・・一ヶ月もあれば何とかなります」
 ルビアンともども冷たい岩床に膝まずいたままのエナーキンが答えた。
「何だ、そんなにかかるのか」
「レーザーカッターが一つしかないのです。お許し下さい」
「勝手にしろ」
 マエダは足を投げ出してルビーの床に座り込んだ。
「その代わり、一ヶ月たったら容赦なくしょっぴくぞ。その間、俺はおまえを監視しているからな。逃げようなんて気はおこすなよ」
「ありがとうございます」
 エナーキンとルビアンの目に涙が光った。
「さあ作業を始めよう。どんな事があっても一ヶ月でトンネルを貫通させるんだ」
 エナーキンはズボンの埃を払って立ち上がると、うずくまったままのルビアンの肩を叩いた。
      *

第七夜 恩讐の彼方のルビー星(後編) 
(あと994夜)

 三日たった。
 マエダ連邦捜査官は赤い岩板に座ったまま「彼ら」の作業を監視した。時々仮眠をとるのだが決して熟睡しない。これしきの訓練は、成り上がりといえども連邦捜査官ならば誰でも受けている。
 しかし、トンネル作業の方はエナーキンの必死の努力にも関わらず、遅々として進まなかった。彼のレーザーカッターは旧式だったし、何よりもルビアン達の体力がおそまつすぎた。もやしのようにヒョロ長く、上背があり身軽なのだが、その分力がなかった。
 ああ、とんでもない事になっちまったなあ・・・マエダは大袈裟な溜息をついた・・・モンブラン号のマサコちゃん・・・どうしてるかなあ。宇宙は無限に広いから、もう二度と会えないかもしれない。でも俺の方は、やつの宇宙艇が健在だから、それに乗って捜査本部に戻ればいい・・・
      *
 一ヶ月たった。マエダ捜査官は顔中髭だらけ。エナーキンの人相と既に区別がつかなくなっている。
 それにしても彼の捜索に向かったはずのオガワ船長達は何をしているのだろう。
「おい、約束の期日がきたぞ」
 マエダ捜査官は、すっかり痩せ衰えたエナーキンに呼びかけた。
 エナーキンは肩をピクリと震わせ、ゴボと咳き込んだ。
「おい、大丈夫か。少し休んだ方がいいんじゃないか」
 この一ヶ月の間にマエダの心の中で変化が生じていた。依然として、連邦捜査官の職務を守るべく昼夜を問わず極悪人の監視を続けてはいたが、同じ人間としての、彼に対する友情のようなものが芽生えていたのだ。
 マエダは寝不足の朦朧とした意識を自分の中に向け、色んな事を考えた。
 俺は今まで、他人の役に立つような事をしてきたのだろうか。勿論、銀河連邦捜査官として民衆の平和と安全の為に敢然と悪に対してきた。だがそれとて・・・本当に他人を思っての事だったか・・・自分の名誉と栄光を大事にしただけだったんじゃないか。こいつは・・・この髭もじゃの極悪人は、自分とは何の関わりもない異星人の為に・・・ああ、こんなに痩せ衰えてまで・・・
「ゴボ、ゴボボボ」
 その時、エナーキンは激しく咳き込んで赤い岩盤の上に倒れ込んだ。
「ほらみろ、無茶するからだ」
 マエダはエナーキンの肩を抱いて、彼の上体を楽にしてあげた。
 エナーキンは大粒の汗を全身に光らせて「トンネルが・・・トンネルが」とうわ言のように喋り続けている。
「ようし、心配するな。お前は少し休んでいろ。俺がトンネルを掘ってやる。ああ、お前の額に浮かんだ玉の汗、何て美しいんだ。宝石のようだ。この星の全てのルビーよりも美しい」
「でも捜査官様、約束の期日が・・・」
「馬鹿野郎、そんなことはもうどうでもいい事だ。一ヶ月が二ヶ月に延びたところで何てことはない。それに・・・俺にはもう、お前を裁く権利はない。さあ、二人で力を合わせてこのトンネルを完成させよう」
 マエダはそう言うと、エナーキンの肩をぐいと引き寄せた。
「そ、捜査官様・・・」
 二人の男の目から幾筋もの清らかな涙が流れでた。
 トンネル内にいたルビアン達は、この地球人同士の思いもかけぬ抱擁を目を丸くして見つめていた。
      *
 さあ、こうなったからには作業は速い。連邦捜査官として鍛えた腕の見せどころ。マエダはエナーキンと一致協力してトンネルを掘り進んだ。
 レーザーカッターが二つになり、しかもマエダが手にしているのは最新式の光量倍増型だ。一日のうちに十メートルや二十メートル、楽に掘り進む。
 更に、陽気なマエダの指示にルビアン達も気持ちよく従った。
 さあ残るは直径四、五メートルはあるかという真紅なルビーの塊だ。こいつを取り除けばトンネルは向こう側に貫通する。マエダはレーザーの光束を岩塊の切れ目に放射した。黒い煙がシュルシュルと立ち昇る。
「よし、貫通したぞ。さあエナーキン、力をこめてこの岩を押すんだ」
 二人の地球人は歯を食いしばってルビーの岩を押した。緑色の肌をしたルビアン達は丁度夕飯時で一人も洞窟に残っていない。マエダ達はこの劇的な一瞬を二人だけで迎えたのである。
 しかし、芯までルビーで出来た真紅の岩は思ったより重い。二人の裸の肌に汗がほとばしり手がつるつる滑る。
「エナーキン、ちょっと脇にどいててくれないか。ひとつ体当たりを試みてみよう」
 マエダ連邦捜査官は、トンネルの向こう端まで戻り、全力で赤い岩塊めがけて突進した。
「ズッ」
 にぶい音がして、ルビーの塊は砂埃と共に半回転し、次の瞬間、マエダは久しく目にしなかった大量の光を浴びた。
 頭の中が・・・揺れている。凄い地響きだ。何がどうなったのだろう。手が痛い、肩に電気が走る・・・ああ、身体が回る。何かにぶつかった。岩が俺の右肩にぶつかった・・・そうだ、俺は落ちている。墜落してるんだ。
 だが流石に銀河連邦捜査局主任捜査官だけのことはある。鍛えあげた反射神経で、突出た岩片を無意識のうちに握りしめ、死への落下を食い止めた。
 何てこった。トンネルの向こうが崖だってこと、すっかり忘れてた・・・
 マエダはもう一方の手も突出た岩片に添え、どうにか宙ぶらりんの身体を固定した。
「おおいエナーキン、助けてくれ」
 エナーキンの髭もじゃの顔が五メートルほど上方の岩の間から恐る恐るマエダの方を見ている。
「もたもたしてないで早く縄梯子を降ろしてくれ。手がしびれて今にも抜けそうだ」
「捜査官の旦那、ちょっくら下を見てごらんなせえ」
「な、何をのんきな事を言ってるんだ」
 そう言いながらも好奇心旺盛なマエダ捜査官、無理な姿勢で更に無理矢理首を曲げ、下界に視線を走らせた。
「やっ、ややや・・・こ、これは・・・」
 後は言葉にならなかった。
      *
 一面の海だ。
 眩いほどの一面の大海原、真っ白い波頭が規則正しくうねっている。
 マエダ捜査官は我が身の置かれた状況をもしばし忘れ、賛嘆の声を発した。
「ヒェー」
「旦那、あれは水じゃありませんよ・・・何だと思います。ダイヤなんですよ」
「な、何・・・ダイヤだって」
「旦那の足元で波打ってるのは正真正銘のダイヤの海なんですよ。ハハハ、何て素晴らしい光景なんでしょうね。これに比べたらルビーの山なんて、ちっとも価値はありませんぜ・・・何でこの私がこれほど苦労してトンネルを掘っていたかお解かりになりましたか・・・ハハハ」
「す、すると、お前は」
 マエダ捜査官は唖然として視線を上方に戻した。そこには人相の一変した極悪人エナーキンのにやついた顔があった。手にはマエダの最新式レーザー銃を握りしめ、その銃口は・・・
「き、貴様」
 地団太踏もうとしたが、踏むべき地面もない。
「ハハハハ、お人好しの捜査官殿。お蔭様でトンネル工事の手間が省けましたよ。私には最初から解ってましたぜ。あなたがきっと手を貸してくれるのがね。私の旧式レーザーでは、こんな大工事、何年かかるか解らないですよ。本当に助かりました。ハハハハ」
 エナーキンの甲高い笑い声がルビーの岩肌に幾重にもこだました。
「このダイヤの海を渡って、奴等は更に向こうの草原に食物を求めに行くんですよ。でも、あんたはこの海の事はご存知なかったでしょうね。疑われるとまずいので、私が奴等に口止めしたんですよ」
「こ、この野郎。俺の手から無事逃げられるとでも・・・あっ、痛・・・手がしびれてきた」
「思い切ってダイビングなさったらいかがです。ちょっと説明しときますがね。この海は磁場が何重にも反転してて、重力がその作用でゼロになってるんですよ。だから、これだけのダイヤモンドがプカプカ浮いてるんです。私が宇宙艇を使ってこの海に着水出来ない理由はそれなんです。重力はゼロだけど、それは磁場が互いに逆方向に作用してる結果なんでね、鋼鉄の塊に過ぎない宇宙艇はたちまち分解されちゃいますよ。それで、トンネルが必要だったって訳でね。だってそうでしょ、か弱い地球人の私には、とても乗物なしでこの屏風岩を乗り切る自信はありませんよ」
「こ、この極悪人め」
 マエダ捜査官は最後の力をふりしぼって叫んだ。
「これはまた酷い事をおっしゃる。いいですか、このトンネルは私だけの為じゃない。あのルビアン達にとっても、この上なく重宝なものですよ。もう彼らは食物を得る為に、この岩壁の頂上まで攀じ登る必要はない。無駄に生命をおとす事もない。彼らにとっても、私にとっても、これはいいことじゃないですか。ハハハハ」
「ち、ちくしょう。こ、この極悪人め」
 マエダは悲痛な叫びを残して、ルビーの岩壁から落ちていった。
      *
 恒星間貨物運搬船モンブラン号は遅れを取り戻すべく、全速力で一路目的地へ向け飛行していた。
 オガワ船長は広大な額に手を置き、いつものように追憶の疲れをぬぐっていた。
 俺ももう年だ。そろそろ地球に帰って気楽な余生を送りたいものだ・・・
「船長、彼の意識が戻りました」
 ピンクのレオタード姿のマサコがオガワ船長の前に立っている。
「そうか、それは良かった」
 ほっと安堵の息を吐き、船長は重々しく立ち上がった。
      *
 マエダ銀河連邦捜査官は状況が良く呑込めないのか、口をポカンと開け、マサコのベッドで上半身を起こしキョロキョロ辺りを見回している。
「危ない所だったな。えっ、お若いの」
「あっ、船長・・・」
「偽物の人情にほだされて、危うく生命をおとす所だったんだぞ」
「それじゃあ、あなたがたが・・・」
「ルビアン達が固く口を閉ざし、あんた達の居所を教えてくれなかったので、すっかり遅くなってしまっての・・・でも礼を言うつもりなら、ほれ、このマサコにするがいい。彼女が落下途中のお前さんを捕獲銃で救出したのじゃからな。まったく、おなごとは思えぬ腕前じゃった」
「ど、どうも・・・」
 マエダは真っ赤な顔で、マサコの方を見た。
「ハハハ、意外と純情なやつだな。それにしても危機一髪だった。あのダイヤの海は、海面下三メートルで重力がゼロになっておってな。その境界を超えてしまうと、二度と這い上がってはこれないんだぞ。一生、無重力のダイヤの海を、あの極悪人のように彷徨い続けねばならない」
「えっ、そ、それじゃあ・・・エナーキンは」
「うん、我々の目をかすめて、やっこさん、自らあの海に飛び込んじまった。あの高さだ・・・重力ゼロの境界を潜り抜けてしまった。暫く海面を捜索したが、浮いて来なかったよ」
「そうですか」
「だけど、あの海の事も、そもそもがルビー星の事も、お前さんがもう少し知識欲があって『銀河地誌』を通読しておれば、ちゃんと書いてあったのだがな。そうすれば、やつの魂胆もすぐに解り、その場で捕らえる事も出来たはずだ」
「すいません」
 マエダはいとも素直に謝った。
「でもそうしたら、あのトンネルは完成しなかったわよ」
 マサコがマエダ捜査官の枕元に置いてある真紅なルビーを見つめたまま、明るい声で言った。
「それもそうだな。お前さんは、あの星の住人にとっては歴史に残る贈り物をしたことになるんだな」
「もう少しルビーを貰ってくれば良かったかな」
 マエダは、それは見事なルビーの塊と、それは見事なマサコのボディラインとを嬉しそうに交互に眺めていた。

第八夜 ネプの海 
(あと993夜)


つきほし創作館挿絵より

 ネプは海を見たことがなかった。だから、青い目の砂漠の旅人からピンク色の巻貝をもらったとき、眠れなくなるほど嬉しかったんだ。
「いいかい、この貝をそっと耳に押しあててごらん。ザザー、ザザーと波の音が聞こえてくるだろ」
 旅人はそう言って、日に焼けた真っ赤な顔にしわを刻んでニコリと笑った。
 だが、海を見たことのないネプには、どうしても波の音は聞こえてこなかった。
 旅人は更に不思議なことを教えてくれた。
「海は、この砂漠の景色とそっくりだ。その美しさも、恐ろしさも・・・ただ海は空のように青く、しかも動いている。その時に、ザザーと音がするんだ」
 青い目の旅人は、それだけ言うと、ラクダに揺られて行ってしまった。
 ネプの一族は、赤い砂の砂漠に囲まれた小さなオアシスで羊を飼って暮らしていた。ネプの生まれる、ずっとずっと前から・・・
 だから、一族の誰も海を見たことがない。いちばん年よりのプハルじいさんでさえ見たことがないんだ。
 ネプは、波の音がするというピンク色の巻貝をみんなの耳に押し当ててみた。
「何も聞こえないぞ」
「砂漠のように静かだ」
「ネプ、おまえ、旅人にだまされたんだ」
「そうだ、旅人なんて、みんな法螺吹きさ」
 そう言われると、よけい、その音を聞いてみたくなる。青い海が動くときのザザーという音を・・・不思議な音色に違いない。
 だが、不思議なんてものは、身のまわりには滅多に起こらないんだと、プハルじいさんが羊のような声で教えてくれた。
「ここの生活は十年前も、百年前も・・・何一つ変わっておらん。それが世の中というもんじゃ。いやなら、旅をするんじゃ・・・遠くにな。だが何が起こるか分からんぞ」
「遠くに?」
「そうじゃ、あの空よりも遠くにな」
 プハルじいさんは、深いしわを更に深くして、ハハハと笑った。
 遠いところに不思議があるんだ・・・ネプはやっと分かった。そして・・・海も。
 いつも通りの乾いた朝がきた。
 羊たちが物憂げに鳴いていた。
 ピンク色の巻貝を耳に押し当て、ネプの足は赤い砂漠のかなたに向かった・・・できるだけ遠くに。もっと遠くに。
 空よりも・・・
 その貝があるから、これっぽっちの不安も感じなかった。
      **
 ネプは海を見た。
 何日もかけて赤い砂丘を歩きつめると、熱気が煙のように周りの景色を揺らした。
 なだらかな窪地をはいあがって丘の上に出たネプは、地平線のかなたに目をやってアッと声をあげた。
 赤い砂のうねりに挟まれて、青く細い帯が空との境にかすかにゆらめいて見えた。
 海に違いない。
 ネプは貝を強く耳に押し当て、蜃気楼に向かって歩いていった。疲れも、のどの乾きも、焼けた皮膚の痛みも忘れ・・・
 熱い血がドクドクと音をたてた。
「あっ、聞こえる」
 ネプの瞳に、不思議に出会えた喜びが嵐のように広がった。
 心の中で・・・赤い砂は真っ白な砂浜に変わり、その先に、空よりも数倍青い海が姿を現した。
 ザザー、ザザーと波の音が響き、遠くに帆をいっぱいに膨らましたテントのような船が浮かんでいた。くちばしの長い鳥が、波頭すれすれに飛んでいる。冷たく、それでいて心を奮い立たせる、力と優しさに満ちた風が吹いていた。
「ほら、聞こえるだろ。これが波の音だ」
 貝をくれた青い目の旅人が、パイプの煙をいくつもの輪っかにして空に吐いた。
「うん、聞こえるよ・・・海って、歌うんだね」
 ネプはうれしそうに笑った。
      **
 こうして、少年は砂漠の一族の前から姿を消したんだ。捜しに出かけたネプのいとこが、赤い砂に半分埋もれたピンク色の巻貝を見つけたが、ネプの姿はどこにもなかった。
 ネプのいとこは砂を払い、ネプがいつもしていたように、その貝をそっと耳に押し当ててみた。
 すると「ザザー、ザザー」と貝の底に閉じ込められた砂が音を奏でた。
 やや、聞いたこともない、それでいて不思議に懐かしい音だ・・・ネプのいとこは首をかしげた・・・その音に混じって、子供の笑い声が、キャッキャとかすかに響いたような気がした。
 一族の者たちは、それからも海を見ることはなかったが、ネプの貝のおかげで、いつでも好きなときに、旅人が教えてくれた海の音を聞くことができた。そして、心の底から力と勇気が湧いてくるのを・・・
 一族の長老は、砂漠の旅人がオアシスを訪れるたびに、貝の音を聞かせ、むかし、ネプという勇気ある少年が、みんなのために海を見つけてくれたんだと誇らしげに話した。
「あの子は、いつまでも子供のまま、この貝の中で海と遊んでいるんだよ。子供にしか見えないもの、子供にしか聞こえないものを、わしらに教えるために・・・」

第九夜 砂漠の鳥  
(あと992夜)

 ジラードは砂漠の子供でした。どこまでいっても草も木も生えていない命のない国で生まれたのです。
 昔のことは覚えていませんが、背丈がラクダのひざに達した頃には、大人たちに混ざってオアシスからオアシスへの旅をしていました。
 オアシスは様々な命を育むところです。砂漠の底深く流れていた水が泉となってこんこんと溢れ出ています。泉の周りには木が育ちます。草も生えます。木の実を食べる鳥も飛んできます。
 ジラードは鳥の声を聞くのが好きでした。砂漠の旅は男たちの仕事でしたので、ジラードはかん高い音楽のような鳥の声に飢えていたのでしょう。記憶にない母親の子守歌と似ていたのかもしれません。
 中でもチェクチェクパール、チェクチェクパールと可愛らしい声で鳴く金色のくちばしを持った手のひらに隠れるほどの小さな鳥がお気に入りでした。オアシスの人たちは決して生き物をいじめたりしませんでしたから、その鳥もすぐにジラードと仲良くなったのです。チェクチェクパール、チェクチェクパール、ああなんて可愛い声でしょう。
「ジラード、出発の時間だぞ」
 ラクダにまたがった髭面の男が大きな声でジラードを呼びました。
「ねえ、鳥を連れていっちゃいけない?」
 ジラードは勇気を出して聞きました。命のない砂漠の旅に美しい音色で鳴く鳥の道連れがいたならば、どんなにか素晴らしいだろうと思ったのでした。
「砂漠は命のないところだから、そんなちっぽけな鳥などすぐに死んでしまう」
 髭面の男は大人なので鳥などに興味がないのです。
「ねえ、お願い。僕の友だちなんだ」
 ジラードが何度も頭を下げるものですから髭面の男も根負けし渋々うなづきました。
「十日も砂漠の旅が続くんだぞ」
 ジラードは小鳥を帽子の上にとまらしたままラクダにまたがり、チェクチェクパールと鳥の鳴声を真似して旅を続けました。チェクチェクパール、チェクチェクパール。砂漠の少年とオアシスの小鳥の二重奏です。ジラードをのせたラクダも眠そうな目をもっと眠そうにしてチェクチェクパールの音楽に聞き入っていました。
 旅の三日目のことです。ジラードが見たこともない砂嵐が吹き荒れてました。砂漠は地面が砂で出来ていますので、強い風が吹くとその砂が舞い上がって空が見えなくなるのです。砂嵐は一日中吹き荒れました。どんなに疲れていても止まったら砂に埋もれてしまいますので、ラクダを眠らせないように動き続けなければいけません。
 ジラードはオアシスの小鳥が吹き飛ばされないように帽子の中に入れ、小さな声でチェクチェクパールと歌い続けていました。

「鳥が!」
 嵐の収まった西の空に大きな輪を広げた太陽を見ていた大人たちはジラードの悲しげな叫びには耳を貸そうとはしません。それどころではないのです。見失った砂漠の道を太陽の位置から見つけだそうとしていたからです。
「ねえ、鳥が死んじゃった」
 ジラードの帽子の中でオアシスの小鳥は羽でくちばしを覆うようにして息絶えていました。金色の小さなくちばしが既に輝きを失っていました。
 砂漠の子供には悲しんでいる時間はあまりありません。砂を両手で掘ってオアシスの小鳥を埋めました。そして本当に小さな声でチェクチェクパールとつぶやきました。
 髭面の男が太陽を指差して、その方向にラクダの向きを変えました。予定を変更して、近くのオアシスに行くことにしたのです。人もラクダも疲れていましたし、嵐の中で水袋が四つも破れていました。
「オアシスだ」
 日の暮れる頃、男たちが地平線のかなたの緑の森を指差しました。もうすぐ夜です。
 その時です。ジラードの耳にチェクチェクパール、チェクチェクパールと鈴の音のような懐かしい鳥の声が聞こえてきました。
「何処に行くのだ」
 髭面の男が怖い声で怒鳴っています。しかしジラードは鳥の声の方にラクダを走り出させていました。みんなが向かおうとしていたオアシスとは反対の方向です。
 砂に埋めたはずのオアシスの小鳥が目の前を飛んでいるのです。元気に羽を動かして、かん高い声でチェクチェクパールと鳴いています。空高く舞い上がったかと思うと、砂の地面すれすれにまでおりてきて、またスーっと飛び上がるのです。
 大人は、命のない砂漠ではちっぽけな鳥など生きられないって言ったけど、とんでもない。あんなに元気で、羊よりも、ラクダよりも、やせっぽちの黒犬よりも、ずっとずっと動きがいいじゃないか。
 ジラードはラクダの手綱を緩めて、思いっきり走らせました。今までこんなに速く、砂の海を駆けたことはありません。熱風が頬をすり抜け、狩のように気が高まります。

 ジラードが長い長い眠りから覚めると、髭面の男はホッとして、怖い顔を歪めて笑いました。
 砂漠の少年は髭面の男の腕の中で、疲れて眠っていたのです。
「ここは何処?」
「オアシスだ。おまえを追いかけて、森に覆われた、このオアシスを見つけたのだ。我々が向かおうとしたのは夕暮れの光が映した蜃気楼だった。おまえが反対の方向にラクダを走らせなかったら、我々は命のない砂漠の中で道を失っただろう。さあ聞かしておくれ。このオアシスがあることを、どうして知ったのだ」
「鳥が教えてくれたんだ。チェクチェクパールと鳴く、あの小鳥だよ。空を飛んで、元気いっぱい鳴いていたんだ」
「あの鳥を追いかけて、ここに来たのだな」
「そうだよ。ねえ、鳥は何処にいるの?」
 髭面の男は、眉の間にしわを刻んで、しばらく考えていましたが、やおら手を打ち、次のようなことを言いました。
「おお、何と不思議なことよ。この地は、さきほど、おまえがあのオアシスの小鳥を埋めた場所に違いない。命のない砂漠が、あんなちっぽけな小鳥の命を吸い上げ、こんな大きな森を作ったのだ」
「鳥は何処にいるの」
 ジラードはどうしても、オアシスの小鳥のことが気になるのです。
「ジラードよ、よくお聞き。あの鳥は水になったのだ。地表に湧き出る泉となって、一瞬のうちにこの命に満ちた森を育てたのだよ」
 砂漠の少年は、髭面の男に助けられて立ち上がりました。ひんやりとした森の匂いが、そこかしこにたちこめています。チェクチェクパール、チェクチェクパール。森全体が、かん高い小鳥の声で合唱しているようでした。チェクチェクパール、チェクチェクパール・・・命を育む魔法の呪文のようではありませんか。

第十夜 鉄橋とトンネル 
(あと991夜)

 そのトンネルが掘られたのは、もう百年以上まえのことだった。山の奥の、そのまたズーっと奥にある、谷をまたぐ鉄橋につながった寸づまりのトンネルだった。
 寸づまりってのは、長さが十メートルもなかったからだ。トンネルとしちゃ、ずいぶんおちびさんだ。
 それに比べて鉄橋のほうは、どうどうたるもんで、長さは百メートル、高さも同じくらいあった。そんな関係だったから、鉄橋はトンネルを小馬鹿にしてたんだ。
「やい、トンネル。おまえは何てぶざまなんだ。オレがいなかったら、誰が好き好んで、おまえをくぐって行くもんか」
「誰が」ってのは、この鉄橋とトンネルにしかれたレールを走る登山電車のことだ。
 トンネルは、自分が寸づまりだってことを世間つうの登山電車から聞かされて知ってたんで、鉄橋の悪口にじっとたえていた。
「それに比べて、オレさまの何と美しいことよ。このまえもテレビカメラがオレを写すために、わざわざ町からやって来たぐらいだ。谷間にさしこむ朝日に照り映える姿は最高だって誉められたっけな。なあ、トンネルよ。おまえもそう思うだろ、ハハハハ」
 いつもこんな調子だった。鉄橋は自分の自慢をし、トンネルの悪口を言っていた。どんなものでも百年生きてると、人間と同じ心を持つようになるんだ。声は出さなくとも、おたがいの気持ちが言葉になって通じるんだ。
「トンネル、おまえなんて、ほんとうはいなくてもいいんだ」
 トンネルが無口なもんで、鉄橋は好き勝手なことを言う。でも、トンネルは鉄橋の自慢話をちゃんと聞いてたんだ。身を縮めるようにして、ちゃんと聞いてたんだ。そして、悪口を聞くたびに、トンネルの暗い心にピューと冷たい風が吹き抜けるのだった。
 草も木も、鉄橋も寝静まった月夜の晩だった。トンネルは、気持ちよく眠る鉄橋に向かって蚊のなくような声で、
「さようなら」と言うと、それっきり姿を隠してしまった。
 あくる朝・・・いつもは、トンネルが吹きかける暖かい息で目覚める鉄橋はすっかり寝坊しちまった。レールをゴトゴト揺すぶる登山電車が登ってくる音に、あわてて目を覚ましたんだ。
 のんびりするまもなく、急いで手足をふんばった。なんせ百年も生きてるんで、節々が錆びついている。
 登山電車の先頭が鉄橋にさしかかると、ミシミシ音がした。鉄橋は汗をたらして、ふんばった。
 登山電車が鉄橋の中ほどに達したとき、キキーと車輪にブレーキがかかる音がした。
 おや、何ごとかと、登山電車の進む方向に目をやった鉄橋は、そこにトンネルがいないのに気づいて、錆ついた悲鳴を上げた。
「トンネル!」
 登山電車はブレーキをかけたまま、トンネルがいなくなった、のっぺらぼうの土の斜面にぶつかり、そのはずみで先頭車両が鉄橋を飛び越えた。
 あぶない!鉄橋は、線路のわきの鉄柵をピーンと張って、登山電車が谷底に墜落するのを、かろうじて食い止めた。
 登山電車は先頭車両を宙吊りにしたまま、グラグラ揺れていた。車内から登山客の悲鳴が聞こえてくる。
 ミシミシ、鉄橋も必死だ。
 グラグラ、登山電車が振り子のように揺れる。
 ミシミシ、さびた鉄骨が折れそうだ。
 それでも鉄橋はふんばった。汗をタラタラ流して・・・
 ようやく救助隊が到着し、登山電車を引きあげ、鉄橋の向こうまでエッチラ引いていったのを確かめると鉄橋は体中の力がドーっと抜けて、そのまま気を失ってしまった。細い鉄骨が三本ほど折れていた。
 幸い、軽いけが人が出ただけですんだが、登山鉄道は廃止されてしまった。
 新しい観光道路が完成してたんで、もう一度トンネルを掘るのは、それこそ、むだだったからなんだ。
 独りぼっちになった鉄橋は、そのまま放置され・・・年老いた。
 そして、風の強い、ある夕暮れ。
「トンネル」と、この世でただ一人の友だちの名を呼んで、鉄橋は足元から崩れ落ちてしまった。
 同じ頃、さらに、ずっとずっと山奥で、山歩きの男が、奇妙な洞穴を発見した。
 入口も出口も丈の高い草に覆われていた。
 中に入ると、真っすぐな穴はひびわれたコンクリートでできていた。風が吹き抜けるたびに「テッキョー、テッキョー」と悲しげな音が響いたそうだ。

第十一夜 光食獣 
(あと990夜)

 「船長、た、大変だ・・・停電だ」
 宇宙の無法船クック号の切り込み隊長ヨシダが、そこら中にボコボコぶつかりながら、真っ暗な船長室に乱入してきた。
「バカタレ、言われなくたって解るわい」
 年期の入った無法者カワクボ船長はヨシダを怒鳴りつけた。
 白髪が垂れ下がった皺だらけの額に大きな傷が二本、×の形に刻まれている。あと右頬に薄い刀傷・・・裸になれば、それこそ満身創痍である。彼がいかなる経緯で無法の世界に身を沈めることになったのか誰も知らない。当の本人でさえ、古い時代の熱気を失って久しく、思い出したくもない過去の事など忘却に任せているので、自分の出自は皆目解らなくなっている。
 船内の照明が一瞬にして消えた時、無法者カワクボ船長は「ああ、俺は死んだんだ」と観念した。
 だが・・・なんだ、ただの停電か。幾分ほっとしたが、いつまで待っても光は戻ってこない。となると、ことは重大だ。
「あの、船長・・・」
「わっ!び、びっくりした・・・なんだ、アケミじゃないか、い、いつの間に」
 整備担当かつ暗号解読のプロ、アケミがカワクボ船長のすぐ後ろに立っていた。真っ暗なもんで気がつかなかったのだ。
「船内配管配線系列異常ありません」
「なにぃ・・・異常ないとぬかすか」
「はい、照明を除いて・・・他の電気系統は正常に稼動しています」
「じゃ大したことないな。非常照明を使え」
「だめです、使えません」
「んなら懐中電灯があるだろ」
「つきません」
「バーロー、じゃなにか。何の異常もなくて照明だけが、非常も含めて懐中電灯さえ使えんとほざくか」
「その通りです、船長」
「うーむ」
 カワクボ船長は絶句した。こんなことは波乱万丈の長い人生で初めてのことだ。初めてってことは経験がものをいわないわけで・・・絶句するしかなかろう。
「ブ、ブ、ブラックホールじゃ」
 切り込み隊長ヨシダがどもりながら言った。
「ばかいえ、光だけを吸い込むブラックホールがあってたまるか」
「船長、ここはめくらめっぽうに船を動かしてみましょう」
 整備担当のアケミが妙に落ち着いた声で言った。
「真っ暗闇の中をか」
「星は光っているはずです。身近な恒星の位置が確かめられたら、それを目標に進路をとれば、どこかの惑星に到達できます」
「ん、おまえ、いつのまに船長になったんだ。さては俺の寝首をかいて、この無法船を乗っ取る気だな・・・しかし、いい方法だ。それしかない」
 カワクボ船長はチッと舌打ちすると、手探りで発進レバーをチャカチャカ動かして、ぐるりと船体を回転させた。
「わっ、なんだあれは」
 船体を丁度九十度右舷に回転させると、真っ白な線が見えた。どこまでもどこまでも前方にまっすぐ伸びている。まるで道のようだ。
「なんだこれは、おい、誰か返事をしろ」
「光のような・・・ほら、端の辺りがゆらゆらと」
 アケミが答えた。
「うん、でもちっとも明るくならないじゃないか」
 一行、と言っても親分一人、子分二人だけの零細無法船、全員腕組みをしてしばし考えた。
 これは何だ・・・これは何だ・・・これは何だ。
「何者かが我が無法船の光を吸い取っているに違いありません。昔、本で読んだ事がありますわ。この宇宙には光食獣という化け物がいて、宇宙船の光を食べてしまう・・・って」
「なんだ、アケミ、おまえ・・・字が読めるのか」
「こう見えても銀河大学を中退してますの」
「ううん、インテリだとは思っていたが・・・本に書いてあるなら間違いない。俺たちは光食獣に遭遇したんだ」
 三人しか残っていないとはいえ、そこは名にしおう宇宙の無法者、戦う相手がいると分かって俄然元気が出てきた。
「よし、この光道の向こうに敵はおるのだな。一同覚悟はいいな。突っ込め!!」
 カワクボ船長は真っ暗闇の中で左手で拳を突き出し、右手でレバーを引いた。無法船クック号は光の吸引線に沿って全開スピードで突き進んだ。
 しかし、行けども行けども光道の果ては見えてこない。もう地球時間で5時間たっている。流石に眠くなる。少し休もうか・・・光食獣がこの無法船に狙いを定めている限り、光の帯を見失うはずもない。
 その時だ。光道の端で何やら蠢くものが見えた。
「船長・・・光食獣です」
「おまえ、見たことあるのか」
 アケミの自信ありげな言い方にカワクボ船長は苛立ちを隠さない。だいいち、こいつは大学中退だ。寝首を欠かれるより怖いかもしれない。
「おい、ヨシダ・・・スコープで覗いてみろ」
「ど、どこにあるんですか」
 光が向こう側に吸い込まれ続けているので、相変わらず船内は真っ暗だ。ドジなヨシダは必死に手探りでスコープを見つけようともがき、もがく度にそこらじゅうに身体をぶつけまくった。
「船長!」
 傷だらけになって、ようやくスコープを覗き込んだヨシダが叫び声をあげた。
「クジラだ・・・大口開けた、で、でっかいクジラだ」
「何、この大宇宙にクジラだと・・・どれどれ見せてみろ」
 カワクボ船長は手探りでヨシダを押しやりスコープを覗き込んだ。
 確かにクジラだ。縦縞の白い腹をこちらに向けて真っ赤な大口を開けて、光の筋を呑み込んでいる。呑み込む度に、巨大な身体がチカチカと金色に光る。赤い両目の間に触覚みたいのがあって、その先がボンボリのように光っている。
「バカ、ありゃ・・・提灯アンコウだ」
 クジラ型の、いや提灯アンコウ型の光食獣の真っ赤な口がどんどん近づいてくる。もう、スコープを使わなくても誰の目にも明らかだ。
「い、いかん・・・船ごと吸い込まれるぞ」
 もはや操縦レバーは効かない。光と一緒に船体にまで強力な吸引力が働いている。
「おい、戻れないぞ。方向転換もできん。あわわ」
「そうだわ!」
「な、なんだ、アケミ、名案があるなら早く言え。大学中退のあまえなら・・・」
「船長、光食獣は光を吸い込んでいるから、この船の照明を消せば吸引も止まるのでは」
「な、なんで今ごろ・・・」
「照明がつかないんで、照明をオフにするなんて考えもしませんでした」
「わ、わかった・・・照明を落とせ」
「せ、船長の操縦レバーの右にコントロールパネルが・・・」
「ど、どれだ・・・真っ暗で分からん・・・ウ、ウアー、だ、だめだ。もう間に合わん」
 目の前に真っ赤な口が迫っていた。もう、光食獣の姿は見えない。視界いっぱいに大口が広がっている。
「よし、こうなったら一か八だ。全速力で突っ込んでやる。やつの口を突き抜けて、向こう側に飛び出すんだ」
 カワクボ船長はレバーを目一杯引き寄せた。無法船クック号は加速に耐えられずガタガタミシミシ小刻みに震えた。アケミの叫び声が聞こえた。続いてヨシダの声・・・なに、構うものか、突っ込め、突っ込め。カワクボ船長は左右に揺れる加速レバーを必死に抱き寄せた。
 一瞬、船内に赤い火花が散った。何かが破裂する音。誰かが吹き飛ばされる悲鳴・・・
 気がつくと船内は煌煌たる光に満ちていた。あまりの眩しさに、何もかもが真っ白に見える。
「ここは・・・天国か」
「船長が天国に行けるはずないわ」
「アケミ・・・おまえか。ヨシダはどうした」
「船長、や、や、やりましたよ。地獄に落ちずにすみました」
 ヨシダの泣きそうな声・・・操縦席の窓から光の帯が消えている。
「つ、突き破ったのか・・・やつの身体を」
「そうよ、やっぱりあなたは英雄だわ」
「うーん、照明も復活したようだな」
 船内は依然として煌煌たる光に包まれていたが、どうにか目が慣れてきた。
「それにしても、ちと明るすぎる。どれ、照明を絞ってみるか」
 照度ダイヤルを絞っても、依然として煌煌たる明るさ。
「ん、故障かな。おい、いったん、照明を切ってみるぞ」
 オフにした。
 それでも、煌煌たる明るさ。
「おい、アケミ・・・どうにかしてくれ」
「だめです、照明がきれません。電源を落としたのですが・・・船内が勝手に光っています」
「んな、バカな」
 カワクボ船長はグルリと無法船クック号を回転させてみた。
「な、なんだあれは・・・」
 またしても、光の帯・・・その中に巨大な軍艦が見える。
「こ、光食獣か」
「船長、あ、あれは銀河パトロール隊の本船です」
「なんだと。いかん、捕まってしまう。逃げよう」
「だめです・・・この船があの戦艦の光を吸い取ってるようです。向こうにはまたとない目印で・・・逃げ切れません」
「・・・・・・」
「船長、この船が光食獣になってしまいました」

第十二夜 ねこの☆星 
(あと989夜)
つるたnoはは作

    (一)
目が覚めたら、湿った土の匂いがしたょ。
手を伸ばして温かいお腹にもぐろうとしたのに、爪が乾いた木をひっかいただけ。
え・うそでしょ、えっ、なんで、誰も居ないの
「かあさん、かあさん、どこいったの、寒いよ、お腹空いたし、ほんとに寒いよ、どこいったの」
泣きながら、少し明るい方へ出てみたけど、白い冷たいふわふわするのが上の方から落ちてくるだけ。
えっ、寒いょ、いったい、どうしちゃたの 
「かあさん、かあさん、かあさん、・・・」泣いても、泣いても、かあさんの、「はい、はい」って返事は何時までも聞こえない。
どうしちゃったんだろう。
湿った土がむき出しになった、目が覚めたとこに戻ったけど、寒いし、お腹空いたし涙が止まらないょ。
しばらくしたら、かあさんみたいな気配がした。嬉しくって、びっくりして
走りだしたら、突然、こわーい声が降ってきた。
「あんた、ね、びーびー、うるさいよ・」
「っえ・」
「いい加減、静かにおし、あんまり泣くと、張り飛ばすよ」       ・・・・・
白い、おっきい、ひと(猫)がいた。めめが暗く光って恐そうに見えた。
っえ、っえ、だって、寒いし、恐いし、お腹もすいて、「え〜んえ〜ん、え〜ん、」もう泣くのが、止まる訳がないょ。
「え〜ん、え〜ん、寒いょ、お腹すいた〜、え〜ん」涙は止まるどころかますます酷くなっちゃった。
もう、どうなってもいいや、って、ただ、泣き続けるしかなかったょ。
白いおっきいさんは黙って、じ〜と見てたけど、しばらくしたら、突然、ぷいっと、いなくなっちゃった。
涙が止まらないんで、疲れちゃったけどそれでも丸まって一人で泣いていた。

でね、しばらくして、気が付いた!、きっと、眠って起きたら、かあさんの傍へ戻っているよね、って。
そうだ、寝てしまおう。

    (二)

目がさめたょ、でも、
おんなじ湿った土は冷たいままだし、かあさんは居なかった。
しばらく泣いても、だ〜れも返事してくれない。
「え〜ん、え〜ん、わ〜んわ〜ん」 ・・

暗いとこから、白いふわふわが踊っている外へ出てみたら、えっ、食べ物の匂いだ。
全力で走って食べ物に突進、がつがつ食べていたら、また、恐い声がした。
「あんたね、ひと(猫)さまのもの、勝手に頂戴して、挨拶も無しなの」。
「なんて、しつけの悪いひと(猫)だろ、まったく」

っえ、これって、誰かのもの だったの?

「ごめんなさい、ぐすぐす」、「すみません、ぐすぐす」、食べるの止められない。
でも、食べていても、もう怒られなかったけど。

突然、がたんと、音がして、つるつるの毛のない手が下りてきた。
暖かい、懐かしい匂い、かあさんの匂いがする白い飲み物が目の前に置かれた。
暖かくて、かあさんとは違うけど、

美味しい、美味しい、美味しい。ごくごくごくごく、美味しいょ。  
・・・・・・・・

お腹いっぱいになって回りを見たら、もう、白いおっきいさんは居なくて、毛のない手も居なかったょ。もっと、傍に居たいのに、もっと傍に居たいのに、さみしいょ〜「わ〜ん」
でも、お腹いっぱいで、眠くなったので、寝ちゃった。

しばらくして、温かくて、目が覚めた。
すぐ傍に、白いおっきいさんのお腹があって、やさしい、ごろごろが聞こえてきたょ、・・・・・あっ、かあさんの子守唄といっしょだ。
嬉しくなって、いっしょにごろごろして、また、眠ってしまった。

夢の中でかあさんに逢ったみたいな気がしたけど、目が覚めてみたら、かあさんはいなかった。
白いおっきいさんも消えていた。やっぱり、さみしいな。
さみしいんで、また、少し、泣いて、そのまま寝っちゃたけど、昨日ほど、辛くなかった。

    (三)

・・・・・・・・・・・・・
また、明るくなったよ、目が覚めても、かあさんはいない。
めそめそって、泣いていたら、温かい匂いがしてきて、毛のない手が下りてきた。
行ってみると、前と同じ白い飲み物がゆらゆら、湯気を立てていた。
うれしいな、がぶがぶがぶ、美味しい、美味しい。
上をみたら、もう、毛のない手は居なくなっていて、・・・せっかく、ありがと、って言おうと思ったのに。

少し、元気がでたので、ちょっと探検にいってみた。
広くて明るいところに白いおっきいさんがのんびりしていた。
「傍にいってもいいですか」 って聞いた見たよ
「いいよ、おいで」
わ〜い、うれしい。
そ〜と、おっきいさんに近づいたら、あったかい匂いがした。母さんと違うけど、かあさんみたいな匂いがする。
遠くで、ごろごろ、子守唄が聞こえてきた、うれしい。
気持ちいいな、うれしいな。

「あんたも、星から来たんだね」
「っえ」
「私は、此処(この星)の生まれでね、大人なるまで、星のことは知らなかった」
「っえ?」・・・・・・、
何のことだろ、よくわからない。
でも、っま、いいや、気持ちいいんだから。〜あ、眠くなったょ

目が覚めたら、おっきいさんのお腹にくっついて丸くなっていたょ
うれしいな〜、もっと丸くなって、もっと、中にもぐりこんだ。

    (四)

とっても遠くで、ごろごろごろ、やさしい子守唄を聞きながら
また、目が覚めたょ。
あれ、あんまり、寒くない・、でも、やはり、かあさんはいない
少しめそめそ、少しだけど涙がでてきちゃったょ。

あれ、いい匂いがする、不思議な匂い、元気のでる匂い
っえ、なんだろう。
突然、おっきいさんの声が聞こえた
「これはね、春の匂い、春がきたんだょ」
っえ、春って、な〜に、なんで、こんなにいい匂いなの。
「あんたは此処(この星)の生まれじゃないから、知らないんだね・」
「春はね、お日様が戻ってくる季節だよ、遠く遠くから、もどってくる」
わ〜、なんだか、気持が、いいいな〜。
でもね、お日様って、いつもそこにあったけどな、なんでだろ。
でも、いいや、気持ちいいし、おっきいさんがやさしい声で話してくれるし。

突然、ぐ〜っぐ・ぐうううって、お腹が歌を歌い始めた。
「あの〜お腹すいたんです、ごめんなさい」
「私についておいで、ごはんがもうすぐ食べられるよ」
わ〜い、わ〜い。ごはんだ。
昨日、おっきいさんがいた近くまで連れていってもらった。
あれ、違う、毛のない手がいる・・・・・
あれ????・

    (五)

「毛のない手」は手が二つ、足も二つなのに、こっちの「毛のない手」は足が三つある?
っえ・不思議だな、歩くたびに、こつこつ、って、3本目の足は音を出すよ。
おっもしろい、おっもしろい^あんまり可笑しくて、ちょっと触ってみたよ
「あれまぁ、このひと(猫)は、杖が怖くないんだね」
きゅあ〜びっくり、毛のない手がしゃべった・すっごくびっくり!した
上をみたら、へんてこな、毛のない顔があって、目目が優しそうに笑っていた・
「さ、ごはんをおあがり、よかったね、白さんに、面倒みてもらって」
わ〜い、ごはんだ。美味しい、美味しいよ
三本足の毛のない手がじっと見てたけど、怖くないよ。
白いおっきいさんといっしょにごはんを食べたよ、美味しいなぁ。

お腹一杯食べてから、お日様のあたるところで、伸びてみた、
気持ちいいな〜、うれしいな〜。

白いおっきいさんの隣で、顔を洗ってたら
「毛のない手には、気をつけるんだよ」
っえ?
「毛のない手には、危ないのもいるんだよ、この家の手は危険じゃないけどね」
っえ?
「やさしい声で、呼ばれても、知らない手には、気をお付け」
「よ〜く、見てると、良い手か、危険な手かわかるからね」
っえ・「うん、わかった、気をつけます、ありがとう」
ほんとは、よくわからないけど・まぁ、いいや。

おっきいさんの傍で、丸くなっていたら、また、眠くなって・ごろごろごろ・

あったかくて、お日様といっしょに昼寝していたよ
ぐっすり、寝込んでしまって気が付いたらね、となりにまだおっきいさんがいた
うれしいな、一人ぼっちじゃないよ、おっきいさんが大好き・
かあさんの次くらいだけど。

三本足が、おっきいさんに話しかけていた。
「たいへんだね、白さん、でも、ちびの面倒見てやってね」
っえ、ちびって誰のことかな。
おっきいさんは、返事のかわりにおおきなあくびして、伸びをしてそれから三本足に挨拶しに行った。
「やれ、やれ、ですけど、何とかやってみますね」
「そうかいそうかい、良かった、よかった」
二人だけで、しばらく、ひそひそ、話しこんでたみたい。
へんなの〜。ちびのこと、話すのに本人そっちのけでさ。

お日様が一番良くあたる場所をおっきいさんに教えてもらった
「これから、少し出かけてくるけど気をつけんだよ」
「昼間はここの棚で寝ててもいいんだよ、ここは、私達用のなんだよ」
おっきいさんが出かけてしまってまた、一人になっちゃった。
でも、あったかいし、お腹もまだ空かないし・・・・・・、
少しだけ、さびしいけど・、また、寝ちゃお。

    〈六)

目が覚めたら、すごく、寒くなっていた。わ・真っ暗だ。
あれ、あれ〜?、変な音が聞こえてきた。
すっごくおっきくて、ぎるぐる音のする、丸い4足が近寄ってきた。
何だ!これ!、とりあえず怖いから、逃げちゃお。
棚のかげから、そ〜と見ていたら、丸い4足は目の前で動かなくなったょ。
あれ、なんか、大きいお腹の脇から、また、別な毛のない手が出てきたよ。
毛のない手は、丸い4足をおいて、さっさとお家に消えちゃった。
変なの〜、いったい、これ何だろう。
傍まで、行ってみて、
「こんにちは、あなただ〜れ」
挨拶してみたけど、返事しないし。
仕方ないから、そっと触ってみたょ。
おっきいだけじゃなくて、とっても硬いし、変なにおいもする、何だろ?
丸い4足も変だな、爪もなくてさ。
ただ、丸いだけなんて、すごく変だ。

明日になったら、おっきいさんに聞いてみよ、ふわ〜、眠い。

    〈七)

また、朝がきたょ
寒いな、暖かい白いのが欲しくて、泣いてみた。
あれ、戸があいて、毛のない手が呼んでる。「ちび〜い、ちび〜」って聞こえる。
わ〜い、全力で走って突進、がぶがぶ、あれ、毛のない手が、何か言ってる。
「ほら、そんなに顔突っ込んだら、白さんが飲めないでしょ、やれやれ」
あれ、何時の間にか、おっきいさんと一緒だ。美味しい、美味しい、がぶがぶがぶ。
う〜ん、美味しいな、おっきいさんといっしょだと、特に美味しいな。
「これはね、ミルクって言うんだよ」
「子供はあまり沢山飲むとお腹こわすよ、気をおつけ」
うんわかった、おっきいさんありがと。
明るい棚で、おっきいさんにくっついて、小さくごろごろ、気持ちいいな。
おっきいさんがなめてくれたよ、うれしいな。
でね、色んなこと聞いてみた。
だって、おっきさんの足指ね、数が少ないの、
なんでだろって。
「若い頃、遠くへ冒険に行って、怪我したんだよ」
「っえ、」
「この家から外へ出たら危ないことがたくさん待っているよ、気をお付け」
「遠くへ狩に行ったときにね、とらバサミっていうのに、バサって掛かってしまった。
とても辛かったけど、遠くの毛のない手が外してくれたょ」
「えっ、っとっとらバサミ?」
「外してもらったけどね、足指はもうだめになっていて、とっても辛くてね暗いところでじーとしていた。」
「そのまま、うとうとしていたら、体が浮いていってね、不思議だったよ、ほんとうに」
「気がついてみたら、星に居たよ。私は此処の生まれだから星に行ったのは初めてでね、ほんとにびっくりしたよ」
「暖かいとこで10日程過ごしたよ。足指は一本減っていたけど、とっても元気がでた。
その時から、星に行きたいと強く強く思うと、行けるようになったんだよ」

「っえ・・・あのね、じゃあ、かあさんのいる星に帰れるの?」
「うーん、今すぐには無理だね、私は、大人で、子供を産まないひと(猫)だから星に行けるんだよ。」
「え、じゃあ、もうかあさんには会えないの?」
「星はね、たくさんあるんだよ。時々帰れる星もあるし、一度行ったら帰ってこれない☆もある。私は、此処の暮らしが好きなので、帰ってきたけど・・・・・・・・、・」
「此処で、大きくなって、子供を産むようになると星には行けなくなるんだょ。
あんたも、大きくなって、子供を持つようになれば、しばらく行けないよ。」

おっきいさんは、それ以上は、黙ってしまって教えてくれなかった。
でもね、ごろごろ小さく歌いながら、鼻や、耳や、目の回りをなめてくれた。
涙もいっしょになめてくれた。

    (八)    

お昼になって、三本足がごはんをたくさん出してくれたょ。
おっきいさんとゆっくり食べていたら、涙のこと忘れちゃった・
おっきいさんはまた、どこかへ出かけていったけどとても暖かくて気持ちいいな。

虫を追っかけて遊んでいたら、後ろに誰かいるみたい・
そ〜と振りかえったら、あれ?、昨日丸い四足から出てきた、毛のない手だ!
じっとこっち見てるけど、なんでだろ?
あっ・おっきいさんの言ったこと思い出した。
知らない毛のない手には気をつけなくちゃ、おっきいさんの言ったこと守らなくっちゃ・
遠くから、そっと、見てるだけ、見てるだけで、
走って傍に行ったりしちゃ、いけないんだ。
薔薇畑の木の後ろから、少しずつ、近寄ろう、そっと、そっと、少しずつ。
でも、この毛のない手は、危なくないみたい、だっていつもの毛のない手と何か話してる。

「このひとがちびよ、可笑しいでしょ、一人前のひと(猫)みたいに匍匐前進して」

「ほんとに、かわいいね、そ〜と、近づいてくるね」
っえ、かわいいって言ってるみたい。

「ようやく、少し大人になったみたいでね、ヒトを見ると走りよってきて、心配してたの」
「白さんがね、色々教えてくれてるみたいで、少しほっとしたの」

「良かったね、でも、ほんとにかわいいね」
「つれて帰りたいな、いっしょに暮らしたら楽しいだろうな」

っえ!?
「でも、無理なんだ、ごめんね」

っえ、ああ、良かった、どこも行きたくないよ。おっきいさんといっしょがいい。

    (九)

朝がきて、夜がきて、また、夜がきて、朝も来て・おっきいさんと過ごす日々は楽しいな。
朝が来て、三本足がごはんを出してくれる頃、いつも気が付くとおっきいさんは傍にいる。
ごはんの時間がなんでわかるのかな、不思議。

いつものように、朝ごはん美味しいな・って食べていたら影が見えたよ。
えっ・何? 変な匂いもする・少し怖い匂いだ・・・・・・
そのまま、食べる振りしていたら、おっきいさんの声が聞こえてきた。
「あらまあ、くろさん、いったいまた、どこに遊びに行ってきたの、怪我までして」
「はい、ねえさん、ちょっと遊びがすぎて、逃げようとしたら後足をガブっとヤラレてしまいました」

「まあまあ、良く帰ってこれたね、早くごはんをお食べなさい」
「あっ、このひとは、ちびさんだよ、かまうんじゃないよ」
「星から来たばかりでね、まだ、此処のことは、何も知らないんだから」

「はい、ねえさん、よ〜わかりました。ごはん、頂きます、いつもすみませんね」
「がぶがぶがぶがぶ、う〜ん、うまい。くちゃくちゃ、がつがつがつがつ」

びっくりした・すごい勢いで、ごはん食べてる。
あんまり、すごい勢いで食べるんでもう、なくなっちゃった。
びっくりして、ぼ〜としていたら、三本足がやってきて
「ま〜ま、くろや、よう帰ってきたね」
「あらあら、また、酷い怪我して、いったい何処で放蕩してきたんだろうね」

あれ、くろさんは、ずっと前から、この家で、ごはん食べていたんだ
三本足は、くろさんの為に新しいミルクも出してくれたよ。
「さ、くろ、ミルクもおあがり、その傷は酷いね〜困ったね」
くろさんは新しいミルクも、がぶがぶがぶがぶがぶ、全部飲んじゃった。
お日様が上の方まで行って、暖かくなって、お腹も一杯。
くろさんは少し怖いけど、おっきいさんが言ってくれたよ
「くろさん、ちょっと出てきますけど、ちびさんにかまうんじゃないよ」

おっきいさんが行ってしまったら、なぜか、くろさんは少しほっとしたみたい。
日のあたるデッキの上で、ゆっくり体をきれいにしている。
でも、足の傷、すごく痛そう。
少し傍にいってみたら、あまり、怖くなかった。
もう少し傍にいってみたら、もう怖くなかった。
すごく痛そうな足を少しだけ、なめてあげたよ。
おっきいさんが、涙をなめてくれたら辛いのが少し楽になったから。
くろさんの痛いのも、なめたら少し良くなるかなって思って。

突然、くろさんの声が聞こえてきてびっくり、少し怖かったけど・
「星から、来たんだってな、おまえ。白ねえさんに面倒見てもらっていいな〜」
「おいらなんて、いっつも怒られてばっかりでさ」
足が少し辛そう、かわいそうなくろさん、ぺろぺろぺろ、ってなめてあげた。

「おいら、最近な、星に行ってきたけど、子供が一人見つからないって、心配して探しているおっかさんに会ったよ」
「えっ・・・・・・、何処の星?」
「おいらが行ける星はいくらもないからな〜」

「えっ、どこの星、どんなひとが探していたの」
「う〜ん、お前に言うんじゃなかったな、悪いな、忘れてくれ」

突然、くろさんは起き上がって、おっきなのびをして、それから顔を洗って、ゆっくりと外へ向かって歩き始めた。
えっ、くろさん、待ってよ、もっと教えてよ。

    (十)

あ、くろさん 待って!
外の道へ出て、走り出したとたんだった。
がつ〜んっ、遠くで音がしたみたい
硬くって黒くって、おっきい4足が突然襲い掛かったきたょ
空が下になり、木が逆さに見える

体中がしびれて動けない
あっ足が動かないよ、
鼻がぬれてきてかゆいのに、手手も動かせない
何にも音がしない、なんだかすごく寒いなぁ
寒いょ。
・・・・・・・・・

あれ、目が覚めたのかな
えっ、あれは、誰なの
白いおっきいさんが誰かをなめてるよ
えっ、おっきいさんが泣いている
「ほんとに、まぁ、この仔は・・・・・あんなに言ったのに」
「だから、外道は危ないって」
「あほな、くろなんかに、ついてゆくから」

えっ、あれはだれなの
おっきいさんは誰に話しているの?
ここに、いるのに、みえないの?

「星にお帰り、もう、寒くないょ」
「星へお帰り、生まれた星でなくてもね」
「きっと、仲間がたくさんで、迎えてくれるょ」
「私の姉や弟にも会えるょ、白が元気でいるって伝えておくれ」

・、・・・・・「うん、わかった」
「わかったから、もう、泣かないで、おっきいさん、泣かないで」

ほっぺに落ちる涙を感じたよ、とっても温かいな
おっきいさんの声がだんだん遠くなってゆく
あれ、どんどん、体が空に溶けてゆくょ

「おっきいさん、星に帰るね」
「ありがと。とっても、ありがと」

おっきいさんに声が届いたのかな、上を見上げてにゃ〜んって泣いてくれた。
体が全部、空といっしょになったよ
とっても気持ちいいな〜
これが☆なのかな
これが星に帰るってことなのかな〜

あっ・毛のない手と手や、三本足に挨拶できなかった・
いいや、ここからありがと・って言っておこう
「ごはんありがと・もう会えないみたいだけど、結構楽しかったょ〜」
「星に帰っても、もう、泣かないから、心配しないでね・」

第十三夜 公衆電話の恋 
(あと988夜)


李斗さん画

「あの、そこをなんとか」
「・・・・・・わかりました。何とかしましょ」
 さすが商売熱心なS探偵社だけのことはある。へたにチラシをばらまいてるわけじゃない。
 俺は約束どおり夜中の二時にS探偵社を訪ねた。探偵は俺の姿を見て、随分びっくりしたようだが、すぐに気を取り直した。
「なにしろ、他人様の変装には・・・おわかりでしょ、あまり慣れていませんので、ヘヘ」
「深夜のデートだから、そんなに気を使うことはない。ほれ、この男に変装させてくれ」
 俺はチラシに載ったホストの顔を見せた。
 探偵は「ほー」っとつぶやくと、仕事にとりかかった。
 ここまで読んで俺の正体に思い当たる読者は・・・いるわけがない。
 実は俺は公衆電話だ。駅前のガラスのボックスを棲家とする緑色の、あの公衆電話だ。
 そもそもの始まりは、一ヵ月ほど前の風の強い寒い夜だった。
      **
「だって約束してくれたじゃない・・・ずっとずっと一緒にいようねって」
 白いコートを震わせて少女は泣き崩れた。
「だめなんだ・・・もう」
 冷静な男の声。なんて奴なんだ。俺は怒りに身を震わせた。腹の底に溜まった小銭がジャラジャラ音をたてた。
 男が一方的に電話を切ったあとも、少女は受話器を握りしめたまま、オイオイ泣き続けていた。あんまり可哀想だったもんで、俺は少女に優しく声をかけた。もちろん受話器ごしに・・・
「・・・誰、誰なの?」
 少女は依然としてしゃくりあげながらも俺の声に反応した。
「い、いや・・・怪しいもんじゃなくて・・・」
 少女も、そして俺も寂しかったんだ。
 だから、始めはぎこちなかったけど、じきに仲良くなれた。
 俺の公衆電話の受信番号を教えて、少女から最初の電話がかかるまで一週間かかったけど、その後は毎日かかってきた。これって・・・仲良いってことだろ。
 で、会うことになったんだ。
 少女のほうから、そう言ってくれた。とても嬉しかったけど・・・なんと言っても俺は公衆電話だ。このままの姿じゃ嫌われてしまう。
 変装はすぐに思いついた。
 探偵のチラシで見慣れた文句だったからだ。
      **
 できはまあまあだった。頭上にのっけたマネキンの首がちょっぴり不気味だったけど、バーバリーコートで首周りを隠し、目深にハットをかぶると・・・深夜のデートに支障はないはずだ。俺は腹から小銭を取り出し探偵に手渡した。
「ごくろう、あばよ」
 探偵が不服そうなので俺は少しだけ凄んで、S探偵社を出た。急ごう、時間に遅れてしまう。
 ガチャガッ、ガチャガチャガッ・・・歩くたびに腹に溜まった小銭がゾクッとする音をたてる。俺は右に左にぎこちなくよろけながらシティーホテルに隣接した小公園に向かった。待ち合わせ場所としては、ちと胡散臭いが止む終えない。なんせ公衆電話だ・・・薄暗い場所でないと正体がばれる怖れがある。
 少女はあの日の白いコートを着て、常夜灯のすぐ脇のコカコーラベンチに人形のように腰掛けて俺を待っていた。心臓がバクバク鳴った。実際は心臓なんてないんだが、ようは言葉の綾ってやつだ。
「やあ、待たせたね」
 声には自信がある。
「え・・・」
 少女は短い声を発したきり口をつぐんだ。どうやら俺の姿にびっくりしたらしい。常夜灯の光をまともにくらっていた。
「あ、歩こうか・・・」
 俺はそう言いながら、淡いながらもくっきりした光の輪から顔をそらした。
「え・・・ええ」
 少女は「え」しか言わないが、それでもチャイムのように心地よい気分にさせてくれる。
 ガチャガッ、ガチャガチャガッ・・・俺たちは歩き出した。空には白い三日月が雲間から三分の二ほど顔を出している。
 小さな公園を黙って三周した後、少女は月を見ながら、
「ごめんなさい・・・今日はお別れを言いに来たの。あなたにはほんとに感謝してるわ。あなたの励ましがなかったら、私、死んでいたと思うわ。でも、あの辛い時期を乗り越えたからこそ・・・あの人が戻ってきてくれたんだわ。きっとそうよ。なにもかもあなたのお蔭・・・それで・・・こうして会って、一言お礼が言いかった・・・ありがとう、そしていつまでもお元気で」
 少女は一回も俺の方を見なかった。
 何か言わなくちゃいけないと思ったが、言葉が出てこなかった。
 ジジジジーン、ジジジジーン・・・呼び出し音だけが鳴り響いた。
 ジジジジーン、ジジジジーン・・・続いてツツツーン、ツツツーンと話中の音が。
 ジジジジーン、ツツツーン、ジジジジーン、ツツツーン・・・
 俺の言語回路はこの日以来使い物にならなくなった。
 いつかけても、ツツツーン、ジジジジーン・・・話中か、さもなければ虚しく呼び出し音が鳴り響いた。
      **
 こうして俺は失職し、ただの屑鉄になった。もう呼び出し音も話中の音も出せない。腹の小銭は誰かが持っていってしまった。文無しだ。
 時々、錆びついた記憶を呼び戻し、あの娘は俺の正体を見破って、あんな見え透いた嘘をついたのかもしれないと思ったりする。だとしたら、変装を能無しの探偵なんかに頼んだ俺の落ち度ってことになる。
 だけど・・・あの時、俺の恋がうまくいったとしても・・・その後、どうなったと言うんだろう。

第十四夜 ねじれた男 
(あと987夜)

 四年程前の話になるが、渋谷に「ギヨム」という名のスナックがあった。そこのマスターは頬骨の張った青白い二枚目で、所謂芸術家崩れだった。カウンターだけの小さな店内を彼の芸術が埋め尽くし、食事よりもその方面の興味が人を引き寄せたのだろうか、連日盛況だった。
 彼の作風、否手法と言うべきか、それは「ねじる」の一語に尽きた。レスカのコップなど一回転半もねじってあり、まともにストローが入らない。椅子は半回転ねじれて、右ひじに背もたれがぶつかる。テーブルランプはモンローのトルソーよろしく、二つの隆起を左右に振り分けて身悶えている。窓も菱形にねじれた位置で、決して開かない。店名の「ギヨム」はアールヌーボーの雑誌か何かに載っていて、これなども語感が直線的でない。
 さて、この「ギヨム」のことが某雑誌に取り上げられることになった。マスターは嬉々として、取材に備えたライフワークの創作に取り掛かった。だが、すぐに暗礁に乗り上げた。店内で目につくものは既に粗方ねじられている。ねじるものがないのだ。既存の作品で充分な筈だが、彼はライフワークに固執した。
 取材の日が近づくにつれ、マスターの表情にやつれが増殖した。その前日ともなると、無精髭の伸びた土色の顔をブルブル震わせ、悲壮を通り越し、悲惨そのものと化した。
 その夜、マスターは病院に運ばれた。取材は無期延期。彼の野望は挫かれた。
 真偽の程は定かではないが、ねじりに取り付かれたマスターは、ベッドの上で腸捻転の発作を起こしたということである。あくまでも巷の噂に過ぎない。

第十五夜 黄身が悪い玉子 
(あと986夜)

 あの玉子を買ったのは、確か駅前のスーパーだった。白い殻の一ダース三百二十円のやつだから、極く普通の品である筈だった。
 ところが、アパートに戻って、夜食の目玉焼きを作ろうとフライパンの端で殻を割ると黄身が四つも出てきた。一つ一つがウズラの玉子ほどの黄身が綺麗に四つ並んでいる。
「ウワー、四つ子だ!」
 俺は感嘆の叫び声を発した。
 双子は良くある話だし、三つ子の玉子も友人から聞いたことがある。しかし、四つ子とは・・・もしかしたらギネスブックにでも載るんじゃないか。
 俺はフライパンの上でジュージュー音をたてている「四つ目焼」を暫くの間、ポケーっと眺めていた。
 これは何か天変地異の前兆ではないだろうか。俺は早速、友人の生物学者Kに電話をかけた。
 十分後にKは俺んちのブザーを押していた。随分早いなと思われるかもしれないが、Kは俺と同じアパートのしかも隣に住んでいるのだ。だから十分というのは、少々手間を食いすぎたくらいだ。
「悪い悪い、丁度料理中だったもんでな・・・あれ?何だ、おまえも・・・」
 Kは俺が手にしたフライパンを覗き込んだ。Kも俺もチョンガーだ。歳の頃も同じ程度で、しょっちゅう味噌や醤油の貸し借りで行き来がある。こう言っちゃ何だが、二人ともなかなかの名コックである。
「わっ!な、何だこりゃ」
 Kは自分の目を目玉焼きのように見開いた。
 俺が事情を説明すると、Kは流石に学者らしく腕を組んで、暫く沈思黙考に耽っていた。あまり長い間黙っているので俺はちょっと心配になり、
「おい、そんなに大変な事なのか。黄身が四つも出てくるというのは」
「うん、まあ・・・程度によるな。つまり出現頻度の問題だろう。とにかく、もう一つ玉子を割ってみよう」
「おお、それもそうだな」
 俺は冷蔵庫の中から、同じスーパーで買った玉子をパックごと、つまり十一個、持って来た。
「うん、外見上は極く普通の唯の玉子だな」
 Kはその中の一つを取り出して蛍光灯にかざしたりして、やっぱり随分と長い間、仔細に調べていた。どうも学者というやつは行動が遅くていかん。見ていてイライラする。
 ようやく、Kはフライパンの端に玉子をカンカンぶつけて殻を割った。今度は黄身が五つ出てきた。半ば予想されたことなので、俺もKもさほど驚きはしなかった。続けてもう一つ割ってみると、三つ子だった。
「まるでサイコロみたいだな」
 Kはのんきな事を言っている。
「でも黄身だけに気味が悪いな」
 俺はさっきから考えていた洒落を言ってやった。
 結局、これは科学的に解明する必要があるとのことで、残りの玉子をKは彼の研究所に持っていくことにした。
 三日たったがKからは何の連絡もない。隣のアパートのベルを押しても、もぬけのからだ。Kは研究所のほうに泊り込んでいるらしい。その後、俺が買ってきた玉子は一つの黄身しかない正常なものだった。スーパーの店員に聞いてみたが、玉子に関する苦情は一件も出てないそうだ。
 その三日目の夜のこと、ようやくKから電話があった。憔悴し切った声である。
「科学的に色々と試みてみた。だが、どの点をとってみても普通の玉子と変わりないんだ。染色体そのものにも異常は見つからなかった。なあ、これは一体どういうことなんだ」
「それを知りたいのは俺の方だ。おまえ、それでも科学者か」
「面目ない」
 Kはいやにあっさりと匙を投げた。
「本当に普通の玉子と何ら変わるところはないんだな」
「ああ、その通りだ」
 俺は諦め切れずに念を押してみたがKの答えは変わらなかった。
「それで玉子は今どうなってる」
「研究所の冷蔵庫に保管してある」
「なあ、Kよ。俺、今ちょっと閃いたんだが、玉子ってのは何の為にあると思う?」
「そりゃ、生殖の為だろ」
「そう考えるだろうな、科学者ならば。だけど、俺みたいな凡人にとっちゃ、それは目玉焼きとか卵焼きの材料だ。つまり、食糧なんだよ・・・な、おい。俺の言ってることが分かるか」
「まさか目玉焼きにして食っちまおうって魂胆じゃ」
「そ、そう、その通りだ。もしもだ、食ってみて、普通の玉子の味がして、普通の玉子を食ったのと同じ様にスタミナがついて・・・その後何の後遺症も残らなかったとしたら、そいつは食糧としても極く普通の玉子であるという結論に達することになるんじゃないか」
「うーむ、妙な理屈だがやってみる価値はありそうだ」
 Kが俺のアパートに大事そうに五つ子の玉子を持ってやって来たのは、既に十二時を回った夜中だった。早速俺たちは、フライパンにフラスコから玉子を移し、ジュージュー音をたて「目玉焼き」をこしらえた。
 塩をふりかけて、俺は一気に五つ目焼を平らげた。丁度腹がへっていたので、いつになくうまい目玉焼きだった。
 Kは俺の顔をじっと見つめたまま、
「どうだ・・・どんな味がした?随分とご機嫌な顔してるじゃないか」
 俺は口の周りを舌でペロペロなめながら、
「これは正真正銘の目玉焼きだ。それ以外の何ものでもない」
「やっぱりな・・・すると、単に数が多いだけなのか。でも、どうしてこんなことが」
 その夜、俺とKはやけになって目玉焼きを腹がちぎれるほど食った。
      **
 三年後俺はテレビに出ていた。
 何本ものマイクの前で大いに照れた。
「いっぺんに五人のお父さんになられたご感想をお聞かせください」

第十六夜 明日への近道(前) 
(あと985夜)

 学生服姿の長身の少年が塀に囲まれた草ぼうぼうの空地を斜めに横切って駆けて来る。そして一気に目の前のブロック塀に飛びつき、向こう側の袋小路に飛び降りようとして、風にヒラヒラ舞っている、その紙切れに気がついた。
 少年は少し躊躇した後、空地側に飛び降り、ブロック塀にガムテープで上端だけ留められた紙切れをつまみ上げた。
<明日への近道>
 黒のマジックインクで丁寧にそう書かれてある。
「何だこれ」
 紙切れのすぐ下に、ブロック四枚が繰り抜かれた形で四角い穴が開いている。少年はニヤッと笑顔を見せると、犬のように四つんばいになってその穴を潜った。
「こりゃいいや。近道が更に近道になった」
 少年は再び走りだした。袋小路を右に曲がると校門までは百メートルとない。既に始業のベルは鳴っている。さあ、全速力だ。
 校門を潜ると、準備体操を始めている白い体操服姿の生徒達の間を突き抜け、体育館の裏側にまわり、詰襟の学生服を脱ぎ捨てた。中は既に体操服だ。少年は茂みの中にカバンと学生服を投げ込むと、ヒューと口笛を吹き、グランドに跳び出した。
 しかしあまり調子よく跳び出したもんで、体育館に併設された女子更衣室から、やはり調子よく跳び出してきた女子生徒と正面衝突・・・グシュ!
「ウワー」
「キャー」
「なな、何だおまえは・・・三組の芳村じゃないか」
「危ないわね、もう・・・あら、洋一君」
「何が洋一君だ。気安く呼ぶなってんだ・・・だけど、おまえ・・・なんで体操服なんか着てるんだ」
「随分なこと言ってくれるわね。これから私達体育なのよ・・・でも、洋一君こそ・・・どうしたの、そんな格好して」
「おまえこそ随分じゃねえか。俺はこれから体育の授業だ」
「いやだ洋一君たら、寝惚けてんの。ハハハハ・・・水曜日の一時限目は私達三組の体育よ」
「馬鹿いえ、俺は・・・今日は火曜日だぞ。昨夜ちゃんと月曜ロードショー見て寝たんだから確かだ」
「ワーイ、やっぱり寝惚けてるじゃない・・・あっ、そんなことより、もう出席を取り始めたわ。急がなくちゃ」
 三組の芳村真理子は形の良いお尻を左右に振りながら走りだした。何だか良く分からないが、負けてはならじと一組の洋一も目いっぱい両手を振って走りだした。間に合った・・・体育の教師はまだ点呼を取り終わってない。洋一の苗字は渡辺だから一番最後だ・・・ギリギリセーフ。洋一は列の後ろに回り込んだ。
 あれ、こ、こいつらは・・・三組のやつらじゃないか。
「先生、変なやつが紛れ込んでます」
 どっと笑い声が・・・洋一は唯一人ポカンと口を開けたままだ。
「こら渡辺、なに寝惚けてんだ。おまえらのクラスはあっちだ、あっち」
 体育の教師がでっかい声で鉄筋建ての校舎を指さした。
 洋一は恥ずかしさのあまり、爪先の先っぽまで真っ赤になった。真理子のやつ腹を抱えて笑ってやがる。あいつ、お喋りだから、また皆んなに言いふらすんだろうな・・・洋一は情けなくなった。
      **
 その日は真理子の言う通り、水曜日だった。みんながそう言うし、時間割だってその通りなんだから洋一としても信じざるおえない。火曜日の準備しかしてこなかった洋一は丸一日とんだ恥のかきっぱなし・・・穴があったら入りたいとはこのことだ。
 漸く長かった一日が終わり、洋一はしょんぼりと肩を落として家路についた。いつもの近道を通り、ブロック塀の四角い穴を殆ど無意識に潜り抜けた。
「ただいま」
 玄関のドアを開くと母親が走り出てきた。
「洋一!」
 何だか知らないが随分とおっかない顔をしている。
「学校をサボって今まで何処をほっつき歩いてたの。おまえのお蔭でとんだ恥をかいたよ。この不良息子」
「ま、待ってくれよ、母ちゃん。俺、学校にちゃんと行ったぞ」
「惚けるのもいい加減におし。先生から電話があったんだよ」
「え、何だって」
「洋一君は今日はお休みですかって・・・しかもお昼過ぎにだよ。さあ、正直におっしゃい。何処行ってたんだい」
「何処っていったって・・・それで母ちゃんは何て答えたんだ」
「すぐにピンときたから、学校に行ったなんて言えなくてね。風邪で寝てますって答えっちゃったのさ。ああ情けないったらありゃしない。おまえ、新宿行ったんだろ。二度も補導されといて、まだ懲りないのかい。おおかた覗き部屋のはしごでもしてたんだろうよ。身体ばかり大人になっちまって・・・父ちゃんに言いつけるよ」
「そんな、あんまりだよ母ちゃん。俺の話も聞いとくれよ。ちゃんと学校行ったんだよ。間違いねえよ。そりゃ少しは寝惚けてたけどよ・・・火曜と水曜をとっ違えて、恥かいたのは俺の方だぜ。でも学校には行ったんだ。信じてくれよ」
「おまえはまだ寝惚けてるよ。今日は火曜じゃないか・・・水曜と間違えたんだって・・・本当に熱でもあるんじゃないのかい」
「え・・・母ちゃん、今日は火曜なのか」
「何のつもりか知らないけど、話をはぐらかすのはやめて、さっさと着替えといで。後でじっくり父ちゃんに叱ってもらうからね」
 一人玄関に取り残された洋一は暫くの間、自分が誰なのか、自分が今何処にいるのか必死に確かめようと・・・ああ頭が痛い・・・漸く、俺はまともだ、何処もおかしくないと結論を下し、ズカズカと学生服のまま居間に入っていった。
 ソファーの上の新聞を取り上げると火曜日の日付だ。テレビのスイッチを入れる。本当に火曜日なら、今の時刻「ニャンニャンクラブ」をやってる筈だが・・・あっ、やっぱり。洋一は唖然とした表情に戻った。今日はほんとに火曜日じゃないか!
「母ちゃん、俺ちょっと出かけてくる」
 洋一は台所に向かってそう叫ぶと、勢い良く外に飛び出した。
「キャッ」
 よく女の子にぶつかる日だ・・・と言っても、真理子のやつにぶつかったのは水曜日で、今日はまだ火曜日だから、同じ日じゃなくて、でも俺の意識の中じゃ・・・ああ、ややこしい・・・今回ぶつかったのは洋一の家の隣に住んでいる幼馴染の由美だった。何故幼馴染とことわるかと言うと、由美は私立の名門女子校に通っているので、当然洋一とは学校が違う。
「わあ、びっくりした」
「悪い悪い、大丈夫か」
 洋一は苦笑いを浮かべて頭をポリポリかいた。
「心臓が止まっちゃったじゃない」
「馬鹿言え、ちゃんと動いてらあ」
 洋一は由美のセーラー服の胸の辺りに手をあてた・・・バシッ!
「エッチ!」
 教科書のいっぱい詰まった鞄が洋一の顔面を直撃した。
「おお痛え、おまえの鞄、やけに重てえな。生理用品が詰まってんじゃないのか」
「もう一度ぶつわよ」
 由美は口を尖らせて洋一を睨みつけた。
「勘弁勘弁。ところで由美ちゃん、ちょっと付き合ってくれないか」
 洋一は思わぬ所で由美に会い、簡単な実験を思いついた。
「何なの」
「いや、すぐ済むんだ。この先に空地があるだろ。そこでとても面白い物を見つけたんだ。行ってみないか」
「だから何なの」
「ちょっと説明しにくいんだ。それに口じゃ信じてもらえそうもないし。とにかく百聞は一見にしかず。な、来いよ」
 由美は暫く黙ったまま好奇心と戦っていたが、
「いいわ、鞄置いてくるからちょっと待ってて」
「あ、そのままでいいんだ。早く行かないと・・・それに、すぐ済むことだし」
 由美は仕方なさそうに鞄をクルクル回しながら洋一の後ろからついてきた。
「随分草が茂ってるのね。でもただの原っぱだわ」
「もうすぐだよ・・・さあ、着いた」
 ブロック塀には依然として「明日への近道」と書かれた紙切れが貼り付いている。洋一はその紙切れを素早く破り裂くと手のひらでクルクルと丸めてしまった。
「あ、何したの。何が貼ってあったの」
 由美は洋一の手の中の物を奪い取ろうとした。
「何でもないんだ。ハハ、止めろよ、由美ちゃん」
 洋一は紙屑をブロック塀の向う側に放り投げた。
「いやだ・・・何だったのよ。紙に何か書いてあったのね。そうでしょ」
「由美ちゃん、ほらそこに穴が開いてるだろ。自分で確かめてみれば」
「いやだ、服が汚れちゃうじゃない。洋一君、あなたが取ってきてよ」
「とっても面白い物だったんだけどな・・・」
「ただの紙切れでしょ」
「誰でもそう思うだろうけどね」
「いいわ、私取ってくるから。その代わり、大した物じゃなかったら、私、本当に怒るわよ。鞄持ってて」
 由美は腹這いになってブロック塀の穴に頭を突っ込んだ。
「由美ちゃん、鞄も持ってった方がいいよ」
 洋一は由美の通り抜けた穴から鞄を放り込み、自分も腹這いになり向こう側へ頭を出した。由美は後向きに立って、洋一が丸めた紙切れを開いている。
「何よ、これ」
 由美はブロック塀の穴から頭だけ出した洋一の方を振り向いた。
「な、とても面白いだろ」
「馬鹿みたい」
 由美は紙切れを再び丸めて洋一目がけて投げつけた。
「ストライク!」
「私、帰るわ」
 由美は地べたの鞄を拾い上げると、振り返りもせず、塀の向こう側を歩いていってしまった。
「由美ちゃん、そっちは明日の方角だよ」
 洋一は小さな声で由美の後ろ姿にそう言って、空地側に首を引っ込めた。実験大成功・・・洋一は口笛を吹きながら我が家へ戻った。
      **
 八時頃、夕飯を済ませた洋一は二階の勉強部屋でベッドにゴロンと横になり、ラジオから流れてくる歌謡曲をいかにもくつろいだ表情で聞いていた。
 突然、プレイボーイのヌードカレンダーを貼り付けた部屋のドアが開き、母親が顔を出した。
「あんた、秋本さんちの由美ちゃん知らない?」
 洋一は無関心を装い、だらしなく首を横に振った。
「そう・・・お母さんが心配して聞きにきたんだけどね。由美ちゃん、まだ家に帰ってこないんだって。今日は真っすぐ帰ってくる予定なんで、余計心配してね・・・何か心当たりでもないかい」
「いや、別に」
「そうかい・・・これからお友達の家にも電話してみるそうなんだけどね・・・あんた、ちょっと駅まで行ってみないかい」
「俺が・・・どうして」
「由美ちゃんの通学路だろ。途中で何かあったのかも知れないからね」
「分かったよ」
 洋一は渋々立ち上がった。ちょっとした悪戯のつもりが、だいぶ大袈裟な事態になってきた。
「年頃の女の子を持つと苦労するね。そのてん、うちは男の子で本当に良かったよ」
 洋一の母親はそう言いながら大きな溜息をついた。
 外はすっかり夜になっていた。懐中電灯を手にした洋一は「はて、これからどうしたものだろう」と情けない気持ちで自問した。
 あの不思議な抜け道は「明日」につながっている。洋一の学校の方から逆に潜り抜けると「昨日」につながる。それは洋一自身が訳も分からずに確かめた事実だ・・・と思う。由美は先ほど、明日の方角に潜り抜けた。と言うことは、由美は今現在、明日のこの時刻にいることになる・・・何だか頭が変になってくる。とにかく、あの抜け道の所まで行ってみよう。洋一は懐中電灯の淡い光を左右に振りながら、寂しい空地の方角に歩を進めた。
 真っ黒な夜空をバックに見上げるブロック塀は実にうらびれた感じで不気味だ。洋一は懐中電灯を動かして抜け穴の位置を確認した。
「別に何てことはないな」
 洋一は腹這いになって抜け道を潜り抜けた。見慣れた通学路が常夜灯に青白く照らし出されている。
「大騒ぎすることなんか何もないんだ」
 洋一は再び独り言を言い、突き当りのT字路を左に曲がり、由美が歩いて行った筈の駅前通りに至る板塀で囲まれた細い道に歩を進めた。今は「明日」なんだから由美は今ごろ家に帰り着いているに違いない。何と言い訳すればいいんだろう。家の人に色々尋ねられて、きっと洋一の事も話している筈だ・・