| Christian Marclay interview vol.2 | →english |
『レコード・ウイズアウト・ア・カバー』(1985)
『モア・アンコールズ』(1989) |
S:ところで、普段CDで音楽を聞きますか?そもそもCDプレイヤーを持っているのかなあと思ったんですが。 M:CDかターンテーブルか、カセット、普通の人と同じだよ。レコードはたくさん持ってるけど、セットしたり裏返したりするのが面倒になってきた。もともと僕は音楽の良きコンシューマーじゃないんだ。時間があるときは聞くけど、忙しいし。ウオークマンで音楽を聞くのはきらいだね。いつも音楽がなければダメというわけじゃないし、何か他のことをしているとき音楽はいらない。ラジオも車に乗ってるときしか聞かないし、そもそも車を持ってないからほとんど聞かない。
S:最初は自分のパフォーマンスの一部だった音楽が、80年代にはどんな風に活動の中心になっていったのか。意図してそうなったのですか?それともミュージシャンなど人との関わりで、そうなったんでしょうか? M:つまり、どうやって音楽を始めたのかってこと?いつ、なんで音楽を始めたってこと?
S:そうですね。そのうちのどれでも(笑) M:僕のバックグラウンドはビジュアルアートで、僕自身にとってパフォーマンスはアートと音楽の架け橋みたいなものだった。だけどミュージシャンと仕事をするうちに、ただ音楽を作るために音楽を作るということもおぼえた。その裏にある考え方はコンセプチュアルだけど、音楽をつくるプロセスはとても自由で楽しい。スタジオでアートを制作するのと全く違う。オブジェやインスタレーションをつくるのは、凄く時間のいる仕事だ。パフォーマンスはただ起こるだけ、その自由さが面白かった。でも自分がアートと全く別のことをしているという気はしなかった。すべてアートと関係していた。僕のビジュアルアートの作品は結局サウンドと関係がある。サウンドとイメージの関係。だから同じ考えに基づいた別の形ものだ。音楽もアートは互いにすごく関係がある。 |
| S:あなたにとって、音楽とアートは違うものではない? M:うん。考え方は一緒。ただ、違う点は最終的にどういう形になるかってこと。CDか、パフォーマンスか、他のミュージシャンとのコラボレーションか、サウンドトラックか、インスタレーションか、ビデオか、彫刻か。でもすべてひとつのこと。サウンドへの興味、生活の中のサウンド効果への興味からくることなんだ。僕らは生活の中で音をとても当たり前に感じてる。イメージの方がもっと特別だと思いがちだ。東京はNY以上にものすごく音に溢れている。地下鉄のアナウンス、メロディ、声、店、すごく生な音だらけ。
S:そういう音をレコーディングしたりしますか? M:レコーダーを持ってくれば良かった。ほんとにうるさくて音に満ちた街だ。面白いね。東洋に対するクリシェってあるじゃない?静かで、おごそかでって。でもこれが現実だからね(笑)。僕たちの住む都市はどんどん騒々しく混雑していく。だから人々はウオークマンを使う。それで静けさを得られるわけじゃないけど、他のものからフィルターをつくるんだ。
S:他のミュージシャンからリミックスのオファーとかないんですか?そういうことに興味はありますか? M:いや。みんな僕が曲をぶっ壊しちゃうのが恐いんじゃないかな。商業的にはとてもつくれないしね。
S:あともう1つだけ、今回のギャラリー小柳での展覧会について。ビデオ作品『ギター・ドラッグ』は実際の事件(凶悪な人種差別によるリンチ事件)と関連しているということですが、すごく残酷な痛々しい印象をうけました。他の今までの作品とくらべるとメッセージ性が強くて、ちょっと違うスタイルの作品と思ったのですが、それはどうですか? M:あの作品は同時にとてもオープンな作品だと思ってるよ。だけどすぐ人はハコにいれて蓋をしたがる。これはこういう意味、これはこうって。あれはヴァイオレンスについての作品だが、同時に罪な暴力の快楽という点から見れば、愉快な作品でもある。ギタリストがよくパフォーマンスでギターをぶっ壊すことを擬人化して身体への暴力だとか考える必要はない。ボディ、ネック、ヘッドなどギターには女性の体の名前が付いてることも多い。メタファーとしてギターがスクリームするとかね。自分がどのようにものを見るかによって意味は変化する。ただ、やっぱりあの作品はバイオレンスに関することだ。僕はものをぶっ壊してるし。たくさんの引用が含まれている。ナム・ジュン・パイク、フルクサス、ウェスタンカウボーイのロデオ、ロードムービー、車文化、景色とか、そこにあるすべてのもの。もちろんあの事件も。あれはたった2年前の出来事で、みんなまだ覚えている。ひとりの黒人(African
American)が、車につながれ引きずり回されて、2人の白人に殺された。むごい卑劣なレイシストの事件だった。あの作品を一度そうやって読み取ってしまうと、とても衝撃的だろう。あの事件を勝手に喰い物にしているといって責める連中もいるけど。 マークレーの演奏で使用しているシステムは今のDJ達にしてみれば決して洗練されたものとは言い難い。彼の使っているターンテーブルは「カリフォン」と呼ばれる学校の視聴覚室などにあった彼にとって身近なターンテーブルだったり、いわゆる通常のDJが使っているミキサーは使わなかったり、とDJの常道をまったく無視したところから始まっている。そこに彼のカルチャーに対する姿勢がフルクサスやパンクムーブメントの影響を読み取ることは容易なことだ。
インタビュア/實松亮(Sanematsu
Akira) アーチスト http://www.netlaputa.ne.jp/~yangsane/ |
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