| Christian Marclay interview vol.1 | →english |
![]() 2001.03.28銀座にて |
クリスチャン・マークレー(Christian Marclay) ミュージシャン/アーチスト
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今回の来日はソニック・ユースのメンバーでもあるリー・ラナルドと97年から始められたデュオのコラボレイションとしてのライヴを東京で2回、京都
で1回行った。東京のスター・パインズ・カフェでの2日目のライヴを見る限りでは、このデュオはリー・ラナルドのギターを軸にしたもので、マークレーの演奏はどちらかといえばそのバックに徹した印象のある演奏であった。 |
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Sanematsu: まず、最初にマークレーさんが即興のターンテーブリストとして知られる前のシーン、そうしたシーンが形成される前のお話から伺いたいと思っています。ボストンのマサチューセッツ芸術大学に在籍していた頃の話から伺いたいのですが。 Marclay:最初はスイスのジュネーブ視覚芸術高等学校に行ってたんだけど、アメリカのアートに興味があったので、ボストン、それからNYへ行きました。僕の母はアメリカ人で、僕もアメリカ生まれなので、アメリカへ行くのは自然なことだった。70年代後半頃で、最初ミニマルアートに興味があって、それからパフォーマンスに興味を持ちはじめ、ボストンとNYを往復しながらパフォーマンスを見たりしていた。そのころ僕はギャラリーや美術館よりも音楽シーンに興味があった。新しい音楽シーンはとてもエネルギーに溢れてたね。それって、パンクだったんだけど。NoWave(1)のバンド、例えばDNA、Marsとか。パンクの連中は、ヘタクソで、修行もなしに、"Just
do it!"って感じで、僕にもできたしさ。また、同時にヴィト・ア・コンチ(2)、ダン・グレアム(3)、ローリー・アンダーソン(4)のようなパフォーマンス・アートがたくさん起こっていた。面白かったのは、彼らが美術館じゃなくてクラブでやってたこと。音楽の生なエネルギーとの面白いミクスチャーがあったんだ。 S:マークレーさんがダン・グレアムにパフォーマンスの依頼をしたという話がありますが、彼のパフォーマンスは日本ではあまり知られていないので、どういったものだったのか教えてもらえますか? M:彼の70年代のパフォーマンスというのは、パフォーマーとオーディエンスとの関係についてのものが多かった。ある意味、彼の鏡の作品とも共通している。その頃からオーディエンスを鏡の前に立たせたりしてた。ボストンに彼を呼んだのは1980年のあるフェスティバルの一環だったんだけど、ロックミュージックによって観客が自分自身の立場を再認識させるようなものだった。彼はNYから女性3人組のバンドを連れてきて、そのうちのひとりはキム・ゴードン(ソニック・ユース)だった。で、彼女たちがすごいタラタラとした簡単な演奏をしてる間、彼がオーディエンスとパフォーマンスの関係について、観客に向かって話し掛けるんだ。その時は、ロックミュージックとビジュアルアート、中でもパフォーマンスとの関係がテーマだった。ロックの演奏中に会議をするみたいで、変わってたよ。彼はミュージシャンが今何をしているかについて語り、どのように観客はミュージシャンとの関係の中から、自分を定義づけているかを質問していくんだ。女性のパフォーマーに対して抱く、なにかセクシャルなファンタジーとか。
S:ジョン・ゾーン(8)のことについてききます。最初にセッションをやったのが『ゲームピース』だったと聞いているんですけど、一緒にやった印象は? M:すごかった。僕には全く新しいことだった。その準備段階で彼はたくさんのミュージシャンを紹介してくれた。僕の音楽のテクニックやコンテクストを本物のミュージシャンたちを通して思考することができた。それはすごく面白かったし、そこで即興を学んだんだ。それまではもっと構造的に音を作ってて、レコードをざっと並べて、その中から順番に曲を繋いだり。でも彼らを通してコラボレーションの仕方、聞き方、即興を教わった。それはすごく大事な体験だった。
S:ジョン・ゾーンは映画について学んで、そういう映画の編集のような要素が『ゲームピース』(9)の中に取り込まれてると思うんですけど。 M:そうなの?彼はシアターを学んでたと思ったけど、確かに映画も好きだった。カートゥーン(アニメ)とか。映画では普通、物語が先行し、音楽はその底辺を流れるものだ。だけど映画のカットの仕方はとてもラディカルで、突然カットされ、1つのシーンから次のシーンへジャンプする。トラディショナルな音楽みたいに段々と移行するんじゃなくてね。だから映画を聞いてると..........
S:映画を聞くんですか? M:そう、目を閉じて。そうするとどんなに音が突然ガラっと変わるかわかるよ。そうやって映画のように音をカットしていく。60年代前半にジョン・ケージなど多くのアーティストがフィルムのようにテープ・コラージュをやっていたんだ。でも答えになってないな(笑)。
S:最初にジョン・ゾーンに会ったきっかけは? M:彼は僕の音楽をどこかで聞いてきて、一緒にやらないかと声をかけてきた。何回かリハをして、完全音楽畑の他のミュージシャン達に会った。僕のやってることはずっと美術の範囲で、音楽に関しては観客側にしかすぎなかったから、すごく嬉しかったよね。僕がBachelor's
Evenというバンドで、ターンテーブルとかローパーカッションとかやってた頃だね。
S:どちらかというと、自分自身はミュージシャンというより、パフォーマーという意識が大きかったのですか。 M:うん、僕の観客はアート好きのそっち系の人間ばっかりだったし。
S:もうひとつジョン・ゾーンのことを聞きたいんですが、楽器をつかわないでライトで演奏というか、即興をやってたという話を聞いたことがあるんですが、それを見たことはありますか? (1)No Wave:80年初頭のPop-Rockの新しい流れのNew
Waveに対して現れたNYでのパンクムーブメント。(S) シアター・オプティクスと呼ばれるライトによる演奏をマークレーが見ていない、というのは僕にはかなり残念なことだった。というのは、ゾーンがこうした演奏に行き着いた過程をこう語っていたからだった。
ここでゾーンは音のない時間、あるいはその時間軸でのコンポジションについて考えていたのだろう。こうしたことと、マークレーの美術作品でのインスタレーションの多くに見られる、音を発さないオブジェを使って、音に関する空間を作り上げていることには、相互作用があったのではないだろうか。(S) |
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