Jヴィレッジの最寄り駅はJR木戸駅ですが、常磐線は電車の本数が少ない上に、
各駅での停車時間が妙に長いため、始発に乗っても10時前にしか着きません。
しかも、駅から国道6号に出て、そこに沿って歩けば見えてくるはず、という
いい加減な下調べしかしておらず、案の定、行き止まりにあたったり、土手を登ったり・・・。
(Jヴィレッジへは一つ手前の特急停車駅・広野からタクシーをお勧めします)
何面ものピッチが広がる敷地を見渡すと、青いウェアの集団がいました。U-19、練習中です。
両手の指で数えられそうなプレスよりも見学者は少なく―私たちを含めて4人です。
フィールドではサイド攻撃の練習が行われていました。選手は互いの名を大声で呼んでいます。
おめあての恭平さんは、私たちが陣取った側とは逆のゴールで練習していました。
長ズボン着用者は少数派なので、割と簡単に見つけられました。
ウインドブレーカーをまとう選手もいる中、上は普通のジャージ。
Jヴィレッジはとにかく寒い所で、私たちも防寒装備を固めていったのですが、
この日はコートも脱ぎたくなるほどのポカポカ陽気で、本当に助かりました。
U-19の面々との遭遇は、昨年11月以来、二度目なのですが。
「竜太!」
スタッフから一番多く名前を呼ばれていたのは、原竜太さん。
その他にも、田原豊くんなど、前回はよく知らなかったけれど、今では馴染みの顔が並びます。
彼ら、とにかく楽しそうなのです。フィールドのあちこちで笑顔が咲きます。
得意のポーズで―腰に手を当てて他のメンバーのプレーを見る恭平さんも、例外ではありません。
給水タイムでも、選手同士でお尻を蹴ったりタックルしたりと、とかく盛り上がって。
水分を補給してからは、最終ラインから攻撃を組み立てる練習。
まずサイドへ振り、中盤を経由し再び外へ、それからペナルティエリア内へ入れ、
フィニッシュへ至るのですが―誰が打つかは、簡単そうで難しい選択です。
例えばトップにしても、もちろん自分で打ったり、あるいはスルーしたり、同僚へパスしたり。
周囲の動きも、同様に多彩なパターンが考えられ―無限の条件が存在しうるのです。
今回、FWとして選出されたのは原竜太・町田忠道・中山悟志・佐藤寿人・田原豊の5人。
そこに恭平さんを加え、さまざまなコンビがゴールへトライします。
守るは、藤ヶ谷陽介・黒河貴矢・上野秀章・岩丸史也のキーパー4人組。
「3分で2点!」
スタッフの出した勝敗決着条件は、これ。交代で立ちふさがるGKの壁を破るべく、
フィールドプレーヤーはシュートを浴びせますが、惜しいと呼べそうなのも、あまりありません。
確実なトラップ、見事なスルー、綺麗な切り返し―チャンスを生み出す段階での
素敵な動きを幾度か披露した恭平さんですが、成り行きで、なかなかシュートを打てません。
ようやく放った一撃は打ち損ない―戻る際、足を大きく振って悔やんでいました。
俊太→駒野→恭平の展開で見事に決まったかと思われた一発には、無情にも「オフサイド!」の声。
3分間で1点しか取れなかったフィールドプレーヤー全員、腕立て伏せの刑に処せられました。
このメニューが終わると、みんなでゴールを運びました。
ここでようやく、わざと狭いエリアで練習していたのに気づく鈍い私たち。
ゴールの中へ入り込み、籾谷真弘さんと楽しそうに喋る恭平さん―あれ? 持ってない?!
「楽しくやろうぜー恭平!」
こちらにまでハッキリ聞こえた大声の真意は、いまだに分かりません。
お仕事の後は、ランニング・・・と書くのが適切とは思われない、雑談しまくりでのグラウンド周回。
何気なく一番内側を走る恭平さん、隣の人と話しながら笑顔炸裂!
途中で変なポーズまで取ったり、じゃれつきまくったり、見ているこちらが驚くほど。
一度足を止め、ストレッチしたんですが、この時も変な格好してました、恭平さん。
そして彼を含め、「ちぃちゃん」の話題で盛り上がる数名―千島さんのこと?!
(11月の召集時も、恭平さんが「きょーちゃん」と呼ばれていたそうですが)
ラストは、選手全員横一線に並んでダッシュしたんですが、これが何やら勝負事―見ている側には
さっぱり分からなくて、うまく説明できないのが非常に残念なんですけど、
(後日、某選手に聞いたら一蹴されましたし・・・(苦笑))
決着がついた時の選手たちの喜びぶりが半端でなくて、彼らの若さを痛感させられました。
芝に両膝ついて、ガッツポーズとおぼしきことしている人までいましたから。
選手たちは相変らず楽しそうに喋りながら、バラバラとセンターハウスへ引き揚げていきます。
何か、青い物が空へ投げ上げられました―誰かと思えば恭平さん!
唖然とする私へ追い討ちをかけるよう、森崎浩司さんと肩組んでみたり、素晴らしくご機嫌。
恭平さんのイメージが1月3日で凍りついていた私は、
その日限りで彼が解き放たれた鎖の重みを、今更ながら噛みしめたのでした。
センターハウスはピッチよりも高台にあるのですが、そこへ続く坂道でも、
青い物体―練習中、その掌を温めていた手袋は、何度か福島の空に放物線を描いていました。
連れが松下さんにお願いすると、一緒に来た二人は「あ、マツ、いいなー、いいなー!」と
ストレートな冷やかしを浴びせていました。若さゆえか、トルシエ体制でないゆえか、
選手たちはのびのびと振る舞っていて、備え付けのスポーツ紙をみんなで見て騒いだり、
売店で雑誌の立ち読みをしていたり、上の年代なら見られそうもない光景が続出。
浴場などのある棟へ近づくと、ずっと楽しそうな大声が響いていました。
やがて、グレーのセーターへ着替えてきた恭平さんを、連れが今度こそちゃんと撮影。
ここで私たちは、選手の服装が私服(含む制服)と adidas のスウェットへ
二分されているのに気づいてしまいました―も、もしかして?!
否定しようとする努力を無にしてくれたのは、記者と話していた制服姿の子の一言でした。
「僕、落ちました」
この日は JAPAN YOUTH CUP 出場メンバーへの絞り込みの日―それは知っていたのですが、
こんなに早く通達があり、まして外れた選手たちが去っていくとは考えていなかったのです。
(後日、実は朝の時点で既に当落が定められていたのを知ったのですが)
スタッフが記者に「外れた選手は傷ついている」と言っていましたが、述べられなくとも
私服の選手たち―素直に落ち込む人あり気丈に振る舞う人あり―を見れば分かります。
U-19はまだプロ入り前の選手が集うグループで、普段は異なる立場に置かれている30人が
コンセプトの徹底を目指し、一緒になってトレーニングしてきました。
大まかに分類すれば、高校のサッカー部に在籍する選手と、クラブユースに所属する選手。
前者では、つい先日まで行われていた選手権へ出場した選手のコンディションが良いのは当然で、
出られなかった学校の選手とは差がつきやすく、後者もトップ出場経験の有無で随分違う・・・。
残る者と去る者―駒野さんと恭平さんはじめ、ごく普通に言葉を交わしていた人もいましたが、
痛々しいほどのコントラストに、写真をお願いする気など到底起こりません。
ソファに座っていると、柱の間から、偶然、見えてしまいました―コーチの話を聞く恭平さん。
その神妙な顔立ちは、午前中見たスマイルとはあまりに好対照で、胸が痛みました。
特に、一瞬だけ無理やり作った笑顔の中で、深い深い陰を宿していた双眸は、
微妙にデジャブのようでもあり、私を憂鬱へと突き落としてくれました。
スタッフに見送られ、バスへ乗り込む私服の選手たち。
青いNIKEのバッグを手にした恭平さんも、その一人。
頭では分かっているのですが、実力勝負の世界は厳しいと、改めて痛感させられました。
その後、スタッフが間違って配布してくれたプレスリリースの紙(後で取り上げられましたが)で
18人の名前を確認し、私たちも重苦しい雰囲気を引きずって帰路へつきました。