第 10 話

家庭訪問


 新生活2日目は……まあ無事乗り越えることが出来た…と思う。朝は美月を慕う1年の攻撃にさらされたし、その後は報道部の小布施に痛すぎるツッコミを連射されたし、授業見学では藤野先生のおもちゃにされたし、お昼休みには食事中にひっきりなしに話しかけられて食べた気がしなかったし、午後の授業は疲れ切って居眠りしていたところを高坂先生に説教されるし、放課後の生徒会訪問では…愚痴っぽくなってきたので、このくらいにしておこう。 とにかく無事終わったのだ。

 学校の仕事はとりあえず終わった。次に待っているのは家に帰ると言うことだが、なぜか今日も乗用車に乗っている。理由は簡単で、母が高坂先生を「いらっしゃーい」と招いたからだ。

 「星菜さん、芹沢先生のお母様ってどんな方?」

 高坂先生が、ハンドルを握りながら隣の助手席に座っている美月に話しかけた。俺はというと、4ドアセダンの後部座席でのんびり外の景色を眺めていた。昨日の千草先生ほどではないものの、2.5リッターの ホワイトパールの4ドアセダンという、社会人2年目ののんびりした女性が乗るには不釣り合いな(失礼(^^;)車だった。まあ「お父様に買ってもらった」そうだが。

 「そうですねぇ。私の母と比較するのはどうかと思いますが、明るい暖かいお母様です」

 「そうですか。じゃあ、大丈夫…かな」

 高坂先生はほっと胸をなで下ろした。

 「で、高坂先生、今朝、電話でなんて言われたんです?」

 トランクに入れた大きなバックがとても気になったので聞いてみた。すると、そわそわしたような仕草を見せた後、ルームミラー越しに俺に視線を向け

「泊まりにいらっしゃい…って言われました」

と言った。

「げっ」

美月のことがあるので、家に様子を見に来るくらいまでは許容しよう。だが、なんで泊まる必要があるのだ。別に「来るな」と思っている訳じゃないが、今日も一波乱ありそうな気がして気が重い。

 「すいませんね。うちの母親のわがままに付き合わせちゃって」

 「いえいえ、私も美月さんがどんなところに泊まるのか気になっていたので。担任としては、ちゃんと確認しないと…あっ、別に芹沢先生が信用できないって言ってる訳じゃないんです。ただ、心配しすぎってことはないでしょ?」

 「そうですね」

 まあ、自分の部屋に逃げ込んでしまえば、後は別に気にしない…というか気にしないようにするしかない。今日は少しはゆっくり寝られると思ったのだが、この分だと、また寝るのは日付が変わってからしばらくしてからになりそうだった。

 


 

 うちは比較的わかりやすいところだし、車にはナビもついているので、放っておいてもたどり着いた。取り合えず空いている駐車スペースに車を止めてもらった。

 「じゃあ…まあ、高坂先生の豪邸に比べれば、貧相な家ですが、おあがりください」

 「いえ、そんなことないですよ」

 高坂先生は謙遜しているが、娘の車をポンと現金で買うくらいの家庭だ。豪邸だ。間違いない。今度機会があったら見てみよう。

 「私から見れば芹沢先生の家だって豪邸です」

 美月が思いっきり「呆れた人たちね」と言う顔で僕ら二人を見て、門のチャイムの前へと歩いていった。

 「と、とりあえず、いきましょか」

 「はい」

 チャイムの前まで行くと、既に家の中にいた母がインターフォンに出ていた。

 「ただいま。高坂先生が家庭訪問にきたから」

 「こんにちは。はじめまして。お招きいただき…」

 【ああ、いいからいいから。準備万端だから、はやく上がって。《ガチャ》】

 高坂先生の挨拶中にインターフォンの受話器を置いてしまったらしい。

 「すいませんね。失礼な親で」

 「いえいえ。あっ…」

 玄関のドアが開き、中から母が出てきて手招きを始めた。

 「と、とりあえず、どうぞ」

 「は、はあ」

 3人は門を開けて玄関へと歩いていった。

 「あらぁ、こんな美人さんにお世話になってるの?よかったわね。雅也」

 「やめんか、そういう言い方は」

 恥ずかしそうにしている高坂先生に家に入るように手で合図する。かなりおっかなびっくりといった様子で、玄関に入り、靴を脱いで上がり、くるりと向きを変えてしゃがんで靴の向きを変えてそろえた。この辺も育ちがでるというか…。

 「今日もお邪魔します。すいません。お世話になります」

 一番後ろにいた美月がぺこりと頭を下げた。

 「違うでしょ!」

 母が声を上げた。

 「は、はぃ?」

 なんで大きな声を出されたかわからず、美月はたじろいだ。

 「「お邪魔します」ではなくて「ただいま」でしょ」

 そういいながらニッコリ微笑んだ。美月は嬉しそうにはに「ただいま」とはにかんだ。

 


 

 とりあえず、俺らは居間に移動した。父は町会の会合、ほとんど毎日来ている妹と姪は「今晩は夕飯は自宅で食べるって」ということでいなかったので、本日は俺ら3人プラス母の計4人ということになる。

 「さてと…高坂先生、何しましょうか?」

 ソファに座ってみたものの、特にこれからすることは考えていなかった。少なくとも俺は。母だけはキッチンに行った。夕飯の時間なので、それは当然といえる。美月もついていこうとしたが、今回は先生の話も聞かなければならないだろうと思ったので、引き止めた。

 「そ、そうですねぇ…。あっ、じゃあ、美月さんのお部屋、見せてもらいましょうか?」

 「部屋っていっても、昨日は急遽来たから、客間…というかあの和室に布団敷いて寝ただけだもんな」

  昨日、美月が寝たのは玄関入って左側の和室だ。客間というわけでもないが、めったにない泊まりのお客さんはだいたい和室に布団をしいて寝てもらう。開いている部屋は上の階にあるものの、お客にお休み頂くには少々片づけが必要なのと、布団類がそこにはないのだ。だから、1階に泊まることが多い。

 「あっ、美月ちゃん、3階の西側の部屋、使って。とりあえず持ってきた荷物とお布団とかは運んでおいたから」

 キッチンとダイニングをつなぐカウンターから覗き込むように母が言った。どうやら、今晩から本格的な泊まりということで、ちゃんとした部屋を用意したらしい。ちなみに3階は誰も使っていなかったので、ほぼ何もない空き部屋に近かった。いくつか起きっぱなしになっていたガラクタ類を片づけたのだろう。

 「わ、わかりました」

 美月が立ち上がった。

 「見に行くのか?」

 「そりゃ、まあ」

 居間から出て階段を上がり始めた。

 「じゃあ、とりあえず、私達も見に行きますか」

 「そうですね」

 美月の後を追って階段を上がっていく。2階の俺の部屋が2人の視界にチラッと入ったようだったが、暗かったのと、特別目立つものがあったわけでもなかったので、そのまま3階に向かって上がっていく。

部屋に一足先に入っていた美月が、後から来た俺たちに振り返って

「なんというか…広すぎて落ち着かない」

と言った。確かに、今ある荷物は部屋の片隅にまとめられた布団と、昨日の晩に持ってきたバック1つだけで、あとは多少、母か妹の着るものがおいてあるくらいで、部屋の中は閑散としている。まあ、本格的に引っ越してきたわけではないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。ちなみに部屋は10畳ちょっとくらいのフローリングの部屋だ。

 「確かにね。でも、荷物を部屋からちゃんと運べばこのくらいないと大変だろう?」

 今朝までは、荷物のダンボールや、普段使わないものが置かれていた部屋だったので、何もなくて当たり前なのだ。

 「あの…本当にここに住むことになってしまって良いんでしょうか?」

 美月が済まなさそうに尋ねた。

 「いいんじゃないの?部屋は余ってるんだし」

 俺が言うと、それまで隣で黙っていた高坂先生が一歩前に出た。

 「で、でも、ご家族といっしょといっても、やっぱり年頃の女性が、若い男性と一つ屋根の下というのは…。寮にでも入ったら?」

 信じてもらえないのは悲しいが、彼女が心配するのは無理もない。

 「先生のお気持ちは大変うれしいですが、今すぐあそこを引き払って寮に入れるほど気持ちの整理ができてないです。それに…」

 「それに?」

 美月は高坂先生の問いかけにハッとなって口を押さえた。

 「何?何隠してるの?」

 美月がバツ悪そうに顔を逸らしたので、何かあると考えたのか、高坂先生は、ちょっと険しい表情で問いただした。

 「い、いえ、隠してなんかいません」

 「嘘おっしゃい」

 たぶん美月が隠そうとしているのは、俺を応援するとか言った事あたりだとおもう。助け舟を出そうと思ったが、良い案が思い浮かばなかった。高坂先生がにじり寄って美月を追求しようとしている。

 「みんなぁー!ごはんよー!降りてらっしゃぁーい!」

 階段の下のほうから母の叫ぶ声が聞こえた。助け舟とはこのことか。俺と美月はほっと胸をなでおろした。

 「さあ、冷めないうちに食べましょう。高坂先生も食べてってくれますよね」

 「は、はい…」

 シブシブという表情ではあったものの、招かれているのに、それをほったらかしにして生徒を追及するのはマズイと思ったのか、おとなしく階段を下り始めた。美月がその後を追っており始めた。自分もその後に続く。美月は2階の踊り場で後ろを振り返り「助かったね 」と口を動かした。俺も苦笑いを返して階段を降り続けた。

 


 

 食事は無難に進んだ。メニューは和食中心で、たけのこご飯や春野菜のサラダ、お刺身などだった。時折、母から発せられる、高坂先生に対する「お付き合いしている男性は?」とか「年上はどう?」などの聞いてるこっちが恥ずかしくなるような質問に冷や汗を浮かべながら(ちなみに冷や汗をかいているのは俺と高坂先生だ)食事を進めた。そして、今日の山場とも言える質問が母から発せられたのは、食事もほぼ終わり、お茶を飲み始めたころだった。

 「それで、高坂先生は、いつからうちに下宿してくださるのかしら?」

 言った母本人以外は完全に固まった。お茶を噴出さなかったのが奇跡だったくらいだ。

 「な、何を言って…」

 かろうじて俺がそう口にすると

「だって、美月ちゃんは私の大切なお友達の娘さんなんだから、放り出せないでしょ?そうすると、うちに彼女を置くことを先生が反対なら、彼女の保護者として、先生にもこの家に住んでもらうのが一番早いでしょ?」

と、さらりと言ってのけた。理屈は確かにそのとおりではあるのだが。それを理解しろと言われても、そう簡単ではない。

 俺の場合は、もうなるようにしかならないと思っているので、とりあえず置いておくとして、母の提案に対する美月と高坂先生の反応が気になる。
 美月は、驚いてはいるものの、否定的な雰囲気ではない。もちろんここで、高坂先生を拒否するような態度をとれば、先生が「俺と美月の間に何かある」と考えるのが当たり前で、そうなれば、彼女はこの家から強制送還ということになる。彼女の態度はごく当たり前の反応だった。実際、俺と美月の間には、別に高坂先生が考えそうな「男女の間柄」などは無いのだが(少なくとも現時点では)美月が無理に高坂先生を追い返せば、消去法の選択からそう考えてしまうに違いない。
 高坂先生は、やはり話が唐突だったのか、一生懸命考えているようだった。が、どうするかというよりも、どうしてそういう話になっているのか理解するために頭を使っているのだろう。

 「私が、こちらに下宿…ですか?」

 「はい」

 言われたことを聞き間違えたと考えたのか、母に問いただす。が、答えは変わらず。

 「そのために今日は、そういう荷物を持ってきてもらったの。もちろん、正式に住むには、ちゃんとお引越ししてこなければならないでしょうけど、今日のところは、まあ、体験してみるくらいでいいから」

 もはや完全に母のペースで話は進んでいて、ダメとかそういう段階を通り越している気がした。

 「高坂先生、先客の私が言うのもなんなんですが、皆さんとってもあったかくて住み心地いいところだと思いますよ」

と美月がにっこりと微笑んだ。

 「まあ、高坂先生、とりあえず、今日のところは1泊してみてください。母の気がすむかもしれませんし」

 「は、はあ」

高坂先生はもはや雰囲気的に拒否できる状況に無いことを悟ったのか、苦笑いを浮かべた。

 「と、とにかく、今日はお世話になります」

 そういって頭を下げた。

 「うんうん。にぎやかになって私もうれしいわ。雅也もそう思うでしょ?」

 母が俺の肩をバンバン叩きながら言った。

 「そ、そりゃ、職場の先輩がいつでも手取り足取り教えてくれるって言うんだから、うれしいけど…」

 「て、手取り足取り…」

 高坂先生が顔を真っ赤にして俯いた。

 『な、なんでそういう想像するんだぁーっ!』

 「と、とにかく部屋案内しましょう」

 俺が高坂先生を連れ出そうとすると、母がペシっと俺の尻を引っぱたいた。

 「あんたはいいから。とっとと明日の支度でもしなさい。私はこの子達に話があるから」

 「わかったよ」

 あっさり追い出されてしまった。とにかく2階の自室に戻ることにしたのだった。

 


 

 高坂静香と星菜美月が雅也の母の前に並んで座っている。雅也は部屋に追い返されたので、今は3人だけだ。

 「さてと、高坂先生には急なことで、びっくりしているかとは思うけど、もうお父様、理事長さんにはOKが出ているから、うちで美月ちゃんを預かるのも、高坂先生をこの家に住まわせるのも、本人次第っていう状況なの」

 「えーーっ!お父様にぃ!」

 静香にとっては驚きよりも「してやられた」という気持ちの方が強かった。昨日、雅也に「娘を頼む」などと言っていたので、今回の同意はむしろ、父親である理事長が全て裏で糸を引いているのではないかと思ったくらいだ。実際には単なる偶然だったわけだが、そうあっさり「はいそうですか」と納得できる状況ではない。

 「つまり、私が先生の家に住むのは学校の許可がでているってことですね?」

 美月が目を輝かせて身を乗り出して尋ねた。

 「ええ。今日からは安心して堂々とこの家で生活できるから」

 「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 美月の喜び様は、まるでずっと欲しかったものを親に買ってもらった子供のような、体全体で喜びを表現しているような状況だった。
 対して、静香はどちらかといえば、美月がこの家で生活することは反対の立場だった。ただ、雅也が若い独身の男性で、美月が年頃の自分のクラスの生徒だからという理由だけで、このままつれて帰るという選択はとても出来ない状況になった。しかも、自分までもが、ここから脱出できない状況になったのだ。この母親も雅也のことも嫌いではないものの、今まで実家でのんびりと生活していた静香にとっては、いきなり一人暮らしするように追い出されたようなものなので、困惑からそう簡単には抜け出せないでいた。

 「ねえ、高坂先生、もしかして、うちの息子、嫌い?」

 「いええぇ!そういうことはではなくて」

 心配そうに問いかける母親の眼差しを向けられ、慌てて否定した。

 「先生、私、この家に住みたい。もう未来なんか無いって思ってた私を芹沢先生や先生の家族が助けてくれたんです。ちゃんと恩返ししたいし…」

 「恩返しなんていいのよ。まあ、したいなら止めないけど」

 半ば呆れるような表情を見せたが、そのまま視線を静香に向けた。そして、美月も視線を静香に向ける。二人から視線の集中砲火を浴びて静香は目を泳がせた。

 「高坂先生…私、ここで暮らすの…ダメですか?」

 美月の言葉はとどめの一言だった。この状況で「ダメ」などといえるわけが無かった。

 「わかったわ。星菜さんがここで暫く暮らすことは、認めます」

 「やった!」

 「それから…」

 静香は1つ大きく深呼吸をした。

 「私も暫くご厄介になります。あくまで星菜さんの保護者として」

 静香は「とうとう言ってしまった」という表情を浮かべたが、美月と雅也の母はホッと胸をなでおろした。

 「じゃあ、早速、高坂先生の部屋に案内しましょ。部屋は美月ちゃんと同じ3階になるわ。もしかしたら雅也と同じ2階の方がいいっていうことだったら、部屋を変えるけど」

 「いえ、今のままで問題ありません」

 「あらそう?そうね。お食事は下でみんなで一緒のほうがいいものね」

 「は?」

 「この家は2世帯住宅だから、2階にはキッチンなんかもあるのよ。だから、うちの家族と一緒に食事なんかしたくないとか言われたらどうしようとか思ってたんだけどね」

 静香としてはむしろ、2階でひとりで生活していけと言われたら逆に困っていたかもしれない。花嫁修業と実践はやっぱり違うだろうから、2階で自炊なってことになったら、雅也や他の家族に迷惑を掛けただろう…と思った。

 「いえ、まったく今のままで問題ありません。よろしくお願いします」

 当初、この目の前の母親を説得して、自分の教え子を引き取るつもりだったのだが、やってることはまったく逆になってしまった。

 『私って、まだまだね』

 などと思いつつ、今日一番大きなため息をついた。


あとがき

 久しぶりの本編更新です。長いことお待たせしてしまってすいませんでした。

さて、次回からは二人の女性が主人公の家で生活するようになってからの話しになります。1つ屋根の下、男女…しかも、教師と教え子ということですが、すんなり安定した生活になるのでしょうか。

 

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