第 9 話

招待状


 駅前は昨日とは、うって変わって学校への人の流れはすごい。多少、授業の開始時間にばらつきはあるものの、おおむね8時から9時の間にどの学校も始まる。入口はこちら側と国道側の計2箇所あるが、生徒のほとんどは駅からのルートが大半だ。つまり、歩道はネムリスの 女生徒達で埋まっている。私服は大学、短大生、 他は小学校から高校まで、それぞれ制服がある。今は制服フェチにはたまらない状態だと思うが、あいにく俺はそういう趣味はない。

 「芹沢先生、おはようございます。仲がよろしいんですね。朝からいっしょに登校ですか?」

 ギクリとしながら声のした方向へ振り返ると、高坂先生が怖い顔をして睨んでいた。

 「おはようございます。高坂先生。…お元気ですか?」

 『何を馬鹿なことを言ってる!』と心の中で自分に突っ込みを入れてしまった。相手の機嫌は変わらずだ。

 「静香先生、おはようございます!今日はいい天気ですね」

 「そ、そう…かしら」

 実際、快晴といえる状態なので、普通に考えれば良い天気なのだが、高坂先生はもしかして雨や曇りの方が好きなのかもしれない。機嫌は相変わらず。

 「今日のスーツ、バリっとしてて素敵ですね」

 「クリーニングから戻ってきたものを着てきましたから、バリッとしてて当たり前です」

 『あちゃー』服を褒めても『おだてたって機嫌よくならないわよ』と言わんばかりの状態だ。そんなに機嫌を損ねるようなことをした覚えがないので(少なくとも自分の基準では)だんだんこっちも腹が立ってきた。が、表にはそれは出さない。こういう場合、表に出したら負けなのだ。人生経験で学んだ1つ。

 「先生機嫌が悪いですね。何かあったんですか?」

 美月がストレートな攻撃を始めた。

 「な…・別に機嫌なんか悪くないわよ!」

 『その言い方じゃ、ダメじゃん』などと心の中でツッコミしてみたが、頭の中のシミュレーションの結果が良くなかったので、行動には移さなかった。

 「高坂先生、今日の予定は?」

 一気に仕事の話に持っていくことにした。機嫌が悪い相手は一人で冷静になってくれるまでほうっておくのが一番いい。実際には俺たちには関係ないことで怒っているかもしれないし、仮に自分達だったとすれば原因を指摘してもらわないと心当たりがないうちは対処しようがない。まさか、生徒と教師が通学路で並んで歩いていたから怒っていると言うわけではないだろう。そんなことを言い出したら、ハイヤーかリムジンで家まで迎えに来てもらわなければならなくなる。

 「あっ…今日は…芹沢先生に藤野先生の授業の見学をしてもらいます。それから…」

 高坂先生は立ち止まってカバンから手帳を取り出した。数ページめくって言葉を続ける。

 「放課後は生徒会に顔を出してください。うちの学校は生徒の自主性を重んじています。ですから、生徒会との関係を良好にしておくのはきわめて有効です。 部活の顧問の顔出しは……明日ですね。今日は生徒会だけで終わりでしょうから」

 「わかりました」

 授業の見学なんて、最初の緊張している間はともかく、それが解けたら居眠りしそうだ。ただ聞いてるだけ6時間は逆に精神的にきついかもしれない。

 「高坂先生、芹沢先生のことどう思います?」

 せっかく話をそらしたというのに、美月が余計なことを言って蒸し返した。しかも、この質問…。

 「…どうって?」

 困惑した顔を俺に向けた。次に美月に向ける。

 「そんなのまだ判断できないだろ。昨日少し話をしたくらいなんだから」

 俺がフォローを入れると、美月が胸を張ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 「私が思うに、飛び切り素敵な先生だと思います」

 「なっ………」

 美月の言葉に目を大きく見開いて、口をパクパクさせている。次に、キッと俺を睨みつけた。

 「芹沢先生、まさかとおもいますが…」

 

 「昨日、先生の家に泊まった」

 

 「!」

 

 高坂先生の頭に浮かんだであろう疑惑を美月はあっさり肯定した。高坂先生の動作が完全に止まった。俺の心臓ももう少しで止まるところだった。 まさか、美月がお泊りのことを言ってしまうとは思ってもみなかった。

 「あ、あの、高坂先生、誤解のないようにフォローしておきますけど、別の部屋で一人で寝たんですよ。しかも、親がうちにはいますから。…もしもし?」

 『全然きーてねーよ!』

 肩を揺り動かして正気に戻らせようかと考えなくもなかったが、駅前でネムリスの生徒が大勢いるこの場所でそれをするのはなんとなくはばかられた。

 「あちゃー、静香先生固まっちゃった」

 「お前のせいだろーが」

 「てへ。がんばれ自分!」

 「いや、この場合がんばるべきは美月じゃなくて、高坂先生だろ」

 「困りましたね。このままだと遅刻です」

 「原因を作っておいて何を今更」

 「じゃあ…置いてきましょう」

 本当にそのまま学校に向かって歩き始めた。高坂先生はそのまま。距離がどんどん離れていく。

 「こらっ!ほんとに放置するな」

 美月はくるっと振り返った。

 「仕方がないなぁ、世話が焼けること」

 美月は戻ってきて、先生の腕を掴んで引っ張り始めた。不意にわれに返った先生がよろけながら体勢を立て直す。

 「ちょ、ちょっと!どういうことですか!芹沢先生を信じて大切な生徒を預けたのに…最低です!即効クビです!お父様に言いつけます!」

 「ちょっと待ってくださいよ!確かに…」

 高坂先生のおかげで大注目になってしまったので、高坂先生の耳元に唇を寄せてから、続けた。

 「確かに高坂先生に連絡もしないでうちに泊めたのは私のミスですが、彼女をほったらかしにはできなかったんです。それに、うちの両親の了解もちゃんと得ています」

 「でもぉ…」

 不満と疑惑が入り混じった複雑な表情を俺に向ける。昨日は好感触だったようだが、今はやっぱり「教え子に手を出すような軽率な男」とか思っているのだろう。がっかりだ。

 「誓って、彼女に手を出すようなまねはしていません」

 高坂先生の視線が俺から美月に移った。

 「残念ながら本当です。私は別にそれでも良かったんですが」

 「!」

 また固まりかけている。

 《コツン》

 「あいたっ!何するんですか」

 「こっちの台詞だ!誤解を増幅するようなことを言うな!」

 「はい」

 美月がやっとおとなしくなった。

 「朝からなんで道の真ん中で騒いでるんですか?」

 高坂先生が復活しかかったとき、不意に後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこには今日、取材をうけることになっている報道部の小布施琴音がカメラと手帳とペンを器用に抱えて立っていた。

 「おはよう。小布施さん」

 慌てて挨拶をする。挨拶は人間関係の基本だ。

 「ごきげんよう。芹沢先生。…星菜さん、静香先生もごきげんよう」

 「ごきげんよう。琴音さま」

 美月は小布施に挨拶を返したが、高坂先生はまだ少し混乱しているらしい。暫く間があってから

「ごきげんよう」

と応えた。

 「で、なんで盛り上がっていたんですか?」

 困った。今の会話の内容はさすがに報道されるわけには行かない。たとえ真実だったとしても、生徒を泊めたということ自体が問題になるだろうからだ。別に俺がクビになるだけならともかく、美月が学校にいづらくなるのは避けたい。いや、もちろん、2日目でクビになるようなことがあれば、会社自体からもクビになるだろうし、そもそも、マスコミに出たりして、人生店じまいってことにならないとも限らない。

 「取材は職員室でだろう?何で盛り上がっていたかは内緒だ」

 取材拒否の態度をとろうとすると、不満気な表情になった。

 「しかたがありませんね。じゃあ、後でこの件もお願いしますね」

 小布施は渋々というオーラを全身から発しながら、早足で先に行った。だが、まだ問題はいくつか残っていた。まず第1に、ネムリスの他の生徒が俺達の方を見ている。それもたぶん声が聞こえる程度の距離でだ。たぶん、道の真ん中で一人の男をめぐってネムリスの先生と生徒が喧嘩しているとでも思ったのだろう。

 「とりあえず歩きながら話をしましょう」

 「そうですね」

 そして、もう1つ。高坂先生の誤解はまだ完全に溶けていないようだ。まあ、当事者二人の話を聞いて納得しろと言う方が無理なのかもしれないが。

 「あっ」

 良い事を思いついた。携帯を取り出し、自宅に電話を掛けた。

 「証拠を提示します」

 「証拠?」

 「うちの母に聞いてください。それで納得できると思います」

 【ガチャ…はい。芹沢でございます。】 

 数回のコールのあと母が電話に出た。

 「あ、俺」

 【振り込め詐欺はお断りです。】

 「ちがーう。雅也だ!切らないでー!」

 【冗談よ。】

 「心臓に悪いんだよ。今切られるのは」

 【何やらかしたの?】

 なんか嬉しそうだ。

 「昨日のこと、担任の先生に伝えないといけないから」

 【昨日のことって…生徒を自分の家に引っ張り込んだこと?】

 「そういう誤解を解くために電話したのに火に油なこといわないでくれ」

 【注文が多い子ね。とりあえず、代わって。】

 「うん」

 携帯を高坂先生に差し出した。

 「もしもし…あっ、はじめまして。芹沢先生の担当クラスの担任の高坂と申します。いつも先生にはお世話になっております。……いえいえ、そんなことは。………はい」

 携帯電話と話しながらひょこひょこ頭を下げている。自分でもやるのだが、端で見てるとユーモラスだ。

 「お世話になってるのは俺なんだけど。それにいつもっていうほど一緒にいないだろ。今日が2日目なんだから」

 「そういう突っ込みはいいですから」

 美月も電話の内容が聞き取れないかと面白そうに高坂先生の周囲をうろうろしている。

 「え?…はい。……はあ。…………え?で、でも………えええっ!……いえ、そんなことは…………わ、わかりました。……では、後ほどうかがいます」

 

 「「うかがうぅ?!」」

 

 最後の言葉に俺と美月がはもった。

 「はい。……それでは、よろしくお願いします。…では、失礼します」

 高坂先生は携帯電話を切りながらしかめっ面を俺に向けた。ゆっくり携帯を俺に差し出す。

 「な、なんでしょう?」

 「…芹沢先生のお母様が…家に泊まりにきなさいって」

 受け取りながら聞くと、ため息混じりにそう答えた。

 「…泊まりぃ?!」

 「なんでよ!」

 「だから、昨日何もなかったことを証言してあげるからって。ちゃんと自分の目で環境を見てほしいって」

 俺たち二人の突っ込みにも力なく応えた。

 「先生がちゃんと私たちのこと、信じてくれれば、わざわざ昭島まで来なくてもよかったのに」

 美月が残念そうに言うと、高坂先生はちょっとむっとした。

 「いいえ。そうは行きません!とにかく、芹沢先生、家庭訪問させていただきますのでっ!」

 「わ、わかりました」

 『この歳になって、家庭訪問とは…』

 妙に懐かしい響きだったが、とりあえず、高坂先生が落ち着くのならということで、納得することにしたのだった。


あとがき

学校2日目です。律子台風が去ったと思ったら、今度は高坂先生の攻撃。

いや、問題はこれからなのです。

ではでは、次回お楽しみに。

あっ、次回は外伝を公開します。もちろん本編に絡んでいる部分の外伝になります。お楽しみに!

 

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