第 8 話

彼女がライバル?


 「ふう、間に合った」

 JR青梅線昭島駅から立川方面行きの電車に乗った。

 「先生、走るの遅いよ」

 こっちは少々息が上がっているのに、彼女はもう平然としている。

 「10代の若者といっしょにするな」

 通常自転車で自宅から昭島駅まで行って市営の自転車駐輪場に置いているのだが、昨日は車で家まで送ってもらったので、自転車がなかったのだ。それは美月も一緒で、食事に時間を取り過ぎて、のんびり駅まで歩いている時間がなくなり、途中から駅まで走ったのだ。 もちろん、朝、寝坊しそうになって、美月に起こされ、さらにその際にとても他人にはいえないことまでやってしまって気まずかったというのもある。

 駅まで歩いても十分学校の授業には間に合うのだが、勤務2日目から遅刻やギリギリの登校などしたら、また”あの方”に何に言われるかわからない。それに、美月と一緒に帰ったことを知っている”あの二人”が俺達が遅刻したら、どんな目で俺らを見るのか、容易に想像できた。その点は美月も同意見だったので、朝から仲良く汗をかくことになってしまったのだ。

 「先生の場合は単なる運動不足でしょ?たかが5分くらい走っただけで」

 「俺は短距離専門なの」

 小学校のころから100メートル以下なら十分自身があった。血液中の酸素だけで稼動できる範囲ならある程度のスペックで動けると思う。ようするに、それ以上の持久戦はすこぶる弱い。正直、学校の先生なら少しは体力つけないとまずいかもしれない。

 「先生は、インドア派?」

 「そうだな。どちらかといえば」

 「映画とかビデオみたりインターネットで買い物したり、読み物読んだりとか?」

 「まあ…そうだな」

 バリバリのスポーツマンですなんて見えすぎた嘘をついても仕方がない。自分の評価が悪化するだけだ。

 「彼女いないんだ」

 美月は挑戦的な視線を投げつけながらそう呟いた。一番いやな指摘を的確に実行してきたのだ。

 「…喧嘩売ってる?」

 「じょ、冗談だってば」

 あせった様子でしきりに両手を派手に振って否定した。

 「センスのない悪夢のような冗談だ」

 「そ、そんなに怒らなくても」

 別に怒っているわけではなく、怒っている”フリ”をしているだけだ。慌てぶりはなんとなく面白い。

 「ねえ、先生、どうしたら、機嫌なおしてくれる?」

 「そうだな……」

 別に最初から怒っているわけではないのだが、せっかくのお申し出なので、ちょっと考えてみることにした。心配そうに俺の顔を見ている。

 「そんなに怖い顔してる?」

 あまりに恐れられてる気がしたので、聞いてみた。

 「いええ、そういうわけじゃないんですけど、デートしろとか言われたらどうしようとか。あはは」

 「そんなこと言うかっ!」

 心配そうに言った割には照れ笑いが混じっている。これが学校に行く坂の途中だったら、そういう冗談でも言ってみるところだが、今は混雑している電車の中で、周りには会社員はもちろん他校の高校生の男女もいる。ただでさえ、さっきから周りの視線が気になっていたのだ。やっぱり先生と生徒が一緒に話しながら電車に乗っているのは、一般的な現象ではないのだろう。会話の内容に聞き耳立てているのは明らかだった。だから、冗談でへんなことを言うと、大変なことになりかねない。

 「ちぇっ」

 「ちぇって、おまえねー」

 「私のことは『あそび』だったのね」

 『ひえーっ!』

 周りの人が引いたのが直ぐにわかった。この時期の車内は中途半端な温度でジメジメ蒸しているというのに、急に空気が真冬の北海道みたいな雰囲気になった。怖そうな少々お年を召したOLが俺を睨みつけている。興味深々で目を輝かせている女子高生もいるが、どちらかといえば非難の視線の方が多い。

 「おまえねぇ。そういう冗談はこういう時、こういう場所で言わないでくれよ。俺、マジで凹んだ」

 「あー、ごめん、先生、冗談だってば。ちょっとからかっただけですから」

 「センス悪いよ」

 「ほんと、ごめんなさい」

 周りの雰囲気が失望と苦笑いに変わった。どうやら誤解は解けたらしい。ちなみに失望したのは目を輝かせていた女子高生グループの女の子たちだ。

 


 

 立川で電車を乗り換えた。今日は昨日とはうって変わって駅も電車も混雑している。都心に向かう電車ではないので、それに比べればはるかに空いているのだが、今まで通勤混雑とは無縁の生活(自宅から会社まで自転車通勤)をしていた俺にとっては、かなりしんどい。体が慣れるまでそう感じるだろう。

 「女子高生と仲良く学校通えるから、元気になれるでしょ?」

 しんどいと思ったのが、顔に出てしまったのか、そんなことを言ってきた。

 「もっと空いてる電車がいい」

 美月に反抗してみる。

 「何いってるんですか。そんな爺くさいこといわないでください」

 「俺は爺さんじゃねえ。それに、年寄りは敬え。今まで日本がここまで経済発展してきたのは、ご老人方の汗と涙の結晶だ」

 「…先生って結構…」

 「結構何?」

 「いえ、いいです」

 そのまま黙り込んだ。車外の景色に視線を移した。なんかまずいことを言ったのかと一瞬不安になったが、視線の先に反対方面に向かう電車で男子高校生たちが美月を見ながらなにやら話をしてたのを見てそれ以上突っ込むのをやめた。何を言っていたのかわかるわけもないのだが、美月の表情から、彼女のことを話していたのが容易に想像できた。

 「あの、先生……私を守ってください」

 美月は視線を目の前に座って眠っている中年のおばさんの頭に向けたままだったが、力のない声で呟いた。突然のお願いは十分インパクトがあった。

 「も、もちろんだ。…どうした?」

 美月は振り返り不安げな表情を向けた。涙で瞳が潤んでいる。

 「大丈夫。美月、俺が、先生が君の事は絶対守るから」

 何が彼女をそんなに不安にさせるのかわからなかったが、とにかく今は言葉で安心させるしかない。本当は周りの視線なんか無視して彼女を抱きしめて安心させてあげたい気持ちはあったが、視線の先のそこかしこにネムリス女学園の制服があり、とてもそこまでの勇気はなかった。

 「美月先輩!大丈夫ですか?」

 不意に俺の右肩あたりから美月を呼ぶ声が聞こえた。視線の先には俺よりちょっとだけ背が低いネムリスの女子高生が立っていた。1年生らしい。俺が視線を向けると、彼女は俺を睨みつけてきた。

 『や、やばい!名前で呼んでいるのがばれたぞ』

 まあ、名前で生徒を呼ぶ先生がいないわけではないのだが、その時点ではとんでもないことをしてしまったのではないかという不安が湧き上がった。

 「あっ、志摩子さんの妹さん」

 美月が俺に敵対する視線を向けている少女に気づき、こぼれそうになっていた涙をぬぐって微笑んだ。

 「先輩、お久しぶりです」

 彼女は美月には優しげな視線を向けたが、俺に対してはどう解釈しても敵意しかない目で視線を向ける。が、美月は気づいていない。

 「おはよう。あっ、先生、彼女はうちのクラスの副委員長の諏訪志摩子さんの妹さんで1年の諏訪…律子さん」

と彼女を紹介した。ここで怯んでいては、諏訪律子になめられたままになってしまう。

 「おはよう。はじめまして。君のお姉さんのクラスの副担任の芹沢雅也といいます。よろしくおねがいします」

 無難な自己紹介をしてみた。

 「そうですか。…ところで、美月さま、もう大丈夫ですか?」

 彼女にとっては俺は眼中になかった。ほとんど無視するかのように美月と会話を続けた。少々がっかり…というよりも、こうもあからさまだとやりにくい。まあ、全生徒に好かれる先生なんて言うのはいるわけがないとは思っているものの、評判を落とさないことにこしたことはない。

 「大丈夫って何が?」

 「その…お母様のこと…」

 一瞬、表情に影が差し込んだ。が、直ぐに微笑む。

 「まだちょっと。でも、いつまでも悲しんで入られない。支えてくれる人がいるから、今は大丈夫」

 美月が視線を俺に向けた。すると、その視線を追って俺の顔を見た彼女がキッっと睨んだ。

 『こ、怖いぞ』

 一睨みした後、ふたたびすがるような視線を美月に向けた。

 「なんでもいいです!美月さま、私に出来ることは何でも言ってください!私、どんなことでもしてみせます!力になりたいんです!」

 律子はほとんど無意識に美月の両手を握って力説していた。

 「あ、ありがとう。律子さん。でも、大丈夫だから」

 律子の勢いに押されぎみな美月は安心させようと「大丈夫」と言ったようだが、彼女はその「大丈夫」が俺に頼ることによる大丈夫と思ったのか

「私じゃダメなんですか?」と続けた。

 「え?いや、ダメとかそういうんじゃなくて…」

 美月はすっかり困ってしまった。俺も挑戦的な彼女に圧倒されて美月をフォローする余裕がなかった。何か言おうと口を開こうとすると、睨まれてしまい、そのまま口をつぐんでしまう始末だ。

 「どうなんですか?美月さま!私と、この人とどっちを取るんです!」

 「ええっ!ちょっと、どうしてそんな話しに…」

 彼女は言ってから『しまった』という顔をした。

 [七瀬川です。お出口は右側です。]

 周りの乗客まで巻き込んでこう着状態に陥った状況を打開したのは下車する駅を知らせるアナウンスだった。 彼女はさすがに場の雰囲気に耐えられなくなったのか、アナウンスが聞こえてくると、小さくため息を1つ吐いた。

 「あっ…と、とにかく、何かあったらまず私に相談してください!どこにいても飛んできますから」

 彼女はそう言って携帯の番号やメールアドレスを書いたメモを美月に押し付け、駅に到着して開き始めたドアを掻き分けるように、電車から飛び降りてその場を後にした。

 「あ、あの…」

 「美月、とりあえず出よう」

 ドアの前で固まっている美月の背中をゆっくり押しながら、ホームに降りた。

 「先生…」

 「さ、さ、学校に行こう。大丈夫だって。彼女だって心配して助けようとしてくれただけなんだから。なっ、世の中捨てたもんじゃないだろ?」

 美月の表情が和らいだ。

 「そうですね。…行きましょうか?」

 「ああ」

 他のネムリスの生徒達の流れに乗って駅を後にした。 


あとがき

今回は、新たに美月を慕う後輩が登場です。元々、携帯配信用に書いた外伝小説の1シーンを組み込んでいます。つまり、携帯サイトの外伝を読むと、この話の裏がわかるということです。

が、まだ、正式公開してません。そのうち、公開できるかと。
ちなみにPCでももちろん読めます。ちょっと字やレイアウトが携帯向けなのでアレですが。

とりあえず、公開準備が出来たら、更新お知らせメールなどでURLをお知らせします。
(QRコード使うかもしれないけど、検証できる携帯持ってないので(^^;)

 

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