少々騒がしい教室の前に俺と高坂先生が向かい合って立っている。教室の入口にあるプレートには『2−A』と書かれている。これから放課後のホームルームに乗り込む戦士が2人、お互い真剣な眼差しで見めあっている…ように見えるかもしれない。実際そうなのだが。
「準備はいいですか、芹沢先生」
「は、はい。何も問題ありません」
「最初が肝心です。ここで生徒に舐められたりしたら、この先お先真っ暗です」
「はい。肝に銘じておきます」
正直、『脅してどうするんじゃー。余計緊張するじゃねーかー』などと心の中で目の前の小悪魔を恨めしく思ったりしたが、これはたぶん彼女なりの励ましなのだろう。それに、相手は自分よりずっと年下の女の子達だ。ビビッてどうする。気難しい担当のいる会社に営業に行くより数倍楽じゃないか…などと、自分に言い聞かせ、ちょっと緊張気味の自分に活を入れる。さっきのコンピュータ教室での自己紹介はあんまり緊張していなかったが、改まって挨拶となるとちょっと勝手が違うらしい。
「では、行きますよ」
「はい。行きましょう」
「何やってんの?」
「「ウワッ!」」
気合を入れて教室に入ろうとしたところを、不意に後ろから声をかけられた。美月だった。
「脅かすな!」
「脅してないって。…ささ、静香ちゃん、ホームルーム始まっちゃうよ」
「そ、そうね」
美月ががらりと扉を開けて中に入っていく。高坂先生は1つ大きなため息をつき、がっくり肩を落として続いた。扉はそのまま開いていて、俺が入ってくるのを待っている。
「芹沢、行きまーす」
某アニメのロボットを主人公が発進させるときの掛け声みたいな台詞を小声で呟きながら教室に一歩入った。
俺が一歩教室に入っただけで、直前までのにぎやかな雑談が嘘のように静まり返った。とりあえず、入口で固まっていてもしょうがない。そのまま、高坂先生の立つ教壇の横まで生徒達のほうを見ずにまっすぐ歩き、軍隊の兵士のようにくるりと90度生徒達の方へ向きを変えた。とりあえず自分から見て左側から順に生徒達の顔をみて見る。反応は笑みを浮かべたり怯えたり人それぞれだが、まだ誰もしゃべろうとしない。全員の顔を見終わってもまだ高坂先生が無反応なので、どうしようかと悩んだが、それを表に出す前に口を開くことにした。この沈黙はあまりにも重 すぎる。
「こんにちは。さっきも自己紹介したが、今度君達の副担任になった。芹沢雅也です。どうぞ、よろしく」
直ぐに反応があるかと思えば、さらに沈黙が続く。さすがに困ってきたので、高坂先生に話を振ろうとすると、高坂先生は黒板に向かって口をパクパクさせていた。
「あ、あの…高坂先生?」
やっと事態が飲み込めた。黒板には俺の歓迎メッセージのようなものが書かれていたのだが、その中に、高坂先生の婚約者とか、報道部の小布施と付き合ってるとか、そういったことも書かれていたのだ。
「で、真相は?」
美月が立ち上がってあまりよろしくなさそうな機嫌で質問した。
「へー、ああいうことを言うと、女子高ってこうなるんだ。面白いね」
余裕ぶって見せたが内心は冷や汗ものだ。
「せ、芹沢先生!ど、どうしよーっ!」
『おいおい!あんたが動揺してどうするんじゃ!動揺したいのは俺のほうだ!』
などと、おどおどしている高坂先生に内心でツッコミを入れつつも、二人して動揺するわけにもいかず、先生の『はじめが肝心』を思い出して、態勢を立て直すことにした。
「えっと、確かに俺は独身だし。今はお付き合いしている女性もいません。でも、今日、ここに来たばかりで、高坂先生のことを含めて、みなさんのことは良く知らないので、黒板に書かれていることは、嘘八百です。俺はそんなにナンパ野郎じゃないから」
言葉がこれでいいのかは微妙なところだったが、とにかくオドオドしているわけにも行かず、思ったことを口にしてみた。少なくとも嘘は一言も言っていないので、変な風には思われないはずだ。 その言葉の審議中なのか、みんなが雑談を始めた。俺が言った言葉の検証だったり、動揺している高坂先生についてのことだったり、俺の外観だったりとにかくいろいろ話が始まり、重苦しい緊張状態からは開放された。
「し、静かに!みんな、ちょ、ちょっと落ち着いてよーっ」
『むしろ高坂先生こそ落ち着けって言いたい』
などと口を滑らせそうになったが、とにかくこの場では彼女が先輩だ。先輩をちゃんと立てられないようでは先が思いやられる。
「とにかく、えー、芹沢先生は、これから暫くの間、情報の授業を中心に教えていただき、イベントの手伝いやら部活のサポートやらいろんなことをしてもらうので、みんな、仲良くしてください」
高坂先生は言い終わると、俺に向かって苦笑いを浮かべた。
「はーい、質問です!」
丁度、教室の真ん中辺りに座っていたショートカットの生徒が手を上げた。
「海老名さん、何かしら?」
高坂先生は何の疑いもなく彼女を指名したが、俺は彼女が『してやったり』という笑みを一瞬浮かべたのを見逃さなかった。きっと何か仕掛けてくるに違いない。
「私たちが静香ちゃんより芹沢先生と仲良くなっちゃっていいの?」
「なっ……」
『あっ、固まった』
高坂先生は彼女の言葉を受けて凍りついた。海老名…という彼女の言葉をいろんな意味で解釈して、それに対するコメントを全て用意しようとして頭の中フルパワーで考え中…といった感じなのか、もしくは深く考えすぎて妄想大爆発で恥ずかしくなって身動き取れなくなったのか、それは当人にしかわからないが、ダメージを与えたのは誰の眼からも明らかだった。
「仲良くなるって?」
高坂先生の応答を待っていると当分先に進みそうもないので変わりに俺が聞いてみた。
「そりゃ…」
「ああ、授業に積極的に参加してくれるとか、食堂で声かけてくれるとか?」
「何それー…」
何か言おうとした彼女の言葉をさえぎってきわめて当たり障りのないことを言ってみた。予想通りにブーイングだった。
「そんなオママゴトみたいなこと言って誤魔化そうとしてもダメです。年頃の男女なのよ!もっとすることあるでしょ?」
「サラリーマンは給料分働く。残業はお断りだなぁ」
「せ、先生、わざとね。おちょくってるわね」
機嫌が悪いフリをしているようだった。
「だって、生徒とデートがしたいです…とか言い出したら、問題教師だろうが」
「本心はそうなんですね?」
「いや、そんなことはない」
と、彼女の『してやったり』という質問をばっさり否定した。
「えー、私たちってそんなに魅力ないですか?そこらの空き缶やペットボトルと同じレベルですか?」
「どういうたとえだ」
俺がツッコミを入れると、彼女の斜め前で不機嫌そうな顔をしていた金髪の子が立ち上がった。染めているわけではなく、瞳の色や顔立ちから、日本人と白人のハーフのようだ。間違いなく美人といえる。
「ちょっと、海老名さん。あなたは黙って」
性格はきつそうだった。それはなんとなく立ったときのポーズや俺を見るときの視線などで予想できた。
「あちゃー、先生、変なのに目をつけられたね」
「お黙りなさい。わたくしにはちゃんと『平塚 百合香』という名前があります。芹沢先生、あなたがどうやってこの学園にもぐりこんだか存じませんが、ここは 神聖な乙女の園。あなたのような雑菌が侵入していい場所ではありません。なんで、私と同じ空気を吸っているのかしら」
「いや、俺は、一応人間だから、酸素がないと生きていけないし」
しれっと言ってみた。とたんに表情がきつくなる。
「そういうこと言ってるんじゃありません!」
「はい」
表向き反省しているようなしぐさをしてみる。
「どうやって他の先生達をたぶらかして潜り込んだか聞いているんです」
「いや、上司命令だったから」
事実なのだ。が、輪をかけて気に入らなかったらしい。あまりおしとやかとはいえない動作でツカツカと前にやって来る。
『あ、ヤバイ。やりすぎた。うーん…・ひっぱたかれるか?それとも至近距離で罵られるか…』
高坂先生に視線を向けてみた。そろそろ復帰してもらってこの危機を打開してもらわなければならない。
『ダメじゃん』
固まってはいなかったが、接近してくる彼女に恐れおののいているのが仕草でわかった。どうも、救援をあてにできそうもない。あと1歩で俺をひっぱたける至近距離に到達しそうになったとき
「きゃっ!」
といいながら何もないはずのところでつまずいた。見事なドジっぷりといってもいい。そのまま、前につんのめる。放っておけば顔から床に着地、手を差し出せば、たぶんとりあえず助かるが、彼女の面目丸つぶれ。どっちを選ぶか迷うところだが、今回は選んでいる時間があまりにも少なかった。
「おっと」
気がついたときには無意識に手を出していた。彼女は少しよろけたが体制を立て直して顔をあげた。ちょうど肩の辺りを支える格好だ。
「平塚さん、大丈夫?」
一瞬何が起きたのかわからなかったようだが、直ぐに口をパクパクさせ始めた。そして、自分の両肩を交互に見る。そのまま彼女の肩を掴んでいるとひっぱたかれるんじゃないかと、直感的に思ったが、だからといってこの状況で手を離したら、さらに収拾がつかないほど最悪の事態になることは明白だ。どっちにころんでもろくでもないことになるが、今回は諦めた。そもそも、彼女をからかう様なことを言った自分が悪い。
「だ、大丈夫です。その手をお放しになって」
「わかった。じゃあ…」
予想に反してひっぱたかれることはなかった。まだ斜めに寄りかかったままなので、彼女がまっすぐ立つ姿勢になるように立たせ、ゆっくり両手を離した。彼女は両肩を大事そうに抱え、こっちを見ている。顔が気持ち赤くなっている。
「ハ、ハレンチ教師は即刻退学です」
ようやく落ち着いたのか、当初予想していたリアクションをしてきた。いろいろ言いたいことはあったが、こういう状況では何か俺が言っても見苦しいだけで、状況がわかっている他の生徒が見ても、幻滅してしまうだろう。とにかく、余計なことを言うのはやめた。
「じゃあ、席について。まだホームルーム終わってないから」
高坂先生の代わりに俺が言うと、彼女は自分の言ったことが聞こえなかったのか?という驚きの表情をしたが、直ぐに1つため息をついて自席に引き返した。
「高坂先生、ホームルームの続きを」
「へ?あ、そうですね」
『そうですね、じゃなくて…』
とにかくはそれから万事順調ノー・プログレムでホームルームは終わった。気になっていたことといえば、美月と平塚の視線がなんとなく普通でない気がしたが、気がついていないフリをしてなんとか乗り切った。
「それでは、ホームルームを終わりますが、何かありますか?」
待ってましたとばかりに手を上げた生徒が多数。
「ちなみに芹沢先生への質問は却下。それは後日ちゃんと時間をとるから。今日はダメよ」
やっと落ち着いてきたようで、生徒をさらっとあしらった。
「俺…私から質問していいですか?」
自分で手を上げた。高坂先生はきょとんとしている。
「え、ええ。なんでしょう」
「私は…ハレンチ教師ということでクビですか?」
平塚がピクリと肩を震わせた。
「…えっと…」
高坂先生は違うと否定しようとしたようだったのを、目で合図して引きとめた。そして、平塚のほうへと視線を向ける。答えを振られたのを悟った彼女は立ち上がった。
「・・・・…………………今回は大目に見て差し上げますわ」
そう言って座った。
「ありがとう。いきなり先生1日目でクビになったら社会に戻れないからね。借りが出来たかな」
「借りなんて…いえ、怪我しそうになったのを助けてもらったのですから、当然ですわ」
消えゆくような声で言う彼女の斜め後ろの海老名が立ち上がった。
「おー!あの男嫌いの百合香が男を庇ってる!きっと今日は雪が降るわ」
「バカなこと言わないでください!」
どうやらこの二人、ライバル関係にあるようだ。
「さ、それじゃ、ホームルームはお開きにします」
そう言うと、高坂先生は最後の挨拶もなしで、教室を跳び出て行った。
「あちゃー…なにもそんな勢いで逃げなくても」
とりあえず、このままここにいると捕まって脱出が困難になるかもしれないので
「じゃあ、みなさん、ごきげんよう」
と言い残して、そそくさと退散した。後にした教室で、なにやら騒がしくなったが、追いかけてくる生徒はいなかったので、そのまま一目散に職員室へ向かった。
職員室は東郷先生以外のほとんどの先生が集合していた。改めて、挨拶をしてから自席に着いた。といっても、机の上にも引き出しの中にも何もないのだが。俺の右隣は担任の高坂先生、左隣は情報と英語担当の 藤野先生、自席の向かいは……まだ戻ってきていないらしい。
「あっ、芹沢先生の前の席は空席です」
「そうなんですか?」
「マーちゃん、残念ね」
俺の視線に気づいたのか、高坂先生と藤野先生が代わる代わる説明した。…にしても…
「マーちゃんって、何ですか?」
と、早速、藤野先生に問いただす。
「あら、愛称があったほうがいいでしょ?マー様とか言われたい?」
「いや、それも遠慮します。某韓国ドラマのファンに怒られそうだから」
「わがままね」
「いや、そういう問題では…」
そんなことを話していると、職員室に一人の生徒が入ってきた。美月だった。まっすぐ俺のところに来るかと思いきや、高坂先生のところに行く。そして、封筒を1通手渡した。
「これ、双葉先生からです。お願いします」
「あ、はいはい」
高坂先生は封筒から中の便箋を取り出して、さっと目を通した。たいした量の文章でないことは隣の俺からもわかった。高坂先生が一瞬しかめっ面をしたが、直ぐに真顔に戻った。
「わかりました。じゃあ、とりあえず保健室の双葉先生のところにいて頂戴」
「はい。失礼します」
彼女は一瞬、俺に視線を向け、軽く微笑んだ後、職員室を出て行った。
「で、なんて呼ばれたい?」
藤野先生がニヤニヤしながらさらに続けた。
「どうぞ、ちゃん付け以外なら何でもいいですから。…この学校、先生も生徒もファーストネームで呼ばないといけないんですか?」
「いや、単に私の趣味。別に某小説とは関係ないから」
「だと思いました」
某小説とは俺も読んでいる、カトリック系の女子高を舞台にしたシリーズ物の小説だと思う。
「わかったわ。マー君。私は今日からこう呼ぶから」
「えっと…それは、授業中とかもですか?」
「あたりまえ」
「そ、それはちょっとどうかと思うんですけど」
「何よ。双葉先生は”ふたば”ってちゃんとファーストネームで呼んでいるのに、私がファーストネームで呼ぶのはいけないわけ?何その差別は」
「いや、差別とかそういう問題ではなくてですね…」
まだ納得できずに腕組みして渋い顔をしていると、両手を前で合わせて拝むような仕草をしながら
「私のことは苺ちゃんでもいいわよ。うふふ」
と、かなりわざとらしい可愛らしさを振りまきながら言った。
「そ、それも授業中はやっぱり…」
「そういう差別は教育上良くないわよ」
「そ、そうなんですか?」
「そう。大体、ここでは私が先輩。素直に従ってもらうわよ」
「いや…なんかこっちでの上司に当たる学園長や学年主任に怒られそうなんですけど」
「大丈夫、その辺はうちの学校、ルーズだから」
「うむ……」
なんかうまいこと丸め込まれた気がしてならない。
「コホン。芹沢先生。ちょっとよろしいですか?」
俺と藤野先生のやり取りを俺の背後から見ていた高坂先生が、低い声で言った。なんとなく怖い雰囲気がどこからともなく漂っている。
「あ、はい。何でしょうか?」
とりあえず、この話は打ち切るのが得策と本能的に感じた俺は、高坂先生の方へ向きを変え、用件に注意を向ける姿勢をとった。
「先ほどの双葉先生からの手紙です」
渡された手紙を開いてみる。手紙の中身は、俺が家まで彼女を送っていって、馬鹿な真似をしないように確認した上で撤収すること…みたいなことが書かれていた。
「…うむ…」
「私も行きます」
おもわず唸りこんでしまうと、高坂先生が身を乗り出して言った。たしかに男の先生、それもまだろくに素性が知れてない若い先生に、精神的に不安定な生徒を預けるのは担任としては許容できないことだろう。たとえ、俺が彼女の命の恩人だったとしても、その後についてはどうなるかわからないというわけだ。信用されていない悲しさがないでもないが、高坂先生の心配は俺にもわかる。
「ですよね。私もそれがいいと思います」
「どれどれ…」
藤野先生が俺から手紙を取り上げて読み始めた。そして、ニヤリとしてから俺の肩をぽんぽんと叩いた。そして
「マー君、ダメよ。これはあなたに与えられた仕事。人に押し付けたら給料査定に響くわよ」
と言い放った。
「ええっー!」
「藤野先輩…じゃない、藤野先生、どうしてですか!私が彼女を心配するのは当たり前でしょ。あの子の担任なんですから!」
俺が驚いていると、続けて高坂先生が猛抗議した。
「真面目な話をしてもいいかしら。静香、あなた、彼女に何をしてあげた?」
藤野先生はさっきまでの表情とは180度違う表情を見せた。
「え?」
「あなたは彼女の力になれなかった。だから、今は彼に任せるべきなの。彼は今までの生活にはいなかった人だから、彼女の立ち直りの力になれると思う」
「それは…たしかにそうかもしれませんが」
高坂先生はまだ納得できていないという表情で、心配そうに俺と藤野先生を交互に見た。
「それに…」
藤野先生の表情が再びおちゃらけた表情に戻った。
「マー君にそんな甲斐性があるとは思えないわね。それに、私の顔に泥を塗るようなことをしたら、私が社会的に抹消してあげるから安心していいわよ」
「安心って…」
結局、藤野先生に散々いじられて撃沈したのだった。
職員室を後にしたのは、先生達も帰り始めたころだった。既に夕方、日は西に傾き、辺りをオレンジ色に染め上げている。高坂先生と藤野先生に挟まれて連行されている犯罪者のような雰囲気で保健室の入口までやってきた。
「じゃ、後はお願いします」
「はい」
「マー君、間違っても、今日、いきなり弱みにつけこんで一線を越えるようなことをしないように」
「しません!」
「返事だけは、威勢がいいわね。うふふ」
「む…」
心配そうな高坂先生と面白がっているとしか思えない藤野先生を廊下に残して、保健室の中に入った。
「あ、先生!」
「おー、来たわね。忘れて帰ったかと思ったわ」
「いえ、そんなことはしません」
見た目、美月は元気そうだった。もっとも、無理して笑顔を作っているのなら、やはり一人になったときの反動が怖い。俺は先生をやっていること自体が奇跡みたいなものなのに、今の状況は正直、荷が重い気がしなくも無い。でも、先生としてというより一人の人間として、困った人を助けるのは当たり前の事と考えれば、少しは肩の荷が軽くなるというものだ。
「じゃあ、芹沢先生、さっきの事、忘れないでね」
双葉先生が真剣な眼差しを向ける。
「はい」
「さっきの事?何?」
美月が早速食いついてくる。
「なんでもない」
『あんな恥ずかしいこと言えるか。大体、そんなこと彼女に報告したら、それこそ、お互い意識しちゃうじゃないか』
さっきの双葉先生とのやり取りは、ごまかさなければならない。
「双葉先生、気になるんですけど」
俺が口を割らないと思ってあきらめたのか、もう一方の当事者に質問を振った。
「残念ね。医者は患者の秘密は他人にぺらぺらしゃべってはいけないのよ」
もっともらしい言い方で逃げに入った。
「言うと思いました。…仕方がない。実は私、先生と双葉先生が話ししていたのを聞いていました」
「なに!」
最初から双葉先生が口を割るとは思っていなかったらしい。
「ただ、はっきり聞き取れていなかったので、ちゃんと聞きたかっただけです」
「なんだ、聞こえていなかったのか」
《ムギュ》
「イタっ!」
美月の言葉にほっと胸をなで下ろすと、右腕を思いっきり双葉先生に抓られた。
「せ、先生、痛いです」
「バカ!」
いきなりバカ扱いされてしまった。
「やっぱり2人でなんか秘密を持っているんですね。それも、私に関わることですね。さあ、正直に言ってください」
双葉先生に抗議しようとしたが、美月の言葉で「やっぱり俺はバカだった」と悟った。何のことはない、しらばっくれていれば良かったものを、みすみす罠にはまってしまったのだ。
「美月、職務上知り得た情報は機密保持の義務が伴うんだ。それが大人ってもんだ」
俺も逃げに入る。納得してくれるかどうかは、怪しいところだが、この場ではこれしか台詞が思いつかない。
「そうですか。残念です。でも、家に帰るにはまだ十分時間がありますから」
「……はうぅ…」
歯止めになりそうな双葉先生がいない場所で、さらなる追求がされることが確定となった。
「あの…本日の営業はこの時間を持って終了とさせていただいてよろしいでしょうか?」
「ダぁっ・メぇっ・で・す!」
「何も、そんなに力説しなくても…」
「はいはい。あきらめて一緒に帰りましょ」
美月が俺の腕を掴んで保健室から引きづりだそうと引っ張り始めた。
「芹沢先生、秘密はちゃんと守ってくださいね。教師を続ける最低限のラインですから」
双葉先生は半ばあきらめたような顔をして最後通牒のような言葉を俺に投げてきた。
「しゃべったら教師クビですね。わ、わかりました。拷問や自白剤にも耐えてみせます」
「先生、諦めてください」
「いや、さすがに新しい勤務先初日にクビになったら、きっと会社に戻ってもクビだから。これは絶対に譲れない」
俺と美月のやりとりを見ていた双葉先生が俺の隣りにやってきて「かわいそうに」という表情で頷いた。
「芹沢先生、もういいわ。許可します。あなたのフォローが大変だろうけど、ばれたらばれたでいいです」
双葉先生が投げ出した。つまり、俺の責任で適当にやってくれと、まあ、そういうことだ。つまり、尻ぬぐいも自分でしてね…ってことだ。クビにはならないかもしれないが、やっぱり、「どんなことがあっても美月を最後まで守る 」なんて言ったことを、本人に伝えたりしたら、まるでプロポーズしたみたいになりかねない。
『どうやって誤魔化したものか…』
などと、笑顔を振りまいている小悪魔の顔に戸惑いながら、保健室を後にした。
あとがき
今回は登場人物の追加がありましたが、設定画の準備ができませんでした。
ほんとすいません。まず、海老名はクラスのムードメーカー的な存在です。明るくバカっぽいと思わせておいて、実は成績は優秀…みたいなキャラです。それに対して、ライバルの平塚は外見は日本人と西洋人のハーフなので、髪が天然で金髪、瞳もブルーでそれだけでも多少神秘的なのに、さらにこの子の場合は家がたいそうなお金持ちで、毎日送り迎えがあったりするような家のお嬢様です。二人の関係や家庭などはいずれ書いていきたいと思います。
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