Operation 19.0 未来への約束(Gパート) |
「おりゃ、起きろ!」
《ドガッ》
「いってっ!」
いい気持ちで寝ていたというのに、突然の後頭部への打撃に襲われた。飛び起きると秀明がほっぺたを膨らませていた。
「何すんだ!」
そう抗議すると「昨日はよくもやってくれたから、朝の報復攻撃だ」と言い放った。
既に日が出ているが、まだ朝の5時だ。平日であれば確かにトレーニングや早朝の勉強の時間になるのだが、ここのところの疲れもあるし、起床時間はまだ先なので今日くらいはゆっくり寝ていたい気分だったのだ。それを、秀明が見事な手際で破壊してくれた。どうしてくれよう。
「そんなことより、さっき宮澤が内線電話で電話してきたぞ。まったく、何時だと思ってるんだ。あの女は」
などと愚痴り始めた。
「結局、昨日のことじゃなくて、今朝の八つ当たりじゃないか」
「なんだとぅ!」
秀明は抗議したが、たぶん宮澤に僕を起こすように頼まれたのだろう。なんだかんだいっても良いやつだ。
「ま、サンキュウな。起こしてくれて」
「そのまま意識不明になればよかったんだ」
礼を言うと、秀明はそっぽを向いたままそう言った。無論本心ではないだろう。良い奴だ。
とにかく、秀明への抗議はほどほどにして、すぐに着替え始めた。
「何時ごろ電話があったんだ?」
ワイシャツのボタンを留めながら尋ねると
「20分前くらい」
という回答だった。そのくらいなら、宮澤に怒られることはないだろう。
「で、なんか他に言っていたか?」
「うーん……たしか、6時にロビーで待ってるとかなんとか言っていたような……」
「6時…過ぎてる…」
壁の丸い安っぽい時計は、無常にも6時15分を示している。5分程度ならともかく、15分も過ぎていすのは大きな問題だ。以前の宮澤だったら、いいとこ10分だったろう。でも、今は少し絆が深まっているので、多少許容範囲が大きくなっているはずだ。あくまで『ハズ』という希望的推測でしかないし、そもそも待ち合わせに遅れること自体悪いことなのだが、寝る前に約束していなかった予定を、起き掛けに告げられても、それは厳しい。
「ああ、遅刻だね。今さら行っても許しちゃくれない。諦めて俺様の軍門に下ることだ。ふぉっふぉふぉ《ドカッ》…い、痛い」
あせる僕に対して、火に油を注ぐようなことを秀明が言うので、足払いをしてあげた。やさしい僕は、布団の上に倒してあげた。
「最近、宮澤の影響か、乱暴になったよね」
秀明はニヤリとしてやったり風の顔で言い放った。
「好きな人の影響を受けるのはいいことだ」
はっきりいって恥ずかしかったが、秀明にダメージを与えるために、我慢して言ってみた。効果あった。目を大きく開いて固まっている。しばらく固まった後、ふと我に返り
「………ちっ」
と、舌打ちをした。
「じゃ、ちょっと出かけてくる」
着替え終わり、準備万端になった僕は、反撃の糸口を探しているらしい秀明を放置したまま、部屋を後にした。
宮澤はロビーの隅にあるソファに座り、経済新聞を広げていた。記事に夢中になっているのか、こちらに気づく様子はない。僕はそのまま背後に接近して、耳元に唇を近づけた。すると
「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」
と先に声をかけられてしまった。
「気づいていたのか。残念」
脅かす楽しみがなくなってしまった。まあ、本気で怒っているときに、そんなことをしたら火に油だったろうけど。
「ま、原因の一端は直前に声をかけた私だし、きっともう一端はあさぴんの謀略だろから、怒ったりしないけど」
皆までわかっていらっしゃるようで、お咎めはなかった。
「で、こんな時間に呼び出してどうしたの?」
「文化祭」
「……は?」
一言ぼそっと言われ、最初意味がわからなかった。
「文化祭、いっしょに…がんばろうね」
「あ、ああ」
宮澤の話に同意はしたものの、本当にそのために呼び出したというのは、違う気がした。どこか上の空で心ここにあらずという様子だった。
「で、他には?」
「他?」
「それだけじゃないでしょ?」
「……」
宮澤はちらっと僕の顔を見上げた後、新聞に視線を戻した。
「別に…」
というあからさまに不自然な一言を残して。
「別にじゃないだろ。……もしかして具合でも悪いのか?」
他の連中がいない時間がよくて言いにくいこととなると、話題は限られてくる。急に背中に冷たいものを感じた。
「違う。そういうことじゃないから心配しないで」
「隠すと余計に心配になるのが人間だ」
わざと表に感情を表さないように努力している雰囲気が漂っていて「なんでもない」という言葉を素直に受け取れる状況じゃない。
「じゃあ、またあいつらが何かちょっかい出してきたのか?」
宮澤の体のこと意外なら、今度はもうひとつの悩み--- 誘拐未遂の連中 ---がある。もちろん自分が機嫌を損ねるようなことをしたという選択もゼロではないが、昨日はどちらかといえばいい雰囲気だったので、それは限りなくゼロだ。
「これ」
宮澤が1つの記事を指差した。見出しには『米国大手薬品メーカー、宮澤製薬、宮澤化学にTOB』と書かれていた。
「えっと…宮澤のとこの子会社だよね?」
「そう」
「本体じゃないから、さほど大きな影響はないんじゃ?」
TOB --– 株式を広く一般の株主から買い集めて、会社の経営権を握ろうというもの ---は成立しなければどうということはない。まあ、グループとしてはもしかしたら痛手になるのかもしれないけれど、それはあくまで成立したらの話しだし、親会社をのっとれるわけじゃ…
「この2社を買収されると親会社も危ないの?」
「いえ、グループ会社としては大丈夫。でもね……この2社の社長は…清志おじさんなんだ。私やお父さん…宮澤重工の会長側の人なんだ。あんまり大きな声じゃ言えないけど、宮澤グループは3つの派閥みたいなものがあって、1枚岩じゃないの」
宮澤の表情に不安が浮かんだ。
「えっと…つまり、この2つの会社が買収されると、親会社のパワーバランスが変わるってこと?たとえば宮澤のお父さんが会長職を追われるとか?」
「簡単に言ってしまえばね…もしかして、私があの人たちにNoって言ったからかもしれない」
「でも、あの内容は受け入れられないだろう?」
「もちろんそうなんだけど」
グループ内で対立があるということは、もしかしたら安定しているはずの宮澤の今の家や立場は、実は相当不安定なものなのかもしれない。仮にグループ内で、賛同する一派が現れたら、もしかしたら宮澤 のお父さんを追放なんてこともありえないとは言い切れない。
「宮澤、僕は必ず君を守るから。命に代えてもこの約束は守るから」
僕は隣に座り、彼女の肩を引き寄せ耳元で囁いた。すると、悲しそうな顔をこちらに向けた。
「そんなこと言わないで。有間君を失ってまで守られたくない」
「宮澤、もちろん今のは極端な話で、簡単に死ぬ気はないよ。僕は実は執念深いんだ。簡単に死ぬようなひ弱で頼りなさ過ぎる男だったら、まりなさんが僕に今回の護衛を任せたりしなかったよ」
精一杯の誇張だったが、宮澤には届いたようだった。表情が柔らかくなった。
「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて守ってもらいましょう」
「大船に乗った気でいてくれ」と胸を張って言うと
「…そうね。いざというときはまりなさんもいるし」と、ため息をつきながら応えた。
「…ちっとも信用してないね」
「…本業とバイトじゃ、本業の信頼性が勝るでしょ。まりなさんを簡単に負かせる?」
「いやムリ!」
「……はっきり断言しすぎよ」
そんな会話をつづけていたら、最初は眠かった頭がすっきりしてきた。そんな様子を感じ取ったのか
「文化祭と会社のごたごたの2つが当面の敵ね!」
と両手で握り拳を作りながら強調した。
「……敵……か」
ロビーではいつの間にか誰かがつけたテレビが、朝のニュースを映し出していた。
新幹線の中は、半分以上の生徒が既に眠り込んでいた。みんな疲れているのだろう。ちなみに、宮澤も僕の左側で窓側に首を傾けて眠っている。
「で、朝から布団を抜け出して何の話をしてたんだ?」と小声で声をかけてきたのは、右側に座ってい秀明だった。
「今後の日本経済と文化祭について」
間違ってはいない。ほぼ事実だ。
「うわー、イヤな性格になったなぁ。そうかいそうかい。いろいろエロイことやってたんだな」
「ロビーでするか、愚か者」
「ロビーじゃなかったらするわけだ」
突っ込む気力もなくなり、宮澤の寝顔に視線を移した。
「今朝は宮澤、起こしてくれって言ってきたとき思いつめたような感じだったからさ。大丈夫だったかなぁって」
声のトーンがまじめなときの秀明になったので、振り返った。
「家の問題がさ…」
どこまで話していいのか悩んだ。
「TOBの話か?」
新聞やテレビのニュースでやっていたので、それをみた生徒は、宮澤のことが気になっている人もいた。秀明もその一人だったわけだ。
「そう。あんまり詳しくはまだ話せないけど」
この話は話すとしたら宮澤自身が話すだろう。僕がしっていることは少ない。今は客観的事実としてニュースでやっていた程度のことしか話はできない。
「まあ、みんなも心配してるかもしれないけど、本当の意味で力になれるのはお前だけだろうからな」
「わかってる」
目を閉じると、すぐに眠気が訪れた。
『今回の旅行はいろいろありすぎたな』
いいことも悪いことも、かつてなかったほどこの短期間に集中して起こった。起きたことを整理するまで、しばらくかかるかもしれない。でも、時間は待ってくれない。時間は誰にでも平等に与えられるものなのだから。
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あとがき
うーん、かなり久しぶりです・・・と毎度毎度書いています(笑)
しかし、前回更新がいつだったのやら記憶にないくらいでして(-_-;;;;;;今回は修学旅行編の続きでした。今度こそ修学旅行編最終回。
次回からは文化祭編が始まる予定です。こんな状況でも見捨てずに応援してくださっているみなさん。ありがとうございます!