Operation 17.0 ボディガード(Eパート) |
法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築としてユネスコの世界文化遺産にも登録されている。推古15年つまり西暦607年というのだから、半端な古さではない。
「もしもし、こちら2班。ただいま法隆寺に到着しました!え?帰りのバス?大丈夫ですって!そんなドジしませんよ。じゃ」
やたらに軽いノリで携帯電話に向かって話していたのは秀明だった。世界最古の木造建築の寺の境内といっても、今はハイテクの恩恵が押し寄せているわけだ。で、彼は何をしていたかといえば、携帯電話で先生にここへの到着の連絡をしていたのだ。こうして、定期的に点呼の代わりに連絡を入れることになっている。 つまりは、電話の相手は先生だったわけだが・・・・。
「全員いるよな」
周りにはまだ班の全員が残っていた。1名、既に前進を始めそうになっているのがいたが、首根っこを捕まれて取り押さえられていた(柴姫だ)。
「じゃあ、中に入ろう」
「りょうかーい」
南大門から境内に入っていく。同じように班行動らしい他校の生徒も、ご本尊を安置する金堂などがある奥へと進む。 境内にはいろんな建物があり、そのすべてを見学していたら、おそらく帰りの時間に間に合わなくなるだろう。ということで、まず金堂や五重塔、大講堂などがある中心ともいえる部分を見学して、余った時間はみんなでいきたいところを相談して決めようということになっている。宮沢は自由見学を主張したが、一度分かれると集合時間を決めてもちゃんと集まれるか心配だった。班行動は全員一緒での行動が原則なのだ。 特にこのメンバーの場合は。
「あれー?倒れてる」
沢田が指さす方向に、学生服の男子高校生とおぼしき人が壁により掛かるように倒れていた。あわてて飛んでいく。
「大丈夫ですか?」
肩を揺すると、うっすらと目を開けた。女性のように線が細い男の子で、お顔の作りも丁寧。僕ぐらい?
「だれ?」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で尋ねた。
「いや、そんなことはどうでもいいから、それより、具合悪いんですか?」
「ちょっと、貧血みたいで」
「医務室があるでしょうから、そこまで行きましょう」
「すいません。ご迷惑おかけします」
彼はすまなさそうに頭を下げた。いつの間にか集まったみんなは、興味津々という顔で覗き込んでいる。
「宮澤、班長代理、頼むね」
「うん。いいけど、どうするの?」
「このまま放ったらかしにもできないから、医務室につれてくよ。こういう観光地ならあるだろうし、なくても、具合が悪い人を追い返したりしないだろう。お寺なんだから」
「うん・・・わかった」
不安げな表情は僕にもわかったが、性格上、彼を突き放すことはできなかった。
「俺も行く!」
秀明が凄んだ。
「秀明はダメ」
「なぜ!そ、その男と裏でチチクリあおうとでも・・・」
「誰がだっ!このバカ!」
《バキッ!》
「はう!ひどい・・・」
思いっきり叩くと頭を抱えた。
「おまえは宮澤を補佐してこの野獣どもの管理をすること!いいな」
そう言うと、瀬菜が
「有間君、私も野獣なの?」
と泣きそうな顔をした。
「いやいや、主にこっちの固まりだから」
と、桜たちを指さした。
「固まり?野獣?誰が野獣よ」
などと言ったが、さして気にしている様子ではなかった。とにかく、宮澤たちに任せて、僕はぐったりしている彼に肩を貸して事務所のような建物目指して歩き始めた。
「ありがとうございます。お名前は?」
まだふらふらしている雰囲気だったが、もう一度聞いてきた。
「有間一郎。ごらんの通り高校生です」
別に、かっこつけて名前を名乗らないなんてことをしてもしょうがないので素直に自己紹介した。
「有間・・・そうですか」
彼は2回ほどうなずき、それっきり黙った。
事務所に到着すると、背広を着ている30代くらいの人が出迎えた。怪訝そうな顔を浮かべている。
「彼、具合が悪くなってしまったみたいで、少し休ませてあげてくれませんか?」
「わかりました。どうぞこちらへ」
男の人は奥の方へと手で合図をした。僕は奥の方へと彼に肩を貸したまま入っていく。暗く、結構長い廊下だった。とにかく奥へ進んでいくと、不意に彼が立ち止まった。 案内をしていた男の人も立ち止まった。
「どうしました?」
僕が声をかけると、案内の彼が振り返ってきつい目つきで睨み付けた。そして、次の瞬間、すぐ脇にいた病人の彼が右手が何かを持ったまま、僕の首の後ろの回った。
「え?」
振り返ろうとしたとき、首の後ろにチクリと痛みが走った。みるみる視界が暗くなっていく。
「悪いな」
それが、彼から聞こえた最後の言葉だった。
「どうするんだ?宮澤」
秀明が由紀野に尋ねると、一郎が男子生徒を連れて行った建物の方へと視線を向けた。そして、向き直る。
「どうするも何も、有間君が戻ってくるまではここを動けないでしょ?」
「まあ、そうか」
一同には不平不満が多々あったが、今の状況ではどうしようもなく、とりあえずその場でしゃべるなり遊ぶなり好きにしていろという状況だった。 秀明がベンチに座って翼と椿のじゃれあいを見ていた由紀野の横に座わり
「なあ、宮澤、何かあったのか?」
と視線を翼たちに向けたまま尋ねた。
「え?」
由紀野は驚いて目を丸くして秀明を見た。
「そりゃ、いくら鈍感だってわかるさ。二人とも、何かに怯えてる気がする」
「そんなことはないよ」
由紀野は努めて冷静に応対したつもりだったが、秀明はそれに苦笑で返した。
「まあ、いろいろ事情はあるんだろうから、あまり追求しないけど、こんな俺たちで力になれることがあるんだったら遠慮なく言ってくれよな」
「うん。ありがとう」
由紀野は微笑んだが、秀明の表情は硬くなった。視線の先には、数人の明らかに場違いな屈強な男たちがたっていた。
「桜、柴姫、こっちこい。みんなも」
さすがに状況を察したのか、秀明の周りに集まってきた。そして、秀明と健史が彼女たちの前に立った。男たちは、そんな様子を無視して近づいてくる。数人は横を通り過ぎ、方向を変えた。ベンチの周りに距離を置いて包囲するような状況になった。そして
「こんにちは。君たち・・・いや、そちらのお嬢さんに我々は用がある。少しおつきあいいただけるかな?」
と男の一人が由紀野に向って言った。
「お断りします。人を待っていますので、用事があるならここで伺います」
由紀野は相手をにらみつけながらきっぱり言い切った。
「そうだそうだ」
「バーカバーカ」
「痛い目に会いたくなかったらとっとと消えな」
「人を呼びますよ」
男二人は黙って威嚇していたが、由紀野と真秀以外は口々に相手に言葉を投げかけた。が、男たちは動じる気配がない。
「立場がわかっていないようだな。君たちが反抗すれば君たちだけでなく、彼・・・そう、有間といったかな。彼に危害が及ぶことに・・・」
「そんなの絶対許さないっ!」
由紀野は男の言葉を遮るように叫んだ。
「ならば、ここは音便にご同行いただきましょう」
《バシッ!》
「イタっ!」
一人の男が不意に動き、真秀がこっそりかけようとしていた携帯電話をはたき落とした。
「宮澤様、ここは音便に済ませるのが、社長令嬢としてのとるべき行動ではありませんか?それともご学友を巻き込んでここで一騒動起こしますか?」
男はそう言いながら懐から、拳銃を取り出し、由紀野たちに向けた。
「待って!」
由紀野は秀明の前に立った。それを、押しのけるように、秀明が前に出ようとする。
「宮澤、こんな連中に従う必要はない」
が、由紀野はそんな秀明をぐっと押し戻した。
「いいえ。誰の犠牲も不要よ。私の命がほしいなら、こんなまどろっこしいことしないでしょ?」
由紀野が苦笑いを浮かべると、リーダーとおぼしき男はゆっくり頷いた。
「そのとおり、我々は危害を加えるつもりはありません」
「では、私一人で行きます。彼らは関係ありません。解放してください。有間君も」
由紀野は一歩前に出た。その腕を秀明がつかんだ。
「でも・・・・」
「お願い。言うとおりにして」
秀明は複雑な表情を見せながら、ゆっくりと掴んでいた腕を放した。
「有間君が戻ってきたら、心配しないでって言って」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「・・・じゃあ、少しだけ心配しながら待っててって言って」
「狂ったように宮澤のこと追いかけると思うぞ。アイツは自分を責めるぞ」
「そうだね。でも、それは帰ってからちゃんと私がなだめるから」
男たちの一人が、由紀野の腕を掴んだ。由紀野が男を睨みつけた。
「一人で歩けます。逃げたりしません!」
男は苦笑いをして手を離した。
「あまり時間がないし、時間をとらせるつもりはない。君たちはここで待っていたまえ。他言無用でいる方が、彼女のためだ。わかったな」
男4人をその場に残し、由紀野を連れてその場を離れていった。秀明もその場で呆然としながら、ただ、その光景を見守るしかなかった。
「浅場君、ゆきのん、だいじょうぶかな」
理香が半べそをかきながら秀明にすがるように尋ねた。秀明にはそれに応えるだけの気力は残っていなかった。
《ビタン!》
「いたっ!・・・・・いっててて・・・・・」
急に僕は誰かに頬を叩かれたような気がして目を覚ました。無意識に右手で頬をなでる。
「早く起きなさいよ、バカっ!」
「まりなさん?」
えらい剣幕で怒っているまりなさんが僕の前に仁王立ちしていた。状況を整理してみる。
「えっと、法隆寺に来て、倒れてる高校生がいて、医務室に連れて・・・・まりなさん?」
「ほら!さっさと動きなさい!由紀野様のところに戻るわよ」
まりなさんの後ろの柱に、さっきの高校生がロープで縛られていた。
「あっ!こいつ!」
やっと自分の状況が理解できた。僕はこの高校生・・・かどうかは今となっては怪しいが、具合の悪い・・・いや、悪いふりをしていた彼をここまで運んできて、不意に睡眠薬みたいなものを注射されて眠り込んでしまったのだ。
「そいつは別の人間に任せるから、放っておきなさい。はやく戻らないと由紀野さまが危ないわ」
まりなさんは、僕の腕を掴み、猛然とダッシュし始めた。まりなさんは結構速い。みるみるさっきのベンチが見えてくる。が、次の瞬間、まりなさんは拳銃のようなものを向けて、何の躊躇もなく発砲した。空気の抜けるような音がわずかに聞こえた。すると、ベンチの近くに立っていた数人の男が倒れた。そのまま走っていき、銃を向ける。男たちはその場に倒れたまま動かなかった。血は出ていない。まりなさんの顔を見ると、僕の考えていることを察知したのか、少し微笑んだ。
「大丈夫。殺してはいないわ。眠っただけ」
麻酔銃か何かだったようだ。
「有間、すまん!」
秀明が深々と頭を下げた。
「な、なんだよ」
照れくさくなって聞くと、真剣な顔をした井沢が彼の前に立った。
「ゆきのんがさらわれた」
彼女の言葉は全く理解できなかった。頭の中が真っ白というのはこういう時のことを言うのだと思う。景色すら白く見えた気がした。
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