Operation 16.0

永遠のストーリー(Fパート)

 

寮は昔ホテルだった建物で、一応自炊できるキッチンがあるものの、昔の面影を残していた。そして、寮のお風呂はなんと露天風呂。歓迎会は宴会場と、至れり尽せりであった。歓迎会といっても寮長の木下貴子さん(またしても木下オーナーの一族だ)と店長代理の朱美さん、もう一人のバイトの冬木美春さんのみがアルコールで他の人たちは未成年なのでジュースだった(貴子さんに飲まされそうになったが)。

歓迎会から開放された僕は、フロントの横にある公衆電話に向かった。宮澤をこっちに誘うためだ。結局かなり遅い時間になってしまった。もうすぐ23時だ。普通ならこんな遅い時間に電話するのはどうかと思うのだが、今回ばかりは仕方が無い。彼女は携帯電話を持っているわけでもないので、どんなに遅い時間であっても彼女の自宅に電話しなければならない。しかも、彼女が直接出る可能性はほぼゼロだ。お手伝いさん(または電話交換手)が出る。両親がでないというのだけがせめてもの救いだった。覚悟を決めて暗記した宮澤の家にかけるときっちり3回の呼び出し音の後、女性の声で応答があった。

[もしもし、宮澤でございます。]

この前電話したときに出た聞き覚えのある声だった。

「夜分遅く大変申し訳ございません。有間と申しますが、由紀野さんご在宅でしょうか?」

[あっ・・・・えっと・・・・・・・お急ぎ・・・・・かしら。]

あっさり繋いでもらえるとは思ってなかった。

「できましたら・・・・無理なようでしたら明日の朝にでもかけなおします」

[こんな時間に電話してきたってことはやっぱりそれなりに大切な用事ですよね。]

「すいません。少なくとも自分には大切な用事です。本当はもっと早い時間にかけたかったのですが・・・」

[わかりました。少々お待ちください。]

日ごろの行えが良かったのか、あっさりとは言わないまでも代わってもらえそうな雰囲気だった。いつもより電話代の消費が激しいのであまり待たされるのは酷なのだが、宮澤のためだ。待つこと1分ほどで応答があった。

[もしもし、有間君?]

妙に反響が大きい。

「どこから電話してるの?」

[・・・・・・・お風呂。]

一瞬の躊躇の後、返答があった。

「あっ・・・・。そか、ごめんね」

謝りつつも、電話口の向こうの彼女を頭の中にイメージし始めてしまう。

[いいよ。有間君、大切な用事だったんでしょ?]

彼女の返答に慌てて頭の中を切り替えた。

「ああ、明後日の日曜日なんだけど・・・・・こっちにこない?」

また余計な話をしていて電話を中断されては困るので、今回は単刀直入に本題からはじめた。

[それって、海に遊びにいくって言っていたデートの約束の件?]

彼女は覚えていてくれた。

「そう。日曜の午後が自由時間になってるんだ。急で悪いとは思うんだけど・・・・」

[もちろん、いいよ。喜んで!]

「そんなに大きな声を出して大丈夫なのか?」と言わなければならないかと心配するくらい元気のいい返事が返ってきた。

「良かった。じゃあ・・・・美咲海岸駅に13時30分でどうだろう」

[うーん・・・・・・ちょっと待って。]

僕の提案になにやら考えこんでいる・・・・いや、受話器を置いてどこかに行ったらしい。30秒ほどの長く感じる時間の後、言葉が続いた。

[あの、有間君、ちょっと早めに行くからそっちのお店で待ち合わせでいい?]

駅まで迎えに行くつもりだったので、以外だった。

「でも、ここまで駅から歩くと結構迷うよ」

[大丈夫、まりなさんに乗せてってもらうから。]

一瞬、デートになんで運転手付の車を使うのかと不安になったが、さすがにまりなさんもそこまで神経図太くないだろう、気を利かせてどこかに言ってくれるに違いない・・・ということでOKすることにした。合流してからもいっしょに行動するようでは困るのだが。

「そっか、わかった。送ってくれるなら感謝しなきゃな。じゃあ、13時に4号店で・・・・その前に来てくれてれば、ランチぐらいはおごるから」

[うん、ありがとう。じゃあ、楽しみにしてるね。・・・おやすみなさい。]

「僕も。・・・・・じゃあ、おやすみ」

今回は直ぐに電話を切ることが出来た。目的は達成され、後は一刻も早く日曜が来てくれればいいのだから。

 


 

「彼女と電話ぁ?」

「うわっ!」

突然、耳元でささやかれた。さやかだった。僕に背後にはさやかが浴衣姿で立っていた。

「そんなにびっくりしたら私までびっくりするでしょー。まったく」

「びっくりさせた本人に言われたくない」

「あはは」

彼女はぺろっと舌を出した。必要以上に近くに立っている彼女のシャンプーの香りが感じられる。さらに鼓動が高まった。僕は持ったままだった受話器を置き、テレホンカードを抜き取った。そして、さりげなく彼女から少しだけ距離を取った。

「何よぉ、逃げること無いでしょー」

「いや・・・・はははは・・・・・」

彼女が髪をかきあげながらかわいらしく抗議したが、僕にとっては刺激が強すぎる。

「で、彼には話しをしたのか?」

話を出来るだけ自分のところから離れたところに持っていこうという意図で、本来彼女がここに来た目的を思い出すように切り出した。

「・・・・・・・・・まだ」

案の定だった。苦笑いしている。

「おいおい。・・・・・さやかは・・・・ここまで何しに来たんだ?」

「・・・・・・・・」

ちょっと口調が悪かったのか、苦笑いも消え、俯いた。

「とにかく、最初にやることだけでも・・・・一歩を踏み出さなきゃ前には進めないよ」

「わかってる。・・・・・・わかってるわよ!そんなこと!」

強い抗議の口調。でも、ここで引いているわけにはいかない。

「わかってないだろ。・・・・・・じゃあ、俺が彼を呼んでくるから」

「えっ?・・・・ちょ、ちょっと・・・・待って」

彼女が動揺して僕の腕を掴んだ。

「いつまで待つ?・・・なら、いつまで待つんだ」

「・・・・・・・・・」

黙ってしまった。僕の腕を掴んだ彼女の腕にだけ力がこめられる。

「僕もさ、最初に告白するときは勇気を振り絞るのが大変だったよ」

「・・・・・・・」

「でもさ、相手に自分の気持ちが伝わるっていうのはいいもんだよ」

さやかが僕の腕を離した。少しだけ笑みがこぼれた。

「・・・・わかった。後で宴会から彼が部屋に戻ったら・・・・・話してみる」

「うん。それがいい」

あまりここで長いこと話をしていると、またともみちゃんあたりに誤解されかねないので、その場を後にしたのだった。最後に

「がんばれ」

という言葉をかけて。

 


 

割り当てられた部屋はキッチンとトイレとシャワーがついた1DKの部屋だった。もう日付すぐ変わる。押入れから布団を出して、部屋の真中に敷いた。すばやく持ってきたパジャマに着替え、布団に横になった。

「ふう・・・・」

大きなため息が出た。体の力が一気に抜けたような気がして、心地よかった。車の音なども聞こえない。海岸の近くではあるが、波の音が聞こえるわけでもない。静寂に包まれ、眠気があっという間に押し寄せてくる。

「あっ・・・・・・・」

僕は跳ね起きた。

「風呂・・・入ってない」

すっかりお疲れモードで風呂に入っていなかったことに気が付いた。そのまま睡魔に負けて朝まで寝てしまうことも考えたが、いざ風呂に入っていないことが頭に残ると、無視して眠ることが出来なくなってしまった。かといって部屋の風呂を沸かすのは面倒だ。それに何より・・・・・

「露天風呂・・・行くか」

そうだ。この寮には立派な露天風呂があるのだ。わざわざ部屋の風呂を沸かす必要など無いしもったいない。思い立ったら即実行・・・というわけで、早速タオルをもって1階の露天風呂に向かった。

パジャマを脱いで中に入ると、誰もいなかった。洗い場も広く、風呂自体も12畳ぐらいの広さがある。へたな銭湯より広い。それも、男風呂だけでこれだけの広さだ。そして、風情がある庭園。きっと昔ここが宿だったときにはこの温泉を売りにしていただろう。
早々に体を洗い、湯船に使った。僕的には少し熱いくらいだが、少ししたらそれも心地いいものになった。

「ふー、極楽極楽」

「あれー、お風呂はいってるのー?」

一方にあった竹で編まれた壁の向こうから女の人の声が聞こえてきた。朱美さんだった。

「あ、朱美さん。・・・・いいですね。ここのお風呂」

「でしょー、ほんと気持ちイーわー。ね、そう思わなーい?」

なんか妙に色っぽい声だった。昼間の彼女からは想像できない・・・そこまで言ったら失礼か。

「そ、そうですね。思います」

「ほんとにそう思ってるぅー?」

「え、ええ」

頭の片隅にあった、先ほどの朱美さんの様子を思い出してみる。頬をほんのり染め、少し目がとろんとしていた。要するに同見ても酔っ払った状態。

「朱美さん、酒に酔ってる状態で長くお風呂に入ってると危ないですから気をつけてくださいよ」

「あらー、心配してくれるのー。うれしー。有間君ってやさしいんだー。お姉さんうれしー」

『お姉さんかよっ(^_^; 』

「そりゃ、大事な店長さんでしょ?」

「店長”代理”よ!」

思いっきり不機嫌そうな口調で訂正された。

「ああ、そ、そうですね。店長代理」

慌てて修正する。

「じゃーなに。有間君は、私が店長代理じゃなかったらどうでもいいって・・・そいうことなのねぇ?酷いわ」

「な、なんでそうなるんですか!・・・朱美さんは・・・魅力的な女性でしょ。誰が見ても」

酔っ払いの戯言と無視してしまうことも考えたが、こういう自体にはあまりなれていない僕はそれができなかった。さらっと流せたらよかったのだろうけど。

「またそんな見えすぎた御世辞言って。この浮気者!」

「う・・・・・・」

確かに宮澤以外の女の人の相談にのったり、魅力的だなんていうのは・・・・・浮気者といわれても反論できないかもしれない。

「あれーーー・・・・・・なんで黙るのー。ちょっとー!有間っ!なんとかいえー」

あまりにダメージの大きいことを言われて直ぐには反応できない。

「あ、あの・・・有間君?・・・ちょっと、どうしたの・・・・・怒った?ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど・・・」

沈黙していたのは僕が機嫌を損ねたからだと思ったらしい。さっきの酔っ払っていない朱美さんの口調に戻っていた。

「あ、いえ、僕こそ・・・御世辞なんかではなかったんですが、すいません」

「うううん、こっちこそごめんね。ちょっと酔っ払いが・・・・・からかっただけだから・・・ほんと・・・ごめん」

「いえ、いいですよ。僕のことは気にしないでください」

壁の向こうからの応答が無くなった。

「あの・・・・朱美さん?」

妙に静まり返っている。風呂から上がった気配は感じられなかった。

《ブクブク・・・・ブク・・・ブク》

非常にいやな予感がした。

「朱美さん!ちょっと!どうしたんです!大丈夫ですか!」

壁の向こうに向かって叫んだが、やっぱり反応がない。と、

そこへ・・・・

「キャー!朱美さん!しっかりー!だれかー!誰かきてー!」

それはもう、まるで自分が痴漢にでも間違われたのではないかと思うくらい飛び上がってびっくりした。悲鳴は冬美さんのものだった。

「ど、どうしたんですか!」

竹の塀に向かって尋ねた。

「その声は、有間君ね。朱美さんがのぼせてお風呂で溺れたみたいで・・どーしよー!ちょっと来て!」

「え?いや・・・・来てっ言われても・・・」

裸の女の人がいることがわかってる女湯に来いといわれても・・・・・。

「早くっ!・・・・・朱美さん!死なないで!」

「!」

冬美さんの半泣きの声を聞いた俺は次の瞬間風呂から上がって、パジャマも着ないで腰にタオルを巻いたまま隣の女風呂へと向かっていた。洗い場で滑りそうになりながらも現場に駆けつけると、冬美さんが朱美さんを湯船から引っ張り上げて揺すって起こそうとしているところだった。

「有間君」

「息してますか?」

「あ、え?」

冬美さんはポロポロ涙をこぼして、すっかり動揺していた。とにかく彼女を横によけさせて朱美さんの鼻の辺りに手をかざす。胸はタオルで隠されていたが、呼吸で上下している雰囲気が無かった。

「まずいだろ・・・これは」

直ぐに近くにあったタオルを首の後ろに当てて高くして人工呼吸しやすい姿勢にする。

『宮澤ごめん。でもこれはキスじゃなくて人工呼吸っていうんだからな』

人の命がかかっているというのにそんなとこだけ律儀に心の中で謝り、人工呼吸をはじめた。実際の経験なんか無いが一応、ボーイスカウトにいたころに教えてはもらった。ほんとに効果的な人工呼吸が出来るかどうかわからないが、今はやれることをやってみるしかない。人工呼吸している間も冬美さんは泣きながら朱美さんの名前を呼んだ。

「!・・・ゴホゴホゴホ・・・・・・・ゴホッ」

数回息を吹き込むと、急に朱美さんが咳き込み始めた。

「朱美さん!しっかり!大丈夫ですか!?」

朱美さんは激しく咳き込んだが、それは呼吸を無事にはじめたことを意味していた。

「・・・・・あ、あたし・・・・・・・・」

「のぼせて湯船で溺れかかったんです」

「そ、そうだったの・・・・・・・・・・ありがと。助けてくれて」

朱美さんが頬を赤らめて俯いた。

「お礼なら冬美さんに言ってください。助けを呼んだり朱美さんを湯船から引っ張り上げたのは冬美さんなんだから」

「そう、ありがと。冬美ちゃん」

顔を上げて冬美さんに頭を下げた。

「い、いえ。・・・とにかく、よかったです」

そのときだった。ドタドタと入口の方からサンダルで駆ける音が聞こえてきた。管理人の貴子さんだった。

「なになに!どうした・・・・・・の・・・・・」

僕と目が合った。まん丸に見開かれた目が、次第に細くなっていく。

「あ、あの・・・これはですね・・・・・」

怒りを顔に表すとこういう顔になります・・・・といわんばかりの表情で睨みつけられている。

「この寮の歴史の中で・・・っていってもまだ短いけど・・・・・堂々と女風呂に入ってる男見たのは初めてだわ」

「すごい誤解してると思うんですけど」

「・・・・・」

じりじりと近づいてくる。朱美さんと冬美さんはそんな2人を交互に見ている。黙って。

「ちょっと、朱美さん、冬美さん、なんとか言ってくださいよ」

懇願すると、冬美さんは慌てて自分の体に巻かれたタオルをなおした。朱美さんも必要最小限の部分しか覆われていなかったタオルを慌ててなおす。2人とも真っ赤な顔をして僕を見ている。

「・・・・・・・あ・り・ま・・・・・・・くーん。・・・・・・・・ちょっといらっしゃい!」

「ち、違うんです!誤解なんで!」

「ここの寮は5階どころか4階も無いのよ!いらっしゃい!たっぷりお灸を据えてやるわ」

「ひー!ち、違うんです。誤解なんですー!」

僕は引きずられるように女風呂を後にした。

 


 

「まったく酷い目にあったな」

人命救助して命の危険にさらされるとは・・・それも犯罪者扱いされて・・・・思っても見なかった。幸いというかなんというか、朱美さんと冬美さんが我に帰って貴子さんに理由を説明してくれたので、途中から態度が180度変わったが、それまでに受けたダメージは・・・・・・言わないでおこう。

部屋に戻ってきた僕は、途中にあった自動販売機で買ってきたスポーツ飲料を一気に飲み干し、歯を磨いて電気を消し、布団に入った。

「まったく・・・・・とんだ一日だったな」

ポツリと呟いたときだった。

《トントン》

不意にドアをノックする音がした。慌てて夏がけ布団を払いのけてドアに向かう。開けようとドアのノブに手をかけたとき、ドアの向こうから小さな声が聞こえた。

「一郎、寝ちゃった?」

さやかだった。ドアを開いた。目の前に俯いた浴衣姿のさやかが立っていた。

「どうしたの?こんな時間に」

ただならぬ雰囲気なのはいくら鈍感な僕でもわかる。彼女は黙ったままだった。

「とにかく、突っ立っているのもなんだし・・・・部屋に入るなりどこか別の場所に行くなりしようか?」

僕が長い沈黙に絶えられなくなってそう言うと、彼女は小さく頷いた。頷かれただけではどっちにするのかわからなかったが、行くあても無い。自分の部屋にこんな時間に女の子を引き入れるのは少しためらわれたが、このままここで話を続けられる雰囲気ではなかった。

「じゃあ・・・・どうぞ・・・・・なんか飲み物買ってくるから、入ってて」

そう言って彼女の横をすり抜け、フロント横の自動販売機に向かおうとしたとき、彼女が動いた。僕の背中にしがみつく。

「さ、さやか・・・」

彼女の僕のパジャマの背中を掴んだ両手が小刻みに震えている。

「わたし・・・・・もう・・・・・だめかも・・・・」

かろうじて彼女の唇から発せられた声は、涙をこらえるために声がかすれていた。そして、次の瞬間、彼女の両手は僕の体を背中からしっかりと抱きしめていた。声を押し殺して顔を僕の背中に埋めて泣き始めた彼女にどうすればいいのか、僕の頭の中は真っ白になってしまった。

 


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