Operation 16.0

永遠のストーリー(Cパート)

バイトを始めてから1週間が経った。
午後シフトの休憩時間つまり5時になり、僕は秀明とともに事務所で休憩に入った。厨房からアイスコーヒーを二人分もらってきて事務所のソファに座った。ずっと立ち仕事なので、座ったとたんに肩の力が抜けた。

「有間、どうだ、バイトももう慣れただろ」

秀明がコーヒーにミルクをこれでもかというくらい入れながら言った。

「そうだな。秀明がまともなバイトを紹介してくれて助かったよ」

「・・・・まともなバイトに決まってるだろうが。人をホストかなにかと勘違いするな」

素直な感謝の気持ちを込めて礼を言うと、秀明が怪訝そうな顔をした。

「そういう言い方はホストをしている人に対する差別だとおもうぞ」

「・・・・・じゃあ、どこかの繁華街のホストクラブでも紹介してほしかったのかっ!」

秀明が派手な格好をして綺麗なお姉さんや、いかにもお金持ちそうなマダムを相手に『いかにもそんな感じ』なりアクションをとっているところが頭に思い浮かんだ。

「いや、そうでないかと思って心配していたから、そうならなくてよかったと思って」

「・・・・有間はそういう目で俺を見ていたんだな」

秀明が悲しそうな顔をしている。

「だって、昔『浅場メリーランド計画』とかぶち上げてなかったっけ?」

「あ、あれは・・・・ほんの出来心というものだ」

僕がニヤニヤしながら言うと、動揺したようなそぶりをみせた。

「メリーランド計画?」

不意に真後ろの至近からさやかの声が聞こえてきた。

「やあ、休憩なんだね」

秀明が右手を上げて合図を送る。彼女がそれに同じように右手を上げて応えた。

「そう、だから、そろそろ休憩交代ね」

さやかが椅子に腰掛けながら言った。

「じゃ、秀明、そろそろフロアに戻ろう」

「そうだな」

二人で席を立つと、さやかが僕の腕を掴んだ。

「で、メリーランド計画って何?」

さやかが楽しそうに尋ねてきた。

「ああ、それはねぇ《もごもご》・・・」

喜んで教えてあげようとした僕の口を、秀明が押さえ込んだ。

「機密事項だ。男と男の大事な友情をぶち壊されてたまるものか」

秀明は、どう考えてもあまり関係なさそうなことを引き合いに出して、真実を告げることを拒んだ。

「浅場君、はやくフロアに戻らないと、怒られるわよ。・・・一郎はまだね。休み時間がずれてるはずよね」

「まあ、ほとんど一緒だったから」

後ろ髪を引かれつつも、フロアに戻ろうとすると、さやかが隣の椅子を引いて、座るように合図した。

「いいから。隣に座って!ささ、計画の全貌を明らかにするのよ」

僕い対して強い口調で言いつつも、秀明に対して不敵な笑みを向けた。

「ちくしょー、覚えてろよー・・・」

秀明は捨て台詞を吐きつつ、フロアへと戻っていった。

「さあさあ、洗いざらいどうぞー」

僕はさやかに秀明と戦っていたころの話を簡単にしたのだった。

 


 

「有間。おまえ、彼女のことどう思ってるんだ?」

フロアに戻ってきた僕に向けられた視線は、さっきまでのものではなく、まじめな疑問と非難が含まれたものだった。

「友達だよ」

「ほんとうだな?」

秀明は念を押すように、押し殺した声でそう言った。

「ああ、間違いない」

「そうか・・・・ちょっと心配したよ」

僕が言い切ったことで、秀明は表情を和らげ、安堵のため息をついた。

「実はな、お前にはまだ言っていなかったが、有間が入る前、神無月明彦っていう俺たちと同じ歳のバイトがいたんだ。そいつは新規に開店する4号店にヘルプとして一時的に異動することになったんだが、高井と仲がよくてね。お互い惹かれあっていたみたいなんだが・・・・その・・・・、わかるだろ?」

秀明の表情にはどちらかというと『わかってくれ』といった雰囲気が浮かんでいた。

「つまり、僕はその明彦さんの身代わりってことか?」

「まあ、話を簡単にするとその可能性もあるってことだ。どことなく、あいつに似てるからな。お前は」

「そう・・・なんだ」

最初に彼女にあったとき、彼女が口にした名前の意味がようやくわかった。

「じゃあ、その神無月さんと彼女は付き合っていたけど、異動で離れ離れになったから別れた・・ってことか?」

「いや、ことはそんな単純じゃないんだ。お互い気になっていたけど、告白して付き合っていたってわけじゃないらしい」

「・・・・・じゃあ、ただの友達なんじゃ・・・・」

秀明が僕の言葉にあからさまな非難の視線を投げかけた。

「これだから、宮澤とラブラブなやつはダメダメダメ子さんなんだよ」

「な、なんだよ、何でそこまで言われなきゃ・・・」

「つまり、お互い好きなんだけど、友達として付き合ってきたから、一歩踏み出す・・・・お前にわかるように言うと告白して恋人になる・・・ってことがさ、もし相手に拒絶されたらどうしよう・・って、心配で告白できないでいたのさ。それで、今回の異動だろ?二人ともどうすればいいのかわからなくなっちゃったんじゃないか?」

「・・・・・よくわかんないや、その気持ち」

宮澤とは一度戦闘になってから急にお互い意識してしまったから、「お友達」期間があまりなくて彼女たちの関係がいまいち理解できなかった。

「・・・・・お子様が・・・」

秀明が大きなため息をついた。

「お子様で悪かったな。で、僕はどうすればいいんだ?」

「・・・・・何もするな。お前は、宮澤の恋人でいればいい。彼女と親睦を深めたければ友達止まりにしておけ、あんまり首を突っ込むなよ。だいたい、神無月は夏休み明けには戻ってくるんだから、お互い気持ちが通じれば関係も元に戻るか進展するだろう。外野がとやかく言うべきじゃないよ」

秀明が真顔で答えた。

「そうだな、秀明の言うとおりかもしれない」

別に、彼女に気があるわけでもなんでもない。ただ、彼女が僕のことをどう思っているかは微妙なところだった。

「じゃあ、そういうことで。・・・いらっしゃいませ!」

会話はお客が来店したことでそこで終わった。

 


 

「いらっしゃいま・・・・・あっ」

入口にお客様を出迎えに行くと、そこには見覚えのある女性が立っていた。

「あらぁ、有間君、バイト?」

実は今回のバイトで2番目に会いたくない人・・・・宮澤のボディーガードの法条まりなさんだった。

「まあ、そんなところです。あの・・・・・この件は宮澤には内緒にしてください」

「・・・・え、あ・・・・・・・・別にいいけど・・・・・なんで?」

まりなさんが首をかしげた。

「理由は聞かないでおいてください」

あえてそれしか言わなかった。正直に応えてもまりなさんが宮澤に言いふらすようなことはないだろうが、やっぱり妹に借金しているからその返済のためにバイトしているなんて口が裂けてもいえない。そして、バイトが宮澤とデートをするための資金不足を補うためのものであることもかっこ悪すぎて言えない。いや、普通の男子高校生ならべつにどうということはないのだろうが。

「ま、いいけどねー。口止め料高いよ」

「う“っ・・・」

ニヤニヤしながら白い目を向けた。

「ほ、ほどほどにしてくださいね」

「やーねー、冗談に決まってるでしょ」

僕が冷や汗を浮かべながらおどおどしていると、まりなさんは僕の背中をバンバン叩きながら言った。

「とにかく・・・・席にご案内します」

「はいはーい。よろしくぅ〜ぅ。あ、2名ね」

「2人?」

後ろを見ても人はいない。

「後から来るから」

「そ、そうですか」

まりなさんの不気味な笑みがわずかに見えてしまった。いやな予感がしたのだった。

 


 

「やっぱだめじゃん!」

思わず大声で叫びそうになったのを、辛うじてこらえ、心の中で叫ぶに留めた。

「おお、恋人の宮澤君がご来店ですぞ。だんな」

秀明が意地悪く囁いた。
結局、まりなさんは言ったかどうかは別にして、宮澤が10分ぐらい遅れて来店したのだった。

「秀明、おまえ、後頼む」

「は?なんだって?」

小声で言ったら、わざとらしいリアクションが帰ってきた。

「だから、おまえ頼むって言ってるんだ。僕はいなかったことにしてくれ」

「・・・・・・・・へいへい」

秀明があきれたような口調で肩を落とし、まりなさんと宮澤のテーブルへとオーダーをとりに行った。それを仕切りの影から見守る。親しげに会話する3人だが、こちらを気にする様子もない。どうやら秀明は僕のことは内緒にしてくれているみたいだ。

『秀明、やっぱりおまえはいいやつだ』

心の中でそんなことを思って感動していると、背中を叩かれた。

「何やってんの?そんなところでコソコソと」

「うわっ!・・・・さ、さやか!・・・・・な、なんでもない!」

「何おっきな声出してんのよ。びっくりしたじゃない」

さやかが目を丸くして後ずさりしながら言った。

「ご、ごめん」

「やましい事やってるから、そんなにびっくりするんでしょ。・・・・・ははーん・・・。彼女?」

目を細めてニヤニヤしている。そこはかとなくいやな感じだ。

「ま、いいわ。ほら、あっちの5番テーブルのお客様がお呼びよ」

さやかが指差したほうで成金のおばさんといった雰囲気の中年グループが手を上げて店員を呼んでいた。

「あ、ああ」

あまり気が進まなかったが、宮澤と鉢合わせするよりましだろうと思ったので、素直にさやかの指示に従った。

 


 

「ご注文を繰り返します。・・・・・・・」

かなり複雑な注文だったが、そこはそれ、1週間の経験と今までの人生で培われた情報処理能力はおばさん軍団のいじめとも取れる注文を正しく処理できた。

「それでは、しばらくお待ちくださいませ」

方向転換して厨房に戻ろうとしたときだった。急に正面の奥のほうに座っていた宮澤が立ち上がった。トイレか何かに行くのだろうか。慌てて、こちらも方向転換をして顔をそらした。が、これでは注文が・・・・しかも、こっちにやってくる。

「お客様、どうかされましたか?」

次の行動を考えあぐねていると、急に後ろからさやかの声が聞こえてきた。

「あ、お手洗いをお借りしたいのですが」

宮澤の声だった。

「あ、それでしたら、あちらの奥になります」

「ありがとうございます」

宮澤の足音が自分から離れていった。

『助かった・・・』

「感謝してよ」

きょとんとするおばさん軍団の方を向いて立ち尽くしていた僕の背後から小さな声が掛かった。彼女が察して対応してくれたらしい。

「ああ、ありがとう」

「まあ、この借りは利子つけて返してもらうから」

「はははは・・・」

とにかく、宮澤に会わないように警戒レベルをさ最高上げながら、厨房へとオーダーを伝達に行ったのだった。

 


 

「なんで隠れてるの?」

おばさん軍団の大量注文の結果、出来上がった料理たちを抱えてテーブルに向かおうとした僕の横に、ケーキセットを2人分抱えたさやかが並んで立って尋ねてきた。

「アルバイトは内緒にしてるんだ。お金が無くてデートに誘えないなんて恥ずかしくて言えないから」

一瞬みっともないことを言うのはためらったが、正直に話しておいたほうが、何かあったときに悪いほうに転がることは無いだろうと思ったから伝えた。

「ふーん。デートねぇ・・・・・」

「し、しかたがないだろ。いろいろあって資金繰りが悪化したんだ」

さすがに妹に借金しているからお金を返さなければいけない・・・・・というのはあまりにもみっともないので伏せておいた。

「ま、いいけどね。・・・・デートで気張りすぎたとか?なんとなくお金持ちのお嬢さんって雰囲気だもんね」

「・・・・・まあ、そうなんだけど」

「あらま、否定しないとは」

「別に彼女があれ買ってこれ買ってっていうわけじゃないよ」

むしろそういうことは彼女が一番嫌う。

「さって、私はこれをあなたの彼女に渡してくるわ」

そう言って宮澤たちのテーブルのほうへと歩いていった。

「じゃあ、こっちも気が進まないが、マダム達の空腹を満たす料理を持っていくとしようか」

やたら重い料理多数を両手に抱えてテーブルに向かった。

 


 

《ガシャン》

「きゃっ!」

マダムたちの料理を無事運び終え、厨房のほうへと戻ろうとしたときだった。奥のテーブルから食器の大きな音と、女の子の小さな悲鳴が聞こえた。よく見れば宮澤がケーキセットについていた紅茶をこぼしてしまったようだった。慌てて、お絞りで拭いているが、テーブルに広範囲に広がっている。それどころか、洋服のほうまで広がってしまっている。

「あー、どうしよう・・・」

「はやく拭いて拭いて。・・服を先に拭きなさいって」

テーブルを一生懸命お絞りで拭いている宮澤に対して、まりなさんは自分のお絞りを宮澤に差し出して服を先に拭くようにさとした。当然だ。紅茶のシミは直ぐに落とさないと、2度と落ちなくなってしまう。こういう場合は直ぐに店員が駆けつけてお客のサポートをしなければならない。が、他のウェイトレスも秀明もそれぞれの仕事にかかりっきりで、タイミング悪くだれも即座に対応できなかった。

『しかたがない』

まさか、宮澤の服が汚れてしまって、それでもテーブルを先に拭こうとしているこの様子を見て、ほったらかしにするなどということが出来るわけが無く、宮澤のテーブルに駆け寄った。

「大丈夫ですか?お客様」

ここはあくまで知らぬ存ぜぬを貫かなければならない。まりなさんは目を丸くしたが、宮澤は動揺していたのか、僕に気づくことは無かった。

「すいません。こぼしてしまって。すいません。すいません」

「いえ。とりあえず、お召し物のほうをこれで。テーブルは直ぐこちらで片付けますから」

新しいお絞りをいくつか渡し、自分は布巾でテーブルを掃除し始めた。宮澤はまだ僕に気づかず、自分の服を吹き始めた。

「ちょっとごめんなさい」

そういって宮澤はお手洗いのほうへと小走りに去った。

「ちょっとちょっと、有間君。隠れてるんじゃなかったの?」

まりなさんが身を乗り出して覗き込みながら尋ねた。

「そんなこと言ってられないでしょ?僕はここのウェイターで、お客さんが困っているのに掘ったら歌詞には出来ないですから」

「そりゃまあ、そうなんだけどさ」

テーブルは見る見る綺麗になっていった。椅子は汚れておらず、結局宮澤の服がテーブルからこぼれた分は吸収してしまったようだ。

「大丈夫、一郎」

さやかがお絞り数本を持ってやってきた。

「大丈夫」

「いや、そっちじゃなくて」

さやかが宮澤が向かったお手洗いのほうに視線を向け、次に心配そうな表情を僕に向けた。

「まあ、別にやましいこととしているわけじゃないから。・・・・ちょっと理由が知れるとみっともないだけで」

こうなってしまっては仕方が無い。宮澤にばれたら開き直って「バイトしてるんだー」ぐらいでごまかすことにした。さやかは拭き終わったお絞りを持って厨房の方へと戻っていった。

「遅いわね」

まりなさんがポツリと呟いた。

「そうですね。まりなさん、見てきてもらえませんか?酷いようなら事務所のほうでクリーニングしてもらったほうがいいだろうし。多分着替えもあるでしょうから」

「そうね。そうするわ」

まりなさんはお手洗いのほうへと歩いていった。テーブルの上はあらかた片付いたので、とりあえず、自分は引っ込むことにした。

 


 

結局、宮澤は事務所で着替えて、直ぐに服を応急クリーニングすることになった。とりあえず着られるものといえばウェイトレスの制服の予備ぐらいしかないので、それを着ることになった。

「すいませんね。これしかなくて」

「い、いえ・・・・・こちらこそ、ご迷惑おかけして」

さやかと宮澤は女子更衣室に入っていった。後にはまりなさんと2人と入れ替わりに入ってきた僕が残された。

「で、有間君。由紀野様、気づいていないみたいなんだけど・・・・」

二人の様子を見ていたまりなさんが首をかしげた。

「別に隠す必要もないかと・・・・いう結論に達したようです。自分の中で」

「なに、その他人事みたいな言い回しは?・・・・まあいいわ」

まりなさんはあっさり納得して、事務所に用意されたアイスコーヒーをミルクもガムシロップも何も入れずにストローですすり始めた。最初はデートに誘いもしないでバイトしてるなんて知れたら、非難されるんじゃないかと、そればかりが頭に浮かんだが、宮澤がウェイトレスの服を着るということになり、別の考えが浮かんだ。

『このままここで宮澤もバイトしないかな・・・・』

秀明と2人で味気ないバイトよりは宮澤といっしょのほうがより充実した時間を過ごせるんじゃないか・・・そう考えたわけだ。もちろん、ここにはさやかや他の女性スタッフもいるわけだが、やっぱり恋人の宮澤がいるのといないのとでは雲泥の差だ。それに宮澤に変な誤解--たとえば、他の女の子と浮気するためにバイトをしているとか--を受ける心配も無くなる。

それから、5分ぐらいして、宮澤たちが戻ってきた。

「じゃーん、まりなさん!どうですか?・・・・・・・・って・・・・・・有間君?」

上機嫌で事務所に入ってきた宮澤の表情がころっと変わった。やっと僕がいることに気づいたらしい。彼女は、さやかたちウェイトレスと同じ、フローラルミントという名前のついたここの店のエメラルドグリーンを基調にした制服に身を包んでいる。少し大胆ともいえる胸元や短いスカート。初めはみんな恥ずかしいらしいが、慣れればかわいい制服ということで、女性に人気だ。いや、もちろん、男性スタッフやお客様にも好評なわけなのだが。

「や、やあ、ちょっと通りかかって・・・」

「そうなんだ」

苦笑いしながら言うと、真っ赤な顔した宮澤が俯いた。

「・・・って、そんなわけないじゃない!なんでこんなところにいるのよ!」

ころっと態度が変わった。顔が真っ赤なのは同じだが、怒って赤いのか、恥ずかしくて赤いのか良くわからない。

「バイトしてるんだ」

このウェイターの制服を見ればわかるのだが、バイトの理由については、あえて触れないでほしいということで口にしなかった。

「・・・そりゃ、見ればわかるけど・・・・」

宮澤はやっぱり恥ずかしいのか、左右の手の指を自分の前で意味も無く絡めている。

「あ、あの・・・・もう一歩中に入ってくれるとありがたいんですが・・・」

「あっ、ごめんなさい」

入口で立ち尽くしていた宮澤の後ろから、さやかが微笑みながら中を覗き込むようにしている。宮澤が慌てて一歩中に入り、そのままドアの横に一歩ずれた。どうやら僕やまりなさんの目の前まで進む勇気がないらしい。俯いたままだ。それを見ながらさやかが中に入ってきた。

「とってもお似合いですよ」

「え、で、でも・・・ちょっと恥ずかしいです」

水着に比べれば、よっぽど肌の露出は少ないのだが、普通のデザインの服よりは所々露出があるのは認める。でも、全体としてちゃんとバランスが取れているし、宮澤にも似合っているのだが。

「そうそう。似合ってるよ」

「で、でも・・・あたし胸ないから少しゆるいし・・・」

「あっ・・・・」

そうそう予備があるわけはないので、さやかの予備の制服を着たようだった。確かにさやかの胸に比べれば、宮澤のそれは少々控えめではあるが・・・・別にまったく出ていないわけではないし・・・。

「ちょっと!そこ!見比べないの!」

さやかが僕の視線に気づいてしまったのか、怒られてしまった。

「あ、別にそんなつもりじゃ・・・」

「じゃあ、どんなつもりだったのよ」

できれば突っ込んでほしくなかった。そんなにまじまじと見たつもりは無かったのだが。

「・・・・・そんなつもりでした。ごめんなさい。でも、宮澤、別にその・・・・・・似合ってるから」

なんとか後半を宮澤へのフォローの言葉を入れてごまかす。

「ええっーーっ!・・・・・・・は、恥ずかしい・・・」

「まあ、いいわ。一郎、私は彼女の服をクリーニングに出してくる」

「あ、ああ、わかった」

宮澤のブラウスとスカートを抱えて出て行こうとしたさやかが、振り返った。

「じゃあ、彼女と仲良くねー」

右手をひらひらさせて言っている。

「さーやーかー・・・」

これ以上冷やかされてはたまらない。

「なーに?」

さやかがニコニコしながら首をかしげた。

「いらんこと言わんでとっとと行け!」

「はいはい」

さやかは逃げるように立ち去った。後には静かにアイスコーヒーを啜るまりなさんと、ウェイトレスの制服を身にまとった宮澤が残された。

「有間君・・・・あのさ・・・・・・・」

見ると宮澤の表情がさっきの表情から一転して強張っているように見えた。視線は相変わらず下を向いたままだ。

「さっきの女の子・・・・・・バイト仲間?」

「ああ、高井さやかっていって・・・・・まあ、僕の先輩だね。歳は同じだけど」

そう言いつつも、彼女の様子が急におかしくなったことに気づいた。何か気に触るようなことをいったのか、気になる。しいて言えば、宮澤の知らない女の子と親しげに会話をしたのが気に障ったのだろうか。
宮澤が、顔を上げた。その目は少し非難の気配を含んでいた。

「で、ファーストネームで呼び合う仲なんだ」

背筋に寒いものがはしった。

「あ、そ、それは・・・・ここの店ではそういうしきたりらしくて・・・・」

口からでまかせだったが、ここは何が何でも信じてもらわなければならない。

「・・・・・・・」

信じていないのか、信じるべきか悩んでいるのか、沈黙と彼女の表情からは判断がつきかねた。

「あ、じゃあ、そろそろフロアに戻らなければならないから・・・・・」

ここはボロが出ないうちに撤退するのが最善だ。席を立ち、事務所の入口のドアに手をかけた。すると、急にドアが開いた。

「!」

木下さんが立っていた。目の前に僕が立っていたので、少し驚いた様子だったが、気を取り直し、言葉を続けた。

「ああ、有間君、申し訳ないんだけど、フロアに戻ってくれる?お客さんが増えてしまって。こちらはもう少ししたら店長がお相手できるから」

「は、はい。わかりました」

部屋を出て行こうとした僕の腕を宮澤が掴んだ。

「有間君!・・・・・・・・どうして嘘吐くの?」

「え?」

掴んだ手首に力が加わった。キッと結んだ唇、普段の彼女からは想像できないような強い意志のこもった瞳。応えなければ一生でも離さない。そんな雰囲気だ。

「・・・・・・・・・いや・・・・・変に誤解されたくなかったから・・・」

少しの間の後、それだけ言うのがやっとだった。

「誤解ではなくて事実なんでしょ?なんで?手術が終わったら私とデートしてくれるって約束、忘れちゃったの?それとも、私と一緒にいるのがイヤになってしまったの?」

「違う!それは違うよ!」

「アルバイトが悪いって言ってるんじゃないわ。どうして私に内緒でアルバイトして、そこの女のこと仲良くなっちゃうわけ?ねえ!どうしてよ!」

宮澤の瞳からはポロポロと大粒の涙があふれ始めた。

「彼女はただのバイト仲間で宮澤の思ってるようなことはまったくないよ!」

言い切ったものの、少しだけ胸が痛んだ。バイト仲間には違いない。でも、彼女とはデートみたいなことをしてしまった。それも宮澤とのデートの前に。もちろん、あのときは秀明もいっしょだと思っていたからOKしたわけで、そうでなければOKしなかったと思う。でも、事実は曲げられない。両手で後から後からあふれ出てくる彼女の涙を僕が拭くべきだったのかもしれない。でも、その一歩が踏み出せずにいた。彼女に触れたら心の中にある良心が、彼女をほんのわずかでも裏切ってることを彼女に伝えてしまうかもしれない。そんな恐怖があった。

「ほらほら、泣かない泣かない」

僕の変わりにまりなさんがハンカチを差し出し、肩を抱いた。宮澤はそのまままりなさんの胸で泣き出してしまった。

「有間君、じゃあ、フロアのほうはいいわ。私が対応するから」

「すいません」

事態を察したのか、木下さんは少し困ったような顔をしながらも、フロアのほうへと戻っていった。
後には僕ら3人が残された。無言の時間が過ぎてく。宮澤のすすり泣く声とパソコンのファンの音だけが妙に耳に入ってくる。やがて宮澤の声は小さくなっていった。

「有間君」

宮澤が最後の涙を右手で拭い、顔を上げた。

「うん?」

「私、有間君が合宿に言ってる間も、インターハイに言ってる間も骨髄移植の相田もずっと寂しかった。ずっと」

「うん」

「でも、有間君には有間君の生活があるし、たとえ離れ離れでも、互いの想いは通じあえるんだって思ってた」

「うん」

宮澤はそこで少し間を取った。近くにあった椅子に座り。アイスコーヒーが出されたテーブルのほうへと向き、すっかり氷が解けてしまった宮澤のコーヒーのグラスを人差し指でなで始めた。直前の言葉からは、次の言葉があまり肯定的な話ではないのは僕にでも想像ができる。そのわずかな時間が、心臓を鷲掴みするような緊張を僕に重く圧し掛かる。

「でも違ったのかな。てへへ・・・・」

宮澤は僕を見ず、無理やり作った引きつった微笑みを浮かべた。

「宮澤・・・」

「私!・・・・私・・・・・・」

宮澤が少し強い口調で僕の言葉を遮った。

 

「もう有間君のこと信じられなくなっちゃった・・・・・・・・・・・」

 

 

掴まれたいた心臓をそのまま握りつぶされた感覚、頭を鈍器で殴られた感覚、腹を日本刀でばっさり刺された感覚・・・・・よくわからない。よくわからないが、宮澤の言葉は僕に強い衝撃を与えるには十分すぎる一言だった。弁解したいのにのどが詰まって声が出てこない。彼女を羽交い絞めにしてでもこちらを向かせて自分がどれだけ君のことを想っているのか伝えたいに体が言うことをきかない。金縛りという感覚はこういうものなのかもしれない。しばらくは自分が息をしていなかったことすら気づかないほど、僕はこれまでの人生で一番大きな衝撃を受けた。

 

「あなた!何いってんの!」

その言葉は開いていたドアから聞こえてきた。宮澤もまりなさんも声のほうへ視線を向けた。さやかだった。彼女は眉間にしわを寄せ、明らかに不機嫌な顔のまま、事務所に入ってきた。そのまま僕の前を通過して椅子に座る宮澤の真横に立った。

「立ちなさい!」

「え?」

「・・・いいから早く!」

困惑する宮澤にかまわず、さやかが宮澤の手を少々強引とも思える加減で引っ張り、無理やり立たせた。少しバランスを崩した宮澤がテーブルに手をつき、アイスコーヒーが少しこぼれた。さやかが正面に立った宮澤を真剣なまなざしで見つめた。

「ねえ、あなたと有間君は愛し合ってたんでしょ?」

「・・・・・・・・・うん」

宮澤は、さやかの問いかけに一瞬の躊躇の後、軽くうなずいた。好きとは言ったものの「愛してる」なんて言葉は「好き」より恥ずかしくてとても言えない。少なくとも今はまだ。それでも、宮澤が頷いてくれたことは嬉しかった。

「じゃあ、なんで最後まで信じてあげないの?愛し合うってそういうことじゃないの?」

「・・・・・・・・そうかも・・・しれないけど・・・」

「けど?けどって何?」

さやかの態度が威圧的になった。

「もし、仮に一郎・・・・有間君と私が何かあったとしたら、それを実力行使してでも奪い返すぐらいが本当に好きって・・・愛してるってことなんじゃないの?違う?!」

「・・・・・・・違わない・・・と思う」

「じゃあ、一度「好き」って言った男のことを何で簡単に「信じられない」なんて言えるの?それって違うんじゃないのかな?ぐすん・・・・」

さやかがだんだん涙目になってきて、声が震え始めた。

「あなたの彼は目の前にいるんでしょ?ちゃんと想いは通い合ったんでしょ?なんでそんな簡単にその思いを切り捨てられるの?!」

もう後半は声が出なくなってしまうのを防ぐために無理やり大きな声を出しているみたいだった。さやかの瞳からは大粒の涙があふれ出ていた。まりなさんはどうしていいのかわからないといった顔をしている。

「切り捨ててなんかいない!私は有間君のことが好き!」

今度は宮澤が落ち着いたのかトーンダウンしてきたさやかより大きな声を上げた。

「だったら、悲しいこと言わないで。・・・・想いが伝わらずに離れ離れになってしまうのも辛いんだよ・・・・・」

「!」

僕はなんとなくわかった。明るく振舞っていたようでも、やっぱり4号店に行ってしまった彼の事を・・・。まりなさんや宮澤は僕がさやかに告白されたけど断った・・・もしかしたらそう思ったかもしれないが、今は僕への誤解は晴れたはずだ。

「うん。・・・・・・ごめんなさい」

宮澤がまりなさんからもらったさっきまで自分の涙を拭くのに使っていたハンカチでさやかの頬を拭いながら言った。

「ばか。・・・・謝る相手が違うでしょ」

そういいながら、僕の右手を掴んでぐいっと宮澤の前に引っ張り出した。

「あっ・・・」

その場所から両手を広げれば彼女を抱きしめられる。そんな距離に僕は立っていた。彼女の頬に涙の痕が薄っすらと残っている。

「・・・あの・・・・僕こそゴメン」

「うううん、私が・・・・また焼餅妬いたりしたから」

「いや!僕がバイトをしていたの隠して嘘ついたりしたから」

「違うよ!私が・・・」

「はいはい。ごちそうさま。一生やってろって感じよねぇ」

まりなさんが永久ループに入りそうになった僕らの間に茶々を入れた。

「はあ、こんなことなら、有間君盗っちゃえばよかったかな」

いつの間にか泣き止んでいたさやかがぺろっと舌を出した。

「だ、だめですよ!」

宮澤があわてて僕の前に立って両手を広げてた。

「冗談だってば」

宮澤の慌てぶりに一同大笑いを始めた。宮澤だけが真っ赤になって抗議したのだった。

 

 


 

翌日、僕とさやかは店長の部屋に呼ばれていた。

「なんだろう?」

「さあ・・・」

店長はまだ部屋にはいない。先に行って待っているように言われたのだ。
ちなみに、さやかとはまた以前の状態に戻っている。つまり、仲のいい友達の状態。宮澤との一件はさやかと僕が同じ職場でバイトをすることに少なからず影響を与えるところだった。しかし、さやかと宮澤はあの後、すっかり意気投合して結果的に全て丸く収まったのだ。なんだか出来すぎているが、結果オーライなので、それ以上気にしないことにした。もっとも、そうなったのはさやかに救われたからと行っても過言ではないとおもう。

「やあ、待たせたね」

店長が戻ってきた。左手に麦茶の入ったグラスを3つ、店のお盆に載せて持ってきている。

「まあ、かけたまえ」

そう言いながら店長の机の前にあるソファーセットに目配せをして、そのテーブルにグラスを2つ並べた。僕らはちょうど店長がいたのと反対側の3人がけソファにゆったり座った。店長はもうひとつのグラスを自分の事務机の上にお盆ごと置いた。そして、机の右側に寄せておいてあった資料をとり、僕らの飲み物があるテーブルに広げた。

「単刀直入に言おう。今度の週末、4号店のヘルプに行ってはもらえないだろうか?」

広げた資料の片方は4号店の社内向けの資料、もうひとつはお祭りのパンフレットのようだった。

「実は、今度の週末、4号店のある美咲海岸でお祭りがあるのだが、その2日間を今の人数でこなすのはきついだろうという報告があってな。とりあえず、本店から2名助っ人を出すことにしたんだ。行ってはもらえないだろうか?もちろん、臨時のボーナスも出すし、勤務時間は少なめに設定する。向こうの宿泊先は露天風呂つきの社員寮をもちろん食事つきで付ける。消して悪い話ではないだろう?」

なかなかに好条件の羅列だ。どのみち2日間ともこっちでも出勤になっていた。どこで仕事をしても同じことだ。
さやかが僕の顔をちらりと覗き込み、微笑んだ後、店長の方へ向き直った。

「行きます。・・・一郎もいくよね?」

「あ、ああ」

「だよね。そんなニタニタしてたら行くに決まってるものねー」

さやかが再び覗き込むようにしながら微笑んだ。

「え?・・・・そんな顔してた?」

思わず両手で顔をこすってしまった。

「してた」

「・・・・・気のせいに違いない」

実は一瞬宮澤もいっしょに連れてったらどうだろうと考えたのだ。海に行く約束をしていたので一石二鳥だ。それを見透かされたのかもしれない。

「絶対ヨコシマなことを考えたに違いないわ」

「断言しないでくれ。・・・・・・あの・・・宿泊先は変えてもいいですか?」

さやかがこれ以上突っ込んでこられないように店長に話を振った。そして、この質問は重要なことだった。もっとも、宮澤一人でお泊りなど、許可が降りるわけ無い。だから、最初から夜はまりなさんと宮澤はどこかホテルでも取ってもらうつもりだった。つまり、この場合の宿泊先とは、さやかやヘルプ先の4号店の人たちの宿でも、宮澤たちの宿でもないところに自分は泊まって、とりあえずその前後の時間は宮澤と過ごせればいいな・・・という意図を込めた質問だ。

「ん?・・・まあ、それは・・・仕事に差し障り無いようならかまわんが」

店頭は僕の問いに首をかしげた。が、僕にはそれで十分だった。幸い、ここのバイト代は同じようなファミレスのバイトに比べて自給も良かったので、ビジネスホテルに1拍するくらいならどうにでもなるくらい財務体質は改善していた。

「ちょっと!私と一緒じゃイヤとでも言う気?」

さやかが憮然とした表情で抗議した。別に宿が同じでも部屋がいっしょになるわけでもないし、イヤというつもりは無いのだが、やはり宮澤と一緒にいる時間が少しでも多く取れそうな選択をしたい。

「向こうで知り合いの家に泊まるかもしれません。・・・・ってことなんだ」

店長に言いつつ、後半はさやかに言い聞かせるように言った。

「ああ、そういうことなら問題ない」

店長は顔をほころばせた。安堵のため息もつく。さやかは不満げだったが、それ以上は追求してこなかった。

「では、2人とも4号店のヘルプ、頼んだぞ」

「「はい。お任せください」」

思わずさやかとユニゾンで返事をしてしまったが、店長はそれがえらく気に入ったらしく、上機嫌で部屋を出て行った。

「じゃあ、戻りますか。仕事に」

「そ、そうね」

僕らも持ち主のいなくなった部屋を後にした。そのときは、まだ彼女が今回のヘルプをどう思っているかなど、僕にわかるはずも無かった。

 


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