Operation 16.0 永遠のストーリー(Aパート) |
僕の本来、手術後最初にするべきことは【宮澤に電話をかけること】だった。
にも関わらず、少し遅れてしまったのは3つの要因があった。1つは純粋にごたごたしてて時間が取れなかったこと。次に宮澤にどう連絡しようかと考えあぐねていたこと。そして最後に・・・・・いや、この件はここでは言わないでおこう。
やっと宮澤に電話をする勇気が湧いてきた僕は、受話器を取り、ある短縮番号を押した。数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。
[はい、宮澤でございます]
「由紀野さんの学校の同級生の有間と申します。恐れ入りますが、由紀野さんはご在宅でしょうか?」
宮澤の家に電話するのはいつも緊張する。必ず電話に出るのは電話交換の女の人だ。
[ああ、有間さん。少々お待ちくださいませね。]
少し声のトーンが上がり、明るい声が返ってきた。多分、宮澤本人かまりなさんあたりから僕のことを聞いて知っているんだろう。20秒ほどで声が変わった。
[も、もしもし、有間君?!・・・あ、お電話、代わったわ。]
最初は少し慌てているような気配が受話器の向こうから感じられたが、まるで誰かに見られて態度を急に変えたかのように後半は落ち着いた口調に変わった。
「宮澤?!やあ・・・・元気だった?」
[ええ。・・・・・無事、手術は終わったのね。]
「もちろん。まあ、メスで切開したわけじゃないしね。痛みもまったくないし。まったく問題なかったよ」
実際ほぼそうだった。そして、彼女を安心させるためにそれを誇張して言ってみた。実際には少し太めの針で骨髄液を抽出するので、その部分が術後すぐは少しだけ違和感があったものの、今はなんともない。
[よかった・・・・ほんとに・・・・・・よかった・・・・グスン・・・・・]
電話の向こうから、抑えようとしている泣き声が微かに聞こえてきた。
「宮澤、泣かないで。僕はここにいるよ」
[うん。・・・・そう・・だね。はは・・・]
見えないから想像するしかないが、泣きながら微笑んでいるといったところだろうか。
「宮澤、じゃあ・・・・約束、覚えているかな?」
[海に行く話?もちろん覚えているわ]
「そのことなんだけど、術後直ぐには海みたいなところは控えるように言われてしまって・・・」
[そっか。海は来年でもいいし、それに、別に泳がなくてもいいのよ。有間君と2人で海に行くことそのものが重要なんだから。ははは・・・・]
なんか受話器の向こうから乾いた笑い声が聞こえてくる。照れ笑いだろう。
「そうだね。じゃあ・・・・夏休みの後半になってしまうとおもうんだけどいいかな?場所は・・・どこか希望があれば聞くし、なければこっちで探すよ」
[特に希望はないわ。・・・・・・どこでもいい。有間君、決めて。私は有間君の決めたところについていくから。]
「わ、わかった・・・」
[う、うん・・・・]
なんとなく気まずい・・・のとはちょっと違った沈黙が続いた。そう、僕は宮澤の言葉に感動を覚えるとともに恥ずかしくなってしまったのだ。多分、言った本人も同じ気持ちなんだと思う。
「じゃ、じゃあ、この辺で・・・もう遅いから」
[う、うん、そうだね。じゃあ・・・・・おやすみなさい。]
「お休み」
なんとなく名残惜しい気がしたが、これ以上、電話で話を続けようとしてもできそうも無かった。宮澤とは何度も会ってるし、学校でもいっしょだというのに、久しぶりにきた声はなんとなく違って聞こえた。前よりずっと彼女を意識してしまう。
[あ、あの・・・・おやすみ・・・なさい。]
「あ、ああ、おやすみ・・・・・」
結局、僕も彼女も電話を切らずに1分近くそんなことをやっていた。
「な、なんか・・・電話・・・切りづらいね」
[そ、そう・・だね。]
自分でも恥ずかしいことをしているのはわかっているのだが、無意識に右腕が受話器を置くことを拒絶しているような気がした。
「お兄ちゃん!いつまで長電話してるの!」
「うわっ!」
そんなことをやっていた僕の耳元で、いつのまにか隣に立っていた雪野が怒鳴った。
「雪野!・・・わ、わかったよ。ごめんね。宮澤、今度こそほんとにおやすみ」
[う、うん、おやすみなさい。・・・【ガチャ】]
宮澤の方から電話を切った。まあ、このままだといつまでもこの状態が永遠に続きそうだったのだが、外野から妨害されて切るのはあまりいい気はしない。
「たまに電話してるくらいいいじゃないか」
あきらめて通話が終了したことを告げる音が聞こえる受話器を置き、雪野に突っかかる。
「私が電話使うの!いつまでも長電話してたら迷惑!この女ったらし!」
さらに機嫌を損ねたのが見てて直ぐわかった。
「お、おまえ、それが敬うべき兄に対する態度か?」
「敬うべきお兄様、それなら妹にしている借金をさっさと返済してくださらない?」
「・・・・うっ・・・・」
僕の主張はただ1点の汚点によってもろくも崩れ去った。
「あ、あれは・・・・ちゃんと返す」
言葉が口の中にこもってしまう。
「すぐ返して」
対する妹の攻撃は容赦ない。僕の胸元に手のひらを突き出し。にらみつける。
「そ、そういわれましても、無いものは無いんで」
「夏休みいっぱいは待ちます。ちゃんと利息をつけて返すように」
「・・・・・・・・はい」
素直に負けを認めたからか、機嫌が良くなった雪野は自分の部屋に戻っていった。
「電話使うんじゃなかったのかよ」
3つ目の要因。それは宮澤をデートに誘おうにも、なさけないことに小遣いが底をついていたのだった。
「バイトか・・・なんなら、俺の愛人になるか?」
ここは浅場秀明の家だ。そして、今の発言を聞いたとたんにアルバイトの相談する相手を間違えたと判断した。
「秀明、いままで世話になったな。もう、会うこともないだろう」
そう言って立ち上がると、秀明が右手を掴んだ。
「だー、もう、冗談だ。悪かった。・・・おまえが金策に困って俺のところに来るとは思わなかったから、からかっただけだよ」
「今は冗談を受け入れている余裕がないんだ」
「なんか表情に影がさしてるぞ。わかったわかった。・・・・じゃあ、俺が勤めてるバイト先紹介するよ」
秀明が呆れながらため息をついた。
「えー!秀明ってバイトしてたのか?」
いつもちゃらちゃら遊びほうけていたと思っていたので、秀明の一言は意外だった。
「ちゃらちゃら・・・・ひどい!俺をなんだと思っているんだよぉ」
「あ、口に出たか」
別に秀明に彼をどう見ていたか聞かれたところでどうということはなかったが。
それから、秀明の指示どおり履歴書を書き、バイトに行くという秀明と一緒に待ちに出た。秀明は行き先を明かさないので『妖しいバイト』と結論づけて逃げようとしたのだが、隙が無くて脱出できなかった。そうこうしているうちに、目的地に到着してしまった。
「ここだ」
「・・・・ここ?・・・・・まともそうな場所だ・・・・」
「どういう目で俺を見てるんだ!ホストクラブとでも思ったか」
「ほかに思いつかなかった」
「うう・・・」
そこは人気のファミリーレストランだった。秀明と何度か来たことがある。料理は比較的お手軽な値段だがおいしい。そして、ここの人気はウェイトレスの制服が他のファミリーレストランよりも、ずっとかわいい。男女問わず人気があるのだ。それが目的で来店する人もいるらしい。ちなみに店員のレベルも高いらしい。
「じゃ、いくぞ。オーナーに紹介するから」
「あ、ああ」
バイトは初めてだ。日ごろ経済誌を読んだりしているし、ためこんだお金で財テクしていたこともあるのだが、バブル崩壊の痛手で手持ちの資金は普通の高校生以下になっていたのだ(10年物の定期貯金を解約すれば多少マシになるのだが)。
建物の裏手の従業員用の入口から中に入った。
「オーナー!こんにちは」
入口から奥に進み、事務室の扉をノックもせずに開け、秀明が元気よく挨拶した。
「おー、浅場君。ごくろうさん。相変わらず元気だな」
特に秀明の行いを咎めることもなかったその人は、派手なアロハシャツを身にまとい、飲んでいたトロピカルな雰囲気のジュースを事務机に置いた。4つほどの事務机があるこじんまりした事務室の中は、レストランそのものの華やかなイメージを想像できるアイテムは壁に貼られた、新メニューのポスターぐらいだ。部屋の中にはオーナーと呼ばれた人しかいなかった。
「あれ?オーナーお休みでしたか?」
「ああ、今日は休みをもらっていたのだが、近くを通りかかったのでね。ちょっと様子を見によってみたんだ」
「そうでしたか」
どうやら、オーナーさんの制服がアロハシャツということではないらしい。少し安心した。
「で、私に用があるのだろう?そちらの彼は?」
やっと本題に入ってくれるようだった。
「彼は俺・・・私の親友でバイト志望者です。経験はありませんが、人柄については問題ないので雇ってはもらえないかと思いまして」
「ほう」
ちょっと値踏みするような視線を向けたが、それはほとんど一瞬だった。直ぐにさわやかな笑顔に戻った。
「有間一郎と申します。よろしくお願いします」
「そんなに緊張しなくてもいい」
緊張しているつもりは無かったのだが、自覚が無いだけだったようだ。普段生徒会やらなにやらで人前でしゃべることにはなれていたはずなのだが、どうも今回ばかりは勝手が違う。
「とりあえず履歴書を見せてもらおうかな」
「はい」
持ってきた履歴書をオーナーに手渡した。
「こいつは学校でも学年で常に上位にいる秀才ですし、とにかくお買い得ですよ」
秀明が通販の広告商品のように僕を紹介した。
「秀明・・・もうちょっと言い方が・・・」
「学業とバイトの両立は可能かな?まあ、とりあえず、夏休み期間だけなら問題ないかもしれないが」
「はい、大丈夫です」
部活が比較的少ないうえ、宿題の大半を夏休み前半と入院の時にやってしまったので、勉強に割かなければいけない時間は少なくできるはずだ。もちろん、現状維持はしなければならないが。
「では、明日から早速おねがいできるかね?」
「ということは、採用していただけるんですね?ありがとうございます!」
勉強で一番をとったりして誉められるのとはまた違った嬉しさがこみ上げてきた。
「やったな、有間」
「ああ、ありがとう。秀明」
「とりあえず、今日のところは飲み物でも飲んでいってくれ。誰かに席に案内させるから。明日は・・・午前中からでいいかな?」
秀明のガッツポーズに同じように返しているとオーナーが笑いながら言った。
「はい、問題ありません」
「研修があるから、9時前に来てくれるとありがたい。最初は裏方の作業をやってもらうことになるだろうけどな」
「裏方は辛いぞぉ。倉庫の食材整理とか、皿洗いとか」
秀明が脅かすように言う。
「だ、大丈夫だ。がんばる」
「うん。頼もしい。期待してるぞ」
「はい」
そう言うと、オーナーは事務所から出て行った。
「秀明はバイトじゃないのか?」
「明日は午後からだ。大丈夫だって。誰かが手取り足取り教えてくれるから」
「・・・・わかった」
秀明が意味深で不気味な笑みを浮かべたので、少し引っかかったが、まあ、必要なことは教えてもらわなければいけないし、教えてもらったことはしっかり見につけて役に立たなければ。結果として報酬があるわけだから。
「こんにちは。・・・浅場君、君が友達連れてきたんだって?」
廊下の方から女の人の声がした振り返ると、青を基調としたウェイトレスの制服を身にまとった女の子が立っていた。その評判の制服に身を包んだ女の子は長い髪を後ろで束ねてお盆を抱えていた。
「あ・・・・明彦・・・・・・・」
その子は呆然とした表情で僕の顔を見た。小さな声だったが確かに彼女の口からは僕以外の名前が聞こえた。
「あ、あの・・・・有間一郎です。よろしくお願いします」
とりあえず、この場合はまず自己紹介をするくらいしか選択枠がないので、そうした。
「あ、ああ、こんにちは。あなたが新しいバイトね。私、高井さやか。よろしくね」
さっきの呆然とした表情が錯覚だったのではないかと思えるような笑顔で、何事も無かったかのごとく自己紹介を返してきた。
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
その後、高井さんに客席のほうへ案内されて、秀明と一緒に軽食をご馳走になった。彼女の口にした名前の意味は後日知ることになる。
「バイトだとーっ!」
夕食の時、明日からバイトすることを家族全員に報告した。それに対する父の反応だ。
「反対するわけ?」
「いや、賛成だ。・・・・・・が、しかーーーし!バイトで仲良くなった女の子と夏の雰囲気に任せて暴走することは青春ドラマやコミックの常套手段!そんなことにならないように!いいなっ!」
「・・・・・・・・・で、お母さん、明日は早いから」
「わかったわ」
なんかいっている父は無視して、明日の朝のことを考えて一応、言っておいた。朝食抜きで重労働はしゃれにならないからだ。
「シカトかよっ!」
父が無視されたことに不平を言う。
「お父さん、お兄ちゃんには宮澤さんがいるんだから、そんなことないない」
「そうそう。ラブラブだもんねぇ」
月野と花野が二人して腕を組んでうなずく。
「あ、そっか。そうだな」
父もあっさりうなずいた。
「は、ははは・・・」
とりあえず、一件落着したようなので、苦笑いを浮かべてその場をお開きにしたのだった。
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