Operation 9.0

華麗なる賭け

これまでのあらすじ

仮面優等生『有間』は、完璧優等生『宮澤由紀野』によってその地位を奪われる。有間は、努力の末、中間テストでトップをとり、賞賛を浴びる。

宮澤由紀野に告白された有間だったが、直後に見栄大王の正体が宮澤由紀野にばれてしまう。

だが、彼女もまた裏の事情を持っていたのだった。そしてお互い引かれていき友達の過程を経てとうとう彼氏彼女の間柄になったのだった。

だが、その2人浅場秀明の魔の手が迫った。体育祭の勝負で自分が勝ったら由紀野と付き合いたいといい始めた。有間はピンチを乗り切ることができるのか?


 

僕は走っていた。勉強もスポーツも万能な僕だったが、それは見栄大王として君臨するための努力の賜物だった。つまり、余裕で構えていたりしたら浅場秀明に負けないとも限らない。やつの実力は不明だが、少なくとも僕と互角と考えてトレーニングをする必要がある。人に負けるなどということは、入学試験のときに宮澤に負けたのを最後にしたい。何よりも、今度の勝負で負けるということは宮澤をよりにもよって変態美形のあの男に取られるということだ。そんなことになったら・・・・・

 

「浅場君、約束ね。私を好きにしていいわ」

「宮澤、今夜は返さない・・・・」

「いや、浅場君・・・・いやぁーーーー!助けて有間君ーっ!」

 

 

いやだーーーっ!そんなことは絶対させん!浅場秀明っ!

 

「・・・・はっ・・・・妄想の世界に突入しそうになってしまった」

 

頭の中に浮かんだ凶悪なイメージを追いやり、正気を取り戻した。

「とにかく絶対負ける訳にはいかない!命に代えても勝ってやるぅ!」

僕は道の真ん中で周りの視線も気にせず叫んでいた。

 


 

「お兄ちゃん、いつにも増して見栄大王の特訓に気合いが入ってるね」

早朝ジョギングから帰ってきた僕を玄関で迎えたのは雪野だった。いつも他の2人の妹より早く起きている。朝食前に少し勉強しているのだ。

「いろいろ訳ありなんだよ」

「へー、っそう。何があったの?」

「雪野には関係ない」

「何ですか?その態度!」

興味深げに深く追求しようとする雪野に僕はそっけなく答えた。

「じゃあな」

雪野の抗議にも耳を貸さず、家に上がって2階への階段を上がり始めた。

「宮澤さんから電話があったよ」

「!!!」

ぼそっと小声で発せられた雪野の言葉に、僕は足を止めて振りかえった。

「ふん、やっぱりね。・・・・・柄にもなく色恋沙汰とはね」

雪野の言葉はどうやらからかっただけだったらしい。

「おまえなぁ・・・・」

「じゃあな。兄貴っ!」

今度は僕が抗議しようとした。が、雪野はふてくされてそのまま台所のほうへと歩いていってしまった。

「・・・・・へんなやつ」

雪野の様子がおかしいことに気づいたのは、それからずいぶん経ってからだった。

 


 

今日は朝からしっかりトレーニングをしたためか、いつにもまして気持ちがいい。身体が軽く、気力も充実している。
教室に来たものの、今日も授業は無い。ここにいるほとんどの人は、これから自分の担当部署に行くために誰かと待ち合わせをしてる人ばかりだ。

「有間君、おはよう」

「おはよう。宮澤」

宮澤は大きな弁当箱を持って教室に入ってきた。

「これはね、有間君のお弁当。まちがっても浅場君に負けたりしないように、精魂込めてつくったんだからね」

「そ、それは・・・・また・・・ありがとう」

少しプレッシャーを感じたが、恋人から励まされているわけだから、贅沢はいえない。いや、むしろありがたいことだ。

「今日は私は午前中、障害物競走の段取りの指揮を取らなければならないんだけど、有間君は?」

「僕は・・・えっと・・・・放送部と共同で当日の進行の打ち合わせ・・・・だったと思う」

異様に黒くなっている手帳のスケジュールを確認して宮澤に報告すると、宮澤が渋い顔になった。

「だったと思う?・・・いいのかなぁ、そんなことで。学年一の優等生が」

「ま、仕事は・・・こなせればいいんじゃないかな?ねっ」

宮澤に会うまでの僕だったらこんなことは言わなかったかもしれない。が、今日はさらっと口から出てきた。

「有間君かそういうならいいけどね」

「じゃ、今日も昼休みに昨日の場所で」

「うん。・・・・遅れちゃダメよ」

「わかってるよ」

宮澤は僕に念を押すように言うと、元気よく教室を出ていった。

『遅れちゃダメよ・・・か。・・・・・・・・・・幸せだなぁ。僕って・・・・』

僕は苦笑いしながら恥ずかしいことを頭に浮かべ、打ち合わせをする放送室へと向かった。

 


 

『こ、この人も障害物競走の担当だったとは・・・・・』

由紀野の目の前には、有間に挑戦状を叩き付けた浅場秀明その人が立っていた。さわやかな笑顔を由紀野に向けている。由紀野はわずかに寒気を感じていた。

「よう、宮澤、奇遇だな。同じ担当だったとは。何か運命的なものを感じるよな」

「感じません!」

ニヤニヤしながら言う浅場に対して速攻で反論する。

「ふっ、その言葉・・・・後悔するなよ」

「しません!」

浅場は不敵な笑みを浮かべ、そのまま2年の女子生徒数名が話をしている方へと歩いていった。

「なんなのよ、あの態度!・・・・・・・・有間君・・・・負けたら承知しないからね」

由紀野はこぶしを握り締め、誰の耳にも入らない小声でつぶやいていた。

 


 

もうすっかり日は落ちてしまった。今日の分の仕事は終わり、宮澤と共に帰路についていた。

「今日も疲れたね」

「うん。でも、心地良い疲れだよ」

「そうだね」

疲れたとは言ってもお互い顔に出ている訳ではない。もっとも、家に着いたら僕の場合は力が抜けてしまって腑抜けのようになってしまうかもしれないくらい実は疲れているのだが。本当はこんなことをしている暇はなく、トレーニングに励みたいところだったが、見栄を張ってまたしてもいろいろ仕事を引き受けてしまったためにそれどころではなくなってしまっていた。結局、トレーニングが出来るのは朝はやい時間のみということになっている。

「じゃ、ここでお別れね」

宮澤の家は僕の家からは歩いて40分くらい、バスで15分くらい離れている。ここでお別れだ。今日のところは。

「うん、じゃ、気をつけて帰ってね」

「大丈夫。有間君こそ無理をしないでね」

「大丈夫だよ。健康だけが取り柄だからね」

「じゃ、また明日ね」

「ああ」

お互い右手をあげて別れの挨拶をした。宮澤が歩き始めたその後ろ姿をしばらく見つめている。と、彼女がくるりと振り返った。

「有間君・・・・・・・・・・・」

宮澤は言いづらそうに言葉を続けた。

「絶対勝てる・・・・よね」

 

不安・・・・・・僕は宮澤に不安を感じさせていた?・・・・・・・・・

 

宮澤は答えを待っている。すがるような瞳を僕に向けて。

僕は宮澤の目の前まで歩いた。そして、目線を宮澤と同じになるくらいまで下げた。

「宮澤、僕を信じてほしい」

真っ直ぐ見据えて静かに力強く言葉にした。宮澤はまだ黙っている。表情も変わらず僕を見つめていた。僕も気持ちを込めて見つめ返す。

 

「うんわかった」

 

宮澤が次の言葉を発するまではとても長い時間に感じられた。宮澤の表情が氷が溶けるように安らかになった。

「ごめんね。そうだよね。・・・・・・・信じてるから。私」

「うん」

僕が肯くと、宮澤はその場を走り去った。彼女のさわやかな残り香だけが辺りに漂っていた。

『これ以上、宮澤を不安がらせないためにもがんばらなくちゃ』

天に瞬くどこかの星に向かって誓った僕だった。

 


 

「いやです。止めてください」

その声は家まであと2分くらいのところで路地裏から聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。無意識のうちに声のした路地を覗き込んだ。

『雪野!』

そこにいたのはいかにも不良っぽい男3人に囲まれた、妹の雪野だった。

「姉ちゃん、ぶつかっておいて、謝っただけですむと思ってるのかい?」

「世の中を甘く見過ぎてるんじゃないのかな?」

「おとなしくついてくれば、悪いようにはしないって言っているのに・・・」

どうやらかなり雲行きが怪しいらしい、雪野はひるむことなく相手を睨み返している。まあ、見栄大王の2番弟子みたいなものだから、こんな連中に頭を下げる気はないらしい。が、いくら雪野でも男3人に腕力で対抗できるわけがない。

「お断りします」

雪野はそう言って男達の間をすり抜け、こちらへと小走りにやってきた。が、雪野の細い腕を1人が掴んだ。

「おっと、逃げられると思ってるのか?」

「放さないと警察に訴えます」

雪野は強気な口調で言ったが、表情はさっきまでの余裕が無かった。

「じゃあ、恥ずかしくて訴えられないようにするまでだな」

他の2人がニヤニヤしながら雪野に近づく。

 

『やばい!とにかく、何とかしないと』

 

作戦を考える余裕も無かった。とにかく、走ってまず雪野の腕を掴んでいる男の右腕を蹴り上げた。

「ぎゃぁっ!」

男は腕を抱えてうずくまった。雪野は自由になった。

「お、おにいちゃん!」

雪野も驚いたようだった。

「いいから走って逃げろ!後は任せとけ」

「でも・・・」

「いいから!はやく!」

より強い口調で怒鳴ると、びくりと震え上がってよろよろ歩き始めた。

「は、はい。・・・・・警察よんでくるっ!」

雪野は路地から表通りに出てやっと走り始めた。

「よし」

僕は向き直って無傷の2人の状況を確認した。1人は突然の出来事に呆然としていてうずくまっている男を見ている。そして、もう1人は・・・

「なんだおまえ!」

もう1人は僕の方ほうへと殴りかかってきた。

『やばい!』

男の右ストレートを左によけながら相手の右腕を掴んでそのまま引き倒した。

「おわっ!」

男は自分のパンチの力でそのままバランスを崩して転倒した。すかさず、男の弁慶を革靴のかかとで蹴った。

「ぐはっ!」

男は転んだときの切り傷で血まみれになった両手で僕が蹴り上げたところを抱え込む。

「あと1人」

・・・の男はまだ状況がつかめないらしく、呆然としている。

『長居は無用だな。逃げよう』

僕は先制攻撃が成功したのを確認して、表通りの方へと走り始めた。・・・・・と、その僕を誰かが後ろから抱え込んだ。バランスを崩していっしょに倒れこんだ。

「逃がすかよ。落とし前はキッチリつけさせてもらう」

さっきまで呆然としていた男だった。かろうじて体を起こして向き直ったが、この男は3人の中で一番ガタイが大きく、すんなりとは脱出できなかった。男の右腕が振りあがった。

『やられる!』

とっさに地面の砂を掴んで男の顔に向かって投げつけた。

「うぉっ!」

男は振り上げた腕で自分の目の周りをごしごしぬぐっている。

『チャンスっ!』

僕は持てるすべての力を振り絞って押え込まれている下半身を持ち上げ、男の下から脱出した。

「ま、待て!許さねえっ!」

かろうじて脱出した僕に向けて、男はズボンからナイフを取り出し、あたりかまわず振り回した。

「あっ!」

男のナイフは目が見えない状態で、ただ振り回していただけだったのでよけることは出来たが、よけるときに足をひねってしまった。

「くそっ!」

僕は足を引きずりながら、とにかくその場を後にした。男達は追ってくることはなかった。

 


 

「じゃあ、あとは警察に任せてください」

「よろしくお願いします」

男達は雪野の通報で駆けつけた警察官に逮捕された。連絡を聞いて家族一同が警察署まで血相を変えてやってきていた。そして、とりあえずの事情聴取も終わり、家への帰路についたのだった。

「まったく、俺様の御姫様に手を出すとは許さん!今度奴等にあったらぶっ殺してやる!」

お父さんはさっきから、予想通りのリアクションをしていてお母さんになだめられていた。花野も月野も「兄貴も実は結構やるじゃん」などと言って褒め称えていた。

いつもだったら「おお、妹達。もっと誉めろっ!」とか言うところだろうが、今日はそんな気分にはなれなかった。雪野はさっきから俯いたままでいつもの元気がまるでない。

「ま、雪野、今後は路地裏や怪しいヤンキーには気をつけることだな」

さらっと軽い気持ちで言ってみたが、暗い表情は変わらない。

「ごめんねお兄ちゃん。危ない目にあわせて」

蚊の泣くような声で雪野がつぶやいた。異様にいつもと違う雰囲気に戸惑う。

「なんだよ、暗いな。別におまえのせいじゃないだろ?」

「・・・・・・・」

それっきり会話が途切れてしまった。家族全員が無言で歩きつづけた。

「はい、家に到着っ。今日はとっとと寝て悪いことは忘れましょ」

お母さんが暗い表情の全員をフォローするように明るい笑顔で言う。一同もなんとか普通の表情を取り戻した。そして家にあがる。雪野と僕を除いて。

「とにかく・・・・気にするなよ」

ようやく雪野が顔を上げた。しばらく僕の顔を見ている。

「うん、わかった。・・・・今日は、ありがと」

雪野は背伸びをして僕の頬に軽くキスすると逃げるように家の中へ入っていった。

「・・・・・・・な、なんだかなぁ・・・・・」

僕はしばらく複雑な心境で星空を見上げていたのだった。

 


 

起床はいつもの時間だった。だが、今日は学生服に着替えた。いつもならトレーニングウェアに着替えてひとっ走りするところだったが、昨日ひねった足首がまだズキズキしていてとても走れる状態ではない。

「まいったな。もう明日は体育祭だっていうのに・・・・」

足首の湿布を新しいものに交換して包帯を巻き直した。まだ学校へ行くまでは時間がある。

「・・・・かといって、することもないんだよな。体育祭明けの英語の勉強でもしておくか」

あまり気が進まなかったが机に座り、引き出しから教科書と参考書を取り出す。

「こんなことで宮澤を守れるんだろうか」

結局、教科書は開いたものの勉強などまったく手につかなかった。

 


 

えーっ!足くじいたぁ?!

 

宮澤が素っ頓狂な声を上げた。教室にいた周りの人たちが一斉に僕たち2人の方に視線を向ける。宮澤はとたんに恥ずかしそうに俯いた。

「ま、大したことないよ。大丈夫。浅場には負けないよ」

「そんなことを言ってるんじゃない。無理して走ったりしたらまた怪我が酷くなるよ」

「大丈夫だってば、ほら ------------ イテッ!」

無理して演技をしようとしたが、逆効果だった。痛みに耐え切れずにうめいてしまったために、宮澤はさらに輪をかけて心配そうな表情になった。

 

「私、浅場君に言ってくる」

 

「待った!」

教室を出ていこうとする宮澤を慌てて引き止めた。

「宮澤、これは男と男の戦いだ。それに、もし浅場に怪我したから勝負はお預けとか言ったら何いわれるかわからない」

「でもっ!」

「お願いだ宮澤。このことは彼には黙っていてくれ」

僕がすがるように頼むと、宮澤は黙って1度だけ肯いた。

「ありがとう」

「でも・・・・・絶対に無理はしないで。これは私からのお願い」

僕がほっと胸をなでおろすと、すがるような瞳を向けて彼女が言った。

「わかった。約束するよ」

僕は宮澤に嘘をついた。『勝負する』=『無理をすること』だ。無理をしないで勝負することなど出来る訳はない。多分彼女もわかっていてあえて口にしなかったのだろう。その好意に甘えることにした。

『とにかく明日までに怪我が軽くなることを祈ろう』

その日は怪我を盾にして極力、生徒会室から事務的な指示を出すだけにとどめた。

 


 

翌日、痛みはかなり引いていた。だが全速力で走るのに耐えられるかどうかは疑問だった。今日は体育祭当日だ。泣いても笑っても今日の放課後には勝負の結果が出ている。

「とにかく・・・・学校に行くしかないな」

気が重かった。今までなんでもこなしてきたつもりの僕だったが、今回ばかりは自信があるはずは無く、さらに何らかの理由をつけて負け戦を逃れることすら出来なかった。そう、今回は宮澤のことがある。

「宮澤に信じてほしいって言ったんだ。僕が全力を出さなきゃ信じてくれた宮澤を裏切ることになる」

迷うことは許されなかった。足首を再度テーピングし直し、学生服をすばやく着ると、朝食を済ませて一路、学校へと向かった。

 


 

まだ7時を少し回ったところだ。校庭にはほとんど人がいなかった。普段、今日のような日曜日は部活の生徒がくるだけだが、そういう場合でもこの時間に来る人はいないだろう。
僕は教室に行って体操着に着替え、校庭の陸上競技グランドへと急いだ。

「とにかく、試しに走ってみよう」

どの程度回復しているのか確認したかった。全力がだめでも9割の力が出せればなんとかなるかもしれない。でも、走るのはまったく無理かもしれない。力がうまく入れられないようならギブスのようにテーピングして片方の足で全力、もう片方で半力ぐらいで走れば・・・・・・・・。

「そんなことで本当に勝てるのか?」

考えれば不安しか思い浮かばない。僕はスタートラインにつき、腕時計を見た。

「秒針が0になったらスタートだな・・・・5,4,3,2・・・」

腕時計の秒針が12を指した瞬間、全力で走り始めた。

「うっ!」

5秒くらい走ったときだった。足首に激痛が走った。そのまま走れるわけが無く、バランスを崩して転倒した。受け身をとったので怪我をすることはなかったが、地面に無様に転がった。

「くそっ!」

優等生にあるまじき暴言だったが今はそんなことはどうでもいい。痛みは急速に引いたものの、やはり全力疾走は厳しい。200メートルという距離がマラソン並みに感じられる。

「こんなことで・・・・浅場に負けるわけにはいかない。宮澤をあの男に渡すわけには行かない!」

僕は足首の包帯などをやり直すために足をかばいながら保健室へ向かった。

 


 

「ダメだよ。こんなんじゃ怪我がひどくなっちゃうよ。止めなよ。有間君」

保健室には保健委員が1人いるだけだった。それも、こういう時に限って知ってる人間だからたちが悪い。保健委員は同じ中学だったD組の瀬奈理香だった。

「走る気なんでしょ?ダメだよぉ。また転んじゃうよ」

「今日だけは走らないわけにはいかないんだ」

「でも・・・・」

「頼む。このことはだれにも言わないでくれ。内緒にしておいてほしい。お願いだよ」

「・・・・・・でも、無理しちゃだめだからね。ひどくなったら歩くこともできなくなっちゃうから」

「わかってる。僕もそんなことにはなりたくないから」

不安げに僕を見つめる彼女だったが、僕の熱意が伝わったのか、渋々手当てを始めた。

「イテっ」

「しっかり包帯を巻いておかないと、ひどくなっちゃうから。我慢してね」

「うん。ごめんね」

「いいよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。できました。でもね・・」

彼女はとっても器用だ。自分でやったテーピングがいかにダメなものだったか思い知らされた。

「わかってる。無理はしないよ」

「約束だよ」

苦笑いしながら言うと、いくらか安心したような表情に変わった。

「うん」

別に瀬奈は恋人でもなければ特別に親しい間柄というわけでもない。受験のときに同じ学校ということでいっしょにこの学校にきたし、その前にも何度か話しはしたことがある。が、それだけだ。でも、まるで宮澤に説教をされている気分だった。

「じゃあ、ありがとうね」

「どういたしまして。・・・・・・無理して走ったりしたら意地でも止めさせるからね」

「・・・・はいはい」

最初から守る気がない約束をするのは良心が咎めたが、今日だけはそんなことは言っていられない。僕は心配そうにドアから顔を出していつまでも見ている瀬奈をおいて保健室を後にした。

 


 

教室では既に体操着に着替えた宮澤が僕の席で待っていた。自席に戻る前に宮澤がこちらにやってきた。

「有間君、足の方は大丈夫?」

宮澤が僕の顔を覗き込んで尋ねた。

「ああ。大丈夫だよ。ほら」

僕は数回軽くジャンプした。幸い、さっきの瀬奈の手当てが功を奏したのか、痛みも感じなかった。それを見て宮澤が始めて笑顔を浮かべた。

「そっか、でも、無理はしないでね」

「大丈夫、これなら勝てるよ」

宮澤は僕の言葉に頷いた。

「今日はね、御弁当もしっかり作ってきたし、救急セットも持ってきてるし、とにかく無理せず全力でがんばってね」

かわいらしく言ってのけたが、無理せず全力と言われても・・・・。

「み、宮澤、なかなか難しい注文だね」

「優等生の有間君には楽勝でしょ?」

「ははは、これはまた一本取られたな」

「まあ、彼との勝負はまだ当分先だから、それまで無理しないでゆっくり休んでね」

「ありがとう」

宮澤は両手に抱えたやたら多い荷物を持ち直した。

「じゃ、私は午前中は放送係だから行くね。お昼前には別の人に交代するからいっしょにご飯食べましょう」

「ああ、宮澤のおいしい手料理、期待してるよ」

「期待しててね。じゃ、また後で」

「ああ」

宮澤はどこに持っていくのか知らないが、両脇に抱えた荷物を持って校舎の方へと歩いていった。

「さて、僕は午前中は特に仕事も無いし、応援席でのんびり観戦してるか」

鞄、その他の所持品をロッカーにしまい、体育祭のメイン会場である陸上競技用のグランドへ向かった。

 


 

「有間君、久しぶりだね」

その言葉は、僕が競技場までやってきたとき、まだお客がまばらな父兄の観覧席から聞こえてきた。そこには周りの人たちとはやや雰囲気が変わった人が4人ほど座っていた。その1人がにこやかにこちらに向かって手を振っていた。

「あ、宮澤さん」

宮澤のお父さんだった。隣は宮澤のお母さん、それに初老の運転手さん、もう1人の若い女性は知らない人だった。

「こんにちは。お久しぶりです」

「おはよう、有間君。早いね。まだ開会式まではだいぶ時間があるだろう?」

「はい。あと1時間以上ありますね」

「どうだ、少しこちらでいっしょにお茶でもどうかね?」

宮澤氏は思ったより気さくな感じの人だった。前回宮澤の家でいっしょにお茶をいただいたときは、すっかり上がってしまっていて良く覚えていなかった。

「それでは、少しだけ」

断る理由もなく、また、あまりこういう場合断るのは後々気まずいことになるのではないかと瞬時に判断して宮澤氏の申し出を受けることにした。観客席のロープを乗り越え、椅子に座っている4人の前に進んだ。若い女性が立ち上がり、席の隣に置いたクーラーボックスから水筒らしきものを取り出し、コップを僕に差し出した。

「さ、どうぞ。アイスティーでいいかしら?」

「はい。ありがとうございます」

僕はコップを受け取り、注ぎやすいようにコップを向けた。水筒からゆっくり紅茶が注がれる。8分目ぐらいまで注がれたとき、水筒がコップから離れた。

「このくらいでいいかしら?足らなければ、また注いであげるから」

「はい。ありがとうございます」

僕がお礼を言うと、そのショートカットの女性はニコリと微笑んだ。歳は20代後半ぐらい、短めのスカートで、宮澤よりもスタイルがいい。 バリッとしたスーツからしておそらく宮澤氏の秘書だろう。いわゆる大人の女性の魅力が・・・・

「いつも由紀野様からお話はうかがっています」

しばらく僕が紅茶を飲むのを見ていたが、2、3口飲んだところで、その女性が切り出した。

「え?」

「あ、申し遅れました。私は由紀野さんのボディーガードの法条まりなと申します」

「ボディーガード・・・・」

宮澤ほどの立場の人間なら護衛がいて当然だったかもしれない。今までまったく考えていなかったが、宮澤は日本でも1、2を争う大企業の令嬢なのだから護衛がいない方が不思議なくらいだ。ただ今まで彼女がそんなそぶりを見せなかったので気がつかなかった。

「有間です。よろしくおねがいします」

「そんなに緊張しないでもいいのよ」

「はあ・・・」

別に緊張しているつもりはなかったが、法条さんには慣れない相手に多少緊張しているように見えたのかもしれない。

「ボディガードといってもぴったり隣にくっついている訳じゃないから、実際にお会いするのは初めてね」

「そうですね。いつも遠くから監視してるんですか?」

僕は一番聞きたかったことから質問した。僕が宮澤といっしょのところを常に監視しているのか知りたかったからだ。別にやましいことはしていないとはいえ、やっぱり気になる。

「いつもって訳じゃないけどね。学校の行き帰りは少し離れて追跡してるし、学校にいる間も連絡があったら直ぐに対応できるように学校の外の車の中で待機してるわ」

「そうなんですか」

なんか複雑な気分になってしまった。もし、自分が宮澤の立場だったら絶えられないかもしれない・・・・・そう思ったからだ。

「でも四六時中双眼鏡で監視している訳じゃないから安心して」

少しにやけながら言われた。

「べ、別にやましいことしているわけじゃないですから」

そう言うのが精一杯だった。法条さんは僕の言葉に微笑み返した。どうも、この人はやりにくい。

「では、僕は作業がありますので、この辺で失礼します」

不利になったら下手に抵抗するよりも一時撤退した方がいい。僕は宮澤家ご一行・・・・というより法条さんから逃れるために用も無いのに再び校舎のほうへと歩き始めた。

 


 

校舎のほうから見覚えのある顔がこちらに向かって手を振っていた。浅場秀明だった。

「よう、有間、元気っ?」

「浅場の顔を見たら元気なくなった」

いかにもイヤそうな顔をしてそういうと、泣きそうな顔になった。

「ひどいよ。そんな嫌われるようなことしたか?」

「した・・・・・・」

浅場の問い掛けに即答すると、辺りを寒い空気が漂い始めた。

「そ、そうか・・・・ま、勝負楽しみにしてるから」

浅場はそれだけ言うと僕の後ろのほうにいた女生徒に声をかけ、そちらのほうへと歩いていった。

「あんな変態エロ男に宮澤を取られてたまるか」

僕は全速力の早歩きで第1校舎の屋上へと向かった。

 


 

屋上に来ると建物の影でコソコソ女生徒が話をしているのが聞こえてきた。変に思われるのがイヤなので、とっととその場から離れることにした。

「有間が黙っててって言うなら黙ってるしかないんじゃないの?」

僕の足が自動的に止まった。声のほうを振りかえる。

「でも怪我してるんだよ」

「してるのは理香じゃないんだからいいんじゃないの?」

「でもでもでも」

「なんだよ、有間に気があるわけぇ?」

「そうじゃないけど」

声を分析するに、瀬奈理香と沢田綾のようだった。

『秘密って言ったのに・・・・ま、無理するなって約束を守る気がないんだからお互い様か』

「知ってる?有間君って浅場君と今日勝負するんだって」

『なんでそのことを知ってるんだっ!』

本人に聞いてみたかったが、かろうじて言葉を飲みこんだ。

「知ってる。だって浅場があちこちで宣伝しまくってたもの。どちらが男として上か賭けてるんだって叫んでたよ。まったく」

『・・・・・・・・・・あの・・・アホ・・・・』

沢田の言葉に思わずその場でこけそうになってしまった。

「だったらなおさら、怪我してる有間君に勝ったって意味ないじゃない」

「んーや、わかんないよぉ。どんな汚い手段を使っても勝ってやる・・・とか言いそう」

『・・・・たしかに・・・・』

「でも・・・・やっぱり私、浅場君に言ってくるっ!」

そういうと瀬奈がこちらに向かって走り始めた。慌てて屋上のクーラーの冷却装置の裏に隠れた。

『ん?・・・しまった隠れてないで引き止めなければ』

このままでは足の秘密があの変態に伝わってしまう。阻止すべく慌てて飛び出した。すると、目の前に沢田が咥えタバコで立っていた。お互い驚愕の表情で相手を見る。

 

『はっ!優等生モード発動っ!』

 

こちらのほうが先に反応した。彼女の口のタバコを奪い、地面に落として踏みつけた。完全に消え、バラバラになったところでクーラーの冷却水の雨の中に放りこんだ。

「タバコはダメだ!」

とりあえずそれだけ言う。まだ沢田は反応がない。今度は彼女の両肩を掴んでゆすった。

「いいか、タバコはダメだ。わかった?」

「あ、有間・・・」

まだダメみたいだ。とどめの一撃を加えることにした。

 

「丈夫な赤ちゃん生めなくなるぞ!」

 

「す、すいません」

やっと先生に謝っているかのようなリアクションが返ってきた。とにかく、いつまでも沢田にかまってはいられない。まだ呆然としている沢田を置き去りにして、瀬奈を追った。

 


 

「あ、いた!」

瀬奈は既に校舎を出た後だった。慌てて後を追う。が・・・・・

 

グキッ!

 

「ウッ!」

校舎を出て直ぐのところの段差でまたしても足をくじいた。その場にしゃがみこむ。
すさまじい激痛だった。

「どうしたの?」

激痛をこらえながら顔を上げるとそこには先ほどの宮澤のボディガード法条まりな≠ウんが立っていた。

「いえ、何でもないです」

「足、挫いたのね。ダメでしょ、無理しちゃ。怪我してるんでしょ?」

法条さんはバックから救急セットを取り出して冷却スプレーを患部に噴射した。それからテーピングをやり直す。

「なんで怪我のこと知ってるんです?」

不思議だった。さっき会ったばかりで知っているはずのないことを知っていたので質問してみた。

「由紀野様が毎日話してくれるのよ。あなたのこと」

「そ、そうなんですか」

「女の子を泣かせるようなことしちゃだめよ」

「そんなつもりはないんですが」

処置はあっという間に終わったようだった。法条さんが立ちあがった。

「靴を履き替えたほうがいいわ。まだ歩ける?」

2,3歩歩いてみた。とりあえず問題ないみたいだ。

「ええ、なんとか」

「じゃ、靴を履き替えたほうがいいわ。靴を換えれば・・・多分大丈夫でしょ」

僕の腕を取って校舎裏の駐車場の方へと歩き始めた。

「あ、あの・・・・」

「何?」

『他の人が僕らのほう見てるんですけど』と言おうとしたが、さも当然というような態度で尋ねられたので答えに困ってしまった。そうこうしているうちに駐車場にたどり着いた。赤い2ドアクーペのトランクを空けて箱から靴を1足取り出した。

「由紀野様も用意がいいわね」

「え?」

「これはね、由紀野様があなたのために用意した靴なの。ほら、紐やマジックテープでかなり細かくしっかりとめられるでしょ。これならそう簡単には足をくじかないですむわよ。それにここの部分にプラスチックのガードが入っているし」

普通なら少し履きにくいくらいの靴だったが、今は足首がしっかり固定されるのでちょうどいい。

「私はもう10年くらい由紀野様のボディーガードやってるんだけど、あんな風に学校の友達のことを話してくれることは今までなかったの。あなたの事意外は。やっぱりお金持ちの令嬢ということで普通の友達としてお付き合いしてくれる人はいなかったみたいで」

「そうなんですか」

「だから、彼女のこと大切にしてあげてね」

法条さんが僕の肩をポンと叩いた。

「はい!」

自然と大きな声が出た。法条さんも微笑む。

「じゃ、またね。応援してるから」

法条さんは応援席のほうへと戻っていった。

「宮澤、絶対に勝つよ」

新たに闘志を燃やした僕だった。

 


 

あっという間に昼休みが終わり、あっという間に午後の競技が進み、あっという間に僕の競技の一つ手前まできてしまった。目前では障害物競走がおこなわれている。そろそろ次の競技の準備をしなければならない。

「有間君、がんばってね」

「絶対勝つよ」

僕は心配そうな宮澤をなだめるというよりも自分に言い聞かせる意味でそう言った。絶対に勝てる自信はこの状況ではない。本来の自分の全力を出し切れば勝てる自信はあった。が、それも自分の不注意で出来なくなってしまった。このツケは自分で払わなければならない。誰かに代わりに払ってもらう訳にはいかない。

「じゃ、行ってくる」

「うん」

集合場所の方へと歩き始めたときだった。

「お兄ちゃん!」

息を切らせて雪野がやってきた。

「あ、雪野」

「聞いたわよ!浅場って言う人と宮澤さんをかけて競争をするって!」

肩で息をしている雪野の口から出たのは、雪野に聞かれたら一番まずいとおもっていた内容だった。雪野が知ったら止めるに決まっている。

「誰からそれを・・・」

「そんなことは問題じゃないでしょっ!そんな足でやったらまた怪我しちゃうじゃないっ!」

「そんなこと言われても」

「私、その浅場って人に話をつけてくるっ!」

「やめろよ。無駄だよ」

「なにが無駄なのよ!そんな無謀な勝負なんか絶対させない!」

「雪野、いいかげんにしろ!」

 

バシン!

 

僕がヒステリックに叫んだ次の雪野の行動は言葉ではなく右手だった。僕の左の頬が少しヒリヒリする。

「何よ、人が心配して言っているのにっ!お兄ちゃんのバカぁーっ!」

雪野は泣きながら走っていってしまった。

「雪野・・・・・」

「有間君・・・・私も本当は雪野ちゃんと同じ思いなんだよ。本当にこんな状態で勝負していいの?」

宮澤が呆気に取られている僕の顔を見上げた。

「もう後には引けない。それに負ける訳にはいかない。絶対に」

「わかった」

宮澤は肯くと、どこかに走っていってしまった。僕は1人取り残された。

『僕はいったい何してるんだろ・・・・・・・・』

 


 

いよいよその時が来てしまった。浅場のF組は第6コースだ。A組の1コースからは少し離れている。既にレースは始まっていて次の次が僕らの出番だ。待っている僕たちは、まだきちんとは並んでいない。やはり浅場がこちらにやってきた。

「賭けのことはわかってるよな」

「ああ」

いっそ忘れていてほしかったが、しっかり確認されてしまった。

「怪我をしているそうだな」

「おまえには関係ない」

もう知られても関係なかった。とにかく全力を出しきるしかない。応援してくれる人達のために。そして、宮澤のために。

「ま、手を抜いたりはしないから覚悟しろよ」

「もちろんだ」

僕らの順番になった。所定のスタートラインにつく。

『もうやるしかない』

何人かから情報収集したところ、やはりある程度は彼も速いらしい。全力出せれば勝てるが、一度でも患部が痛むようなことがあればダメかもしれない。

「位置について」

審判が銃を構えた。クラウチングスタートの姿勢をとり、スタートの合図を待つ。長く感じられた。一瞬辺りが静まり返る。

バン!

 

一斉にスタートした。とにかく全力で前に進む。コーナーを左に曲がりながら進む。

「頑張って有間君!」

「頑張れ有間君!」

「お兄ちゃん頑張れ!」

キャーキャー女の子達の黄色い歓声に混じって僕の名前が聞こえた 。直に誰かわかった。が、そちらに視線を移動している暇などない。

コーナーを抜け、直線コースに入る。A組とD組、F組がほぼ並んでいる。つまり、僕とD組のだれかと浅場が競っているわけだ。

「有間君、由紀野様を守れっ!」

法条さんからの声援も聞こえてきた。

『そうだ、絶対、何が何でも負けられない』

再びカーブにさしかかった。D組のランナーは数メートル遅れた。完全に僕と浅場の一騎撃ちになる。

『後少し・・・』

カーブが終わり、最後の直線になった。ゴールは後20メートル。浅場は2メートル後方まで離れた。

 

 

 

が、そこまでだった。

 

ズキッ!

 

 

「うわっ!」

最悪の痛みだった。とても無視して走れる情況ではなく、そのままバランスを崩してスライディングするように倒れこんだ。

が、のんびり起き上がっている暇などない。そのまま両手を使って前に進みつつ起き上がった。痛む足は引きずるしかないが、とにかく早歩きで痛みを無視して前進する。

『あと5メートル・・・・』

だが走っているランナーと足を引きずっている僕の速度では差がありすぎる。あっという間にD組のランナーに追い越された。そして浅場は・・・・・

「ああああ、何やってるかなぁ。せっかくラストでブッちぎりで勝とうと思っていたのに、これじゃカッコ悪くて勝てないじゃん」

「おまえ・・・・・」

浅場は隣を同じ速度で歩いていた。

「情けは無用だ。早くいけ」

「行けって言われても・・・・・もうゴールじゃん。ほら」

僕と浅場は同着2位になってしまった。浅場が微笑んだ。

「ま、勝負はお預けだな。ベストコンディションの相手にぶっちぎりで勝てば、メリーちゃんがわんさか僕の周りに集まってくるに違いない。へへへへへへ・・・」

 

バシッ!

 

いつの間にやらやってきた宮澤が浅場の頭を小突いた。

「何、有間君を悪の陰謀のために利用してるのよっ!」

「いってーな、いいだろっ!宮澤から有間とったわけじゃないんだから。結果オーライじゃねーか」

「そういう態度が気に入らないのっ!」

「お嬢様なんだからもう少しおしとやかにしたらどうだ?おほほほ」

「むっ・・・・・・有間君、行こ。こんなの放っておいて。勝負はもうすんだみたいだし」

宮澤が僕の腕を掴んで連れて行こうとした。

「宮澤、悪い、ちょっと浅場と話がしたいんだ」

真面目な表情で言うと、宮澤も気づいたのか頷いて応援席のほうへと歩いていった。

 


 

競技は終わり、次の競技が始まった。僕は浅場と共に噴水広場までやってきた。

「なんだ話って。ま、まさか愛の告白とか・・・いや・困っちゃうなぁ」

頭をポリポリ掻きながら言う浅場に対して、僕がリアクションを返さないと真面目な表情になった。

「何で勝負を途中で止めたか知りたいのか?」

「ああ、そうだ」

「それは、さっき言ったことに間違いない。それに・・・・」

「それに?」

「宮澤からかうのは有間の恋人の宮澤をからかうときの方が面白そうだからさ」

浅場はまたニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「・・・・・」

僕が睨むとほっとため息を一つついた。

「わかったよ」

「宮澤を好きなのはあくまでLike≠フほうだよ。それにさ、宮澤に言われたんだ。自分はどんなことでも我慢するから有間君に無茶をさせないでくれって。なんか、自分がバカらしくなっちゃってね」

「宮澤が?」

「いいよなぁ、そんなこと言ってくれるメリーちゃんはいなかったから、うらやましかったよ」

浅場はベンチに座った。

「悪かったな、有間。もう宮澤に変なちょっかい出さないよ。・・・・・ほら、心配そうにこっち見てるから手当てしてもらえよ」

気がつくと宮澤だけでなく、雪野や法条さん、瀬奈達までがこちらを見ていた。気の陰に隠れているつもりらしいが、大人数なのでバレバレだ。

「じゃ、またな」

浅場はそう言うと走っていってしまった。

 


 

「いてっー!」

「ほら、お兄ちゃん動いちゃダメでしょ」

「ぎゃっ!」

「ご、ごめんなさい」

「あう」

「ほらほら、男の子でしょ。そのくらい我慢するっ!」

「なんか私の立場が・・・・」

結局、腕や足の傷は雪野と瀬奈と法条さんの3人がかりで治療された。宮澤はただそれを見ているしかなかった。

「宮澤、応援してくれてありがとう」

僕は時々感じる苦痛にうめきながら、宮澤に感謝の言葉を告げた。

「ふう・・・・・100万の感謝をするがよい」

宮澤は半ば諦めた口調で言いながら僕の頭を軽く小突いた。

「ははっ」

僕がふざけて頭を深く下げると、辺りに笑いが広がった。

 

体育祭は無事に終わった。特に何事も無かったかのように。

 


 

体育祭は何事も無く終わったが一つだけ変わったことがあった。

 

 

 

 

「有間、帰りにハンバーガー食べてかえろうぜ」

「OK」

結局あの日以来、浅場はちょくちょく顔を出すようになった。なんとなく成り行きで友達になったような感じだ。

 

後日聞いたことだが、競技の前に宮澤、瀬奈、沢田だけでなく法条さんや、雪野までが浅場に『有間は怪我してるのに勝負をするのか?』と言われたらしい。なんというか・・・・ちょっぴりうれしかったです。

 


次回予告

花野「金もないのに由紀野さんをデートに誘うお兄ちゃん」

月野「そんなお兄ちゃんに天罰が下るのだった」

花野、月野 「ああ、災い転じて福となるのかぁ!」

花野、月野 「次回、カノカレ・・・・今、そこにある危機=Iうおーっす!」

雪野 「映画の見すぎよ」


■■■ あとがき ■■■

「「あさぴん」と有間たちがどうやって友達になるか」それが今回の話の一番のポイントでした。

いかがだったでしょうか?

「100万の感謝」と言うのは100万円のという意味ではないです。これは「星界の紋章」という物語で王女ラフィールが最大限の感謝を表現するときに使う言葉です。

ご意見、ご感想など御座いましたらどうぞ こちらへ


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