Operation 2.0

焦る心、安らぐ心

これまでのあらすじ

それは見栄大王の『有間一郎』と完璧優等生『宮澤由紀野』との出会いから始まった。それまで優等生として周りから賞賛されていた有間は、『宮澤由紀野』によってその地位を奪われ、平民に甘んじることに・・・・・

だが、それに我慢ならない有間は・・・・・・・・・


『そうなのだ!この調子で中学まではうまく世間をだまくらかしてきた僕だが、初めて敵が現れたのである』

話は、入学式にさかのぼる。

●●●

入試で1番取って学年総代になろうと思っていたのに、僕は指名されなかった。トップになれなかったからだ。

 

『あんなに猛勉強したのに、僕より上がいるだとぉ!』

『総代になって僕の存在をぶちかましてろうと思っていたのに・・・・・・』

『高校デビューの計画が狂ってしまった』

 

僕の頭の中に、壇上で演説する僕とそれを称賛する男女の歓声が浮かぶ。それだけで気持ちが安らいでいく。いわゆる『背中がぞくぞく』っていうやつだ。だが、その賞賛も現実にはならなかった。

『1番になるくらいだから、きっとスサマジイ、クラーイ ガリ勉女に違いない』

僕の頭の中に、最も悪いガリ勉女のイメージが浮かんだ。逆光で顔に影が落ちて顔がはっきりと見えない。そして、背景にはどんより紫色のクラーイ煙が立ち込め・・・・・とにかく、自分の持てるすべての想像力を働かせた最悪のイメージが頭に浮かんだ。

●●●

「新入生代表、宮澤由紀野さん!」

司会の教師が総代の名前を読み上げた。入学式の体育館にその声だけが反響する。

「はい」

それは突然だった。僕の隣に座っていた女生徒が立ち上がった。首を右側に曲げその女生徒の顔を見上げてみる。

 

 

僕は思わず息を飲んだ。周りからも歓声があがる。

頭の中の悪いイメージは粉々に破壊された。そこに立っていた女生徒は、おおよそガリ勉とは無縁の清楚で可憐な美少女だった。

 

案の定、奴はクラスの・・・いや、学校中の話題を1人占めした。

 

『人生15円・・・いやいや、15年!こんな屈辱は初めてだ!』

 

●●● 

 

だから決めたんだ!必ずやつを倒すっ・・・ってね!そして、僕の素晴らしさを、みんなに気付かせなければならないのだっ!

空想の世界から戻ってきた僕は、自分の勉強部屋の椅子の上で叫んでいた。それを見ていた花野が、人差し指の先を咥えながら・・・

「つまり自分がデビューするはずが、その人にデビューされてしまったと・・・・・」

グサッ!・・・・・・痛いところを・・・・』

いつもながら花野の分析は鋭い。

「ふっ、虚しいわ。そんな努力をしなければ一番になれないなんて」

グサッ!・・・・・・ちくしょー、雪野めっ・・・・』

雪野の言葉が、花野の付けた傷口に塩を塗るようにしみる。

「そこまでして人に注目されたいのかぁ・・・・・」

月野が追い討ちをかけるように畳みかける。まったく妹'sの連携プレイは効果絶大だ。

「当たり前じゃん!誉め言葉は俺の生きる力の源なんだから!」

だが、僕も負けじと反撃する。

『そう、 誉め言葉がなければ俺の人生はさびしすぎる!』

「だいたい"ユキノ"って名前のやつは、なんでこうも性格悪いんだ!」

「何よそれ!私に喧嘩売ってるのっ!」

雪野食って掛かろうとするが、僕はかまわず言葉を続ける。

「しかもだ!そいつ、性格も運動神経もよくて、おまけに"あの"宮澤重工業の会長の独り娘なんだと」

宮澤の父親は、タンカー、吊り橋から戦闘機、ロケットまで作っている日本最大の重機械メーカーの会長らしい。家も大きいだろうし・・・・・・・・・・。

「むかつく!もう2度と奴に1番なんか取らせはしない!ジャマしてジャマして、徹底的にジャマして、お嬢様に人生の厳しさを教えてやらねば!」

シャーペンを持つ手に力が入る。少ししなっている。

「それってビンボー人の僻みでしょ?みっともないですよぉ・・・お兄さんっ!」

花野の攻撃・・・・有間一郎『痛恨の一撃』・・・・・・・

「きぃー!生意気なんだよ!花野っ!」

思わず力を込めたらシャーぺンが折れてしまった。まだ2週間しか使ってないのに。

「見栄だけで人をそこまで憎めるなんて・・・・・・・身内ながら恐いっ」

月野がとどめの一撃を放って3人とも部屋から撤退していった・・・・・と思ったら月野が戻ってきた。

「あっ、そうそう、お兄ちゃん。忘れてた。えーっと・・・・『柴姫 翼』って女の人から電話があったよ。また電話しますって」

「柴姫から?」

「そう。・・・・・・・ひょっとしてお兄ちゃんのカノジョぉ?」

月野が不気味な笑みを浮かべて尋ねる。また兄をからかうネタを発見したと思い込んで心が躍っているのかもしれない。

「柴姫は・・・・妹みたいなもんだな」

「・・・・・・・つまらん」

案の定、がっかりしたような様子で今度こそ撤退していった。

「そうか・・・・明日、お見舞いでもいってこようかな」

そんなことを考えながら、とりあえず勉強を始めたのだった。

 


 

翌日、剣道部の朝練が終わった後、教室にくると、先客がいた。

「おはよう、有間君」

『げっ!宮澤由紀野っ!朝っぱらから・・・・』

「あっ、おはよう宮澤さん」

内心の動揺は表に出さず、僕の最強の微笑みといっしょに挨拶を返す。きっと月野や花野が見たら腹を抱えて笑い出すに違いない。

「有間君、毎朝早いね」

「僕は部活があるから。宮澤さんこそ早いね」

『一番会いたくないやつにあっちまった・・・・と思いつつも、僕の鉄壁のマスクはこの程度では崩れないぜ』

「私は・・・何となく早く来てしまって。・・・・・・剣道部なんだよね?練習大変そうだね」

「うん、朝は6時から夜は7時までやってるよ」

「そんなに?それでもちゃんと勉強と両立しているんだからえらいよね。すごいね」

「いや、それほどでもないよ」

『ふっ、当然だ。お嬢様とは違う』

・・・・などと内心思いつつも鉄壁マスクは崩さない。

「宮澤さんこそ、しっかりしていて頭も良いし運動神経抜群だし学級委員の仕事とかしても手際いいし、高校にはこんなすごい人がいるんだなって」

僕はとりあえず頭に浮かんだ賞賛の言葉をかけてみた。

「わ、私なんか・・・・」

宮澤の顔が真っ赤になった。

『ん?なに赤くなってるんだ?照れるなんて・・・・・・・・へんなやつ』

お互い眼があった。

「はは」

「ふふ」

反射的にお互い微笑んでしまった。

『・・・・・あさっぱらから僕は何をやってるんだ・・・・・まあ、いい。・・・・宮澤。目の前のナイスな相棒(2人とも学級委員だ)は、やがて君を地獄に突き落とす悪魔なのだよ。せいぜいそれまで今の状況に酔っているがいいっ』

そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていった。

 


 

『ううー、ムカムカムカ・・・・・・・』

僕は苛立っていた。そして、焦っていた。今日はとことんまで屈辱的な扱いを受けた。

●●● 

1時間目のことだ。僕が数学の教科書に目を通していたときだった。

「ねえ、ここ教えて」

1人の女生徒が声をかけてきた。顔を上げると、それは自分に対してではなく、隣の席の宿敵°{澤由紀野に対してだった。

「ん、いいよ」

「あっ、これはね。判別式の解と係数の解を利用するの。だから・・・・・こうなの」

宮澤がスラスラと解いていく。

「あ、そうか」

女生徒はそれを見ながら肯いた。

「宮澤さん、私たちにも教えて」

他の生徒数名が宮澤に寄ってきた。

「じゃ、机を合わせて班を作ってやろうか?その方が私も教えやすいし」

「賛成っ!」

周りの机を移動して班を作り出した。

『くそっ、僕だってそのくらい楽に解けるぞ。なんで宮澤ばっかりっ!』

ふと焦点を合わせると宮澤と目が合った。彼女が微笑む。とりあえず、僕も微笑み返した。少々力なくだが。

『くっそぉー!余裕かまして笑いやがったなっ!』

居たたまれなくなり、教室を後にした。

 

●●● 

 

3時間目のことだ。僕は男子数人にサッカーのシュート方法を伝授していた。

「だから、足首だけでボールを制御しようと思ったらダメなんだ。こう」

サッカーボールがきれいに弧をかいてゴールに吸い込まれる。

「おおっ!さすが有間だ、すごいぜ」

『このくらいお茶の子さいさいだ。もっと賞賛してくれてもいいぞ』

その時だった。

「おい、宮澤さん試合に出てるぜ」

「えっ、見る見る!」

僕の周りにいた男子達はさーっと波が引くように女子のバスケットボールの試合のほうへと移動していった。

『ちっ!また宮澤か。どいつもこいつもっ!』

宮澤がきれいなシュートを決めると観客から歓声が上がった。

「ほんと宮澤さんってかっこいいし素敵だよね」

 

●●● 

 

終日この調子だった。今まではみんなの注目を集めるのも先生に信頼されるのも僕の役割だった。が・・・・・

 

『くっそぉー!アイツさえいなければぁ!ほっといても僕が注目されるはずなのにっ!』

 

心の中で叫んだところで状況は変わらない。

まるで雪国の屋外に放り出されたようだ。

『寒い、一般市民として埋没している自分がっ!みんなに誉められたい!認められたい!かまわれたーい!』

ふと視線を左に向けると、宮澤が僕を見ていた。慌てて視線を逸らした。

『な、なんだよ・・・・・・・・っくっそぉ・・・・めざわりだぜ宮澤!いいかっ、おまえを地獄に突き落とすのはこの僕だっ!』

心の中で誓いを新たにしたのだった。

 


 

『眠い・・・・』

午後の授業は地獄だった。昨日も徹夜で勉強していたのだ。宮澤に勝つためにはなんだってする!・・・と意気込んではいるものの、やはり・・・・・・・・

咥えたシャーペンを口で上下に動かしたりして、何とか睡魔を振り払おうとしたが、眠気は怒涛の勢いで押し寄せる。うかつにも居眠りを始めてしまった。

 

《ズルッ!》

 

右手の上にのせてた僕の頭が、ズルッと落ちた。そして、机のほうへガクンと・・・・・

「げうぅ!」

シャーペンを咥えたまま頭を机にぶつけるような体勢になってしまった。咥えていたシャーペンが僕の喉に突き刺さった。

『がーん、僕はこんないやな死に方をするのかぁー!なんて最悪な人生なんだぁ・・・・・』

覚悟を決めたときだった。頭の中を走馬灯のように過去の出来事が・・・・・

『あっ、刺さってなかったぜ』

突き刺さる一歩手前だったらしい。とりあえず自分の足がついていることを確認した。眠気など瞬時に消え去った。

『ふぅ・・・・・・マ、マズイ、今の見られなかっただろうな。・・・・・僕のイメージが・・・・』

 

 

がーーーん!

 

 

●●● 

 

血の気が引いた。そう!真横の宮澤が顔を引き攣らせた状態でこちらを向いていた。

 

●●● 

 

授業が終わった。そして、待ちかねていたように宮澤がすぐ隣に立った。そして、耳元に唇を近づけた。

「有間君、ああいうのは危ないからしないほうがいいよ」

宮澤はまだ少し顔が引き攣っている。

「ああ、そうだね」

とりあえず、その一言だけ口にできた。僕は耳まで真っ赤になってしまった。

『最悪だ。よりによって・・・・よりによって・・・・よりによってっ!』

 

『むかつく!ムカツク!ムカつくっ!うをぉぉぉぉぉーーーーっ!スーパームカツクっ!ぜーったい宮澤を負かしてくれるっ!』

 

心の中で再び誓いを新たにしたのだった。

 

 



 

 

『ああ、つまんない・・・・・・有間こないかなぁ・・・・・』

柴姫翼は病院のベットでフランケンシュタイン状態で横になっていた。顔には包帯が巻かれていなかったが、右足と左手はギブスで固められている。ややウエーブのかかった長い髪と、誰でも美少女≠ニ形容するであろう整った顔に対して、それ以外の部分のアンバランスがなんとも言えない。

機能優先で殺風景な病室にはベット一つとテレビ、ビデオ、サイドテーブル、来客用の椅子、ぐらいしかない。テーブルの上には高校の数学の教科書と、少女漫画の月刊LaLaが置かれていた。

「昨日電話したときもいなかったし。有間、相変わらず高校でも優等生なのかな・・・・」

翼は暇さえあれば有間のことを考えていた。有間とは中学もいっしょだった。人見知りの激しい彼女の人生唯一の男の友達といえた。

「暇だ・・・・・・」

彼女は全治3ヶ月だった。猛烈に暇だったのだ。

 



 

「柴姫、急に訪ねたらびっくりするだろうなぁ」

僕は学校が終わると、そのまま柴姫翼の入院している病院に向かった。このまま真っ直ぐ帰ったら昼間の宮澤の件を思い出して勉強どころではないような気がしたからだ。

彼女は中学からの同級生で、高校ではD組にいる。もっとも、まだ高校であったことはない。なぜなら・・・・・・

3月から入院しているからだ。

 

何でも、スケボーをやっていて公園の石垣に突っ込み、それが崩れてきて生き埋め状態になり、一晩発見されなかったという・・・・・・・それで3ヶ月ですんでいるほうがすごいと思うが・・・・。

とにかく、柴姫は僕にとっては守ってあげたい妹みたいなものだ。それも、一番手のかかる末っ子の。ちなみに、お人形さんのような整った美少女だ。

『あれで性格が、ああじゃなければなぁ・・・・・』

僕は思わず溜め息を漏らした。

 

●●● 

 



「柴姫・・・・・好きだよ」

有間の腕が私の体を引き寄せる。

「あ、ありまぁ・・・・・」

彼の胸に私の耳が触れる。規則正しい鼓動が聞こえてきた。

『こうしているとほっとする・・・・・』

精一杯腕を広げて有間の体にしがみつく。すると、有間の左手が私の頬に触れた。顔を上げるとそこには整った有馬の顔、潤んだ瞳が・・・・・。見詰め合う。今まで何度も夢見てきた瞬間。

「有間・・・ずっと好きだった」

「僕もだよ」

「有間」

「柴姫」

私はそっと目を閉じる。この後感じられるであろう、有間の唇の感触を強く感じるために、唇に全神経を集中した。

『・・・・・・・・・・まだかな・・・・・』

とても長く感じられた。

『・・・・・・・・・・まだかなぁ・・・・・ちょっと目開けてみようかな。・・・・・・だめだめ』

『・・・・・・・・・・まだ?遅すぎるよぉ・・・・・』



《コンコン》

翼はゆっくりと目を開いた。そこは殺風景な病室だった。

「ん?!・・・・な、なんだ・・・・・・・夢か・・・・・・はぁ・・・・」

がっくりうなだれた翼だった。

 

●●● 

 

《コンコン》

ノックは世間一般の常識だろう。だが、最近それすらしないアホも多い。もっとも、兄貴の部屋に怒涛の勢いでなだれ込んでくる妹達もいっしょだな。

「はい、どうぞぉ」

柴姫の声だ、やや特徴があるあの声は間違えようが無い。僕はドアノブを回し、ドアを開けた。

「やあ」

まず顔だけ室内に入れて挨拶してみる。

「あ、ありまぁ〜ぁ」

その痛々しい格好の柴姫が微笑む。頬が緩んだ。

「やあ、ちゃんとおとなしく寝てたか?」

「うん。・・・・さ、有間、入ってよ」

無理に体を動かして起き上がろうとしている。

「おいおい、無理するなって」

慌てて駆け寄って上半身を起こすのを手伝ってやる。左手と右足がギブスで固められているので、少々バランスを取るのが大変だ。なんとか固定することに成功した。

「ありがとう。有間」

「どういたしまして」

頬を少し赤く染めてこちらを潤んだ目で見つめている。

「熱でもあるのか?」

「・・・・・・・・・そんなの無いよ!」

頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすると、一瞬呆気に取られたような表情になり、次にちょっとムッとしたような表情になった。

『なんか気に触ったかな?』

こんな時にはあの手に限る。僕は慌ててサイドバックから駅前のケーキ屋さんで買ってきたケーキを取り出した。

「病院食も飽きただろ?ケーキ食べるぅ?」

「うん!」

間髪入れずに返事が帰ってきた。そして、とたんに態度が変わった。僕の持っている白い箱を見つめて目を輝かせている。僕はベットの横のテーブルの下の段から、適当なお皿2枚と取り出して、中に入っていたケーキを並べた。1つはレア・チーズケーキ、もう一つはチョコレートケーキだった。

「どっち食べる?」

「両方っ!」

『やっぱしぃ』

聞く前から何となく結果は想像できた。が、次の言葉は中学時代の柴姫からは考えられない一言だった。

「半分づつ分けて、一緒に食べようよぉ」

「・・・・・あ、ああ」

一瞬呆気に取られてしまった。

『・・・・・柴姫も高校生になって少しは大人になったのかな』

何となくうれしくなってしまった。僕の本当の妹達は変に大人びていて、ある意味で僕より大人だ。だから、柴姫を見ていると、自分が兄として妹を見守っている・・・という気持ちが実感できる。僕にとって柴姫は言わば理想の妹なのかもしれない。

 

『なんとなく安心するな。柴姫見てると』

 

●●● 

手早くケーキを切り分けフォークといっしょに柴姫の目の前のテーブルと、客用のテーブルに乗せた。

「さあ、召し上がれ」

僕はそういうと自分の分を食べ始めた。

「ん?」

一口口に運んでから柴姫のほうへ視線を向けると、ケーキとにらめっこしていた。

「何やってんだ?」

「食べられない」

思いっきり悲しそうな目でこちらを見ている。

「右手は使えるだろう?」

「だって、こぼすかもしれないし、行儀悪いし」

片手食いは行儀悪い。片手だとこぼすかもしれない。それはわかるが・・・・・左手が使えないんじゃ、しょうがない。

「だって、他にどうやって食べるんだ?」

尋ねた僕がバカだったようだ。柴姫の右手の人差し指が僕を指す。ようするに、僕に食べさせてくれと・・・・そういうことだ。

「しょうがないなぁ・・・・わかったよ」

フォークを柴姫のに持ち変えて、適当な大きさにケーキを切り、彼女の口元に運ぶ。

「はい、あーん」

「あーん・・・んぐっ・・・・」

もぐもぐ嬉しそうに噛んでいる。ごくりと飲み込む。

「あーん」

「はいはい。ほら」

再び、同じように口に運び、きれいに歯の生えそろった口に運び込む。

「もぐもぐ・・・・」

本当においしそうに食べている。きっとケーキを作った人に見せれば喜ぶだろう。

「あーん」

「へいへい。・・・・はい・・・・ん?」

柴姫が開いていた口を閉じた。視線はケーキでも僕でもないところへ向いている。表情から察するに何かあったに違いない。

「どうしたんだ?」

視線の先を見ると、その先には女の子の頭が3つ、ドアの隙間から出ていた。3つの顔がほとんど同時に引き攣った笑いを浮かべる。

「何やってんのよ!あんたたちっ!」

柴姫の怒号がとんだ。

「ど、どうもぉ」

3人が入ってきた。3人ともうちの高校の制服を着ている。

「まさか、翼が男を引っ張り込んでいるとは思わなかった」

一番身長の高い、いかにも体育会系の女子高生が僕を見ながら言った。

「何バカなこっと言ってるのよ!」

柴姫が噛み付くような血相で彼女に言い返すと、隣の一番まともそうな女の子が僕を指差した。

「・・・あれぇ、有間君」

「ど、どうも」

『ああ、そうだ。思い出した。この3人同じ中学の連中じゃないか。柴姫の友達の・・・・・・名前は忘れたが』

「なんだ、そういうことか。つまんないのぉ」

「ちょっとっ!なんでそうなるわけぇ?」

「だってさ、有間とつばさじゃ・・・・・・全然イメージわかないもんねぇ」

「ねぇーっ!」

体育会系ともう1人が声を合わせて納得している。

「うっさいわねっ!聞ぃーてないのよっ!」

柴姫が吠えている。危険な兆候だ。

『なんか雲行きが怪しくなってきた。ごたごたに巻き込まれるのはごめんだぜ』

柴姫とその友人’sとの会話の雲行きが怪しくなってきたので、僕はとっとと撤収することにした。

「じゃあ、柴姫。あんまり大人数だと病院にも迷惑がかかるから、僕はこれで帰るよ」

「ええぇーっ!・・・・・・・・・・わかった」

僕がさわやかに微笑みながら言うと、かなり残念そうな表情で肯いた。

こうして僕は病院を後にしたのだった。


次回予告

花野「ついに宮澤由紀野から首位奪回するチャンスがお兄ちゃんに訪れる!」

月野「だが、中間テストの結果から得られたのは宮澤に対する劣等感だけだった!」

花野、月野 「次回、カノカレ『中間テストの攻防』!うおーっす!」


■■■ あとがき ■■■

今回は柴姫翼(入院ギブス固めモード)登場ということで、入院中の翼と有間のやり取りを書いてみました。

いかがだったでしょうか?今後はこのパターンで、某話のエピソードも書いていければと思います。

ちなみに有間が鈍感な設定は某話と基本的にはいっしょです。大きく違うのは再三出てくる『父の教育方針』です。有間が宿敵宮澤に対して極端な行動に出られないのはこの教育ゆえです。今後も大きく関わってきます。

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