次々に入ってくる悲鳴のような情報を聞くにつれ、だんだん恐ろしくなってきた。終わったと安心してくつろごうとした自分にも腹が立った。とても、休んでいる ことなどできず、オペレータ席の画面に映し出される、部隊の移動状況や被害状況にイヤでも目がいってしまう。
「いいわ。聞いてもらえるかわからないけど、全部隊に撤退を命令して。命令系統無視だけど、そんな悠長なこと言ってる余裕無いわ」
ミサト先生は、強い口調でオペレータにそう言った。一瞬、オペレータも困惑の表情を見せたものの、無線を使って何か言い始めた。外国語なのか、撤退の暗号なのか、それは私にはわからないが、緊張状態が継続しているのは私にもわかる。
「洞木さん、あなたは休みなさい。私たちに後は任せて」
「でも・・・」
「私達にはこれ以上何もできない。それはあなただって同じでしょ。今はとにかく休みなさい。これから何が起こるかわからなくて不安かもしれないけど、あれだけ疲れているんだから、横になればたぶん眠れるから」
ミサト先生も余裕がなさそうだった。普段の先生だったら、笑みを浮かべて冗談交じりで同じことを言えるかもしれないが、今日はダメだ。眉間にしわが寄っていて、ここでグズグズしていたらたぶん叩き出されるだろう。
「わかりました。奥で休みます」
「うん。そうして」
ミサト先生に軽く頭を下げて、奥のパイロット控え室に向かった。寝るところといっても、実際には簡易ベットがおいてある狭い部屋にすぎない。でも、他の職員が広い荷物室に簡易ベットや折りたたみの椅子だけで休んでいるのに比べれば天国みたいなものだ。私は、自分の待遇に感謝してラフな格好に着替えてベットに横になった。
「眠れるわけないじゃない」
そう呟いた。今この瞬間にも、大勢の人が消えていってるのだ。そう考えれば、とても眠れるものではないと思った。
「あれ?」
思ったのだけど、実際は違っていた。。睡魔は横になって1分もしないうちに襲ってきた。どんなに悲しいことが起こっていたとしても、結局それが、身内や友達のものではなければ、自分が感じる悲しみや怒りも、それほど大きくならないということのようだった 。そして、そのことを悲しむより早く、意識は闇の中へと落ちていったのだった。
「ヒカリ、いつまで寝てんのよ!」
聞き覚えのある元気な声が耳元で響いた。このテンションと声は間違えようがない。
「アスカ・・・・今何時?」
おはようといえる時間かどうかもわからない。ここ最近は時差ボケと不安定な睡眠時間によって、体内時計は完全におかしくなっていた。
「真っ昼間よ!現地時間で11時。ちなみに、今はフロリダだから」
NERV部隊の半分は日本へ直接撤退したものの、残り半分はアメリカ合衆国、フロリダの基地に移動したのだった。再びゼーレの基地への攻撃を考えていたようだったが、実際には、国連残存部隊の撤退支援になるようだった。聞いた話では、結局残った部隊の80パーセントが何らかの被害を受けていたらしかった。恐ろしくて何人犠牲になったかなど聞く気になれなかった。
「それにしても、後味が悪いわね。こんな終わり方じゃ」
「そうね」
戦争は終わったかもしれないが、犠牲があまりにも多すぎた。原因は無茶な命令をだした政治家や軍の上層部なのだろうが、そう割り切れるほど大人ではない。
「エヴァであの基地に戻ることはたぶん無いと思うのよね。だから、私たちはもうお役ご免。日本に帰ることになると思うけど、せっかくここに寄ったんだから、街でも歩く?」
アスカは気分転換にと提案したのだろうが、それができるところまで気持ちの切り替えが出来なかった。
「ごめん。今は日本に早く帰りたい」
「・・・・そっか。そうだよね」
アスカは「やっぱりね」という顔でため息をついた。
「ごめん」
「謝らなくていいわよ。じゃあ、食事にしましょう。そのくらいはつきあえるでしょ?」
「わかったわ」
アスカはウインクをして部屋から出て行った。窓の外は飛行場で、装甲車やトラックが忙しそうに行き来している。大型の輸送機が滑走路から飛び立っていった。
「あんなに犠牲を出すなんて酷いよぉ・・・・」
『平和への想い。忘れないで』と言った彼が、これだけ多くの人を犠牲にするとは思ってもみなかった。自分の判断が間違っていたんじゃないかと思えてきた。
「ヒカリ・・・」
「きゃあぁっ!」
耳元で不意に囁かれた。慌ててベットから飛び起きて声のした方を見てみると、そこには『彼』がいた。
「あ、あなた・・・」
「こんにちは」
彼は優しく微笑んだが、不意に彼のしたことを思い出し、頭に血が上った。次の瞬間
≪バシッ!≫
と右手で彼の頬を叩いていた。
「戦争やめるって言ったのに!あんなに犠牲を出すなんて酷いわよ!」
彼は真っ赤になった頬を押さえることもなく、悲しそうな顔をした。
「本当にすまなかった。謝りに来たんだ」
「謝ったって、巻き込まれて消えてしまった人たちは生き返らないんでしょうっ!」
一番悪いのは彼ではなく、撤退の提案を無視して自分は安全なところにいながら部隊を突入させた人達なのは、わかっていた。でも、そう納得させるだけの気持ちの余裕がなかった。
「彼らは・・・助ける」
「え?」
彼の意外な言葉に聞き直した。
「彼らは時空振動弾で別次元に跳ばされたが、後で連れ戻す。だが、多少の時間が必要だ」
彼の言っている意味は半分理解できなかったが、彼が言うには、つまり消えた人たちは別の場所で生きているということだけは理解できた。
「助かるの?」
「彼らは元々死んだわけではない。たとえて言うなら、ジャングルから突然、砂漠のど真ん中に移動させられたみたいなものだから。もっともこの地球上ではない けど」
彼はベットに腰をかけた。
「ただ、あちこちに散らばっているので、集めて呼び戻すのに数日かかる。その時間がほしい」
どう応対すればいいのかわからなかった。死んだと思っていた人たちが助かって、戻ってくると聞いたら、気持ちが急に軽くなって、気分が良くなった。
「嬉しい?」
「え?・・・あ、あの・・・」
自然と笑みが浮かんだ。それと同時に涙が出てきた。
「彼らはちゃんと責任を持ってこちらの世界に送り届けるから」
「わかった。・・・よろしくお願い・・・します」
そう言って頭を下げた。不意に人の気配が消えた。顔を上げると、もう、そこには彼の姿はなかった。
あれから3日後、私達は第3新東京市に帰ってきた。空港からNERV本部までは、ヘリコプターで移動する。本部といっても、ほとんどは地下にあるので、地上部分は入口とその近くのヘリポートみたいなものくらいしかない。本部に一番近くの入口の近くにあるヘリポートに接近していた。地上を見ると大勢のNERVスタッフが私たちを待ち構えていた。
「うわー、派手な歓迎ねぇ」
「そうだねー、あっ!アスカ、アスカ、あそこ見て!「おかえりアスカ」なんて書いてあるよ」
「そっちだって、「ヒカリちゃんLove」とか書いてあるよ」
「だれよ…あんな恥ずかしいこと書くのは!」
「まあ、うちらの知り合いだろうねー」
ヘリコプターは徐々に高度を下げ、歓迎ムードの人たちでごった返すヘリポートの一角に降り立った。
「ふう、なんとか帰ってこられたね」
「そうね」
アスカは微笑みながら、ヘリの後部のハッチから降りていった。その姿はなんとなく誇らしげで、私にも頼もしく見えた。そんなアスカの後に 続いてヘリコプターから降りてアスカの後を追って偉い人達やみんながいるところへ歩き始めると、不意に後ろから抱きつかれた。
「きゃっ!」
「お帰り、お姉ちゃん!」
抱きついてきたのはノゾミだった。その後ろにはこだま姉さんが涙ぐみながら笑顔を向けていた。
「ただいま。ノゾミ、コダマお姉ちゃん」
ノゾミの正面へ向き直って改めて抱きしめた。わずかではあるが、震えていた。
「心配したんだよー。もう帰ってこないんじゃないかって。ほんと・・・お姉ちゃんのバカー!」
私の肩に顔をこすりつけるように泣き始めた。小さな子供をあやすように頭を撫でてあげる。
「あんたねぇ。帰ってきたのにバカ扱いしなくても・・・・」
私が反論しようとした言葉はこだまお姉ちゃんに遮られ、代わりに言われた。
「コダマお姉ちゃん」
「なんて顔してんのよ」
お姉ちゃんは涙をぽろぽろ流しながら笑顔で私の頭を小突いた。
こんなやり取りをしているうちに、やっと帰るべき場所に帰ってきた実感が沸いてきた。そして、私自身も涙がこぼれ始めたのだった。
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