【zero】 Chapter  25
 

 その日は、ルージェ共和国の建国記念日だった。
 ルージェ共和国の首相であり、恐怖政治による独裁者であるパタ・ハルは、早朝からパレードに出発する為に首相官邸を出た。
 パタ・ハルを乗せたリムジンが警護の警邏車両と装甲車に囲まれ、リック・シティのメインストリートに乗り出す。
 道の脇には市民が列をなし、老若男女全員が手に持ったルージェ共和国の国旗を降り、パタ・ハルの名を口々に叫んでいた。
 突如、そのパレードの中心部で火柱が上がった。
 遠隔操作による迫撃弾が数発、パタ・ハルが乗るリムジンに打ち込まれたのだ。
 更に近隣のビルの窓から、数発のロケット弾が停止したリムジンに飛来する。
 巻き添えを食らった警邏車両や装甲車が横転し、爆風と金属破片が周囲の市民を襲う。
 リック・シティのメインストリートは、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。
 市民の列の背後から、アサルト・ライフルで武装したレジスタンスの兵士が現れ、生き残った首相警護隊員を次々に射殺してゆく。
 ルージェ共和国のパタ・ハル首相は、大規模なテロ作戦により暗殺された。
 同時にルージェ共和国内各地で、レジスタンスが一斉に蜂起する。
 軍や警察の内部に在籍していたレジスタンス工作員たちの破壊工作と攪乱により、ルージェ共和国としての治安維持機能は完全に麻痺した。
 各地で一斉に暴動と略奪が起こる。暴徒と化した彼ら国民の手を止めたのは、電波を通じて国内に流れた、現在レッドウイングの指導者であるセイジからの メッセージだった。
 その日、国民の血を肥やしにして生き存えていた、独裁政権のルージェ共和国は崩壊した。
 
 同時刻、私は郊外の豪奢な別荘にいた。
 広いフロアは一面がガラス張りで、手入れの行き届いた広い庭が見渡せ、その先に青い海が広がっている。
 フロアに侵入した私は、遮蔽装置を解除した。
 私の前にいる、揺り椅子に座っている人物に背後から接近した。
 揺り椅子の前には大型のテレビジョンが据えられていて、パタ・ハル首相がパレード中に暗殺されたニュースが報道されていた。
 歩み寄った私は、その揺り椅子の横に立つ。
 「ああ、君か… 確か『ジーク』とか言ったな。」
 その人物は首を曲げ、私のほうを見る。
 歳の頃は60歳あたりの、物静かな男だった。
 私は彼の顔を見ず、ガラス越しに外の広い庭を見ていた。
 その庭では、30歳過ぎたばかりの男と女、そして小さな子供が一人いた。
 飛行機の模型の様な物を男が投げる。
 その飛行機の模型が大気に乗り、ゆっくりと空中を滑空する。
 それを追って子供が駆けてゆく。男の子だろうか、危なっかしい足取りで必死になって飛行機を追う。
 それを見て男は女の肩を抱き、楽しそうに笑っていた。
 「あれが、私の息子と孫だよ。」
 私の隣で、揺り椅子に座る男は呟いた。
 「お前は、今日死んだ。」
 私は言った。
 「ああ、分かっている。終わったな… 振り返ってみると、儚い夢だった… 君は私を殺しに来たのかね?」
 「そうだ。」
 男の質問に答え、私は初めて男の顔を見た。
 パタ・ハルが、そこにいた。
 この男こそが、ルージェ共和国の独裁政権を作ったパタ・ハルだった。
 一人の男として、家族を慈しむ父親として、彼は私の視覚センサーの前にいた。
 「私の犠牲になってしまった、彼には申し訳ないと思う。だが何にせよ、私も終わったのだね。」
 男はそう言った。
 今日パレードで、レジスタンスに暗殺された筈のパタ・ハルは身代わり。つまり、ダブルだった。
 私はセイジとの打ち合わせ通り、本物のパタ・ハルを殺す為にこの別荘に潜入した。
 警護に当たっていた連中は、既に全員昏倒させている。
 突然ガラスのサッシを開いて、子供がフロアに入って来た。
 手には先程父親が投げた、模型の飛行機を抱いている。
 「おじいちゃん! …あれ、この人だれ?」
 子供はきょとんとした目で私を見た。
 その時、私の存在に気付いた男と女は、庭で立ちつくし硬直している。
 「ああ。この人は、ワシの古くからの友だちでな。ささ、もっと遊んで来なさい。」
 パタ・ハルはそう言うと、孫を庭に送り出した。
 「はーい!」
 子供はそう言って、庭に駆けだしてゆく。
 駆けて来た子供を抱き抱えた男と女は、油断無い目線を私に投げかける。
 「私はどうなっても構わないが、どうかあの子らは助けて欲しい。」
 パタ・ハルは庭の三人の家族を見ながら言った。
 「彼らを連れて、この国を去れ。お前なら国外に脱出するルートの幾つかは用意してあるだろうし、他国への亡命も可能だろう。」
 私は言った。
 パタ・ハルは私の顔を見上げる。
 「…感謝するよ、ありがとう。」
 そう言ったパタ・ハルに背を向け、私はフロアを後にする。
 
 私は別荘の外に停めてあったモーターサイクルに跨る。
 総排気量865ccの並列2気筒エンジンを搭載した、未舗装道路走行にも強いスクランブラー・タイプのマシンだ。
 セルモーターを回すと、アップタイプのエグゾースト・パイプが野太い排気音を吐き出す。
 これもセイジが用意してくれたマシンだった。
 別荘から離れ、海岸線の道を私はマシンを走らせる。
 私の背後からヘリコプターが放つ、エンジン音とローターが空気を切る音が接近して来た。
 パタ・ハルの別荘にあった、シングルローターの汎用ヘリだ。
 私のマシンのバックミラーには、操縦桿を握るパタ・ハルの姿が見えた。
 パタ・ハルは今、大切な家族を連れヘリに乗って国外逃亡への道を飛行している。
 だが、そのヘリから別の音が起こった。
 私の周囲に、無数の銃弾が着弾する。
 私も数発の銃弾を背中に受け、一瞬マシンを操るバランスを失いかける。
 一発が私のマシンのテールランプを直撃し、赤いプラスチックの破片を四散させる。
 幸い他の銃弾はマシンを掠めただけで、タイヤをはじめとする駆動系統と動力系統に損傷はない。
 私の背中に留弾した数発の.30口径の弾頭が、擬似生体組織から押し出されコートの下を滑り路上に転げ落ちる。その多目的機関銃から発射された弾頭は、 ライフルとも共有できるカートリッジのものだ。
 マシンの体勢を取り戻した私を追い越し、前方でヘリは旋回して再び私に迫る。
 ヘリの開かれた後部ドアから、ヘリに搭載されたマシンガンを構えるパタ・ハルの息子と目が合った。

 愚かな事だ。
 人間とは、本当に愚かな動物だ。
 
 見逃した私に対して、破滅に追い込んだ私に対して、パタ・ハルの一家はこの私に対して一矢報いるつもりだったのだろうか。
 だが、私の名は『ゼロ』。
 触れるもの全てを破壊する、嘗ての連邦軍が造り上げた究極の戦闘マシーンだ。