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【zero】 Chapter 24
強力な人工磁場によって全身の動きを封じられていたが、私の
体表を覆う磁気の影響を受けない擬似生体組織はフリーだ。
両足大腿部の表面が、さざ波が立つように蠢動していた。
私がロベルトという警官になりすました時に大腿部に隠した.44マグナムのカートリッジが、擬似生体組織の中で移動を始める。
ハンドガンのカートリッジを構成する金属は、主に鉛と真鍮である。
鉛は反磁性であり真鍮は非磁性なので、私の金属骨格のように現在私を拘束している磁場の影響を受けない。
全部で20個のカートリッジが、私の両肩と両足の臑に分散し移動して行った。
私の両肩と臑に、それぞれ小さな穴が5個開く。
それは擬似生体組織で作られた、.44口径の右回りのライフリングまで再現された銃身だ。
私の照準モニターが、四つの区画に別れる。
全て私の視覚センサーが捉えた、天井と床と壁の角の四隅に備え付けられた磁場発生装置を映し出している。
全てのモニターがロックオンを告げた。
私の体表に現れた即席の銃身の奥、.44マグナムのカートリッジをホールドした擬似生体組織が一斉にケースの尻にあるプライマーを押し潰した。
轟音が地下二階のフロアに響き渡り、私の体から発射された.44マグナムの弾頭が四隅の磁場発生装置に向けて飛んだ。
私の擬似生体組織からなる即席の銃身は、せいぜい1インチ程度のもので命中精度は知れたものだ。
だが、この至近距離で一度に5個の.44マグナム弾頭を受ければ、対象が何であろうがひとたまりもないだろう。
地下二階のフロアで炸裂音と火花が交錯する。
磁場発生装置が破壊されると同時に、私を拘束していた磁場が消滅した。
磁場による拘束から逃れた私はフロアの床に着地する。
右膝を立て蹲った着地の体勢のまま、私は全身をサーチする。
オールグリーン。全身の機能には、磁場による損傷は無い。
私はゆっくりと立ち上がると、磁場の拘束から逃れ床に落ちていた.44マグナムを拾い上げ、防弾ガラスに向けて歩いた。
防弾ガラスの向こうではネオン・タルが慌てふためいた表情で磁場発生装置のリモコン・スイッチを放り、肩からたすき掛けにしたサブマシンガンのセフティ
を外している。
慌てているせいか、彼の指が思い通りに動かずサブマシンガンのセフティがうまく外せない様子だ。
防弾ガラスの前まで来た私は、左手の手の平を突き出した。
擬似生体組織が後退し金属骨格が現れた左手を、防弾ガラスに押し当てる。
左手骨格の超振動により、私たちを遮断していた防弾ガラスが粉々に砕け散った。
私は砕け散った防弾ガラスの残骸を、ゆっくりと跨ぎ超える。
「ひ!ひいぃぃぃっ!」
ネオン・タルは腰を抜かしてその場に座り込み、やっとセフティが外れたサブマシンガンの銃口を私に向けた。
彼がトリガーを引く前に、私の右足がサブマシンガンを蹴り上げていた。
空しく中に舞ったサブマシンガンはフロアの壁面に叩きつけられ、マガジンが飛び出しハンドガードが粉々に砕けレシーバーからリコイル・スプリングが飛び
出す程に破壊された。
私は腰を抜かして座り込んでいる、ネオン・タルの正面に立っていた。
「な、なぁ… ジーク、いやゼロ。君は仲間だ… 私の話を聞いてくれ。君にとって悪い話ではない。」
ネオン・タルはそう言いながら、腰を抜かしたまま這って後ずさりをしている。
彼のズボンが緊急に排泄されたもので重く濡れていた。
「お前は、『ジーク』と呼べ。」
そう言って、私はネオン・タルの制服の襟元を掴んだ。
左手だけで掴んだネオン・タルの体を、フロアの天井に叩きつける。
ぐしゃりと音がして、ネオン・タルの体は天井に大の字になって潰れていた。
潰れた筋組織と流れ出た血液の粘性によって、ネオン・タルは床を見下ろすようにして天井に張り付いている。
「ああ… 畜生。ミコぉ… 俺はお前が好きだった。愛していたんだよ。何で俺の気持ちが分かってくれない… うぅぅ… いいぞぉ、もっとだ。やっとお前
は俺のもんだ。」
ミコの上にのしかかり、恍惚の表情で腰を動かしているサムファンの横に立つ。
無抵抗にサムファンに犯されているミコはと言えば、呼吸も停止し心拍の反応も無い。
そう、ミコは既にこと切れていたのだ。
「おい。ミコから離れろ。」
私はサムファンを見下ろして言う。
「ああ、あんたか… どうだい? ミコは俺のもんだ。ほら、こんなによがってやがる。かわいいもんさ。いや、あんたの順番はねえよ。ミコは俺のもんさ。
うぅっ… いいぞぉ。」
サムファンはどろんとした目で私を見上げ、そう言った。
「ミコから離れろ。聞こえないのか?」
私は静かに言う。
こと切れているミコを死姦しているサムファン対し、怒りと哀れみの交錯した奇妙な分析データが私の感情回路に流れる。
現在死んでいるミコを汚しているその行為と、同じ女を愛していたという共感がそんな感情をもたらしたのだろうか。
私の背後で、べちゃりと音がした。
先程天井に叩きつけたネオン・タルの体が床に落ちた音だ。
だが少なくとも、このサムファンに愛というものは無かった。それは一方的な恋慕であり、下等極まりない肉欲に支配されているだけの身勝手な感情だ。
そう解析した時、私の四肢が震えた。
私の感情回路が直情的な怒りを訴えていた。
私はサムファンの顔面を蹴り飛ばす。
凄い勢いで後方に吹き飛ばされたサムファンは、潰れた鼻と顎を押さえて床の上でのたうちまわる。
鼻と顎を押さえた両手の指の間から鮮血が噴き出し、露出した下半身のペニスの先端から白濁した精液がびゅっと勢いよく飛び出していた。
「うあぁぁぁ!」
叫びながら床を転げ回るサムファンの体を、私は思いきり蹴り飛ばした。
このような輩に、撃ち込むだけの弾頭も無駄な浪費だ。
壁面に叩きつけられたサムファンの体は、げしゃりと音をたて奇怪な曲がり方をして床に落ちる。
即死したサムファンの骨格の折れた手足が、びくびくと痙攣をしていた。
私は手術台の上に寝かされている、ミコの横に立つ。
ミコは美しいその大きな瞳を見開いていた。
意志の光の消えた瞳は、何か虚空のものを見つめていた。
おそらく、自白剤の大量投与によるショック死だ。
大腿部や腹部には、ガスバーナーで焼かれたと思われる火傷の痕があった。
ここに連行されて来て、凄惨な拷問を受けた事が想像できる。
私はミコを拘束している、手首と足首に巻かれた革ベルトを引きちぎる。
見開かれた瞼をそっと閉じてやった。
ミコの体を抱き抱える。以前、私が抱いた時より軽いと感じた。
私はミコの骸を抱き、静かに地下二階のフロアを後にした。
階段を登りきった時、私の周囲を警官隊が取り囲んだ。
彼らは私を遠巻きに取り囲んでいるだけで、私に対しての攻撃の意志は全く感じられなかった。
私は片手でミコを抱き、一階フロアを部署ごとに仕切っているパーテーションのカーテンを引き千切ると、抱いているミコの体にかけてやる。
腰の擬似生体組織に左手をやると、私の皮膚の中からアンナのクロスが現れ、私の左手の平の上に落ちた。
握った鎖を持ち上げ、クロスをミコの胸元にそっと乗せた。
「ミコ。セイジの…フジシバのところに帰ろう。」
私はそう言うと歩き始めた。
私を取り囲む警官隊は更に数を増し、私の歩く先の道を空けて後ずさっている。
全員が驚異と好奇の目線を私に向け、そして遠巻きに見守っているだけだった。
私は警察署の正面入り口を通過し、表に出た。
道を空けている警官隊の列の前を、ミコを抱いた私は歩く。
外は既に朝日の光が夜の闇を制圧し、白い靄が立ちこめている。悪意と背徳に象られた街の、平凡な一日の始まりを告げていた。
私の名は『ゼロ』。
何故私が『ゼロ』と呼ばれるのか、その意味が解りかけて来た。
私は腕の中のミコを見下ろす。
「すまない。」
そう言って、私はミコの亡骸をそっと抱きしめた。
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