【zero】 Chapter  23
 

 私は超振動を発する金属骨格が露出した左の拳に最高出力のパ ワーを込め、私と彼らとの間を遮断した防弾ガラスに向けて突っ走る。
 私が防弾ガラスまで、あと5メートルという距離まで迫った時だった。
 火花に似た衝撃が、私の体を貫いた。
 それは外部からの得体の知れない強大な力によって、その場に全身を釘付けにされた状態だった。
 ちょうどこの地下二階のフロアのど真ん中で、大の字で磔にされたような格好で、私の体は宙に浮いていた。
 全身に力が入らない。人間で言う筋肉の役割を果たしている各部のパワーシリンダーが、私の中枢回路の指令を受け付けずに完全に凝固している。
 ビリビリとした感覚が全身を這い回り、視覚センサーや聴覚センサーに激しいノイズが現れる。
 力の抜けた右手から.44マグナムのリボルバーが離れ、右手の壁に吸い寄せられるようにしてぶつかり、かちんと乾いた音を立てた。
 これは、人工的に作られた磁場だ。
 サーチしてみるとフロアの天井と壁と床の角に、それぞれ四つの磁場発生装置が据え付けられていた。
 愚かな事に、私はその装置の存在に気付かない程に逆上していたのだ。
 「ようこそ、ジーク。待っていたよ、君がここに来るのは分かっていた。いや、やっとの思いで君が手に入った。さあ、このままこいつの出力を上げて君を解 体するか? それとも君のプログラムを書き換えて、私たちと一緒にルージェ共和国の為に働くか?」
 ガラス越しの治安警察長官のネオン・タルは、左手にコントロールスイッチの様な物を握っていた。どうやらこの人工磁場は、ネオン・タルが手元でコント ロールしているらしい。
 「………。」
 私は頬の擬似生体組織を震わせて呻く。
 音声を発する事さえ出来ず、私はその磁場が作り出した空間に固定されていた。
 「まあ、と言うのは立前上だよ。いやいや、君は私のものだ。君の回路を書き換えて、私の私兵として極秘に働いて貰うのはどうだろう? もういいだろう?  君は十分働いたし、君の素晴らしい性能は既に実証済みだ。もうこのドブネズミどもに、無理に義理立てる理由も無い。それとも、君はこの女を愛しているの か? そんな筈は無いだろう、君は嘗て連邦軍が作り上げた最高傑作の戦闘ロボット。ZO-2600なのだから。」
 治安警察長官ネオン・タルは、そう言った。奴の声は強固な防弾ガラスで遮断された室内にセットされたマイクによって、私がいる方に据えられたスピーカー 越しに響いて来る。
 
 愛している? この私がミコを…?
 分からない。いや、ロボットである私がそのような事などある筈もない。
 だが、ミコに悪意で触れる者は許さない。
 私の感情回路がそう叫んでいた。
 
 感情回路の叫びとは裏腹に、磁場に縛られた私のボディは軋みを上げていた。
 このままではネオン・タルの従僕になる前に、私の体が崩壊する。
 私の視覚センサーから捉えられたモニターには、既にネオン・タルの薄汚い表情さえ翳んで見えた。
 いまだに夢中でミコの上にのしかかり、腰を動かしているサムファン。
 そして、見開いた瞳を宙に向けたミコの横顔が翳む。
 一瞬、そのミコの横顔が鮮明に見えた。それは、私のメモリーに残留している、あの時の私に屈託のない笑顔を向けた、私の体に取りすがって幸せそうな笑顔 を見せたミコの映像とオーバーラップしたのかも知れない。
 「くそったれぇ…」
 私の音声発生装置がそう呟いた。
 呟いただけで、それは外部には聞こえない程のか細い声だったかも知れない。
 突然、私の視覚がシャットアウトした。もう既に視覚センサーが機能していないのだ。
 軋みを上げる私のボディも、遠い世界の事象のように思えた。
 私は私を必要としているミコを、二度も見捨てた。
 それは見捨てたのではなく、私の自我意識がそうさせたのだ。
 誰の命令も受け付けない。私は自分の判断で行動する。
 このシステムこそが、私をあの惑星独立戦争の激戦から、そして400年経過した今でも私が存在しているという事実を作った、ある意味奇跡のメカニズムで あった。
 いや、そうではない。私は恐れていたのだ。
 私は長い間、人間と深く関わり合うを避けていた。それは、私が過去の戦闘で体験した学習プログラムによって培った、最終の答えだったのかも知れない。
 私は破壊者であり、決して創造者にはなれないのだ。
 
 闇の中で私はもがいていた。
 手足は何かに固定されたようで、ぴくりとも動かない。
 私の前には深遠な闇が拡がっていた。
 私は先程までの事象を思い出していた。
 そう、私は奴らに捕らわれてしまったのだ。
 このまま解体されるか、全く別の人格をインプットされて私は私で無くなってしまうのか。
 ミコ。
 アンナ。
 私はZO-2600。400年前に連邦軍が作り上げた、最強の戦闘マシーンだ。
 だが私は、私に好意を寄せる彼女たちさえも守りきれなかった。
 私は一体、何だ?!
 私の存在に、どれ程の価値があるのか!
 私が存在している理由はあるのか?
 私など最初から存在していなければ良かったのに!
 そうだとすれば、人間どもの醜い争いは回避できたかも知れない。
 無益な巻き添えは無かったのかも知れない!
 私は一体、何だ?!
 何の為に存在するのだ?!
 
 私の前方の遙か遠くに、小さな光が現れた。
 作動していない筈の視覚センサーがその光を感知した。
 いや、これは外部に通じるセンサーを通して感知しているものではない。
 その光は、私に向かって接近していた。
 そしてその光は、私の体を包み込む。
 暖かい慈悲に満ちた光。
 がんじがらめだった私のボディがふっと軽やかになり、何不自由なく動く。
 その瞬間、私は感じた。
 私の存在には意味がある。
 この世界が必要としているから、私は存在するのだと。
 
 神… 神とは、私の中にある。
 私にセットされた感情回路の中に、小さなチップの中に神が存在していた。
 それは人間の魂と呼ばれる、理性と感情を超越した制御中枢の中に存在するものに等しい存在ではないか?
 そう、私はZO-2600。私は、人間と等しい魂を持った戦闘マシーンだったのだ。
 
 私は、視覚センサーを覆う擬似生体組織で構成された瞼を開いた。
 目の前に、強固な防弾ガラス越しに、愛するミコを見た。
 今そのミコを捕らえているサムファンと、ネオン・タルの姿を見た。
 私のボディの表面を覆う、磁気に反応しない半有機性流体金属で作られた擬似生体組織が活動を開始した。