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【zero】 Chapter 22
警邏車両を運転する私の前に、治安警察本部の建物が見えて来
た。
夜明け前の闇の中、無数の窓から漏れる明かりの中で、建物右手のあたりで黒煙が上がっているのが見えた。
私の運転する警邏車両はゲートを潜り、駐車スペースに入る。
警邏車両を停めた私は、ドアを開き運転席から降りた。
先程黒煙が上がっていたあたりが騒々しい。サイレンと共に消防車両の赤いランプが、周囲を走り回っている。
治安警察本部建物の一階ロビーの受付所は、夜とはいえ、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
連行されて来たと思われる町のチンピラやこそ泥、麻薬常習者といった連中はソファーや床に座り込み、警官達は彼らの相手をしているどころではない様子で
走り回っている。
「来た!犯行声明だ。やはりレッドウイングからだ!」
デスクが並ぶ一階の、一番奥にいた警官の一人がそう叫んだ。
どうやらセイジたちレッドウイングは、この治安警察本部に対し爆破テロを仕掛けた様子だ。
要求は、当然メンバーの釈放だろう。
治安警察があっさりと要求を呑むとは思えないが、今の私にとっては丁度良い陽動作戦になる。
私は一台のデスクの上に置かれた、端末コンピュータの背後に廻った。
足下の床からローカルネットワークのLANケーブルが伸びているのを確認し、コンピュータに接続されているポートからケーブルを引き抜いた。
ケーブルの先端のモジュラージャックを握ると、先端の露出した導線の極から私に内蔵されたネットワーク・システムに接続される。
私は治安警察本部のサーバーにアクセスを開始した。
治安警察本部建物の内部構造のデータを引き出す。
二階と三階に取調室という施設があるが、この数時間のあいだに使用された痕跡はない。
ふと、私の注意は地下二階にある、何も使用目的が明記されていない空間に向けられた。
使用目的が無いわりには、かなり広い部屋だ。
今度は建物の随所に設置されている、監視カメラのモニター映像にアクセスする。
治安警察本部の各部署が随時モニターされているが、その地下二階の部屋の監視カメラのモニターは除外されていた。
「おい、ロベルト!いつ帰ったんだ?… お前、何してる?」
私は背後から声をかけられた。
振り向くと、歳の頃は30過ぎのぽっちゃりとした色の白い警官が私を覗き込んでいる。私が現在なりすましている、ロベルトという警官の同僚だろう。
「ああ、どうもコイツの調子が悪いみたいでな。」
私はロベルトという警官の声質をコピーした声で答えると、デスクの上に乗ったコンピュータ本体のボディを手の平で軽く叩く。
「やめとけよ。お前さんがイジったところで、余計にブッ壊すのがオチだぜ。」
その警官は、顔に皮肉な笑みを浮かべて言った。
「一体、何の騒ぎだ?」
私は周囲を見回し、白々しく聞く。
「お前、知らねえのか?レッドウイングのクソったれどもが、また爆破予告をよこして来やがったらしい。このままじゃオレたち、本部ごとフッ飛ばされちま
うぜ。もうオレは帰るからな、後は知らねぇや。ところで、ベニートの奴はどうした?一緒じゃなかったのかい?」
その私の前のぽっちゃりとした警官が、口から唾液を飛ばしながら一気にまくし立てて来た。
私は首を横に振る。ベニートとは多分、私が成りすましているロベルトという警官とコンビで警邏に当たっていた筈の警官だろう。
私があの時見たのは、現在警邏車両のトランクの中で眠っている、このロベルトという警官一人だった。
「またコレか?いい気なもんだぜ、まったく。」
その同僚の警官は小指を立てて笑い、私の前から去って行った。
パタ・ハル政権の私設警察とも言えるこの治安警察の末端の腐敗ぶりが、今の会話で手に取るように分かる。
私はLANケーブル先端のモジュラージャックを握った手を離す。
ジャックを覆うプラスチックが、かちんと音を立て床に落ちた。
私は既に検索済みで場所を把握した、地下二階に通じる階段へと向かう。
静寂が不気味だった。
地下二階のフロアへと続く通路は異常に広く、昼間の晴れた野外よりも明るい採光が施されている。
明らかにこれは、私を誘い込む罠だと感じた。幾つもある普段閉じられていると思われる、通路を遮断する鋼鉄製のシャッターが全て開いており、随所に設け
られた赤外線を使用した警報装置の電源が、全てオフになっている状態だったのだ。
相手はこの私に対し、余程の自信を持っている証拠だ。
私は構わず前進した。
唯一閉じられている鋼鉄製のシャッターの前に、私は立った。
天井部の監視カメラが、私を無言でモニターしている。
私はロベルトという警官になりすましていた顔のコピーを解除し、本来のオリジナルである私の顔に戻して監視カメラを睨んだ。
目の前のシャッターが中央から裂け、左右に開く。
私の目の前に現れた空間は、更に広く明るい、全ての壁面が白い防音素材の板に覆われた、何も装飾の無い恐ろしくストイックなフロアだった。
フロアの向こうに、三人の人影を私の視覚センサーが捉える。
私に向かってにたにたと嫌らしい笑みを浮かべている、でっぷりと腹の出た中年の男。
署内のデータベースにあった、治安警察長官のネオン・タルだ。
中央に据えられた台のようなものに向かって、蹲っている男がいた。その横顔は、私のメモリーのリストにある。あの、サムファンだ。
そして、中央に据えられた台は、婦人科の手術台のようなものだった。そこに全裸で、手足をベルトで固定されて両足を開かされている女の姿があった。
その美しい横顔を見た瞬間。その台の上の女の体にのしかかり、ズボンを下ろした腰を必死になって動かしている、サムファンの醜い表情を見た瞬間。
私の中央演算回路に、かっと熱いものがこみ上げて来た。
恍惚の表情を浮かべているサムファンの無様に開いた口から、一滴の涎が尾を引いて滴り、女の均整の取れた上向きの乳房に落ちた。
「ミコ…」
そう呟いた私は、まさに我を忘れていた。
私は右手を左脇に走らせる。
治安警察の制服に偽装した擬似生体組織から、そこに隠した.44マグナムが浮き出て来る。
私は.44マグナムのグリップを掴み、走った。
私の僅かに残った理性が、私と彼らの間を分厚い防弾ガラスで仕切られている事を告げていた。
私の左手の擬似生体組織が後退する。
露出した金属骨格の拳が超振動を開始し、フロア全体の空気が振動を伝達して揺れる。
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