【zero】 Chapter  21
 

 「おい。止まれ!」
 私は背後から、一人の警官に呼び止められた。
 リック・シティ繁華街の路地裏。狭く薄暗いゴミ溜めのようなそこでは、様々な異臭を私の嗅覚センサーが感知する。
 私は警官に背を向けたまま、両手を頭の高さに持ち上げホールド・アップする。
 「なぜ逃げたんだぁ、あーん?」
 おそらく腰の銃に右手をかけて私の背後に迫って来た警官の音声から、警戒の中に鼠をいたぶる猫を思わせるような加虐的な心理が読み取れる。
 警官の音声を発する口の位置から、身長は私より2センチ程度低い事が確認できた。
 同時に私は、警官の声質を解析する。
 「こっちを向け。ゆっくりとだぞ。」
 警官の指令に、私は両手を挙げたままの姿勢で体の向きを変える。
 私が推測したとおり、警官は右手を腰のハンドガンに添え、にたにたと意地の悪い笑みを口元に張り付かせて立っていた。
 年齢は30歳過ぎた辺りだろう。体型は筋肉質で、肥満体型ではない。
 適合範囲だ。
 リック・シティに着いた私は、今まで操縦していたモーターサイクルを路地に乗り捨て、繁華街を徘徊していた。
 治安警察の警邏車両が巡回しているのを見つけ、運転しているのが警官一人である事を確認した私は、わざと警邏車両の前から隠れるようにして、路地裏に逃 げ込んだ。
 私の思惑通りに警邏車両を停めた警官は、私の後を追ってここに来た訳だ。
 警官は空いた左手を伸ばし、私のボディ・チェックを始めた。
 私のコートの左脇で警官の手が止まる。
 警官は私のコートの襟を開いた。
 私の左脇下のホルスターに収まっている、大振りな.44マグナムのグリップの底を見て、警官の呼吸が一瞬止まる。
 「貴様… あの『ジーク』かっ?!」
 警官が腰のハンドガン抜ききると同時に、私は言った。
 「お前を、暫く借りる。」
 警官の持つハンドガンの銃口が私に向く前に、私の右手が彼の首筋に触れた。
 「ぐぅっ!」
 首筋にばちんと青白い火花が走り、警官はその場に崩れ込む。
 私の右手から迸った高圧電流を首筋に受けた警官は失神していた。
 私のパワー・ジェネレーターに付属する高性能ダイナモから発生する電流は、私の体のどこの箇所からも出力が可能だ。
 電圧と電流の値も自由に調整可能で、更に直流も交流も使い分ける事が出来る。仮に対象物を瞬時に焼き殺す事も、バッテリーの上がってしまった車両のセ ル・モーターを回す事も可能だ。
 私は倒れた警官の胸からIDカードを奪う。
 続いて、彼の顔と髪型と服装をスキャンした。
 コピー完了。
 私の体表を覆う半有機性流体金属をコントロールしているシステムが、そう告げた。
 私はコートを脱ぎ、.44マグナムを収めているホルスターを外すと、続いてTシャツとズボンを脱いだ。
 脱いだ中から、私の足下に倒れている警官が着用しているのと全く同じ制服が姿を表す。
 今は私の顔も髪型も、この警官と外見上全く同じになっている。
 声質も既に解析済みであり、仮にこの警官の家族が私に会っても、私が成りすましている事に気付かないだろう。
 .44マグナムをホルスターから引き抜く。
 私は手にした.44マグナムを、左脇下に押しつけた。
 私の半有機性流体金属で構成された擬似生体組織が作る警官の制服が、.44マグナムの銃体をくわえ込んで内部に取り込んだ。
 .44マグナムを取り込んだ為に左脇が若干張って見えるので、制服のジャケットをゆったりと見せるように変更した。
 これで左脇のふくらみも目立たない。
 続いて私はコートのポケットから、.44マグナムのカートリッジの箱を取り出す。
 箱を開いて発泡スチロールに並んだカートリッジを残らず抜き出すと、ほぼ同数に両手で取り分け、左右の大腿部の上に置いた。
 .44マグナムと同様に、私の擬似生体組織がカートリッジを大腿部に取り込む。
 警官のIDカードを左胸に貼り付けた私は、警官が乗っていた警邏車両に向かう。
 警邏車両を運転して移動した私は、路地裏に後部を向けトランク・リッドを開く。
 失神している警官の体を押し込み、トランクを閉めた。
 再びドアを開き運転席に座ると、耳障りな無線のスピーカーが唸る。
 「警邏隊23号、聞こえますか?応答して下さい。」
 無機質な女のオペレーターの声だ。
 この警邏車両のトップには、23と番号がペイントされている。
 私は無線のマイクを取り、マイク横のスイッチを押さえた。
 「こちら23号。103ストリートにて、不審者を発見。職質したが、特に異常なし。」
 私は警官のコピーした声質で応答する。
 「了解。」
 オペレーターの音声が切れた。
 私はステアリングを握り、ギアをドライブレンジに入れアクセルに足を乗せる。
 私を乗せた警邏車両は、ゆっくりと繁華街の通りを滑り出した。
 私の銃を見た瞬間の警官の反応は、私の推測通りだった。
 リック・シティの治安警察は現在、私に対して極度の厳戒態勢を敷いていた。