【zero】 Chapter  20
 

 私はコートのポケットの中で、拳を握りしめていた。
 リック・シティから南へ200キロ。小さく寂れきった繁華街を中心にした、活気のない地方の町に私は潜伏していた。
 あの時ミコと別れてから、既に179時間と34分が経過している。
 夜の町でふと、私は足を止めた。私の視覚センサーは、ジャンク屋のショーウインドウに並ぶ、受信状態の悪いテレビのモニターに釘付けにさせられた。
 ノイズが入るモノクロのニュース番組の中で、反政府組織のレッドウイングの主要メンバーが治安警察に逮捕された事をニュースキャスターが語っていた。
 レッドウイングのアジトを急襲した治安警察は、そこにいたメンバー7人の身柄を拘束、残り5人を射殺したと報じていた。
 そして、逮捕された顔写真のリストの中に、あのミコの顔があった。
 現在レッドウイングのリーダーである、セイジの顔はその中には無かった。
 おそらく彼らが別行動の時に襲撃されたのだ。あのサムファンの手引きであることは、容易に推測出来た。
 現在逮捕されたメンバーは、リック・シティの治安警察本部に留置しており、裁判を待っている状態だという。
 私は踵を返して、ジャンク屋のウインドウを後にした。
 コートのポケットに両手を突っ込んだまま歩く。
 奴らが裁判などという、公平で人道的な手続きなぞ踏む筈が無い。尋問した後で処刑するのは分かり切っていた。
 今私が動いたところで、到底間に合わないだろう。
 いや、これはセイジ達を… 延いては、この私を誘き寄せる罠だ。
 既に私はセイジ達とは関係ない。彼らの言う革命にも興味はない。
 そんな事を思考しながら歩いていると、前方の通りの真ん中で数人のチンピラ達がたむろしていた。
 彼らは自分達の所有する改造バイクについて、自慢げに語り合っていた。
 タンクに施された派手なペイントと、機能的に意味のない数々の装飾は、既にオリジナルの機種が何だったかさえも区別出来ない程だ。
 もっともそれらは彼らの正式な所有物ではなく、その殆どは盗難車とみて間違いないだろう。
 彼らの存在を気にする事もなく通り過ぎようとした私に、彼らの一人が掴みかかって来た。
 「おい。おい、待てよ!コラァ!」
 虚勢を張ったチンピラの一人が私の前に立ち、頭一つ分高い私の顔を見上げるようにして睨んでいる。
 「何か用か?」
 私はその若いあばた面のチンピラを見下ろして言う。
 「聞いたか、こいつ。用か?だってよぉ!」
 そいつは仲間の方に振り返って、急にゲラゲラ笑い始めた。
 「おうおう!いいぞ!やっちまえ!」
 仲間達も喜んではやし立てていた。
 全員が麻薬の常習者の特徴である、とろんとした目をしていた。どうも私に絡んで来たのも、全く理由の無い突発的な行動だろう。
 「先を急ぐ。どけ。」
 私は私の前に立っているチンピラの、嫌な口臭を放っている口を顎と一緒に掴んだ。
 そのままゴミを捨てるように、チンピラの体を脇へ放り投げる。
 チンピラは路地の上を面白いように転がり、歩道の角に頭部をぶつけたのか、そのまま失神した。
 残りのチンピラ達が殺気立つ。いや、正確に言えば殺気だったのは二名で、残りの二名は一層腹を抱えて大笑いを始めた。
 つまらぬトラブルを起こしたくないので、私は早急にこの場を去ろうと思った時だった。
 私の視覚センサーのサーチで、彼らのモーターサイクルの中に一際程度の良さそうなマシンを見つけた。
 二気筒500ccのマシンだった。転倒の為か、バックミラーがステーごとひん曲がり、ウインカーは電気コードによって辛うじてぶら下がっている状態だっ たが、動力機関に損傷は無く、フレームやフロントフォークなどにも歪みは無かった。
 「そのマシンを売ってくれ。」
 私はポケットから取り出した紙幣を数枚、彼らの前に放り投げた。
 呆気に取られているチンピラどもを尻目に、私は売買交渉が成立して既に私の所有物となったモーターサイクルに跨る。
 私は車体を揺すって、タンクの中にある燃料を確認する。ほぼフルだ。
 キィを回してギアがニュートラルである事を確かめると、私はモーターサイクルの側面にあるキックペダルを起こして勢いよく踏み込んだ。
 まだ完全に冷えていなかったせいか、エンジンは滑らかに始動した。
 ギアを一速に入れ、アクセルを開けながらクラッチレバーを離す。
 中低速を重視した造りのエンジンは、低い回転数から太いトルクを発揮して車体を引っ張り始める。
 夜の大気を切り裂き、マシンは一気に加速した。
 マシンにレブ・カウンターは付いていなかったが、エンジンが最大のトルクを出す回転数を音を頼りに把握した私は、回転数をキープしながら正確にシフト アップしてゆく。
 交差点でのコーナリングを繰り返し、私は車体のバランスとバンク角を完全に把握する。
 いつの間にか町の景色が後方に飛び去り、私の前方にはヘッドライトに浮かび上がる荒野の道が横たわっていた。
 その時初めて、私は自分自身がリック・シティに向かっている事を自覚した。
 反政府ゲリラがどうなろうと、私の知るところではない。
 革命なぞ、私の関知する問題ではない。
 だが、私の名は『ゼロ』。
 誰の命令も受け付けない、誰にも拘束されない。私は、自我意識と感情回路を備えた戦闘マシーンだ。