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【zero】 Chapter 19
「不思議だ。」
「何が?」
呟いた私の耳朶に、ミコの吐息がかかる。
「なぜおれが特定の人間に特別な関心を持つのか。」
「それって、あたしのこと?」
私はミコに首を傾けた。
狭いピックアップの助手席では、すぐ横にミコの顔がある。
「そうだ。お前は以前に、このような生殖行為を行った事があるのか?」
「あ、あはははははははっ!」
突然私の隣で、ミコが大笑いを始めた。
「何が可笑しい?」
私はジョークなど発言してはいない。
「あんたの言い方、何とかならない? …そう、彼氏がいたよ。死んじゃったけど。もう一年になるのかなぁ。」
ミコは瞼を伏せて言った。
「同じレッドウイングのメンバーだったけど、治安警察の銃撃を受けて全身バラバラ… あの時は誰の死体かさえも分からなかった。」
そう言った、ミコの悲しみが私に伝わる。
「悪い事を聞いた、すまない。」
私はそう言った。ミコに詫びたのだ。
「いいよ、昔のハナシ。今のあたしにはゼロがいるから。」
ミコは作った明るい表情で私を見た。
「おれは人間ではない。ロボットだ。」
私は仰向けになったまま、ピックアップのトップ裏の天井を見つめて言った。
「ゼロ、教えてあげるわ。あんたが、なぜ特定の人間に関心を持つのか。なぜ子供達の命を救ったか。なぜ笑うのか。なぜ怒るのか。」
「何?」
私はミコの顔を見る。ミコの瞳には神々しいまでの美しさと輝きがあった。
「私たちがあなたを起動させた時、あなたの感情を司る回路を見つけたのよ。あなたの体はロボットだけど、指令系統はロボットではない。自らの意志を持
ち、判断して行動する。しかも量産型でないあなたには、最初から感情回路が組み込まれていたの。だけど完成時にたぶん不要と判断されたのかしら、その感情
回路は指令系統から遮断されていた。それを発見したおじいさまが、あの時に接続させたのよ。」
私の内部で起きている変化の原因は、それだったのだ。
「余計な事を…」
私は小さな声で唸った。今となっては、フジシバを恨む以外に何も出来ない。
「慈しみと怒りを知る事で、あなたは本来の力を発揮できる。おじいさまはそう言ってたけど、何となくあたし、分かったような気がするの。」
ミコは私の胸に頬を寄せた。
私は目の前にあるミコの頭にそっと手を置き、その短くカットされた柔らかい髪を優しく撫でる。
何か暖かいものがパワーセルを内蔵した胸部にゆっくりと拡がってくる様な、ロボットにはあり得ない奇妙な感覚を私は噛みしめていた。
「でもあたし、おじいさまに騙されていた。」
「何をだ?」
私はミコに聞く。
「あんたが対消滅機関で動いていたなんて… おじいさまは知ってたのよ。あたしには水素融合バッテリーだなんウソ言ってさ。」
「フジシバらしい行動だな。」
私は頬の擬似生体組織を釣り上げた。表情に皮肉な笑いを作った。
「ああ。あたし、伝説のマシーンと寝たのよね。自慢できるかしら… でもそんな事はどうでもいいや。あんたがロボットだろうが、この星が吹き飛ぶような
爆弾だろうが構わない。あたしにとって、ゼロはゼロ。大好きよ、ゼロ。」
そう言ったミコは、再び私の体にのしかかり口づけを求めて来た。
「“あめあめ、ふれふれ、かあさんが… じゃのめで、おむかい、うれしいな…”」
ブランケットにくるまっていたミコは、小さな声で歌を謡いはじめた。
その静かな優しい曲調に、私は聴覚センサーを傾ける。
だがその歌を構成する歌詞は、私のデータに存在しない言語だった。当然、意味も解析不能だ。
私は一瞬、何かの暗号ではないかと推理し、様々なパターンから解析してみたが全て徒労に終わった。
「その言語は何だ?」
私はミコに聞く。
「あたしも知らない。あたしらが子供の頃、よくおじいさまが歌って聞かせてくれたんだ。何でもずっとずっと昔に、あたしらの祖先の民族に伝わっていた歌
なんだって。もう言葉の意味もわからないけど、あたしこの歌、好きなんだ。」
フジシバたちの祖先に伝わる歌。
確かに意味は解析できないが、フジシバが起動してしまった私の感情回路の内部の闇に、あたかも雲の隙間から一条の光が差し込むような、偉大な温もりよう
なものを感じ取れた。
「“ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン…”」
ミコが瞼を閉じて、63分と27秒が経過した。彼女は私の腕を抱き込んで、静かな寝息を立てている。
私はそっとミコの腕を振りほどき、体を起こした。
ピックアップのウインドウに目をやる。ガソリンスタンドの締め切ったピットの中に拡がる闇を凝視した。
後部座席から対物ライフルを拾い上げる。
私はピックアップの助手席のドアを開き、対物ライフルを抱えてピットの床面に降り立った。
助手席のリクライニングしたシートの上で、静かに寝息を立てているミコの体に、そっとブランケットをかけてやる。
私はミコの安らかな寝顔の頬を、優しく掌で撫でた。
助手席のドアを閉じた私は闇を踏みしめ、ピットの側面に作られた小さな出入り口の扉を開く。
開いた出入り口から、昼間の陽光が差し込んで来た。
私は光の中へ、一歩踏み出した。
相変わらず外の風景は、絶望の赤茶けた色の荒野が拡がっていた。
私はガソリンスタンドを後にして歩んだ。
私の名は『ゼロ』。自らの意志で行動する戦闘マシーンだ。
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