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【zero】 Chapter 13
私はマンホールの蓋を押し上げた。
下水道から抜けたそこは、狭い路地裏だった。僅かに開いたマンホールの隙間から、むっとする湿った空気と何かの腐敗臭が私の嗅覚センサーに感知される。
下水道の内部に充満していた臭気とは、また異質の悪臭だ。
建物の裏に放置された大きな紙箱に群がるドブネズミの集団が、私の気配を察知し一斉に逃げ出す。
周囲にネズミ以外の生物の反応が無いのを確認し、私はマンホールを蓋を開く。
開いた穴から素早く身を乗り出し、音を立てぬよう配慮してマンホールの蓋を元に戻す。
私は周囲を見回した。そこは煉瓦で作られた粗末なアパートメントが密集する貧民街だった。
見上げれば建物から建物へロープが渡され、そのロープには無数の洗濯物が夜風になびいていた。
ヘリの爆音とローターが空を切る音が接近して来る。私は対物ライフルを抱きかかえるようにして、建物の隙間に身を隠す。
先程私が出てきたマンホールの上を、サーチライトの光が舐めてゆく。
私の上空を攻撃ヘリの下腹が通過した。
その下腹部に.50口径の徹甲弾を叩き込んでやりたい衝動を抑え、私は狭い路地を進んだ。
聴覚センサーが右前方に足音を捕らえている、距離にして200メートル。
近い。
その足音は、正確には8人の人間のものだった。
訓練された動きは、間違いなく軍のものだ。
私は彼らの進行方向を予測し、彼らの左手に回り込むように歩を進めた。
頭上にアパートメントのベランダが張り出している。窓からは明かりが漏れていた。
私は一瞬身を屈め、その二階のベランダにジャンプした。
ベランダの床を掴んだ私は、軽々と自分の体を引き上げ錆びた金属製の手すりを乗り越える。
ベランダに着地した私は、その二階の窓を覗き込む。
部屋の床は無数の安物の酒のボトルと風俗雑誌に埋め尽くされ、部屋の中央に据えられた粗末なベッドの上で、若い男女がセックスの真っ最中だった。
ガラスを張られた窓に鍵は掛かっていない。
私は音を立てずにゆっくりと窓を開け、室内に侵入した。
ベッドの上の二人はファッキングに夢中だ。私は念のために遮蔽装置を作動させたが、必要無かったと思うと、皮肉に唇を歪めて部屋の中を通過しドアに向か
う。
二階建てのアパートメントは、全てで6部屋あった。
先程出てきた男女の部屋の向かいに、廊下を隔ててドアがある。
私はサーモグラフィーを使用し、向かいの部屋をサーチした。
体温の反応が無い。
そこが空き部屋と見た私は、ドアノブを握る。
軽くノブを回すと鍵が掛かっていた。
構わず私はドアノブを廻した。
錠前の機構が破壊される音がして、ノブを引くと扉が開いた。
同時に抜けて来たドアノブを元あった穴に差し込み、私は室内に身を滑り込ませてドアを閉じた。
予想通り、そこは空き部屋になっていた。以前まで誰かが住んでいたのであろうか、住人の家具が少しだけ残っていた。
私はクローゼットを開き、その空のスペースに対物ライフルとアサルト・カービン、またそれらの弾帯やハンドグレネードなどの重くかさばる武器をまとめて
押し込んだ。
身軽になったところで、.44マグナムのリボルバーだけを腰のベルトに差し込む。
その部屋の窓の鍵を開け、私は下の路地を伺った。
夜戦用の黒い戦闘服を着た8人の人間が、私のいるアパートメントの下を移動していた。
当然ライトの類を持つ者はおらず、ヘルメットの下の顔には全員が暗視ゴーグルを着用している。
私は彼らの部隊が通過するのを待って、二階の窓から音を立てずに飛び降りた。
部隊の最後尾にいる男の背後に忍び寄り、両手で男の頭部を抱え込む。
力を込めて捻ると、ごがっと頸椎の折れる手応えがあり、男の体の力が抜けて私の胸に倒れ込む。
私は音を立てないように、男の体を引きずって脇の路地裏に隠す。
同じ要領で、私は更に二人の男を背後から始末した。
その時、結果部隊の最後尾になった男が振り向いた。
「ダグラス、どうした? 待て、ヤンもいないぞ!」
男は異変に気付き、部隊の進行を制止する。
その時すでに私は遮蔽装置をオンにし、部隊の前方に回り込んでいた。
残った5人は訳が分からず、一瞬でパニックに陥っている。
私は遮蔽装置を解除し、続けて加速装置をオンにする。
部隊の前列にいた男の左頭部に、右足の回し蹴りを放つ。
首が折れぶらぶらになった頭部が右肩に当たり、反動で跳ね返って左肩にぶつかるシーンがスロー再生のように見えるが、私は構わず着地した右足を軸に隣に
立っていた男に左足を突き出す。
男の体は私の蹴りをまともに胸部に受け、建物の煉瓦の壁に飛ぶ。
男の体が壁に激突し、衝撃で頭部が飛び散るまでに、私は後ろに残った男の首に右の手刀を叩き込み、隣の男の顔面を左の裏拳で吹き飛ばし、最後に残った男
の鳩尾に右の拳を突き刺していた。
部隊は襲撃者の私に対して、一切の反撃も出来ずに壊滅した。
続けてほぼ近い場所を移動していた部隊も、同様に一発の銃弾を発射することなく全滅させた。
三番目の部隊を襲撃した時に、突然通信が途絶えた部隊を怪しんだ男が、背後から既に四人の男を襲った私に振り返った。
「わあああああぁっ!」
一瞬私の姿を見た男は、腰だめに構えたアサルト・ライフルをスリー・バースト・ショットで撃ちまくる。
それに触発された部隊の男達が、一斉にアサルト・ライフルの弾をあらぬ方向にばら撒き始める。
その時には既に私は遮蔽装置を使い、彼らの背後に回り込んでいた。
遮蔽装置を解除させ腰の.44マグナムを抜くと、一気に4発の弾頭を背後から彼らにお見舞した。
着用した防弾ベストが如何に弾頭を食い止めようと、.44マグナムの衝撃はそのまま体に伝わる。
四人全員が内蔵を破裂させ、その場に横たわっていた。
私はリボルバーのシリンダー・ラッチを親指で引き、スイングアウトしたシリンダーのエジェクト・ロッドを押さえ、4発のエンプティ・ケースを抜き出す。
空になったシリンダーの4つの穴に、ポケットから取り出した.44マグナムのホロー・ポイント弾を補弾した。
「B-3隊!何があった?応答しろ!」
足下に倒れている男が装備していた通信装置ががなり立てている。
私はその男のヘルメットに取り付けられたマイクをもぎ取る。
「全滅だ。」
マイクに向かって、一言伝えてやった。
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