【zero】 Chapter  12
 

 ミコとセイジに、一瞬緊迫が走る。
 「治安警察か?」
 セイジの問いに、私は首を振って答えた。
 「いや、おれを襲撃した軍だ。上空にヘリが5機、地上に装甲車7台。装甲車は歩兵を運んで来ている。」
 私の受信システムに、彼らの配備状況が刻々と伝わっている。聴覚センサーで捕捉したエンジン音や足音が、その情報が正確である事を裏付けていた。
 「監視班、何をしていたんだ?!全非常通路の先をチェックしろ。最も安全な避難ルートを探せ!」
 セイジは腰に提げていたトランシーバを手に取り、口早に指示を送る。
 セイジの両隣にいた二人の男が、スリングで肩に吊っていたアサルトライフルを何時でも撃てる体勢に構え直していた。
 フジシバの亡き後、このセイジという青年が彼らレジスタンスを指揮しているのだろうか。
 確かにまだ若いが、大勢の人間をまとめ上げるだけの風格を彼は有していた。
 「どうやら、君のレーダーが一番精度が良いようだ、ゼロ。この地上はもう包囲されているかい?」
 セイジは顔からトランシーバを離し、溜息混じりに私を見上げて言った。
 「いや、まだ完全に配備は終わっていない。だが、奴らは的確にこの場所を目標にしている。」
 私は全てのセンサーから捕捉できる地上の動向を集約し、彼らがあきらかにこの地下室の上部を包囲しようとしている動きを掴んでいた。
 「できれば戦闘は避けたい。今、最も安全な非常通路を割り出している。」
 セイジは呻くように言った。
 「奴らの狙いはこのおれだ。おれがここから出れば、奴らの注意を引きつける事が出来る。」
 「いや。軍は、パタ・ハル軍事政権は、僕らと君の一網打尽を狙っているのさ。」
 セイジが言った。
 「治安警察や軍の動きが尋常ではなかった。あたかもおれの存在を知っていて、おれを破壊する為に作戦を展開し、戦力を注ぎ込んでいるように見える。お前 たちが奴らに、おれの情報を渡したとは考えにくい。ならば、わざわざおれを助けたりしない筈だ。おれの情報を漏らしたヤツは誰だ?」
 私はアパートメントでストリート・ギャングに襲撃されてからの、その後の治安警察や軍の動きに感じた疑問を、誰に言う訳でもなくその場の全員に向けて呟 いた。
 機銃の掃射で消え去ったアンナの悲痛な最期の表情が、メモリーの奥から最上階の階層に浮上して来た。
 「あのサムファンが、生きていたの…」
 ミコが重い口を開いた。
 「サムファン…? あのフジシバを裏切って、治安警察に寝返っていた男か。」
 私は、あの男の醜く嫌らしい笑いを思い出した。
 「彼は今、治安警察の元にいる。僕らの情報を小出しにして、VIP待遇らしいよ。」
 セイジが呆れたような表情で言った。
 「あのくそったれのFuck野郎!見つけたらド出っ腹に、45口径をお見舞いしてやる。」
 ミコが吐き捨てるように言う。
 「姉さんまあまあ、カッカしないで… 子供もいるとこだし、下品な言葉は慎んでよ。それよりここを脱出する方法を考えよう。」
 セイジはミコをなだめるように言う。
 「武器はあるか?」
 私は聞いた。
 「君はこれが気に入ってたんだね。一応、弾薬のスペアも用意しておいた。」
 セイジは部屋の隅にあった棚から、私がカーチスから奪った.44マグナムのリボルバーを取り上げ、私の前に差し出した。
 地下室の蛍光灯の明かりを受け、6インチの銃身がぎらりと光る。
 私はセイジの手から、そのリボルバーを受け取った。
 その後にセイジは重量のある紙箱を二つ、私に手渡す。
 粗悪な紙の表面の粗末な印刷に、.44MAGNUMと明記されていた。私は箱の蓋を開き、発泡スチロールで仕切られた中身を引き出す。
 綺麗に並んだ20個のリムには、みな44MAGNUMと刻印されていた。全てファクトリー・ロード(工場生産)のものであるが、そのメーカーの刻印がま ちまちだった。
 それぞれを引き抜いてみると、フル・メタル・ジャケットのフラット・ノーズのものから、先端の鉛が露出したホローポイントとソフトポイント、貫通性の高 いタングステンをテフロン加工されたKTW弾までもがあった。
 私はスイング・アウトしたシリンダーから、プライマーが潰れて空になったエンプティ・ケースを一つ抜き出し、代わりにソフトポイントのカートリッジを押 し込み、シリンダーをフレームに戻した。
 「その弾は結構珍しいものでね、寄せ集めで悪いけど、我慢して欲しい。」
 セイジが言った。
 「十分だ。」
 私は.44マグナムのカートリッジが納められた箱をズボンのポケットに押し込もうとして、自分が履いているズボンのポケットがボロボロに破れている事に 気付いた。
 「こっちへ来てくれ、ゼロ。君の着替えとお望みの武器を選んで欲しい。」
 セイジは私を別の部屋に案内する。
 セイジに手渡された黒い戦闘服を着込んだ私は、壁面にずらりと並んだ武器を見渡す。
 「旧式のもので申し訳ない。これでも調達には苦労したんだよ。」
 セイジは皮肉な笑みを湛えて言った。
 「いや、大したものだな。」
 壁面に据えられたロッカーには、狩猟用のボルトアクション・ライフルからシークレット・サービスが携行するアタッシュケース・サブマシンガンまでもが あった。
 私は、短銃身タイプで折り畳み式金属製ストックを装備したアサルト・カービンをセレクトし、スリングを肩に廻す。ストックは折り畳まれているので、驚く ほどコンパクトだ。
 アサルト・カービンに互換性のあるマガジンポーチを吊った弾帯を腰に巻く。弾帯に.44マグナムのリボルバーを差し込み、ハンド・グレネードを四つ、戦 闘服のポケットに押し込んだ。
 コンクリートの床に蹲っていたヘビィ・マシンガンの隣に、折り畳み式の2足を立てて並んでいた、一挺の対物ライフルをキャリング・ハンドルで掴み取り上 げる。
 重量は13キロはあるだろうか。銃口部には、物々しいまでに大きなマズル・コンペンセーターが装備されている。
 私はその隣にあった.50口径のヘビィ・マシンガンと同種の、巨大な徹甲弾が10発装填されたボックス・マガジンを押し込む。
 ボルトを引いて後退させ、初弾をチェンバーに送り込んだ。
 「これを借りてゆく。」
 私は対物ライフルのスペアのマガジンが並んだポーチを取り上げ、左肩に吊りながら言った。
 「うん。きっとその銃なら、君の力に応えてくれるだろうね。君は僕らに付いて来てくれ。ここから西に向かう通路が安全らしい。」
 セイジはトランシーバを耳から離して言った。
 「この真上に繋がる出口はどこだ?」
 私は聞いた。
 「やっぱり、行くのかい? ゼロ。」
 セイジは私の顔を覗き込んで言う。
 「お前達には感謝する。あの子供たちを頼む。」
 私は腕の中で、対物ライフルの銃身からストックまでのバランスを測定しながら答える。
 「承知した。どうせ止めても行くんだろう、ゼロ。その先が出口だ。闘うのが君の意志なら、僕は君を送り出す。でも、約束してくれ。また君に逢える事 を。」
 セイジは武器庫の扉の先に拡がった廊下の、手前から左にある鉄の扉を指さして言った。
 「約束する。」
 私はセイジに背を向け、対物ライフルを抱えて軍の包囲の中心部に繋がった出口に向かった。
 私には、セイジ達の思想に荷担する考えは全く無い。ただあるのは、奇襲とはいえ、この私を一度たりとも窮地に陥れた軍に対して決着を付けたかっただけ だ。
 俗語で表現するならば、奴らにオトシマエというものを付けてやる為だ。
 あの幼い兄妹たちを、そして、ミコの美しい笑顔を守りたかった。