【zero】 Chapter  10
 

 暫く歩いた私は、手近にあった廃ビルの中へと逃げ込んだ。
 攻撃ヘリが発射した、30ミリの高速徹甲弾とサーモバリック弾の直撃によるダメージが大きい。私の擬似生体組織は貫通破壊され、動力シリンダーを内蔵し た金属骨格にも損傷を与えていた。
 辛うじてCPUやジェネレーターには影響はないが、各種のセンサーに異常が出ている。
 全身の損傷状態をサーチするが、細部までは完全に確認出来ないでいた。
 私は大腿部の動力シリンダーが損傷した右足を引きずるようにして、廃ビルの中を進んだ。
 長い廊下の途中にあった入り口から部屋に入る。
 そこは病棟だったのだろうか、簡素なベッドが四つあり、それぞれが汚れて破れたカーテンで仕切られていた。
 私は部屋の一番奥のベッドの側の床に座り込み、背中を壁に預ける。
 損傷した箇所は自己修復する。しかし、完全な回復には時間が必要だ。
 現在、遮蔽装置は使用不能。加速装置も不安定な状態であり、実戦に耐えうる使用時間を維持出来ない。
 武装はコマンド部隊の隊長カーチスから奪った、.44口径のマグナム・リボルバー1挺だけだった。
 シリンダー内の残弾は5発。この状態で再び軍の襲撃を受けたなら、この私とてとても対応しきれない。
 ズボンのポケットを探るが、既にボロボロの衣服に予備の弾薬は残されていなかった。
 私は右手を頭部にやる。
 顔の右上部、額から右目にかけて擬似生体組織が先程の着弾と爆風によって開き、頭部の金属骨格が露出していた。
 その時、開け放したドアの辺りから足音と思しき反応があった。
 アルコールランプの明かりが、開け放したドアから室内を照らしている。
 私は反射的にマグナム・リボルバーの銃口を、そのアルコールランプの明かりに向けた。
 聴覚センサーもダメージが大きい。これ程までに接近されていても反応しなかった。ノイズも多い上に、足音の種類も識別出来ない程にお粗末だった。
 「だれか、いるの?」
 その影が声をかけて来た。
 薄暗い中に立っている影は子供のものだった。膝の破れたズボンに、煤に汚れた頬が私の目を引く。
 私はマグナム・リボルバーのハンマーを親指で押さえながら、人差し指でトリガーを引いてハンマーをゆっくりと下ろし、6インチの銃身を腰のベルトに挟 む。
 「おじさん… 怪我してるの?近くで爆撃があったようだけど。」
 それはまだ小さな少年だった。
 少年は私の前に来て、ランプの明かりで照らされた私の顔を覗き込む。
 薄闇の中で私の金属骨格が露出した顔を見て、少年は一瞬息を飲んだ。
 「心配ない。あっちへ行け。」
 私は冷たく言い放つ。
 「おじさん、誰?ロボットなの?」
 少年は、恐る恐る私に聞いた。
 「そんなところだ。ここから去れ、お前も巻き添えを食う。」
 私は言った。もしもこの少年が警察や軍に通報する素振りを見せたならば、即座に射殺する必要があった。
 「へぇ。ロボットって本当にいるんだ、凄いや。でも血が出てるよ、手当しなきゃ…」
 少年は私への恐怖よりも、私に対しての興味の方が勝っているのだろうか。
 「おにいちゃん… だいじょうぶ?」
 開け放たれたドアの向こうから、もう一つの声がした。
 「ああ、大丈夫。この人、怪我してる。包帯を持ってきてくれ。」
 少年が言った後で、すぐにたたっと小さな足音が廊下に響いた。
 「おじさん、痛くない?」
 少年は私の顔を興味深げに覗き込んで聞く。
 「今のはお前の家族か?」
 私は少年に聞いた。
 「うん、妹なんだ。お父さんとお母さんは死んじゃったけど、ここを見つけて二人で住んでるんだ。ここ病院だったんで、結構何でもあるんだよ。」
 少年は屈託のない笑顔で答えた。
 「爆撃があったのに、なぜ逃げない?」
 「どこに逃げたって同じだもん。」
 私の質問に少年は答えた。
 「国のえらい人たちは、みんなが嫌いなんだって。自分たちだけが安全だったら、みんなが何人死んでも関係ないんだそうだよ。」
 少年は瞼を伏せてそう言った。
 すぐに少年の妹が戻ってきた。幾つかの包帯とオキシドールの容器を両手に抱えている。
 まだ六歳程度の少女だった。兄と同様に薄汚れた服を着ている。
 少年は私の頭部に包帯を巻きはじめた。おぼつかない手つきだが、右の視覚センサーを避けるようにして頭部を巻いている。
 「体は大丈夫なの?」
 包帯を巻きながら少年は聞いた。
 「心配ない。」
 そう言った時、私の聴覚センサーが大気を切り裂いて接近して来る、ロケット推進の噴射音を感知した。
 ハイドラ・ロケット弾だ。
 私を捜し回っている、軍の攻撃ヘリの牽下パイロンから発射されたものだ。町に無差別攻撃を仕掛けている奴らは、偶然この私が隠れている建物にロケット弾 を撃ち込んだ。
 私は瞬時に、少年と少女の小さな体を抱き寄せる。
 天と地が逆転したような衝撃が走り、爆発による熱波と爆風で飛ばされた瓦礫が廃病院の建物の内部を暴れ回る。
 その時すでに私は、少年と少女の二人の体を両脇に抱えて立ち上がり、加速装置を作動させていた。
 崩壊する建物の中で数トンの重量に達するコンクリートの壁や天井が、ゆっくりと崩れてくるのを避けながら私は走った。
 実時間の3.76秒ごとに、不安定な加速装置はその動作をストップする。 
 私はそのたびに新たにスイッチを入れ直しながら、一気に廃病院の出口へと突っ走った。
 私は走りながら一瞬だけ正常に作動して、ミサイルの接近を知らせてくれた聴覚センサーに感謝した。
 
 急激な加速によるGで少年と少女は気絶していたが、呼吸も脈拍も正常。生命に異常はない。
 廃病院の建物は崩壊し、きれいに瓦礫と化していた。
 私は二人の体をそっと路地に横たえると、その二人の間に倒れ込んだ。
 加速装置を無理に作動させた事で、もう私に蓄積されたエネルギーは底を突いていた。
 機能修復に多大なエネルギーを消費する上に、メイン・ジェネレーターからエネルギー・コンバーターへの供給が足りていない。
 攻撃ヘリのローターの音が接近して来る。
 見上げた私の視覚の中に、ビルの谷間から覗く肉食性の鳥類のような冷徹な表情をした攻撃ヘリのキャノピーが映し出される。
 廃病院を破壊したロケット弾は、今度は確実に私を狙っていた。
 私は腰のマグナム・リボルバーを抜き出し、攻撃ヘリに銃口を向けた。
 サイティング・システムにも不具合が発生しており、照準が定まらない。
 ノイズだらけの攻撃ヘリの像が、私の視覚モニターの中で幾重にも重なり合って見えた。
 マグナム弾と言えど、所詮は拳銃弾の範疇だ。攻撃ヘリの装甲が相手では、まるで歯が立たないのは承知していた。無駄な事をするものだと、私の内部で冷静 な理性回路があざ笑う。
 その時だった。爆発音が轟き、攻撃ヘリが火炎を上げてビルの壁に激突した。
 再び爆音を立て、攻撃ヘリの機体は粉々に砕けて燃え上がる。
 一瞬、街中が昼間のように明るくなった。
 今、路地を接近してくる足音を聴覚センサーが捉えているが、もう私は何の反応も出来ないでいた。
 「あらあら… 無理して。らしくもない事しちゃってさ。でも、あんたのそんなところが好きだな。」
 若い女の声がした。
 私は声の主を視覚センサーで凝視する。
 地上からの携帯ロケット弾により破壊された攻撃ヘリの燃料が燃える明かりで逆光になった、そのシルエットには見覚えがあった。
 短くカットした髪に、黒い戦闘服。
 倒れた私を覗き込む女の顔を、過去のメモリーと照合する。
 ノイズだらけの視覚の中で、一瞬女の顔にアンナの顔がオーバーラップした。
 「探したよ、ゼロ。」
 女は跪き、私の顔を両手で包み込む。
 大きな瞳をした女の美しい顔を、私の視覚センサーがはっきりと捉えた。
 「ミコ…」
 私は女の名前を呟く。
 「この浮気男。今までどこをほっつき歩いてたのさ?」
 ミコの笑顔が私の視界いっぱいにあった。
 「その二人を、頼む…」
 私は最後のエネルギーを使ってそう言い残した後、回路が全てシャットダウンした。