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【zero】 Chapter 8
加速装置は使用しない。
ノーマルの走行モードでヘルダイバーの隊員達の前に飛び込んだ私は、真っ先に先頭にいた男のアサルト・ライフルに右の腕を叩きつける。
フルオートで.22口径の高速弾を吐き出していたライフルは、プラスチック製のハンドガードが中央から砕け内部の金属板が飛び出し、ひん曲がった銃身の
為にチェンバー内の行き場のないガス圧がボルトとレシーバーを破裂させる。
破裂して飛び散った銃の部品が男の顔面にめり込む前に、アサルト・ライフルを破壊した私の右腕が蛇の鎌首のように走り、握った拳が男の顔面を吹き飛ばし
ていた。
吹き飛んだ男には目もくれず、私はその背後にいた男の足下に飛び込んだ。
右掌で着地して、男の足下で片手倒立の体勢になる。
右掌だけで体重を支えた私は一瞬体を縮め、右の足で男の胸部を、続けて左の足で男のアゴを蹴り上げた。
男の体は、面白いように空中に高く飛び上がった。
私は片手倒立の体勢からすっと力を抜いて、地面の上に崩れるように背中から倒れた。
仰向けに倒れた姿勢のままで、隣に立つ男に足払いをかける。
二本足で相手の両足を挟み込むようにし、確実に後頭部を地面に打ち付けるように倒す方法だ。
私が一瞬で三人の男を倒した体技は、はたから見ればブレイクを踊っているように見えただろう。
だがヘルダイバーの隊長カーチスという男は、私のストリート・ダンスには参加せず、素早く後方へ飛び退いて長銃身のマグナム・リボルバーを腰から抜き放
つ。
「ダムッ!」
唸り声を上げたカーチスは、リボルバーの銃口を地面に伏せた私に向ける。
既にその時には私の体は地面を前転で転がり、カーチスの足下から立ち上がっていた。
カーチスにとって、眼前に突然私の顔が現れた形になった。
カーチスの懐に入った私は、彼のマグナム・リボルバーを持つ右腕を左手で掴み、その腕を引き寄せながら身を沈め、次の瞬間には右の肘をカーチスの鳩尾に
食い込ませていた。
右手でカーチスのリボルバーのフレームを、包み込むようにして掴む。
彼はリボルバーのハンマーを既に起こしており、私は指でハンマーの動きを封じていた。これは不意の撃発を避ける為だ。
仮にハンマーを起こしていない状態であったなら、シリンダーの回転を押さえてしまえばダブル・アクションによる発砲を制止できる。
彼は突然力が抜けたようになり、リボルバーのグリップから手を離して地面の上に崩れるように倒れた。
私は右手に奪ったリボルバーを握り直し、倒れたカーチスに銃口を向けた。
「…bull shit!」
カーチスは私を見上げ、憎々しげに吐き捨てた。
彼は私を上目遣いに睨み上げ唇を噛むが、力尽きたようにがくりと顔を地面に伏せた。
私は彼から銃口を外し、リボルバーのハンマーを親指で押さえながら、人差し指でトリガーを引いてハンマーをゆっくりと下ろした。
今その私の手にある、マグナム・リボルバーを眺める。
このような装弾数が少ない上に無駄に威力も反動も大きいスポーツ銃を、実戦の場で使用するというカーチスの度胸と意志になかば呆れながらも感心してい
た。
力強くもすらりと伸びた6インチの銃身を持つそのリボルバーが、私の手の中でずっしりとした重量で自らの存在を誇示している。
硬質ラバーグリップのチェッカリングが私の掌の擬似生体組織にしっくりと食い込み、見事に銃と腕との一体感を感じさせた。
銃身上部に橋桁の様な形状をして伸びるベンチレーテッド・リブと、銃口下まで続くエジェクターロッド・ハウジングといい、その丹念に仕上げられたステン
レスの輝きも美しく十分に使い込まれ手入れの行き届いたそのマグナム・リボルバーは、自らの意志を持つ凶悪な大蛇のようであった。
お前も私と同じ… 破壊の為に造られた道具に過ぎない。
私は声の発音装置を作動させずに、小さくそっとマグナム・リボルバーに囁きかける。
私は倒れているカーチスの体を探り、予備の.44マグナム弾を回収した。
腰のベルトに12発のホローポイント弾が、二個のサックに収まっていた。
シリンダー・ラッチを引き、6発の.44マグナム弾のリムが円形に並ぶマガジンをスイング・アウトさせた。
エジェクター・ロッドを押さえ、2発分のエンプティ・ケースを抜き出す。開いた穴には、新たに2発の.44マグナムのカートリッジを押し込む。
シリンダーを戻すと、ちんと乾いた音がしてラッチがシリンダーの軸を固定させた。
ズボンのベルトに6インチ銃身を差し込む。銃身はまだ発射時の熱を帯びていた。
私はサックから抜いた残りの.44マグナム弾を、ズボンの腰のポケットに突っ込んだ。
落としたショットガンを拾い上げる。
落下による衝撃での損傷箇所は無い。
千切れ飛んだ弾帯を見つけ、まだ無事だったシェルを引き抜きショットガンに補弾した。
残ったシェルをコートのポケットの中に落とす。
ヘルダイバーの隊員達の一斉射撃を受けて穴が開いたコートのポケットから、数発のシェルが落ちてコンクリートの上に転がった。
ショットガンのスリングを右肩に掛け、私はその場を後にする。
まだ息のあるヘルダイバーの隊員の唸り声が、まるで地の底から聞こえたような気がした。
暫く歩くと、ビルの側に停車してあった一台のモーターサイクルを見つけた。
その1,300ccの排気量を持つ空冷直列4気筒の心臓部は、ガソリンを爆発させて動力を得るレシプロ式の内燃機関だった。
前輪の操舵機構にロックはされていない。
シートに跨るとマシンは私の重量を受け、ずんとサスペンションが沈み込む。
フューエル・タンクに十分燃料が残されているのを確かめ、私はハンドルバーの中心部に配置されたイグニッションを指先で引き抜く。
露出したコードを直結させると、マシンの電装系が目を覚ました。
右のハンドルグリップの根本にあったセルスイッチを押さえると、野太い排気音を立てエンジンが始動する。
ショットガンのスリングを左肩に掛け直す。モーターサイクルを操縦中に撃つ事態を想定した時、アクセル操作で塞がっている右手ではなく左手で撃つ可能性
が高いからだ。
スタンドを蹴り上げ左手のクラッチレバーを握り、左足でステップ前に配置されたギアペダルをローに入れる。
右手のスロットルを開きエンジンの回転数を上げ、そっとクラッチを繋いだ。
1,300ccの猛烈なトルクが一瞬後輪を空回りさせ、アスファルトにタイヤの跡を刻みつけながら車体を発進させた。
軽快にギアをアップさせる。ヘッドライトの光芒が闇を拓き、マシンは瓦礫の街中を突き抜けてゆく。
切り裂く夜気が、マシンを走らせる私の髪をなびかせた。
私はあの時、カーチスに向けトリガーを引かなかった。
カーチスという男が間違いなく厄介な存在であるということを、私は十分承知していた。
だが、私は彼に止めを刺す事が出来なかった。
何故だったのか?
敵である筈の彼に、私は親近感を覚えていた。
戦士としての共感だろうか。加速装置を使用せずに彼を素手で襲ったのは、せめてもの私の彼に対する敬意だったのかも知れない。
このような事が、かつての私にあっただろうか?
アンナが私の目の前で殺された事への怒り。
そして、カーチスに払った敬意。
私の回路の内部で、確実に何かが変わり始めていた。
ベルトに挿した長銃身のマグナム・リボルバーが、ぎらりと冷たい光沢を放つ。
腰のベルトのマグナム・リボルバーの隣に、細いチェーンが巻き付いている。
チェーンの先には、風とマシンの振動で揺れる小さなクロスが光っていた。
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