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【zero】 Chapter 7
町の気配がこれほどまでに変わるものか。
私は歩を進めながらそう思った。
いつものこの時間なら相変わらずのバカ騒ぎに興じる町の喧噪が、今日に限って水を打ったように静まりかえっていた。
辛うじて戦災を逃れたアパートメントや、手製のバラック小屋には確かに住民はいた。
四方から包囲して来た治安警察のサイレンの音を聞き、皆が巻き添えを恐れて家の中で息を潜めているのだ。
本能的に危険を察知しているのか、路地裏で見かける巨大なドブネズミや、それを狙う猫の姿さえ見あたらなかった。
そのような思考を巡らせながら、私は一抹の違和感を感じていた。
治安警察の包囲が異常な程に広いのだ。
サイレンの音源を元に治安警察の包囲網をマッピングすると、私が後にした廃工場を中心に、半径500メートルから800メートルの範囲で警邏車両を停
め、その場で動かずに様子を伺っている状況らしい。
何より、先程のストリート・ギャングの襲撃による銃声で、住民から通報があったとして動き出したにしても、治安警察の動きが異常に早すぎる。
町のチンピラ同士の撃ち合いなら日常茶飯事であるし、その程度でこれ程の大勢の警官を配備する必要は無いだろう。
これはあたかも私の存在を知っていたかのようだ。
それならば、治安警察の動きも理に適っている。
私の正体をある程度知った者がいて、その情報を踏まえた上での包囲作戦だったとしたら。
この町にいた私の姿を見た誰かが事前に通報し、あのストリート・ギャングが治安警察にたれ込みをして私を襲撃したと考えるほうが自然だろう。
そうだと仮定したら、この包囲網だけで終わる筈は無い。
必ず次の手を打って来る。この私を捕獲、もしくは抹消する為の手段を送ってくる筈だ。
私の外観を知り、そして私の正体を知っている者が、この町にいる。
車両が二台、私の右手前方と左手後方に停車したのを、私の聴覚センサーが捉えた。
距離にして、約200メートル。治安警察の包囲網の内部だ。
聴覚センサーを指向性に切り替えてみると、その車両からそれぞれ10人程度の人間が町の路地に降り立つ足音が感知出来た。
私は聴覚センサーに内蔵された受信装置を、治安警察が使用している周波数に同調させる。
「……ヘルダイバー1班、配置完了。」
「こちらヘルダイバー2班、配置完了した。これから突入する。作戦どおりヘルダイバー1班は後方支援に備えろ。全員ヤツの特徴は頭に叩き込んでいる
な?」
「オーケーです、隊長。」
「ヤツ… ジークを逃がすな。捕らえられないならば射殺しても構わん。手強い相手だ、注意してかかれ。オヴァー。」
彼らは確かに私の事を『zeke』と呼んだ。
その呼称に、私の記憶が反応する。
それはかつて敵対した立場の者たちが、私に対しての憎悪と恐れを込めてそう呼んでいたのではなかったか。
彼らの交わす無線から推測するに、突入部隊と支援部隊に分かれて私を挟み撃ちにする作戦の様子であった。
ヘルダイバーとは、治安警察コマンド部隊の名称だ。
町が静かなだけに、私の聴覚センサーは彼らの足音をはじめ、衣服や装備品の擦れ合う音さえも確実に捉えている。
彼らの移動パターンから、私の左手後方から迫って来ているのは2班。右手前方に扇形になって展開しているのは1班であろうと推測出来る。
彼らはその包囲網を少しずつ狭めて来ていた。
私は彼らの裏をかいてやる事にした。
私は両手の指先をビルの壁に打ち込んだ。
私の指先はコンクリートの壁にスパイクとなって突き刺さり、腕力だけで体を持ち上げながら一気にビルの壁面をよじ登る。
3階建てのビルの屋上に滑り込んだ私は、物音を立てずじっとして様子を伺っていた。
来た。既に日が暮れ薄闇が支配する路地を、迷彩服を着た数人の人影が確認出来た。
彼らは3人ずつのチームに分かれ、私の隠れていそうな入り組んだ狭い路地や建物を虱潰しに探し回っていた。
全員が暗視ゴーグルを装備し、短銃身タイプのアサルト・ライフルを構えていた。狙撃班らしいヘビー・バレルのボルト・アクション・ライフルを持つ者もい
た。
私が隠れているビルにも足音が響いて来た。
一階の各部屋を捜索した後、二階、三階と続いて捜索の動きがある。
屋上への階段に足音がしたとき、私は遮蔽装置をオンにした。
二人の男が、暗視ゴーグル越しの視線とアサルト・ライフルの銃口とで、屋上全ての物を舐めるようにサーチしていた。
遮蔽装置を使っている私の存在には、全く気がつかないでいる。
彼らが引き上げるのを待って、遮蔽装置を解除した。
遮蔽装置の使用時間には限界がある。また光学的にも勿論、各種センサーにも私の存在は感知不可能だが、防護シールドの外から発せられた音、つまり仮に私
が動いた事で体が何かに当たって発した音などは当然隠す事は出来ない。
私はビルの屋上から真下の路地を伺う。
先程このビルを捜索していたチームと他のチームが合流し、手のジェスチュアだけで情報を交わしている。
彼らの円陣の中心に、一人だけ迷彩マスクを被っていない男がいた。他の隊員より頭一つ高い長身と、金色の長髪が目を引く。
彼は他のチームからの報告を聞くと、先の路地を指さして進むように合図を送った。
彼らが私の真下の路地を後にして進んだ時、私は行動に出た。
ビルの屋上から一気に飛び降りる。
着地には全身の屈伸運動を利用して、物音ひとつ立てない。
コートの下に隠したショットガンを構え、クロス・ボルト式のセフティを人差し指で押さえて解除した。
彼らの背後に向けてトリガーを引く。
防弾ベストを着用しているとはいえ、3発のバック・ショットは一瞬で、彼らの班の半数近くの隊員を戦闘不能にさせる程の重傷を負わせた。
残った隊員が応戦してくる前に、私は遮蔽装置をオンにする。
パニックに陥った彼らが、ろくに照準も付けないフルオート射撃での無駄弾をばら撒く先に、もう私の姿は無かった。
私は遮蔽装置を使ったまま、彼らの右側に回り込んで建物の影に身を寄せた。
遮蔽装置を解除して、今度はサイティング・システムによる正確な狙いを付けショットガンを撃った。
12ゲージのスラッグ弾をまともに食らった二人の隊員は即死する。
私はこのショットガンに、最初の3発は大粒散弾のバック・ショットを、そして残りの3発にはスラッグを発射出来るように装填していた。
これは、発射するシェルの種類を順番で設定していたからだ。
戦闘時、特に市街地戦では殆どが出会いがしらの撃ち合いとなり、最初は至近距離で発射する可能性が大きい為に大粒散弾のバック・ショットが有効で、その
後に戦闘が長引けば遠距離射撃に向いたスラッグが有効となる。
彼らの注意が私の現在位置に向く前に、再び遮蔽装置をオンにする。
今度は彼らの左側に回り込む。
肩からショットガンのスリングを外し、銃本隊を裏返して下部のローディング・ゲートから、弾帯に並んだシェルを引き抜き補弾してゆく。
「カーチス隊長!敵が、敵が見えません!」
「慌てるな!」
完全に動揺している隊員を、カーチスと言う隊長が叱咤している。
あの金色の長髪の男だ。
彼は前方の闇を凝視していた。そして、素早い動作で腰の長銃身リボルバーを引き抜く。
私が次の目標地点に設定していたビルの隙間に到達する直前、強烈な爆発音と擦過音が響き、私の背中を激しい衝撃が襲った。
私の体が一瞬よろめき、遮蔽装置の逆位相電磁波によるシールドが青いプラズマ状の火花となって四散する。
彼が私に命中させた2発の.44マグナムの着弾の衝撃で、私を覆う遮蔽装置のシールドが破られたのだ。
「貸せ!」
男はステンレスの輝きを放つ長銃身リボルバーを腰のホルスターに納めると、狙撃班の部下が手にしていたボルトアクション・ライフルをもぎ取った。
私は路地を蹴ってジャンプし、ビルの壁面に飛び付く。
遮蔽装置のシールドが破られたのは一瞬の事で、再び偏光レンズの防護幕が復活しかけていた。
ジャンプした瞬間、私の落としたショットガンが路地の上に音を立てて転がる。
私はビルの壁面に指先を打ち付けて体勢を入れ替え、彼らの背後に飛び込もうとした時だった。
まだ不完全な防護シールドを貫いて、.30口径のライフル弾が私の胸部に直撃する。
ジャンプのタイミングを失った私は路地の上に落下した。
落下しながら、このカーチスという男の抜群の射撃能力と、一瞬の判断力。何より視覚的に遮蔽装置に隠されていたはずの私のボディを撃ち抜いた、彼の持つ
高度な感覚センサーに、私は敵ながらに感心していた。
いや、感覚センサーなどではない。人間の持つカンというものだ。
この恐るべき情報処理システムこそ、機械に真似のできない人間の優れた部分なのか。
それに加えてカーチスという男のセンスが、それを完璧なものとして確立させていた。
落下した路地に這いつくばった私を、残ったヘルダイバーの隊員たちの一斉射撃が襲う。
.22口径フルメタル・ジャケットの高速ライフル弾が、私の手の甲にめり込み、頭部にも幾多の衝撃を与える。
私に命中しなかった弾頭はコンクリートの上で跳弾し、あらぬ方向へと飛んでいった。
小口径ライフルの一斉射撃の中、着弾の衝撃による妨害を物ともせずに私は身を起こした。
既に肩に掛けたシェルの並んだ弾帯は千切れ飛び、タクティカル・ピストルは腋のホルスターごと粉々に砕け、腰に巻いたベルトもどこかで紛失していた。
立ち上がった私は一瞬身を縮め、足裏のコンクリートを蹴る。
狂ったように一斉射撃をしている、残った四人のヘルダイバーの隊員達の中に私は飛び込んだ。
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