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【zero】 Chapter 4
私は銀行のオンライン端末機の前に立った。
端末機の上部には防犯カメラが設置してあるが、作動反応が無い。故障したままで放置しているのか、不用心なものだ。
私はカードの差し入れ口に人差し指の先端を当て、読み取り装置に磁気情報を流した。
オンラインシステムは稚拙なもので、セキュリティも話にならない程に甘い。私はオンラインの中から特に多額の預金口座を選択し、その人物になりすまして
端末から現金を引き落とした。
端末から出てきた十数枚程度の紙幣を、無造作にコートのポケットにねじ込む。これでもこの町の住民の、一ヶ月分の平均サラリーの三倍はあるだろう。
私はオンライン端末機のボックスを後にして通りを進む。そこは通りがマーケットになっていて、多くの露天が軒を連ねていた。
その露天の背後には、爆撃で倒壊した建物の瓦礫が積み重なっている。
あちらこちらで活気の良い呼び声が響いていた。
私はルージェ共和国の首都、リック・シティにいた。
フジシバ達によって再起動させられて以来、今日で三日になる。
私がスリープ状態で置かれていたカムパルト遺跡は、この町の東側に拡がる密林にあった。
私はこの三日の間、様々な情報を収集して分析していた。
フジシバ達の言っていたとおり、この国はパタ・ハルが首相になって以来、その独裁的恐怖政治によって貧困と治安の悪化を招き、市街地でレジスタンスと治
安警察による小規模な戦闘が連日起こっていた。
果物を並べた露天の店番をしていた中年の女が客の対応に追われていた隙に、台の下に隠れていた数人の子供が手を伸ばし、売り物の果実を幾つか盗み出して
逃げるのを、私の視覚センサーが捕らえる。
戦災孤児の集団だろうか。幸い私は彼らのように、食物を摂取してエネルギーに変換し生命を維持する必要が無い。
オンラインから引き出した金は、殆どを情報収集の為に使っていた。
私はマーケットが並ぶ通りを離れ、脇道の狭い通りを進んだ。
倒壊したビルの鉄骨に背を預け、昼間から客を呼ぶ売春婦や、瓦礫の上に座り込み、目の前を通る者に声をかける麻薬の売人などが何人もいた。
私は現在の居住地と決めている廃工場に向けて歩いた。
薄暗い通りの先で、人の声がする。
一人の女と三人の男が、何やら争っている様子であった。
このような狭い路地で、四人の人間が固まっていると通行の妨げになる。
私の居住地はその先にあり、この路地が最短のルートであり、迂回するという余分なエネルギーと時間の浪費は私の範疇には無かった。
「このくそアマ!ショバ代素直に出さねえとマワすぞ!」
私の目の前に、そんな言葉を怒鳴り散らしている男の背中があった。
派手な衣服に身を包んだ女の手首を、男は左手で掴んでいる。
女を挟んで向こう側に、男が二人。一人は小柄な若い男で、もう一人は巨漢だ。二人とも、にやにやと醜悪な笑顔を顔に張り付かせ、女をいたぶる行為に満悦
している様子だ。
「そんなこと言ったってね!無いものは無いんだよ!」
手首を握られた女は、その美しい顔を恐怖で蒼白にしながらも男に抵抗していた。
「デタラメ言うんじゃねぇ!てめえ、昨日は三人も客を取っただろがぁ!」
現在女の手首を握っている、私に背を向けている男の右手には、刃渡り20センチ程の刃物が握られていた。
この町では普通にそこらにいる、売春婦の上前をはねるチンピラどもだ。
「どけ、通行の邪魔だ。」
私は男の背中に言った。
私の発言に男の背中がびくんと反応し、男はゆっくりと私に振り向いた。
「なんだとぉ… てめぇ俺を誰だと思ってるんだぁ!」
男は女の手首を放し、私に向かって凄んで来た。
その醜悪な顔の位置は、私の胸の辺りの高さだ。
男は右手の刃物をこれ見よがしに突きつけ、精一杯背伸びをして私の顔に顔を近づけて来た。
男の吐く息に鉱物性アルコールと、幻覚性アルカロイドの反応を私の嗅覚センサーが感知した。
「知らんな。」
私は言った。
「うっどりゃぁ!わらぁナメてんじゃらなぁ、シャラすぞっだらオオッ!」
男の言葉は文法的に殆ど意味は無いが、敵意は確かに伝わって来る不思議な言語だ。
男が突き出して来た刃物がぴんと鋭い音を立て、中央から折れ飛ぶ。
私は右手の二本指で刃を叩き折り、そのまま反す手で裏拳を男の顔面に叩き込んだ。
男は血と折れた歯を吹き出しながら、路地の奥まで飛んで転がる。
女の悲鳴が路地に響き渡った。
「てめぇっ!何しやがんだぁ?!」
女の向こうにいた小柄な男が、ズボンの腹に挿していたリボルバーを抜き、銃本体を横向きに構えた銃口を私に向けた。
首を斜に構え、腰を抜かして倒れた女を跨ぎ超えて私に歩み寄って来る。
実戦からすれば、全く意味の無いサイティングスタイルだ。
男はその粗悪で安価な大口径のリボルバーを自慢したいらしく、私の鼻先まで銃口を近づけて来た。
男のリボルバーを持つ腕に、私は左腕を叩きつけた。
次の瞬間、男の右肩が脱臼し、腕が自らの背中にぐるんと廻った。
前腕が骨折した右手から、肉厚の薄い安価なリボルバーが地面に落ちて音を立てる。
「ああぁぁぁぁっ!」
男は左手で右肩を押さえ、悲鳴を上げて蹲る。
「てめぇ、出来るなぁ…」
残った巨漢が私に歩み寄って来る。背丈は私より少し高いが、横幅はゆうに私の倍はあった。
男はその巨体からは想像も付かない程の軽やかなステップで、私の前に接近して来た。
しゅっしゅっと両手の拳を小刻みに、私の眼前に突き出して来る。
「けえぇぇぇっ!」
巨漢は渾身の気合いとともに、右の拳を私の顔面に放って来た。
私はわずかに顔を傾け、巨漢の攻撃を避ける。
この程度の相手に加速装置を使うまでもない。
巨漢の足下にしゃがみ込んだ私は、伸び上がると同時に右の拳を巨漢の鳩尾に突き刺した。
ごぼりと音を立てて男の胃が裂け、そのまま貫通した私の拳は男の背骨を粉砕する。
「ごが…」
巨漢の短い断末魔だった。
私は右手の拳の上に乗った形になった男の体を、無造作に路地に放り投げる。
どさりと音を立てて転がった男の巨体は、びくんびくんと死の痙攣を続けていた。
既に意識を失っている刃物の男と、路地にへたり込んでうんうんと唸り続けているリボルバーの男を尻目に、私は女の横を通り過ぎた。
「すっごいオトコ… ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
腰を抜かしていた女が立ち上がり、私の後を追って来る。
女は歩く私に駆け寄り、左腕にしがみ付いて来た。
「ね、ねぇ!助けてくれてありがと。お礼したいのよ、タダでいいからさぁ…」
女は水分で潤んだ目で、私の顔を見上げる。
「家へ帰れ。」
私は言った。
「ウチなんて無いよ。あたし、アンタとしたいの。」
女はその美しい顔を、掴んだ私の腕に寄せて来る。
狭く薄暗い路地に紅い夕焼けが差し込んで、私の目線の下で夕焼けの赤に染まった女の長い髪が揺れた。
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