【zero】 Chapter  3
 

 「そうか、君が裏切っていたのだな。」
 フジシバはがっくりと肩を落とし、うなだれて呟く。
 「さあ、そいつを渡してもらおうか。お前達のようなドブネズミどもが持つものではない」。
 中年男が言った。
 「Kiss my ass!」
 ミコが吐き捨てると同時に、顔のマスクをかなぐり捨て、治安警察にアサルトライフルの銃口を向けた。
 「よせ!ミコ!」
 フジシバが叫ぶより早く、治安警察のサブマシンガンが火を噴いた。
 ミコが構えたアサルトライフルが銃弾を吐き出すと同時に、私たちと一緒にいた男達が一斉にフルオート射撃で応戦を始めた。
 瞬時に私は行動に移った。
 ミコとフジシバを両手で抱え込む。
 背中に幾多の衝撃を感じた。
 治安警察が撃ってきた弾頭だ。
 それは私の体表を覆った、半有機性流体金属で作られた擬似生体組織で留弾する。
 一瞬血も出るが、それらは全て擬似生体組織の作り出したものだった。
 私はミコ達を抱いたまま倒れ込んだ。
 「ゼロ!」
 ミコはその美しい顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。
 ミコ達と一緒にいた男達四人は、治安警察の掃射を受け既に赤い濡れ雑巾と化していた。
 「伏せていろ。」
 私はミコに囁くと、次の瞬間立ち上がる。
 背中に留弾した潰れた弾頭が、擬似生体組織から排出され、地面に音を立てて落ちる。
 私は治安警察の奴らに向かって走った。
 治安警察のサブマシンガンの銃口が、私に向いて火を噴き跳ね上がる。
 私は走りながら、加速装置をオンにした。
 一瞬で全ての時間の流れが変わった。
 治安警察の連中の動きがスローモーション再生のように見え、サブマシンガンから発射される弾頭が手で掴める程にゆっくりと飛来する。
 通常の時間で言えば0.27秒で彼ら治安警察の前に躍り出た私は、手前にいた治安警察の男の顔面に、左の拳を叩き込む。
 男の顔がぐしゃりと潰れ、ヘルメットの中で男の頭部が破裂し、血と脳漿がゆっくりとヘルメットの端から噴き出す。
 男のサブマシンガンを奪うと同時に、私は加速装置をオフにした。
 先程までスロー再生のように、ヘルメットと制服の隙間から噴き出していた血が、目覚めたかのように勢いよく噴出し空中で赤い霧となる。
 私は手にした治安警察のサブマシンガンを確認した。制式採用の備品らしく、ミコの仲間が所持していた簡素なタイプとは違い、セミオートとフルオートに加 え、スリーバースト・ショットも可能な閉鎖ボルト式の精度の良いものだった。
 30連のマガジンが装填されており、スペアがもう一本マガジンに取り付けられている。
 私はセレクター・スイッチが、フルオートのポジションであることを確認した。
 突然目の前に現れた私の姿に動揺し、パニックに陥った治安警察の奴らを一人ずつ、私はサブマシンガンの点射で正確に片付けてゆく。
 防弾ベストを装着した胸部を避け、むき出しの顔を狙って撃った。
 良好なサイトが装備されていたので照準がつけやすいが、私はサブマシンガンを腰だめで構え、自動で銃身の向きを設定した視覚センサーのサイティング・シ ステムに頼って撃ちまくった。
 「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 黄色い悲鳴を上げ、太った中年男とサムファンが、停めてあった治安警察の四輪駆動車両に飛び乗った。
 私は構わず、残った治安警察の連中を正確に射殺していった。
 発射時の反動による銃口の跳ね上がりは完全に押さえているので、3発から4発の9ミリ弾頭を確実に彼らの顔面に撃ち込む事が可能だ。
 当然彼らの顔面は完全に破壊されているので、死体はIDカードを確認する以外に識別は困難だろう。
 一本目のマガジンを空にして、私はマガジンを二本目に差し替える。
 彼らの盲目撃ちで数発の銃弾が私の胸部や腹部に当たるが、私にはダメージどころか苦痛を与える事も出来ない。
 それはもう既に撃ち合いではなく、一方的な殺戮であった。
 セルモーターの音が響き、ぶおんというディーゼルエンジンの排気音と共に、治安警察の四輪駆動車両が走り出した。
 弾倉の弾を撃ち尽くしたサブマシンガンを捨てた私は、射殺した治安警察の腰のホルスターに入っていたハンドガンを抜き出す。
 左掌にマガジンを落とすと、ダブルカラムで12発の実包が装填されていた。
 私は抜き出したマガジンを、再びグリップの底から叩き込んだ。
 エキストラクターは持ち上がっていて、赤いペイントが見えており、チャンバーにも弾薬が装填済みだと告げている。
 それは、10ミリ口径のタクティカル・ピストルだった。コンディションも良さそうで、握った時の手に感じるバランスも良好だ。
 私はその機構を瞬時に分析する。
 これはダブルアクション・オートマチックだが、ハンマー・デコッキング機構とセフティ機構が別に独立しているタイプであり、極めて実戦的なモデルだ。
 私はそのハンドガンの、バレルからグリップまでのバランスを確かめながら、ハンマーを親指で起こす。
 逃走する四輪駆動車を、私の視覚センサーがズームする。
 タクティカル・ピストルのサイトは当てにしない。
 グリップから銃身までのバランスを測定し、銃を握った右腕と視覚センサーとの間で照準誤差を補正する。
 ステアリングを握っていた治安警察の中年男の後頭部に、私の視覚センサーに装備されたサイティング・システムがロック・オンと告げた。
 私はそっとトリガーを絞る。
 銃声が轟き、私の頭の上をエンプティ・ケースが弧を描いて飛び去った。
 運転席にいた中年男の頭が破裂し、フロントガラスにその内容物を飛び散らせる。
 車両はコントロールを失い、密林を開いた道路から外れ、道端に立っていた巨木にフロントグリルから激突した。
 横転する車両の腹部に見えた燃料タンクに、私は正確に3発の10ミリ弾を撃ち込む。
 燃料に引火した車両が、ぼんと火柱を上げた。
 私はその場でまだ息があった治安警察の数人を、その10ミリのオートマチック・ピストルで止めを刺してゆく。
 敵と認識した治安警察の連中が完全に活動を停止したのを確かめ、私はオートマチック・ピストルを腰のベルトに挿し、既に死体となった治安警察の腰から、 10ミリの弾薬が詰まったマガジンを回収した。
 互換性のあるマガジンが、7本見つかった。
 私は伏せていたフジシバとミコの方に向かう。
 「ああっ、おじいさま!」
 ミコは悲痛な声を上げていた。
 フジシバは血にまみれた胸部を両手で押さえていた。治安警察が撃った弾頭が、背中から入り胸部に大穴を開け、彼は既に虫の息だった。
 「被弾したのか?」
 そう聞いて跪き、私はフジシバの顔を覗き込む。
 フジシバは血の混じった泡を吐きながら、ぱくぱくと口を動かしているが、肺をやられているらしく言葉にならなかった。
 私はフジシバの口の動きを記録し、その形から言語へと変換した。
 「君が…、君が最後の希望だ… ZO-2600…いや、ゼロ… 私たちの自由を…」
 フジシバはそう言い終えると、ミコの腕の中でがっくりと肩を落とした。
 心拍停止。生命反応が少しずつ消えてゆく。
 生物というものに必ず訪れる、死という逃れられない末路だ。
 「ゼロぉ…」
 ミコはその大きな瞳に、塩分を含んだ大量の水分を溜めて私を見た。
 私はゆっくりと立ち上がると、遮蔽装置をオンにする。
 人間の視覚から見れば、私の体は徐々に薄くなり、最終的には透明に見える筈だ。
 これは私の体の周囲に張り巡らされた、逆位相電磁波によって形成された無数の偏光レンズによってシールドを張り巡らせ、光学的には勿論、センサーやレー ダーにも感知不可能な防護膜を形成する。
 「待って!ゼロ… どこへ行くの?! あたしらの、おじいさまの希望を…」
 ミコは喉の奥から声を張り上げていた。
 私はミコに背を向ける。
 そう、私の名は『ゼロ』。
 嘗てそう呼ばれていた、400年前に用済みとなった自我を持つ戦闘マシーンだ。