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【zero】 Chapter 2
石室の中には、私を起動させる為に使ったと思しき機材が並ん
でいた。
女はその側にしゃがみ込み、じっと私を見据えている。動きやすい黒い戦闘服に身を包み、腰に弾帯を巻き、傍らにアサルトライフルを立て掛けていた。
まだ少女と女の狭間のような、初々しさが残る女だった。大きな瞳が印象的で、短くカットした髪が頬まで下がっている。
この二人は自分たちの目的で私を利用する為に、私を400年のスリープから解除した。
私の認識回路には、この二人に危険性は無いと判断されている。
その意志から発せられる気配に、むしろ好感すら感じた。
私は片足を石棺から踏み出した。
歩行機能は、正常。
全身の器官はオールグリーンと告げられている。
その時、女はそっと私の左手を取った。
私の左手を覆った、半有機性流体金属から成る擬似生体組織に張り巡らされたセンサーが、柔らかく暖かい人肌を感知する。
「心配ない、歩ける。」
私は女の顔を向き言った。
女の顔は私の胸の高さまでしかないが、人間の女としては長身に属するだろう。
女は一瞬好意的な表情を見せ、すぐに目を伏せた。
あれが笑顔というものだった事を思い出した。
老人は一度大きく頷き言った。
「わしらと一緒に来てくれるか?」
「わからない。」
私は言った。
私はZO-2600。自らの意志を持つ、サイボーグロボットだ。
「一緒に来てくんなきゃ、困るの。さ、出口はそこよ。外で仲間も待ってるんだから。」
女は立て掛けていたアサルトライフルのスリングを肩に掛け、一部を破壊されて口を開けた石室の扉を指し示す。
「強引だな。」
私はそう言って女を振り返る。
ミコという女の強い意志を映した瞳が、真っ直ぐに私の視覚センサーを捕らえた。
私はミコの着ている戦闘服をスキャンする。
走査したデータを基に、体表を覆った半有機性流体金属が瞬時に変化して、外観も感触も全く同一の戦闘服が私の体を覆った。
「…す、すっげ… そんなのアリなの?」
ミコはその大きな瞳を一層丸くして私を見ていた。
「うむ、これこそが過去にかつて存在した技術だ。400年の間にこの惑星アヒレスは権力抗争による戦乱で、科学技術は完全に退化してしまい、もう惑星間
航行も出来ない程に落ちぶれてしまっている。」
フジシバは、そう寂しげに呟いた。
その時、私のセンサーがこの石室の真上の地表で、数台の車両が停車するのを感知した。
「お前達は仲間を連れて来ているか?」
私は二人に問う。
「外にいるわ。」
ミコが言った。
「外の五人、彼らではない。他に上に来ている。」
そう言って、私は石室の破壊された扉をくぐった。
「えっ?」
ミコは目を丸くして振り返る。
「その様子では、あまり歓迎しない連中だな。」
ミコの言うとおり、扉の外に五人の男がいた。ミコと同じ黒い戦闘服を身につけ、三人はミコが所持していたものと同型のアサルトライフルを肩から掛けてい
て、二人はサブマシンガンを所持している。
彼らは私を、好奇と疑惑の目でじろじろと睨んでいる。
石室を出た先は、石で造られた長い廊下になっていた。
「気をつけて。誰かが上に来ている。」
ミコは五人の男達に伝えた。
一瞬、男達が殺気立つ。アサルトライフルに弾倉が装填されているのを確認する者や、セフティを手探りで解除する者もいた。
この動揺ぶりから予測するに、彼らは訓練された部隊ではない。戦闘経験もせいぜい知れたものだろう。
若い男が二人先頭に立ち、アサルトライフルを構えて進む。
「ここはどこなんだ?」
私は隣を歩くミコに聞く。
「ここはジャングルの中。カムパルト遺跡の北端。ここを探すのに苦労したんだから。」
「カムパルト遺跡?」
私は聞いた。
「そうだ。我々は入手した古い文献をもとに、君が眠っているこの場所を探し求めていたんだ。」
フジシバが言った。
「それは、その惑星独立戦争時代のものか?」
「うむ。嘗て植民惑星であったこのアヒレスは、連邦軍と長い戦いがあった。終戦前に劣勢だった連邦軍は、単体で一小隊… いや、一師団にも匹敵する破壊
兵器を開発し、この惑星に送り込んだ。それが君だったのだよ、ZO-2600。」
フジシバは顔中を覆った皺の中に開いた目を、キラキラとさせて私を見ている。
この二人、フジシバにミコ。彼らにとって私は、それ程までに価値のある物なのか?
「ZO-2600かぁ… 呼び辛いよなぁ。そうだ、『ゼロ』なんてどうかな?… あんたに、らしくない?」
ミコが言った。
『ゼロ』… 私は、その響きに懐かしいものを感じた。
「へえ、こいつがZO-2600かぁ。意外と普通の野郎だなぁ。」
一人の男がへらへらと笑いながら、私の顔を下から覗き込んで言った。
「黙って、サムファン!地上に誰か来ている。敵かも知れないのよ!」
ミコはサムファンという男を睨んで言った。
「けっ!俺に指図すんなって。上の奴ら、たぶん治安警察だぜ。」
サムファンという男は、唇を歪めてミコに言った。
私はこのサムファンという男から、ミコやフジシバ達とは異質の気配を感じた。
「出てこい!レッドウイング!素直に出てきたら命だけは保証してやる!」
その時、地上から拡声器を通した声がした。
ざわり、と男達に緊張が走る。
「どうやってここを嗅ぎつけたんだろ?」
ミコが呟いた。
「上の奴らは、お前達の敵なのか?」
私はミコに聞いた。
「治安警察よ。パタ・ハルが軍事クーデターで首相になって以来、ルージェ共和国全土に配置した権力の飼い犬… 治安警察とは名ばかりの私設部隊よ。」
ミコは憎々しげに言葉を吐き捨てた。
その時数発の破裂音がして、長い廊下の先で白煙が上がった。
「まずい!催涙ガスだ!」
先頭を歩いていた男が叫んだ。
5人の男達とフジシバは、手早く顔全面を覆うマスクを着用した。
ミコは腰に装備していたマスクを取り出し、一瞬私の方を見た。
「大丈夫、必要ない。」
私はミコを促した。
ミコはこくりと頷くと、手に持ったマスクを装着する。
「仕方ない、ここを出よう。グレネードでも放り込まれでもしたら、わしらの命は無いからな。」
フジシバは残念そうに言った。
濛々とした白煙の中、男達は手探りで石の階段を上る。
私は視覚センサーから白煙を消去してしているので、石段の模様までもはっきりと確認できた。
狭い出口を抜けると、ぱっと視界が開いた。
密林の木漏れ日が幾条の筋を作り、湿度の多い大地を照らしていた。
これが恒星の明かり。久しぶりに浴びる天然光だ。
「よーし、全員武器を捨てろ。手を頭の後ろで組め。」
石の地下道を出た先に、11人の男達が待機していた。
全員がサブマシンガンを構え、私たちを油断無く見据えている。
制服だろうか、全員が同じ服を着用し、防弾ベストにシールドの付いたヘルメットで身を固めていた。
これがミコの言う治安警察か。
男達の中央から、全身コレステロールの固まりのような中年男が歩み出した。
「ほう、これはフジシバ博士ではないですか。こんなジャングルでお目に掛かれるとは光栄ですな。あなたのお噂はかねがね伺っておりますぞ。まぁ、それも
今日でおしまいです。下手な抵抗は無しにして、一緒に来て頂きましょうか。」
男は葉巻の煙と一緒に吐き出した。
「なぜ、我々の動きを?…」
フジシバが、その皺だらけの顔を歪めて言った。
すると突然サムファンという男が、顔を覆ったマスクをはぎ取ると、制服の連中に向けて歩き出した。
中年男の背後に回り、にやにやと笑っている。
「サムファン!あんた!」
ミコが叫ぶ。
「そうさ、俺が手引きしたのさ。」
サムファンは薄汚い笑顔で言った。
“醜い”
私はそう感じた。
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