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ゆりかごの歌
私はいつもの時間、前から二番目の車両の後ろ側の昇降口から乗り、いつもの座席に腰を下ろす。
最近、朝の寒さが一層厳しくなって来た。
電車のドアが閉じられ、冷たい外気を遮断した瞬間、私は心なしかほっとする。
通勤鞄を足下に置き、ふと背後の窓を見る。
低く垂れ込めている鉛色の雲の隙間から、金色の朝日が漏れていた。
今日は雪かな?
そんな当たり前の事を、心の中で呟いてみる。
私の正面に、白いコートに茶色のミニスカートを履いた若い娘が座っていて、無心に携帯電話でメールを打っていた。
去年就職して寮で暮らしている下の娘と同じくらいだろうか。
世間はもう、クリスマス一色。
子供たちに、クリスマスのプレゼントは何を買ってやろう?
そんな悩みも昔の事。
正月には、三年前に嫁いで行った上の娘と、その下の娘が帰って来るのが楽しみだ。
下の娘は、大きくなればなるほど、私の母に似て来た。
私が下の娘を可愛がるので、上の娘の嫉妬は並大抵のものではなかった。
思えば悪いことをしたなと、小さく笑って上の娘に詫びてみる。
三駅通過した頃には、がら空きだった車両も満席になった。
皆が無言で電車の振動に身を委ねている。
私は腕を組み、瞼を閉じる。
目を閉じれば、そこは私だけの空間。
ごとんごとんという音と共に電車の振動が腰から伝わって来て、私はその心地よさに身を委ねる。
ゆりかごのうたを かなりやがうたうよ
ねんねこねんねこ ねんねこよ
母の歌声が聞こえる。
私が幼い頃に、母がよく歌って聞かせてくれた子守歌。
私は学校から帰って来る。
玄関の鍵を開けて、誰もいない家の中に向かって「ただいま」と言う。
冷たく静まり返った家。
六畳と四畳半の二間、それに台所が付いた市営住宅の簡素な我が家。
旧型の白黒テレビの前に卓袱台があり、その上に母の書き置きと、おやつの乗った皿。
皿の上には蒸かしたサツマイモが二つ。
私は母の書き置きを読みながら、その冷え切ったサツマイモを頬張る。
それだけで私は満足だった。
学校の宿題を済ませながら、パートタイマーから帰って来る母を待つ。
がちゃりと玄関の開く音。
「ごめんね、カズくん。遅くなっちゃった。」
私は飛び上がるようにして帰って来た母を出迎え、母の買い物かごを受け取り台所に置く。
「大丈夫だよ。でも、お腹空いたなぁ…」
「ごめん、ごめん。ささ、夕ご飯の支度、しなくちゃ。」
母は私を二十歳そこそこの歳で産んだらしい。母はその若く美しい顔で笑うと、決まって私の頭を撫でてくれた。
私はそんな母と過ごす、父が帰ってくるまでの僅かな二人だけの時間が大好きだった。
私は母の家事を手伝いながら、学校であった事や友達の事を母に喋って聞かせた。
母は優しく頷いて聞いていた。
ある夜、母のうめき声で目が覚めた。
何事だろうと目を凝らしてみると、豆電球の明かりの中で、私の隣の布団の上で父が母にのしかかっていた。
苦しそうだが、どこか嬉しそうな母の声。
当時の私は何が何だか判らずに、そのまま寝入ってしまった。
それが夫婦の営みだった事を知ったのは、二・三年後の小学六年生の時だった。
母の頬に、化粧で隠した青あざ。
普段は優しく物分かりのよい父だった。
だが、酒を飲むと人が変わったようになって、毎日のように、母の顔をこれでもかと言う程に殴りつけていた。
そんな母を、私は正視出来なかった。
母に対しての父の暴力は、一向に修まる事は無かった。
私が中学二年の頃。その頃には、既に私は母の身長を追い越していた。
その日の父の暴力は激しく、見るに見かねた私は遂に止めに入った。
男の子が中学二年生にもなると、そこそこ大人並みの腕力も付いて来るもので、母を殴った父の手首をねじ上げるぐらいは造作なかった。
父は私の気迫に圧倒されたのか、舌打ちをして布団に入るや直ぐさま寝息を立て始めた。
私は蹲っている母の側にそっと跪く。
母の目の下は紫色に腫れ上がり、唇の端が切れて血が滲んでいた。
「父ちゃんなんか、死んじまえばいいのに…」
母は私の言葉にはっとしたような顔をして、次の瞬間、私に寄りかかってわっと泣き崩れた。
初めて見た母の涙。
母は私の腕を掴み、私の胸に顔を埋めて泣いていた。
初めて抱いた母の肩。それは細くて柔らかく、今にも折れてしまいそうだった。
その日、私は母と一緒の布団で寝た。
母は私に取りすがり、安らかな寝息を立てていた。
ゆりかごのうえに びわのみがゆれるよ
ねんねこねんねこ ねんねこよ
私はいつの間にか、昔母が歌ってくれた歌を口ずさんでいた。
その翌年、父の葬儀の日。粉雪が舞う寒い日だった。
私は詰め襟の学生服を着て、火葬場に運び込まれる父の棺を見つめていた。
父は交通事故で死んだ。
トラックの運転手だった父は、仕事中でも欠かさず少量の酒を飲んでいた。
対向車との正面衝突。即死だったらしい。
あの時の私の呪詛が災いしたのか。だが、肉親の死を前に私は一滴の涙も出ない。
「母ちゃん… ぼく…」
隣に立っていた喪服姿の母は、私の手をぎゅっと握りしめる。
「いいの… カズくんはいいの。」
母は周囲の親戚に気付かれないよう、小さく呟いた。
事実上、私たちは母子家庭となった。母と二人だけの生活。
それは、あの私が楽しみにしていた母との二人だけの時間が、うんと延びたようなものだった。
父が生きていた頃からずっと、風呂を沸かすのは私の仕事だった。
今のように蛇口を捻ればお湯が出るという便利なものは、ほんの一握りの金持ちの家に許されたものだった。
寒い日だった。雪がちらつく中、私はオガライトという燃料を風呂場の外から焚いて風呂を沸かす。
夕飯を終え、私は風呂に入る。
「カズくん、湯加減は?」
「うん。いいよ。」
脱衣所などはなく、夕飯の後始末をしていた台所から、戸板一枚を挟んでの母の声に私は答える。
「母さんも一緒に入るわ。今日は寒いから、お風呂が冷めないうちにね。」
風呂に入っていると、母はよく私の背中を流しに来てくれた。
私といえば流石に、下腹部に陰毛が生えてきた頃から恥ずかしくて、下腹部を隠し背中だけを流してもらう事が習慣になっていた。
私が拒否する暇もなく、風呂場の戸板が開いた。
そこに、母の白い肌があった。
母は相変わらず美しく、張りを失っていないつやつやとした肌を私の前にさらけ出し、浴槽の湯を手桶に取って体に流す。
「おお、さむぅ…」
母は私が入っていた浴槽に入って来る。
狭い浴槽は二人分の体積で、ざっと湯が溢れ出る。
私は湯船に浸かった母の美しい顔を見て、首筋、そして胸の二つの隆起に視線を移す。
張りのある胸は柔らかそうだった。
そんな事を考えたとき、私の下腹部で何やらもぞもぞとした感触が起こって来た。
「ああ、やっぱりお風呂はいいわぁ。カズくん、まだ体流してないんでしょ?母さんが洗ってあげるから。」
「いや、いいよ。」
私は拒否する。
母の体を女の体として意識してしまった事への後ろめたさと、実際に起こっている生理的変化を母に見られたくなかったのが理由である。
「どうしたの?カズくん。あら…」
私は慌てて体を横に向ける。
その時には既に遅かった。
「ふふ… カズくんももう一人前なんだ。そうよね…」
何と答えて良いか判らない私にそれ以上の事を聞かず、母は先に浴槽から出て体を洗い始めた。
母は手桶にすくった湯で体の石けんを洗い流す。均整の取れた美しい体を、私は湯気越しに見とれていた。
ほっそりとした首筋に、丸く細い肩。その昔、私を抱いていた筈の腕はツヤツヤとして、その付け根の黒い脇毛が湯の流れに踊る。
きゅっと締まった腰に肉付きの良い太股。これをあの死んでしまった父が独占していたかと思うと、悔しくて堪らない。
私の視線に気づいたのか、母は振り返り小首を傾げて聞く。
「どうしたの、カズくん?」
「母ちゃんって、きれいだな。」
「え?… ふふ、ありがとう。」
私の率直な言葉に、少し戸惑いながらも嬉しそうに笑った母がとても可愛らしかった。
ある寒い日の晩、石油ストーブに火が着かなかった。
苦戦している母を押しのけてストーブを調べてみると、肝心の芯が無くなっていた。
「母さんが明日買ってくるから、直してくれる?カズくんは機械に強いから。」
「うん、いいよ。」
私は母に頼りにされているのが嬉しかった。
その日は早く寝る事になった。
母は寒いと言って、私の布団に入って来る。
「覚えてるかな?カズくん。昔はこうして母さんと寝てたんだよ。」
「うん。子守歌、歌ってくれてたっけ。」
「そうね。歌ってあげよか?」
「いいよ。恥ずかしいから止めてよ。」
「あはは… 照れてる。」
私たちはふと黙り込む。
長い沈黙の中。枕元に置いたゼンマイ式の目覚まし時計の、時を刻む音だけが聞こえて来る。
時計の音ではなかった。それは母の胸の鼓動。
その音をもっと聞こうとして、私は母の胸に顔を埋める。
いい匂いがした。
ふくよかな胸が私の頬を包み込んだ。
寝間着越しの胸に手で触れてみる。
柔らかかった。
母はブラジャーを着けておらず、その感触は布一枚越しに伝わって来る。
手でさすっていると、指を弾きそうな程に乳首の部分が堅く膨れあがって来て、私は少し驚いた。
「はぁっ…」
母の熱い吐息が私の顔にかかる。
母は寝間着のボタンを外した。
それはいいと言う合図だったのだろう。
前をはだけた寝間着からこぼれる胸に、私は無我夢中でむしゃぶりついた。
舌を這わせ、堅く膨れた乳首を口に含む。
それに合わせて、母の息づかいが荒くなる。
「カズくんは母さんの事が好き?」
「うん。大好きだ。」
「母さんもよ… カズくんの事が大好き。」
母は私の頭を抱き、苦しそうに呻いていた。
「あ、ああ… カズくん…」
私は構わず母の乳房を舐め回す。
「もう、もうだめ… カズくん、お願い… 母さんと、母さんと一緒に…」
母は寝間着を脱ぎ捨て全裸になった。
全裸の母は私のパジャマを脱がしてゆく。
最後に私のブリーフを脱がせた母は、既に勃起している私のものを口に含む。
ぬらぬらと張り付く母の舌が気持ち良くて、私の下腹部からむずむずとした衝動がわき起こって来る。
「母ちゃん… 出ちゃうよ…」
「いいの… カズ君のをちょうだい。」
堪らず私は母の口に放った。
放った後も母は私のものを舐め回している。
母が顔を上げた。
至福に満ちた美しい顔だった。
「カズくん、母さんにもして。」
私は母の股間に指を伸ばす。
熱く火照ったそれは、びっしょりと濡れていて、私の指をくわえ込もうと母とは別の生き物のように蠢いていた。
その時私は、そこにもう一つ堅く膨れあがったものを発見した。
当然、私にとっては全てが初めての経験だった。何だろうと思い、それを指ですくいあげると、母の体がびくんと震えた。
その頃には私のものも完全に回復していた。
「きて… 来て、カズくん。早くきて…」
うわごとのように呻く母を抱き、私のものを母の股間に押しつける。
うまくいかなかった。初めての私は場所がわからない。
そのとき、母が救いの手を差し伸べてくれた。
母の暖かいものに包まれて、喜びと愛おしさの中、私は無我夢中で腰を振り続ける。
「あっ、いい… いい… もっと… カズくん… 好き、大好き。」
「母ちゃん… ぼくもうだめだ…」
「まだ… まだよ。母さんと一緒よ…」
母は呻きながら首を左右に振る。その喜びに満ちた表情を、もう誰にも渡したくなかった。
ゆりかごのつなを きねずみがゆするよ
ねんねこねんねこ ねんねこよ
母の吐息は、幼い頃に聞いた子守歌。
「キスして。」
母は頬を私の頬に密着させ、耳元で囁く。
重ねた唇の隙間から母の舌が侵入してきて、私の舌にからみつく。
暫くの間互いの口を重ね合わせ、私たちは体を離した。
母は枕元のティッシュペーパーで私のものをきれいに拭き、続いて自分の股間を拭いていた。
空気の漏れる音と共に、私の精液が後から後から溢れ出る。
「ふふ… おかえりなさい。カズくんは立派になって、母さんに帰って来たんだよね。」
寝間着を着終えた母は、再び私の布団に潜り込む。
私は母に抱きしめられて、うとうとと心地よい眠りに引き込まれる。
ゆりかごのゆめに きいろいつきがかかるよ
ねんねこねんねこ ねんねこよ
ゆりかごの歌は、母の夢。
「カズくんがいてくれて、母さんはとても幸せだったよ。」
その五年後、急な心臓の病で、母はその幸せとは言えなかった生涯を静かに閉じた。
一度踏み込んだらもう戻れない地獄だった事は、母も私も十分に承知していた。
だが、私たちはきっと世界中のどんな恋人達より、うんと仲の良い恋人同士だったに違いない。
ホームに降りた私の頬に、ふと小さく冷たいものが触れた。
ほら、雪だよ。母ちゃん。
母の面影が次第に遠のいてゆく。
「いってらっしゃい、カズくん。」
母ちゃん、待ってよ。
いつも一緒だって言ったじゃないか。
私は混み合う駅のホームの雑踏の中に呑まれてゆく。
無言の人の群れに、ペースを同調して歩いてゆく。
ゆりかごの歌は、母の夢。
終
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