trainee report 6

 

さすらいの私立探偵は宇宙一

前半戦

 

 深夜2時。
 繁華街から遠く離れたコンビニエンス・ストアには来る客も途絶え、店員のアルバイトの青年は商品棚の整理をしながら大きくあくびをした。
 その時、来客があった。まだ10代だろうと思える少年の一団が三人、店のドアを肩で開けて店内に入って来る。
 アルバイトの店員は咄嗟に、その少年達が発散するヤバい気配を感じ取った。
 少年達は三人ともバラバラに店内に散った。店員は万引きを警戒したいところだが、全て別行動の三人相手では一人で監視し切れない。
 アルバイトでコンビを組んでいるもう一人の相棒は、この時たまたま腹痛を訴えてトイレに籠もっていた。
 アルバイト店員は現金の入ったレジを守る為、レジカウンターの裏に入る。
 少年達は店内をぐるりと見回り、他の客がいないのを見極めて一気にレジに歩み寄った。
 客を装った少年達が、遂に本性を表す。
 少年の一人がポケットに突っ込んでいた右手を出すと、手首をくるんと回す。
 少年の手首の動きに追従して、銀色の光がきらりと閃いた。
 少年の手に一本のナイフが握られていた。
 一昔前に流行ったバリソング・ナイフ*だ。バタフラ イ・ナイフとも呼ばれその刃を開くアクションが美しく、またその不気味な存在感が威嚇にも効果絶大の凶器だ。
 (*注釈:BALI-SONGとは、このバタフライ型ナ イフを最初に作ったメーカー名で、他のメーカー製の物はバリソング・タイプと呼ばれるのが一般的である)
 「ほら、そいつを開けよ。」
 ナイフをかざした少年が、凄みたっぷりに店員を威嚇する。
 店員はカウンター台の下に設置された、警備会社直通の緊急ボタンに手を伸ばすが、ナイフの切っ先が振られ手の位置をどけろと警告しているのを見て断念す る。
 キィを使ってレジスターのトレイを開いた。
 ナイフを持った少年の隣にいた少年が、突然カウンター台を乗り越え店員を殴りつけ、レジのトレイに入っていた高額紙幣を掴み上げた。
 一万円札が5枚ばかり入っていた。店側も常に強盗に遭う事を警戒して、その他の売り上げは定期的に店の奥の金庫に仕舞われているので、被害を最小限に押 さえる事が出来る。
 少年達の興奮した気分は強盗によって得た金額でなく、犯罪を犯した事への抑揚感で十分満足だったに違いない。
 少年達は我先に店を飛び出してゆく。
 倒れていた店員は殴られた頬をさすりながら起き上がり、カウンター奥の電話に110番をプッシュする。
 「あはは!あの野郎のツラぁ見たかぁ、ザマぁねえや!」
 「よっしゃぁ!これでどこ行くよ?」
 少年達は強盗行為の緊張した瞬間から解放され、口々に勝手な事をわめき散らしながら走り出す。
 ふいに少年達の足が止まった。
 夜風にギターのメロディが流れている。
 前方の歩道に人の影。街灯から逆光となったそのシルエットは、少年達の足を止めるに十分過ぎるほど異彩を放つものだった。
 レザーのパンタロン*からジャケット、そして頭に被っ たテンガロン・ハットまでが黒一色で固められ、首に巻いたスカーフと手に抱いたアコースティック・ギターが薄闇の中で限りなく白く輝いていた。
 (*注釈:若い読者の方々に、このパンツスタイルはピン と来ないと思う。ベルボトムのようなものだと理解して頂けると良いだろう)
 「子供の夜遊びは感心しないな。」
 少々舌足らずだが、十分に抑揚をつけた芝居がかった声が響く。
 その影はギターの弦をつま弾いていた右手を止め、その手袋をはめた*ま まの二本指で黒いテンガロン・ハットのつばをついと押し上げる。
 (*注釈:一般的に手袋をはめた手でギターの演奏はでき ません。コードが押さえられません。スリーフィンガーもアルペジオも無理です。キカイダーのジローとこの人だからこそ出来る技です)
 テンガロン・ハットのつばの下から現れた中年男の顔は、その秀麗な甘いマスクで爽やかに笑った。
 口の端から白い歯がこぼれる。
 「なんだよう、変なカッコしたおっさんだなぁ…そこどけよ!」
 少年達は奇異なものを見た心の衝撃から回復し、再び強盗を働いた時の凄みを効かせ始める。
 少年の一人が先ほどのバリソング・ナイフを握った手を、ゆっくりとポケットから抜き出す。
 「おい、このオヤジやっちまおうぜ。ついでにいくらか持ってんだろうからさ。」
 言うが早いか、少年の手首がくるんと回り、その動きに併せて銀色の光が閃いた。
 「ほう。良く練習したな。だけどこの宇宙じゃぁ、二番目だ。」
 男は笑みを崩さずに言う。
 少年は男の言うことが理解出来ないでいた。それにこの男の、人を食ったような余裕は一体何だ?
 一瞬の沈黙の後、少年はうめくように聞いた。
 「じゃあ、一番は誰なんだよ?…」
 男はレザーの手袋をはめた親指を立て、ついと自分の顔を指す。
 「わあぁぁぁっ!」
 「くそっ、やっちまえっ!」
 完全におちょくられていると知った少年達は、怒りにまかせて絶叫を上げながらテンガロン・ハットの男に殺到する。
 
 緊急無線により巡視中のパトカーが一台、事件現場のコンビニエンス・ストアに到着した。
 パトカーから降りた若い警官は、駐車場の側の歩道に複数の人影が倒れているのを発見する。
 警官は腰の収縮警棒に手を当て、警戒しながら近寄ってみる。
 三人のまだ10代と思しき少年達だった。
 全員が後遺症もなく死なない程度に、巧みに痛めつけられていた。
 若い警官は無線で状況を報告し、事情聴衆をしていた店員を呼びつける。
 「ん?なんだろう?」
 警官は完全に意識を失って倒れている少年の胸に、奇妙なポーカー・カードサイズの紙片を見つけた。
 取り上げて懐中電灯の明かりにかざしてみる。
 カードにはマジックの殴り書きだが、達筆な文字でこう書かれてあった。
 
 “この者、コンビニ強盗犯人”
 
 「これが、その犯行グループを暴行して去った犯人*の 残したものだそうです。」
 新米のニュースキャスターは拡大写真のパネルを掲げ、興奮気味に説明する。
 (*注釈:いかに相手が凶悪犯とはいえ、いくら正義の為 とはいえ、相手をノシてしまった以上は傷害罪が適用されます)
 朝のニュースでは、昨夜のコンビニ強盗の事件で話題が持ちきりだった。
 「みずほおねーちゃん!またせーぎの味方が現れたよ!今度はカードを残すんだって!」
 朝食のおにぎりを頬張りながら、橋本家の次男坊優太はテレビに釘付けとなっていた。
 「ほらぁ、優くん。早くしないと遅刻しちゃうぞ。」
 「だって、せーぎの味方だよ。」
 キッチンの棚に据えられたテレビを、みずほは横目でちらりと見ただけで再び弁当作りに勤しみ始めた。
 「みずほおねーちゃん変なのぉ…あれほどせーぎの味方が好きなのに…」
 優太は碗に残った味噌汁をずすとすすり込む。
 「正義の味方も色々事情があるの。ささ、早く支度支度。」
 「はぁい。ごちそうさま!」
 優太は箸を置くとイスから立ち上がり、たたたっとキッチンを後にした。
 優太の去った後、顔色を変えたみずほは突然、かぶりつきそうな勢いでテレビの前に飛びつく。
 「カードですってぇ… ちょ、ちょっとぉ…」
 湧き出して来る疑惑といやーな予感を、みずほは強引に振り払い否定する。
 「ありえないんだから。そう、宇宙は広いのよ… 真似する人はいくらでもいるわ。そうよ、そうに決まり!」
 みずほは完成した弁当箱のタッパ状の上蓋を、ぱしんと勢いよく閉める。
 
 午後四時の信用金庫。
 客の名を呼ぶ若い女性行員の声が、突如黄色い悲鳴に変わる。
 黒い安物の作業用ジャンバーに、防寒マスクを被ったステレオタイプの強盗犯が拳銃のような物*を片手に、受付カウンターの上に這い上る。
 手にしたザックを行員に放り投げ、拳銃のような物*を 振り現金を入れろと合図する。
 (*注釈:マスコミ関係では最近この表現が多用されてい る。どうも犯行中に発射されなかった場合、モデルガンやエアガンの類らしいと推測される器物に対しこの表現が使われるように思える。目撃者の証言に起因す るものであろうから、素人に実銃とイミテーションの区別が付く訳が無い。もしもそれが本物の凶器で、犯行中に発射されなかっただけだったらどうするだろう かと考えた時、その後の事を考えるとぞっとする。このサイトでは日本人の銃器に対する認識の甘さを幾度となく言及しているが、同様に自分の意志で行動する 筈の無いトイガンをも犯罪者に仕立て上げようとする、誤解と偏見による風潮は何とかならないものなのかと、果てしなく銃器の造形とメカニズムを愛する筆者 は心を痛めている)
 脅えきった行員は震える手で、恐る恐る蓋を開けたザックの中に机に積んであった札束を入れる。
 建物全体に警報が鳴り響いたのはその時だった。
 防寒マスクの犯人は舌打ちをして、現金を詰め込んだザックを空いた左手で引ったくる。
 犯人は出入り口へと走る。勇敢な行員がマーキングボールを手に犯人の後を追う。
 出入り口で犯人は立ち止まり、右手の拳銃のような物で威嚇射撃をする。
 それは確かにエアガンだった。小さな6ミリBB弾がガスの圧力で発射される。
 だがそれに合わせて、ぱん!という大音響が銀行内に響き、受付カウンターのガラスがばりんと音を立てて崩れる。
 犯人が握っている拳銃のような物は、実は本物の拳銃だと認識した行員達は一気に士気が萎えてしまい、追跡を買って出る者はいなくなる。
 銀行強盗犯は信用金庫を飛び出し、手にしたエアガンをポケットに仕舞うと、大通りの歩道を走りながら防寒マスクを脱ぐ。
 年の頃は50歳前後の、体格も屈強な男だった。
 「こうするしか無かったんだ…みんなの為にこうするしか…」
 男は現金の入ったザックを掴んだ腕をわなわなと震わせ、唇を噛んで呟きながら大通りの歩道を逃走する。
 
 “ふふ… それで、てめえんとこの無駄飯食いの能無し社員どもの生活も楽になるだろうよ。さぁてと、次をやろうぜ… 社長さんよ”
 
 男の耳元にささやく声がする。
 男の側には誰もいない。その声は虚空の彼方から、そして地の底から聞こえたような気がした。
 
 右手に買い物かご、左手に仔犬の首輪に繋がったロープを持ったみずほは、はたと足を止める。
 「どうしたの、みずほおねーちゃん?」
 側にいた優太がみずほの顔を覗き込む。
 「ん?何だろう?聞こえた…」
 優太と仔犬を連れての買い物帰りのみずほは、その超感覚に地球外生命体の放つ悪意を感知した。
 「何だかあっちが騒がしいなぁ。ああっ!パトラッシュがぁ!」
 大通りの車道を挟んで騒ぎが起こっていた。向かいの信用金庫の建物があるあたりがその中心だった。
 みずほと同じタイミングで歩みを止めた柴犬に似た仔犬が、その燃えさかる炎のような耳をぴくんとさせ、黒い鼻をくんくんと虚空で鳴らす。
 次の瞬間、他の事に気を取られていたみずほの手を振りほどき、ロープを引きずったままその小さな体と短い足で、もこもこと車道を一目散に駆けて横切ろう とする。
 「あっ!しまった!パトラッシュ!」
 みずほも慌てて仔犬の後を追う。
 その時、反対車線に一台の車高を極端に落とした改造車が、カーコンポの音も全開に我が物顔の猛スピードで突っ込んで来る。
 仔犬の進行方向とその暴走車両の速度関係が、道路上の一点で一致した。
 「うわぁぁぁん!」
 優太の悲痛な叫びが大通りに響き渡る。

  

 (*注釈: このシリーズを通して読まれている方なら、この直後に展開するだろう目を覆いたくなるような惨事もきっと予測できる筈だ)