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「どういうこと?プロフェッサー・ゲル?!」
みちるはIDバッジを仕舞った左手を、M6700タクティカル・ピストルをグリップした右手に添えて保持する。
睨み付けた老人の、指一本の動きさえ見過ごさない。
「お前さんは、セクター29をご存じか?」
みちるの気迫をそよ風のように受け流しながら、老人はさも愉しげに聞く。
「セクター29… あの宇宙のゴミ溜めでしょ。外宇宙からの不法投棄が増加して問題となり、銀河連邦科学局宇宙空間環境保全委員会によって今は閉鎖されている。それがどうしたの?」
みちるは幾度か報道で見た事のある、宇宙空間に浮かぶ重力場を思い出した。その一帯が発散してる有毒ガスと危険な放射線の為に、現在は誰も近寄る者もいない。
「儂はな、あの放射性廃棄物と不発弾の海が、新たな生命が産んでいたのを発見したのじゃよ。そいつらは有毒化合物やエネルギーバッテリーの腐った中身を食らい、見事な進化を遂げていた。」
「何?」
みちるの背筋に冷たいものが走った。
「もともとは宇宙空間に漂うウイルスだったのか、それともどこかの惑星が開発した生物兵器だったのかも知れぬな。儂は銀河連邦科学学会を追放されて以来、辿り着いたあの場所で観察を続けておった。そんなある日、ヘドロの中でうごめく幾多の生命を見つけた。そいつらは異常な環境の中で急激な進化を続け、見た事もない恐るべき生命体として数々の種類に分岐し増殖を続けていた。」
「それを… それを、どうしたの?まさか…」
みちるは生唾を飲み込む。この老人の意図が少しずつ見えて来た。
「儂は奴らのサンプルを捕らえて、少しだけ手を加えてやった。あの、暗くじめじめした空間よりも、奴らにはもっと相応しい活動の場がある筈じゃ。まずは手始めにこの惑星に試作品、いや儂の子供と言うべきかな、そいつを贈ろう。どこまで破壊の限りを尽くすか、これは見物じゃぞ。この惑星が滅んだ後は、奴らの兄弟達を他の仮想敵国同士の惑星やテロ支援国家に売り付けてみてもいい。」
「そんなことはさせないわ!」
みちるの目が怒りに燃え上がる。
「銀河連邦安全保障条約、第235条。保護観察指定惑星への破壊活動防止条例。保護観察下にある惑星への不法侵入、ならびに惑星の生態系に悪影響を及ぼす危険性のある行為、遺伝子操作等、および外部からの生物や技術の持ち込みなどを含む全ての破壊活動を禁ず。だったかな… とにかく、あなたの行為を見過ごす訳にはいかないっ!」
「ふふふ… 法に背いてこそ悪というものじゃよ。じゃがな、おじょうちゃん。もう既に遅いわ。儂の愛しい子供が通る道は完成した。近日中にはこの町に、その姿を現すぞ。楽しみに待っておれ。ははははは!」
白衣の老人は、壁に開いた次元トンネルの入り口に吸い込まれるように入ってゆく。
「待てっ!逃げる気?!」
「この辺境の惑星で、儂の怨敵である銀河連邦科学局の者に遇えるとはな。これでショーも一層盛り上がるというもの。また会おう、みちるちゃん…」
徐々に収縮してゆく次元トンネルの入り口から、老人の声が響いて来る。
みちるは通学用のバッグを肩から下ろし、急いでジッパーを開く。
バッグの中から化粧品を幾つか取り出す。携帯用の香水をスプレーするアトマイザーらしきもののキャップを取ると、中から現れた安全ピンを90度ひねって次元トンネルの中に投げ込んだ。
これはみちるが常時携帯しているハンド・グレネードの一つで、高熱で対象を焼き尽くす小型ナパーム弾だ。
数秒後。ぼんという破裂音とともに、床に伏せたみちるの背中の上を赤い火線が通過する。
「ぎゃああああっ!あぁぁぁぁ…」
トンネルの中から絶叫が木霊し、それが徐々に細くなってゆく。
「しんだかな?」
みちるは、既にみちるの顔程の大きさに収縮した次元トンネルの入り口を覗き込む。
強燃性の薬品が燃えた後の異臭と煙を吸い込まないように注意しながら、トンネルの中の様子を伺う。
「おのれぇ… 小娘ぇぇ… 憶えておれよぉぉぉ…」
遠くの方から、か細い老人の呪詛が響いて来た。
「しぶといわねっ!」
みちるは、手に残ったもう一つのアトマイザーのキャップを取る。今度は爆発性の標準ハンド・グレネードで、爆発時の破片を利用するためにナパームに比べて若干重量がある。
小型ハンド・グレネードを投げ込もうとしたみちるの目の前で、次元トンネルはその口を閉じてしまった。
「プロフェッサー・ゲル。あなたの思うようには、このわたしがさせないわ。」
先ほどまで確かにそこに存在した異次元からの脅威に対し、敢然と立ち向かう決意を、その可憐な美少女は既に元に戻ってしまった何の変哲も無い壁に誓うのだった。
数日後、それは確かに発動した。
先日、みちるとプロフェッサー・ゲルが対峙した庁舎の壁をはじめ、100円パーキングのブロック塀から、コンビニのゴミ箱の背後の壁から、公園の公衆便所の裏の壁から。
何処に続いているのか知れない、ポッカリと開いた異次元の穴。それらの穴は中心点のある方向に向けて、エネルギーの流れを送り出し始めた。
大通りに面したオフィスの中で、女子事務員が壁に掛かった時計を見上げ、顔を蒼白にして息を飲む。その時計の長針と短針が、目にも止まらないスピードでぐるぐると回転していたのだ。
ブラインド越しに、窓の外から幾多のフラッシュを焚いたような光がオフィスの中を襲う。女子事務員はきゃっと悲鳴を上げ、机の下に伏せる。
エネルギー流の収束を受けた大通りでは、まばゆい光が乱舞し、街路樹が次々となぎ倒され、路上駐車の車が玩具のように転がりはじめた。
光の交錯が止んだとき。道路上に、巨大な茶色いぶよぶよとした塊が鎮座していた。
それは何かの巨大生物であるのだろう。証拠に動物の内臓を思わせるような表面が、呼吸でもするかのように奇怪な蠢動を繰り返していた。
この惑星の学校の授業なぞ、みちるにとっては児戯に等しい。とはいえ、赴任先であるこの惑星の情報を一刻も早く吸収しようと、みちるは教師の話を真剣な眼差しで聞いていた。
突然、ブレザーのポケットから振動。
みちるはポケットからiPod型の高性能通信装置を取り出すと、机の下でクイックホイールを操作する。
「えっ!まさか…」
みちるは小さく呟くと、ふいに席から立ち上がり挙手をする。
「せんせぇ〜!大変なんです!」
「どうしたんですか?光明寺さん?」
初老の物理教師は顔の分厚い眼鏡を直しながら、授業が中断された事に若干の憤慨を込めてみちるを睨む。
「あの… 街のほうで、大規模な地磁気の乱れが測定されています。それに伴い時空間の歪みも…」
教師の剣幕に少し遠慮しながらみちるは答える。
「何を言ってるんだ?今は授業中だから静かに…」
教師の叱咤を他の生徒が遮った。
「あ!ホントだ〜。」
「何あれ?こわ〜い!」
教室の窓の外を指差し、女生徒が口々に叫ぶ。
遠くに見える町並みが、まばゆい閃光に包まれていた。
「静かにしなさい!あ、こら!きょーしつを勝手に出るんじゃないっ!」
興味と面白半分、箸が転げても可笑しいハイテンションの年頃の娘達に、教師の静止も耳に届く筈が無い。
「なになにあれ!」
「恐いよ〜!見に行こ!見に行こ!」
「きゃはは!足踏まないでよっ!」
「きっと、ちきゅーの最後が観れるよ〜。」
「テロだったらどうするのよ!?」
「待って待って!駅前の国道にでっかいうんちが現れたんだって!」
一人の少女が携帯電話を片手に、皆に現場中継を始めた。
現場に近い友人から連絡が入ったのだろう。ところが狂った地場の影響で、携帯電話の電波は間もなく遮断される。
「あれ?切れちゃった…」
「行こ!行こ!急がなきゃ、巨大うんちがどっかに行っちゃうよ!」
大騒ぎをしながら校舎から吐き出される、野次馬女子高生の群、群、群。
その中に、真剣な表情をしたみちるの姿があった。
「ポイントSN-74に現れた次元空間異常は、決して自然発生的なものではない。なに!?生体反応?まずいわ… オペレーションA-09!」
“オペレーションA-09、承認シマス。”
みちるのインナーヘッドフォンに響く電子音声。
続いてみちるは、インナーヘッドフォンのコードに取り付けられた高感度マイクに叫んだ。
「サイドバリアン!」
みちるは同じ制服を着た女子高生の群から離れ、狭い路地を走り抜け近くの大通りに向かう。
狭い路地から抜けたみちるの目の前、道路上に数人の若者がたむろしていた。
「お!おじょーさん高校の制服じゃん?彼女、急いでどこ行くの?がっこサボったの?」
「ほらぁ、ボクらと遊ばない?」
若者達はみちるを囲むようにして話しかけて来た。
「そこをどきなさい!」
みちるの一喝に若者達がフリーズした。
その時、大通りに黄色い疾風が、車の列の間隙を縫いながら迫って来る。
それは、みちる達の前で静かに停車した。
レーシング用のサイドカーに似た、低く構えたフォルムと流線型のカウルが装着された黄色いマシン。
「だらだら遊んでないで、少しは社会の役に立つ事も考えなさい!」
若者達を押しのけ、みちるは歩道を踏み切って、その黄色いサイドカーにひらりと跨がった。
制服のミニスカートの裾が精悍に揺れる。
サイドカーのコクピットには一枚のモニターが配置されていて、その中にみちるの搭乗を感知したのか“Welcome!”の文字が浮かび上がった。
みちるはステアリング・バーを握り、右側のアクセル・グリップを捻る。
「なんだぁ…ありゃ…」
サイドカーは呆然としている若者達を後目にぶぁん!と咆哮を上げ、ぎぎっとタイヤの跡をアスファルトに残して急発進をする。
みちるはサイドカーのコクピットのモニターの横に配置されたマウントユニットに、iPod型の高性能通信装置を差し込む。インナーヘッドフォンは耳に装着したままだ。
「ポイントSN-74に急行!至急、PF-750kP・A・Rを転送して!」
“了解。PF-750kP・A・Rノ使用ヲ許可。転送シマス。”
iPod型高性能通信装置のモニターの中で、装備リストの選択バーが自動で動き、“PF-750kプラズマ・アサルト・ライフル”を選択し、ヘッドフォンに承認を伝える音声が入ってくる。
中央モニターにはデジタル式のレブ・カウンターのグラフが上昇を続け、9速のオートマチック・トランスミッションは最適のギア比を演算して出力を制御している。
電気感応式ステアリングはみちるの反射神経に呼応するかのように、クイックなレスポンスで車の隙間を縫ってゆく。
みちるの駆るこのサイドカー『サイドバリアン』は、光量子燃焼式水平対抗4気筒エンジンを2基搭載した軍用特殊車両だ。
通常のサイドカーなら側車に人の乗る座席が用意されているが、この側車にはエンジンと電子頭脳、そして数々の武装で埋め尽くされていた。
重心の低い水平対抗エンジンを2基乗せる事で、一層その高出力と高速走行時の安定性を増している。
完全に内部を密閉された側車の上に、きらきらと眩い光の束が現れた。
その光は急速に収束を始め、一挺のパラトルーパー・ライフルの形を取る。これは、フォールディング・ストックに加え、振り回しやすい市街地戦向けの短銃身タイプのプラズマ・ライフルだ。
先日に次元空間異常を感知した時にみちるの前に現れたM6700タクティカル・ピストルも同様であるが、これはディメンション・トランスポート・ウエポン・システムによって機動要塞ジェミニィから転送される仕組みで、みちるが何処に居ようとも地球上の何処にでも武器が送られて来る。
但し、実習生のみちるは使用許可の申請が必要となる。
みちるはその転送されたプラズマ・ライフルを左手で持ち上げる。サイドバリアンのステアリングは自動操縦に任せ、レシーバー後部のロックボタンを押さえて折り畳まれたストックをオープン・ポジジョンにする。
銃身の下に405C重力グレネードの発射ユニットが取り付けられているが、ストックを伸ばす事で重量バランスの中心がグリップ部に集中し、4キロ近い総重量を感じさせない程だ。
一緒に転送されて来た弾倉ポーチの並んだベルトを腰に巻き、ポーチからボックス形のバッテリー・マガジンを一本抜き出してライフルに装填する。
セレクター・スイッチを兼ねた安全装置のポジションを確認し、スリングを肩からタスキがけにしてライフルを背中に背負うようにする。
「勝負よ!プロフェッサー・ゲル!」
みちるは闘志に燃えた瞳で、眼前に開いた異次元トンネルの虚空を睨み、右手のスロットル・グリップを一気にあおった。
逃げまどう市民の群。
その背後で奇怪な蠢動を繰り返していた茶色い巨大な物体が、突然ごそりとその体を自分で持ち上げた。
吐き気を催すような臭気を放つ茶色い粘液が、アスファルトの上にどぼどぼと滴り落ちて来る。
その茶色い塊の下に、8本の銀色の脚が現れた。それはいかにも試作品として急造されたと思われるような、関節の付いた高分子金属のフレームにパワーシリンダーと無数のエネルギー・ケーブルが剥き出しとなった脚だった。
8本の脚でしっかりと地面から立ち上がった茶色い塊の、その楕円の突端がもぞもぞと動き、内部から目の役目をする為の光学センサーが現れ、続いてその下に奇怪な形の砲身が現れる。
その尖った口のような砲身から、突然光の束が迸った。
飛来した光の束を受けたビルが、大音響を立てて崩壊する。
その巨大な蜘蛛のような生物は、口から破壊光線を無差別に吐き散らしながら、ゆっくりと8本の脚で移動を始めた。
逃げ遅れていた下校中の少女がひとり。背中に背負った赤いランドセルが大きく見えるのは、まだ小学校の1・2年生だったろうか。
周囲に人影はない。既に人々は避難した後だった。
背後から迫って来る未知の脅威から逃れるため、少女は必死になって走る。
道端の瓦礫につまづいて転んだ。
擦りむいて痛む膝を押さえながら、少女は立ち上がった。母親に編んでもらった三つ編みの髪に、転んだ拍子に脱げてしまった学校の黄色い帽子を被り直す。
その時、自分の周囲が大きな影にすっぽりと包まれているのに気が付いた。
振り向くとそこに恐ろしい現実がそびえ立っているという事は、小さな少女にも理解できた。でも振り向かずにはいられなかった。
巨大な影の主は、少女の真上まで迫っていたのだ。
銀色に輝く金属製の足が、今まさに少女を踏み潰さんと迫る。
既に声も涙も出ない。死の恐怖を超えた少女の頭の中は、今までの人生で培って来た家族や友人との思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
少女の口から一言、辛うじて声が出る。
「おかあさん…」
少女は一瞬意識を失った。憶えているのは、突然正面から迫って来た黄色い光に包まれて、自分の体がふわりと持ち上がった事だけだった。
意識を取り戻した少女は、自分が今、暖かい腕に抱かれてるのを知った。
自分を脇に抱いている腕と、その柔らかい体からいい香りがした。これは長年馴染んだ母親の匂いではない事も分かった。
そして、自分は今、その自分を抱いた主と一緒に、黄色に輝くマシンに乗って超高速で移動している事も知った。
ほどなく走ったところで、黄色いマシンが停車する。
「さ、ここならもう大丈夫。お母さんの所に一人で帰れる?」
マシンから降ろしてくれた相手が話しかけて来た。
少女は初めてその命の恩人を見上げる。
それはまだ年端も行かない可憐な女子高生だったが、小学生の目から見れば立派な大人の範疇に入る。
少女はこくりと頷いた。
再び黄色いマシンに跨がる女子高生の背中に、テレビのニュースで見た事のある戦争をするための長い銃のようなものが背負われていた。
その後ろ姿を、少女は瞳に焼きつける。
「ありがとう!おねえちゃん!」
急に元気を取り戻した少女は、走り去ろうとする女子高生に手を振る。
黄色いマシンに跨がった女子高生が、一瞬振り向きにっこりと笑った。
次の瞬間には黄色いマシンが爆音を立て、少女の前から姿を消す。
少女を降ろしたみちるは再び、町中に出現した巨大蜘蛛に向かってサイドバリアンを走らせる。
「全長58メートル、全高37メートル。推定体重70トン… 有機性生体以外の
55パーセントは機械で構成されている。武器はマグネチューム粒子砲。と言うことは、体内にマグネチューム原子炉が内蔵されている事になるわ。厄介ね…」
みちるはサイドバリアンのコクピット・モニターの中に、機動要塞ジェミニィから刻々と送られて来る分析結果を見て眉をしかめる。
「この惑星の科学力と軍事力では、あいつを押さえる事は到底無理。でも、被害の拡大を指をくわえて見てる筈はないわ。彼らが動き出す前にカタをつけないと…」
みちるはサイドバリアンを自動操縦に任せ、背中に背負ったPF-750kプラズマ・アサルト・ライフルを取り、ストックを肩づけにし親指でセレクター・スイッチをフル・オートのポジションにした。
トリガーを引き絞ると、PF-750kプラズマ・アサルト・ライフルの銃口から高速プラズマ光弾の束が迸り出る。
射出された高速プラズマ光弾は機銃から発射された曳光弾の群の様に輝きながら、巨大な蜘蛛の怪物に吸い込まれる。
続いてみちるは腰の弾帯から405C重力グレネード弾のカートリッジを取り出し、銃身下に装着された発射ユニットに装填する。
ぼんという発射音の後、空中で弧を描いて飛び出したグレネードは、巨大蜘蛛のボディに命中する。
ようやく敵の存在を感知したのか、目の部分である光学センサーが、サイドバリアンに跨がって移動を続けながら攻撃を加えているみちるの姿を捉えた。
ぎんと巨大蜘蛛の目が赤く光る。
次の瞬間、みちるの周囲にマグネチューム粒子光線が飛来し、サイドバリアンが駆け抜けた後の道路に無数の大穴が次々と開き、アスファルトがめくれ返る。
「くっ!…」
みちるは着弾の衝撃に歯を食いしばりながら耐え、肩づけにしたPF-750kプラズマ・アサルト・ライフルを撃ちまくる。
全弾確実に命中しているが、蜘蛛の怪物はまるでダメージを受けていない。
「これじゃまるで歯が立たない…遺伝子工学とサイバネティック技術の悪用が、これほどの怪物を生み出したなんて。ますます面白くなってきたわ、プロフェッサー・ゲル…」
緊張に強張る表情の中、みちるの頬にふっと笑顔が浮いた。
みちるはブレーキペダルを踏んでサイドバリアンに急制動をかける。ステアリングを切ると同時に、ブレーキを解放。続いて一気にアクセルを全開にする。
パワースライドとアクセルターンを併用して、サイドバリアンの車体を180度回転させた。
サイドバリアンは怪物の懐に目がけてフル加速を開始する。
目の前に迫った瓦礫の山を、光量子ジェットクラフトで飛び越える。
着地したみちるはステアリングを自動操縦に預け、PF-750kプラズマ・アサルト・ライフルのマガジン・キャッチを押さえ、撃ち尽くして空になってしまったバッテリー・マガジンを外して仕舞い、ポーチから取り出した新しいマガジンを叩き込む。
怪物の口から吐き出されるマグネチューム粒子光線は遠距離の攻撃には有効であるが、まさに真下の懐に飛び込まれると全くの死角となる。
怪物の足の下を通過する寸前、みちるは仰ぎ見るようにしてPF-750kプラズマ・アサルト・ライフルに標準装備されているエレクトリック・ダット・サイトに二つの赤く光る光学センサーを捕らえた。
銃口のフラッシュ・ハイダーから、フルオート時に1分間900発の発射速度を誇る高速プラズマ弾が迸る。
怪物の足下を駆け抜けたみちるは敵の損傷状態を確認するより先に、次の攻撃に移った。
「ホーミング・ミサイル、スタンバイ!」
みちるの指令を受けるが早いか、サイドバリアンの側車の上部ハッチが開き、ずらりと穴を開けたミサイルポッドが顔を出す。
「ていっ!」
無数の穴から火線が迸り、発射されたミサイルの群は怪物の前側の2本の脚に殺到する。
爆発に包まれた怪物は前方右側の2本の脚にあるマッスル・シリンダーや、神経電装ケーブルを破壊された。
既に光学センサーを破壊され平衡感覚を失った怪物の体は、その立ち上がる為のバランスを失い地響きを立てて崩れ落ちる。
倒れた衝撃で、口の部分に装備されたマグネチューム粒子砲が押し潰される。
「オペレーション・コードをA-05に変更!次元内圧式圧搾反応弾の使用許可を申請!」
みちるはヘッドフォンに取り付けられた高感度マイクに向かって叫ぶ。
“承認シマス。次元内圧式圧搾反応弾ヲ発射シマスノデ、目標設定後スミヤカニ待避シテ下サイ。”
機動要塞ジェミニィからの承認通知。
みちるはサイドバリアンのコクピット・モニターの横に取り付けたiPod型通信装置を取り外し、クイックホイールを操作する。
カラーモニターの中で、青い地球のオゾン層から雲の割れ目を貫通し、日本地図が更にズームされ緑色の山脈が見える。平地に迫り、都市の航空写真が見え、それが更に拡大されみちるの住む街を映し、破壊された町並みと巨大な茶色い塊を俯瞰する。
モニターの下の隅でロック・オンの文字が赤く点滅する。
“目標補足。次元内圧式圧搾反応弾、発射。”
みちるはiPod型通信装置をブレザーのポケットに仕舞うと、ステアリング・バーを両手で握り、サイドバリアンのタンクに張り付くようにして前傾姿勢を取る。
マックスパワーで瓦礫の街を駆け抜ける黄色いマシンと、それに跨がった女子高生の背後で、空から神の雷のような巨大な閃光が降って来た。
その光は地面に突っ伏した怪物の体をドーム形状で包み込み、ドームの内部で様々な色の光の乱舞が起こった。
サイドバリアンを停車したみちるは、ミニスカートの尻をシートの上でずらし、振り向いてその有り様を見つめていた。
ばきばきと怪物の体に取り付けられた金属パーツが潰れ、有機生体はぎぎぎという断末魔に似た音声を発している。
茶色い有機生体が圧力でみるみる崩壊してゆき、内部から原子炉と思しきユニットが現れる。
次の瞬間、ぎぃん!という金属音とも叫び声ともつかない、耳を覆いたくなるような音響が発せられ、光のドーム内部が青く燃え上がった。
この次元内圧式圧搾反応弾は、対象を圧力シールドで包み込み押し潰してしまう。如何に高エネルギーが爆発したとしても、外部には全く影響がなく、対象物の残骸はそのまま圧搾されて外宇宙次元空間に送り込まれる。
光のドームが見る見る小さくなってゆき、消えた。瓦礫の山となった街に、そこだけに土の更地が現れた。
ふぅと、みちるは大きく肩の力を抜く。
“住民ノ死傷者ハ、ゼロ。建造物ニ若干ノ損傷ガ認メラレマス。異次元生物ノ反応ハ完全ニ消滅シマシタ。”
「ジェミニィ、銀河連邦科学局公安調査委員会対凶悪犯罪特別武装班本部に報告… 任務完了。」
みちるは先ほどまで戦場と化していた、破壊の爪痕を残す街を後にサイドバリアンのアクセルを開く。
「さて、学校に帰ろうかなぁ。」
ひとりつぶやくみちるの上空で、スクランブル発進を受けた空自の戦闘機が数機、白い尾を引いて旋回していた。
走り出したサイドバリアンのコクピット・モニターに、“Good job!”の文字が浮かび上がる。
* * * * * *
おねえはおベンキですか?
私は相変わらずの、元気ハツラツオロナミンでーす。p(・∩・)q
なんとかこちらの生活にも慣れて来ました。お友達も出来て幸せいっぱいの毎日です。(彼氏はおらん)
ところで、以下は機密情報なんですけど。。。。
今赴任している惑星で、銀河連邦警察指定重要指名手配犯のマッドサイエンティストにばったり出会って、あら大変!
次元移動を使ってヘンな怪獣を市街地に送り込んで来るものだから、おかげでがっこの授業をエスケイプして、怪獣退治に出動するアニーちゃんでした〜。(^^)V
圧搾反応弾をブチ込んでやって大人しくさせたんだけど、あの変態じーさん、しつこいからまだまだこの惑星を狙って来るわっ!vo\ov
でもこのアニーちゃんがいる限り、この美しい惑星の平和と未来はだいじょーぶ!(^_-)☆
おねえはおねえで、時空犯罪組織と戦っているのよね。
お互い、がんばりましょう!
そうそう、この前のメールにあった、わんこちゃん。見てみたいな〜。だっこしたいな〜。o(*^-^*)o
私も現在銀河の辺境にいるからなかなか会えないと思うけど、長期休暇が取れたらまたお父様とセットで鍋でも囲みましょうね♪
親愛なるエミーお姉様へ。
* * * * * *
「みずほおねーちゃん!大変だぁ〜!」
夕飯前の橋本家に末っ子の絶叫が響き渡る。
「どうしたの、優くん?町に怪獣が出たような大声出してさ…」
台所で夕飯の支度をしていたみずほは、包丁を片手に長い髪をさらりとなびかせて振り返る。
「いや、ホントだってばさ!テレビ見てよ!テレビ!」
優太に腕を引っ張られ、リビングの液晶大画面テレビの前に連れて行かれたみずほは、夕方のニュース番組に呆然とする。
モニターには、破壊された街をバックに興奮して喋るリポーターが映し出されていた。
「S市?これって隣の町じゃない…怪獣が突然、消えた?」
みずほは一人呟く。
「ね、ね、すごいでしょ〜!かいじゅーえいがみたいだぁ!それにしてもスペクトルマンもいないのに、誰がかいじゅーやっつけたんだろ?」
みずほのそばで優太は、テレビのリポーター以上に興奮してまくしたてている。
その時、みずほのジーンズの尻ポケットに突っ込まれていた携帯電話から、メールの着信音が鳴った。
携帯電話を取り出し、開いてメールを確認する。
それは超次元高速機ギラン・ドゥからの転送メールだった。
メールを読み進めるにつれて、みずほの眉がぴくぴくと痙攣する。
はぁとため息を一つついて、みずほは優太に向き直ると両肩にしっかと手を乗せて答えた。
「優くん…スペクトルマンはいたのよ。その…とっても、はた迷惑なスペクトルマンだけど…」
「え?」
優太の疑問だらけの顔を無視して、みずほは台所に向かう。
「優くん、今日はトンカツだぞぉ。」
「わぁい!」
See
you again …
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